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第五十三話  啓示!? 神は述べたもう、『魔王をどうにかしろ』と!

 すべての発起点は『シガラ公爵毒殺事件』。それを画策し、父と兄を殺してまんまと家督をせしめたと、ヒーサは言い放った。

 当然、長らく公爵家に武官として仕えてきたサームは、恐怖によってめまいを覚えた。数多の戦場を駆け巡った身ではあるが、今気づかされた事実の恐ろしさたるや、その比ではなかった。


「な、なんということを……!」


 驚愕の事実を知り、思わず腰を浮かせたサームであったが、その時、ヒュッと背筋に寒いものを感じた。自分の背後に、いつの間にかマークが回り込んでいたのだ。

 普段の無表情そのままに、それでいて明確の殺意を向けていた。少年とは思えぬほどの雰囲気をまとい、まるでしなやかな肉食獣を彷彿ほうふつとさせるほどだ。

 下手に動けば殺される。そう確信させるだけの寒々しいまでの気配だ。


「まあ、落ち着け、サーム。ここまで知ったからには、お前も共犯者だ。裏切った場合は、即座に死ぬことになると思っておいた方がいい」


「それは、私に対してもですか?」


 尋ねてきたのは、ライタンであった。

 今この場でヒーサの話を聞きながら、表情を変えていないのは、ティース、マーク、アスプリク、アスティコスであり、驚いているのはサームとライタンである。

 つまり、前者四名はすでに聞き知っていたということであり、後者二名は初耳だと言う事だ。

 秘密を知ったからには輪に加われ、と言う事なのは明白ではあるが、一応の確認と言う意味でのライタンの質問であった。


「まあ、お前は法王を僭称させた段階で、すでに引き返せない位置にはいたがな。ヨハネスが選挙で勝ったから、穏当な道筋でいけるかと思っていたが、どうも外野がもっと盛り上がれと囃し立てているようで、派手なやり方で行かねばならんようだ。残念だったな」


「いやはや上手く行きませんな。このままケイカ村の温泉で、世間の垢を落としたいところなのですが、御許可願えますか?」


「今回の件が一段落が着いたら、まあ前線送りにはなるだろう。ケイカ村はアーソへの道中だ。その際に立ち寄ると良い」


「やれやれ。後方勤務もこれでオサラバ。明日は皇帝の命を狙って最前線ですか。何とも楽しげな未来予想図ですな」


 ライタンはすでに投げやりな気分になっていた。

 法王を僭称するだけでも大それたことであるのに、今度は王国を丸々乗っ取る計画に参加しろと言うのである。

 しかも拒否権無し。下手に動けば、後ろにいる少年の姿をした暗殺者が、命を刈り取るのだと言う。

 ライタンに残された道は、ヒーサが大権を握り、そのおこぼれを頂戴するというなんとも情けない未来しか用意されていなかったのだ。


「ライタンよ、何だったら枢機卿にならないか? どのみち、今後の事を考えておくと、ロドリゲスには消えてもらうつもりでいる。今回の騒動の責任を取る形でな」


「嫌疑をかけられているのはこちらで、糾弾してくるのがあちら。あべこべですな」


「つまり、ひっくり返ると言う事だよ。ヒサコの息子が王位に就いたその瞬間にな」


「それでしたらば、アスプリク殿の方がよろしいのでは? 法王を僭称していたとは言え、教団内での元々の地位は上級司祭です。一方、アスプリク殿は法衣を脱いで還俗したとはいえ、火の大神官として最高幹部会にも籍を置いていました。格としては、そちらの方が上です」


 ライタンはアスプリクにこそ枢機卿の座が相応しいと勧めたが、少女は露骨に不機嫌そうな顔をして、首を横に振った。


「ロドリゲスの後釜って事は、僕が王宮詰めになっちゃうじゃないか! そんなのは真っ平御免だね。王宮で神事を執り行うくらいなら、前線でドンパチやっている方が遥かにマシだよ」


「そこまで、国王陛下を、御父君を嫌われますか」


「父とも思いたくないね。僕が聖人の称号を受けた後も、使いの一人も寄こさないような奴を、何をどう敬えって言うのさ。父なら父らしいことを、一つでもいいからしろっての」


「まあ、“聖人”の称号に関しては取り消しですからな。あくまで“自称”です」


「だとしても、取り消しに関して抗議したって話を聞かないのはなんで!? 娘の立身出世を後押しするのが親ってもんでしょ!? 何にもしてくれないんなら、こっちだって何にもしたくないんだよ!」


 とにかく絶対に王宮詰めの枢機卿は嫌だと、アスプリクは拒絶した。

 そうなると、ライタンはまたしても不本意な人事を受け入れなくてはならず、今から頭の痛い想いであった。


「さて、サームよ。ライタンも了承してくれたようであるし、お前の意思表示を求める。このまま私に従い、富貴を得るのか、それとも逆らって、命を失うか。さて、どちらかな?」


 退路を断った上で、決断を迫る。そのやり方に嫌悪感を覚えつつも、それでもやはり常人では測れない明晰な頭脳の持ち主である点は否定できない。

 サームとしては、極めて複雑な気分であった。

 主君が聡明にして悪辣なのは良いにしても、父や兄を平然と殺すような男を、果たして許しておいてよいのかどうか、という点が心に引っかかっていた。

 だが、ここで拒絶すれば、確実な死が待っている。後ろに立っている少年は、いつでも殺せるぞと視線を投げつけており、身動き一つにも目を光らせていた。

 結局、我が身可愛さに頷く以外の選択肢は、取りようがないのだ。

 それでも、サームはなけなしの矜持を以て、ヒーサを見つめた。


「……では、一つだけですが、質問をよろしいでしょうか?」


「聞こう」


「なぜ、このような暴挙を企図されたのですか? 父や兄を暗殺し、家督を強奪するなど、常人の発想ではありません。単なる財産目当てと言うわけでもなさそうですし、いかなる理由があって事を成したのか、その辺りをお聞きしたい」


「ふむ……。まあ、当然の質問ではあるな」


 ヒーサはどう説明すれば納得するかを考え、少しの間黙考した。

 そして、口を開いた。


「まあ、真面目なお前には正直に話した方がいいか。信じられんかもしれんが、神よりの啓示が下った」


「啓示ですと!?」


「その啓示の内容を掻い摘んで言うと、『いかなる手段を用いて良いから、魔王をどうにかしろ』というわけだ。で、魔王に対抗するためには、より自分に財力と権力を集中させる必要があると考え、女神の加護を用い、父と兄を暗殺した」


「邪神の類ではありませんか、その女神とやらは!?」


「かもしれんな。なにしろ、隙あらば人間離れした美貌を以てこちらの篭絡を図り、常に誘惑してくる。堪えるのに、毎度難儀している」


 実際、ヒーサのすぐ横には女神テアが立っており、その美貌は絶世の美女すら霞むほどの神気に満ち溢れていた。

 認識阻害のための術式を使っているため、この世界の住人の大半には単なる人間と認識されているが、ヒーサを始めとするごく一部には、その奥底に潜む本質を掴むことができ、神であることを認識できていた。

 ゆえに、その魅力たるや、人間では味わえぬほどに甘美に感じてしまい、毎日が我慢の連続であった。


「それならば、普通に協力を仰ぐことができなかったのですか?」


「父や兄が私の傀儡になるのであれば、その道筋もあったかもしれんが、現実には不可能だ。ゆえに殺して、シガラ公爵家をいただいた。そして、公爵家をより富ませ、それを以て軍備を増強したのは、お前もよく知っているであろう? 父や兄が公爵家の当主では、こうはならん」


「はい……。お二人では、教団に真っ向から喧嘩を売り、術士の独占管理にひびを入れ、その滴る蜜を取り込むなど、できはしなかったでしょう」


「つまり、そこが実力差というわけだ。まあ、父も兄も良き人材ではあるが、それはあくまで平時での話だ。そして、今は戦時。帝国が虎視眈々と狙っているこの状況に置いて、私以上の適任はいるか?」


「……ございません」


 すでに実績は示されていた。今現在、シガラ公爵家は間違いなく、数多いる貴族の家門の中にあって、飛び抜けて勢いのある家だ。

 ヒーサが行ってきた新事業の立ち上げと、術士の生産施設への投入によって生産力が飛躍的に向上し、その稼いだ財貨を以て軍備を増強し、抜きん出た存在へと上り詰めた。

 戦においても華々しい戦果を挙げており、名声も大いに轟いている。

 それもこれも、ヒーサの手腕に他ならない。

 それを見せ付けた上で、ヒーサはサームに問いかけているのだ。

 悪巧みはするけれども、それでも付いて来てくれるのか、と。

 答えは、すでに決まっていた。選択の余地など、この段階ではなかった。


「不肖なる身ではありますが、改めて忠義を尽くし、公爵家の発展に努めさせていただきます」


「サームよ、お前の忠勤に感謝する。これを以て、私の憂いはなくなった。さあ、共に国を盗りに行くぞ。もちろん、報酬は弾むし、家族もその栄に浴することができよう」


 きっちり“家族”の文言を入れ、そこに意識を向けさせた。

 もし裏切ったらどうなるのか、それを想像させるためだ。

 サームは今一度頭を下げ、追随することを態度で示した。

 これでまた“共犯者”が増えたことを意味しており、国盗りにますます熱が入るとヒーサは意気込むのであった。



            ~ 第五十四話に続く ~ 

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ヾ(*´∀`*)ノ

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