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第五十一話  宣誓!?  さあ、国盗りを始めるぞ!

「先に結論から申し上げれば、さすがに庇い立てはできないのでは?」


 会議の席のおいて、開口一番にバッサリと言い切ったのはサームであった。

 参加している顔触れの中では、間違いなく一番の常識人であり、それだけに事の深刻さを理解していた。


「まあ、宰相閣下暗殺の件は不可抗力であったので、多少は言い訳が立ちましょうが、その後の立ち回りが悪すぎます。その場で大人しく捕縛され、弁明すればよかったのです。立場は悪くなりましょうが、ヨハネス聖下の審問を受ければ、まだどうにかなったのです。それを逃亡の挙げ句、王都で暴れてしまうなど、これは弁解の余地がありません」


 これまた常識人のライタンが言い放ち、渋い顔をしているアスティコスを睨み付けた。

 ジェイク暗殺の現場からいち早くアスプリクを連れ出したのは、他でもないアスティコスであり、もう少し上手く立ち回れなかったのか、という抗議の視線であった。

 ただ、アスティコスに言わせれば、姪の身柄の安全こそ第一であり、それをみすみす囚われの身になることをよしとしなかった。

 なにしろ、アスティコスにとっては、王国内の権力闘争になど、一切の関心がないのだ。


「思いがけない暗殺の巻き込まれに、奥方の前に転がっている夫の死体。おまけに周囲は完全武装の兵士だらけ。そりゃ逃げ出すわよ」


 言い訳がましく聞こえる台詞ではあるが、その場で冷静な対応するのは無理だと、アスティコスもまた睨み返した。

 姪の安全を第一に考えている以上、その場では逃げの選択しかなかった。

 拘束され、互いに引き離される事こそ、アスティコスにとっては絶対に容認できない状態であり、大人しく捕まって裁判を受けろなど、ふざけるなとしか思えないのだ。


「それでも、だ。気が動転したのはまあ分かるにしても、その後の動き、特にカシンとか言う黒衣の司祭への攻撃がいただけませんな。王都で盛大に術式を使うなど……。まして、周囲を巻き添えにしたなど、印象が悪くなるだけではないか」


「ええっと、サームだっけ。目の前に仇敵がいて、それをみすみす見逃せと!?」


「やり方の問題だ。増援を呼べばいい。周囲には、王都の警備隊がいたはずだ」


「そいつらが、こっちを追いかけていたんですよ!? 助けなんか求められませんよ!」


「黒衣の司祭となれば、話は別だ。カシンの姿を見れば、あるいは宰相閣下の件もより弁明しやすくなったであろうに……。単独で対処しようとして失敗した挙げ句、街を一区画吹っ飛ばすなどやり過ぎだ」


 サームは正しく、アスティコスも反論に窮した。

 もちろん、アスプリクも同様で、言葉が出てこなかった。二人のやり取りを聞くたびに顔を真っ赤にして自分の失態を恥じた。

 ただ、この討論が公平でない部分がある。それは“魔王”に関するカシンとのやり取りを、バッサリ切り取って隠匿しているのだ。

 カシンが酒を細工し、それを渡してアスプリクを追い詰め、仲間に勧誘しようとした、ということで話を通しており、自分自身が実は魔王である、と言うことは伏せていた。


(これは多分、言ってはならない事。それこそ、どこからも問答無用で殺されかねない話。ヒーサと二人きりに話せる状態になるまでは隠しておく)


 これがアスプリクの考えであり、その点を避けながらのやり取りであるので、実にやり難かった。

 魔王はあくまで、ジルゴ帝国の皇帝であり、アスプリクではない。その事実が広まるとどうなるのか、混乱に拍車がかかるのは目に見えていた。


「冷静さを欠いていたことは認めるよ。ジェイク兄の件もそうだし、それがカシンの罠だったって事を聞かされて、ついつい憤激してしまったこともね。本当に申し訳ない」


「それでこちらにまで火の手が回ってしまっては、頭が痛いところですな」


 アスプリクはいつになく頭を下げて詫びているが、ライタンとしては今更としか思わなかった。

 教団改革から端を発し、法王の僭称から、術士の独自管理など、やりたくもない仕事を押し付けられ、それでも他に任せられる者がいないからと、押し付け同然であっても仕事はこなしてきた。

 ヨハネスの法王就任により、ようやくそれから解放されると思っていたのに、いきなり巻き添えで地獄へ真っ逆様なのだ。

 文句の一つも漏れ出てくると言うものだ。


「サームにライタン、お前達の苛立ちも分かるが、これは過ぎたことだ。今後の対処についてこそ話し合うべきだ。アスティコスも今少し熱を下げよ」


 ヒーサに窘められ、サームとライタンは恐縮して頭を下げた。

 だが、アスティコスは遠慮はなく、むしろヒーサを睨み返す始末だ。


「でしたらば、何か良き試案でもおありですか?」


 遠慮なしなアスティコスの態度は、公爵相手に無礼な物言いであった。

 サームはこれに対して睨み付けたが、そこはヒーサに制された。


「よい。アスプリクも、アスティコスも、別に私の臣下と言うわけではなく、あくまで客分だ。多少の事は気にせず流せ」


「ですが、今回の事は多少の領域を超えております」


「大問題である事は認めよう。だが、二人を王都に使いとして出したのは、私の判断によるものだ。最終的な責は、私の負うところである。ゆえに、二人に対しては流せと言っているのだ」


 そうまで言われては、サームも下がらざるを得ず、頭を下げてヒーサに自身の行き過ぎた言動を詫びた。溜息を吐いていることからも、納得してはいないとも取れるが、それだけに今回の問題の大きさが深刻であることを物語っていた。


「で、そうまで言うからには、当然解決策をお考えでしょうね?」


 今度はティースから歯に衣を着せぬ文言が飛び出した。

 事態の深刻さは、ティースも理解するところであった。

 それゆえに“困る”のだ。自分の赤ん坊を生贄に捧げると言う暴挙に出て、その代償として伯爵家の再興に全力を傾けることを誓ったのだ。

 ヒーサがコケてしまえば、自分もコケる。

 今回の件もしっかりと解決して、次の段階に進まねばならない。ティースがヒーサをせっつくのはそのためだ。

 そんな気の強い嫁に対して、ヒーサはニヤリと不敵な笑みを見せ付けた。


「安心しろ、ティース。お前を退屈させるような展開にはしない。すでに、ここからひっくり返せる絵図は描き上がっている」


「それならばよいのですが、出来れば手短に、かつ迅速にお願いしますね」


「注文の多い嫁だな。まあ、なるべくそうなるようにはしたいな」


 何しろ、ジルゴ帝国との戦が控えているのだ。内戦など、絶対にやりたくないというのが、ヒーサの本音であった。


「さて、アスプリクよ、お前に尋ねたい事がある」


「何かな?」


「今回の件をひっくり返そうとした場合、力業ではまず不可能だ。よって、口八丁でひっくり返さねばならん。その際、お前は全てを公衆の面前で話すことができるのか?」


「そ、それって……」


「そうだ。私の偽者と情事に及び、結果として毒を掴まされた、ということも含めての“全て”だ」


 ヒーサの要望は即答しかねる内容であった。

 事実ではあるが、仮にも王女である十四歳の少女が、既婚者である公爵に横恋慕をして、それを異端者に付け込まれたことを世間に公表しなくてはならなかった。

 恥ずかしいどころではなく、自分の名声、立場が崩壊しかねない告白であった。

 ただでさえ世間の目は厳しいのに、更なるどん底へ落ちていけと言うのだ。

 躊躇いはあった。だが、どうすることもできないのも理解していた。思い悩んだが、ヒーサの要請は受けざるを得なかった。


「……分かった。元はと言えば、僕の失態から始まったのが、今回の騒動だ。僕の心も体も、全部ヒーサのいい様に使ってくれ」


「よろしい。では、あとで私の寝所に来い。個人的に打ち合わせをしたい事がある」


 至って真面目に話すヒーサであるが、女性に対して寝所に来いなどと言うのは、理由としては一つしかないのだ。

 アスプリクにとってはこの上ない喜びであるのだが、この状況でそういうのはどうなのか、困惑してしまった。

 なお、それは周囲も同様で、ティース以外はアスプリクと似たような表情になっていた。


「では、話を進めるぞ。こちらが王都に向かっていることは、当然王都にいる者達にも分かっている。先触れの使者で、祭りの六日目か、七日目には到着することを伝えておいたからな」


「まあ、行軍が思いの外に順調で、五日目の夕刻には到着しそうではありますが」


「そうだな。で、サームはこれから部隊を引き返してくれ」


「……は?」


 いきなりの命令に、サームは目を丸くして驚いた。


「しかし、それではこの先の護衛はいかがいたします!? 率いている部隊は、シガラ公爵家の威光を見せ付ける示威行動でもあり、同時に政情不安定なこの状況に置いて、周辺を固める護衛でもあるのですぞ。それを切り離すなど……」


「なぁ~に、これからコルネスがその任を変わってくれるさ」


「コルネス殿が!?」


 サームとコルネスは良く知る間柄である。

 なにしろ、ヒサコの指揮の下、帝国領に逆侵攻をかけ、肩を並べて戦った戦友である。

 サーム、コルネスにアルベールを加えた三将は武勇を欲しいままにし、今や国中にその名を知られるほどであった。

 そして、サームは戦友コルネスの所在が、今は王都にあることを思い出した。


「そうか、なるほど。宰相閣下の暗殺事件に公爵様が関わっていたと嫌疑が欠けられた場合、王都にいるコルネス殿が“護送”のためにやって来る可能性が高い。つまり、コルネス殿に身を委ねると!?」


「そういうことだ。よって、私は身の潔白を証明するために、あえて徒手空拳となる。護衛を外し、この身を先方に委ねる」


「しかし、それはあまりにも危険では!? コルネス殿は信用の置ける人物ですが、信用の置けない人物がウジャウジャいるのが、今の王都なのですぞ。護衛がいないのをこれ幸いと、それこそ暗殺をしかけて来る輩いるでしょう」


「サームの懸念も最もだが、そこはコルネスを信用するよりあるまい? ゆえに、大人しく身柄を差し出し、先方の心象を良くしておく」


 そして、ヒーサは視線をアスプリクに向けた。


「で、その際に、アスプリク、お前も私と一緒に捕まってもらう」


「僕も!?」


「単純な事だ。もし、何かしらの事件が発生し、それの主犯と実行犯を同時に捕えたらどう思う?」


「……あ、そっか、舞台は捜索、捕縛から、聴取や裁判に切り替わる」


「つまり、そこにこそ、隙が生じるというわけだ。あとは、ヒサコが動いてくれる」


 そこで全員がハッとなった。

 あえて自分の身を囮にし、ヒサコへの注意を逸らし、そのヒサコに動いてもらうということだ。


「そ、それは可能なのですか!?」


「すでにテアはあちらに飛ばしている。情報はあちらにも伝わっているということだ」


 ここで、初めてテアがいつの間にかいなくなていることに気付いた者もいた。

 相変わらずのんびりどっしり構えているようで、その実すでに手を回している。見えない部分の行動の速さは流石だと、サームは感心した。


「で、これから捕まるのは、私、アスプリク、アスティコス、ライタンの四名だ」


「あ、私もやっぱりそちらに含まれますか」


「当たり前だ。そもそも、今回の王都来訪は“教団大分裂グラン・シスマ”の解消が主題でもあるのだぞ。“僭称”法王がいなくてはそもそも話にならんし、ここでお前もサームと一緒に下がってしまったら、いらぬ誤解を生みかねん。身の潔白のためには、先方の疑念を生むような行動は厳に避けねばならん」


「仰る通りではありますが、また貧乏くじですか」


「一度乗った船を、途中で降りることはまかりならんぞ」


 やっぱり貧乏くじだとライタンは嘆いたが、ヒーサの言い分も最もであり、それには従わねばならないことも認識していた。

 了承の意味も込めて、僭称法王はヒーサに対して頭を下げた。


「で、サームの方は小芝居を頼むぞ」


「あまり自信がないのですが、その手のやり口は」


「なに、単純な事だ。じきに迎えに来るであろうコルネスを、馴染みの戦友として出迎える。そして、アスプリクから“話を聞いていない”風を装う。あとは狼狽しながら、身柄を差し出す私やアスプリクの待遇について、“情”に訴えかければいい」


「……自信はございませんが、鋭意努力させていただきます」


 真面目な自分に演技など務まるのかと不安に思いつつ、サームは頷いてヒーサの指示を了とした。

 ヒーサはそれを満足そうに頷き、そして、視線をティースとマークに向けた。


「さて、麗しの我が妻と、その従者よ。二人にも働いてもらうぞ。いいな?」


「良いも悪いもないんでしょ? どのみち、進む以外に道はないんだし」


 ティースにしても、すでに腹は決まっていた。我がを生贄に捧げたその瞬間から、すでに心には闇を飼い慣らす鬼が潜んでいる。

 立ち止まることなど許されず、ただひたすらに前進し、国を乗っ取る事を決意したからだ。

 当然、その意は従者にも伝わっており、無言で頷いて、どこまでも付き従うことを示した。


「では、やるぞ。今回の宰相暗殺事件を奇貨とし、我らの“国盗り”を始める!」


 その日、ヒーサは“共犯者”を除けば、初めて王国を乗っ取ることを口にした瞬間であった。

 その歪んだ笑みは周囲の顔触れを畏怖させると同時に、自らもかつての高揚感を思い起こさせる発起点ともなった。

 国盗りあっての梟雄。松永久秀ヒーサは戦国日本で味わったあの懐かしの感覚を、完全に呼び起こすのであった。



          ~ 第五十二話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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