第五十話 護衛! 我が子を守る母の愛!(嘘)
ヒーサ達が会議を開いている場所から遥か彼方、とある町の宿屋にて、二人の女性と赤ん坊がいた。
赤ん坊は揺り籠の中で静かに寝入っており、一人は椅子に腰かけてその寝顔を眺め、今一人は立ったままで見つめていた。
座っているのはヒサコであり、今一人はテアであった。
「いきなり《入替》とは、何とも大胆ね」
「念のためよ。息子の安否が心配でね」
なにしろ、これからの作戦は、常にこの赤ん坊が中心に動くことになる。万が一にも、何かあっては全てが狂うのだ。
カシンの名がアスプリクの口から出た段階で、すでに行動に移していた。
さりげなくテアには天幕より出てもらい、それからスキル《入替》を使用した。
これは本体と分身体を入れ替えるスキルであり、先程まではヒーサが本体であったが、今はヒサコの方が本体となっていた。
本体の方が性能も感度もいいし、襲われた際の対処もやりやすいのだ。
アスプリクといた方が火力的には優れているが、それでも息子の安全を確保することを優先と考え、あえてヒサコを本体として使うことに決めた。
本体の側には必ず女神が付き添うようになっているため、スキル発動と同時にテアもまた引っ張られる形でヒサコの側に瞬間移動した。
そして現在、ヒサコは王都ウージェを目指しているところであり、息子の御披露目を兼ねて、帝国領遠征の報告に向かっているところであった。
「まあ、それもご破算になったけどね」
「ジェイクが死んだ以上、今や王都は敵地に等しい。まして、暗殺の黒幕として、シガラ公爵家の名前が挙がっている以上、面倒事になったと言わざるを得ないわ」
「下手に飛び込んで、この子に害が及んだら、それこそ計画はおじゃんじゃない?」
「それを思えばこそ、こっちに飛んできたのよ」
二人の視線の先には、静かに寝入る赤ん坊がいる。
ヒーサとティースの子供であるが、ヒサコとアイクの子供だと偽装しているので、表面的には王家の第一王子の息子だ。
「思いがけない状況の変化。ジェイクが死んだ以上、次期国王の座は宙ぶらりん。と言っても、候補は二人しかいないけどね」
「そうね。順当なら、第三王子のサーディクか、あるいはあなたの息子、このどちらか」
「アスプリクでも良かったんだけど、さすがにこの状況じゃ無理よね」
「先程の説明通りだと、表面的には宰相殺しに、放火、殺人、だもんね。名声が完全に失墜したわ」
アスプリクは一部では高い名声を実力でもぎ取っていたが、あくまでそれは術士としての才覚であって、為政者としてのそれではない。
まして、庶子な上に半妖精である。それを人間の国の王として戴けるか、となるとますます難しいと言うものだ。
「で、この赤ん坊を王位に就ける算段は付いてるの?」
「道筋は考えていたけど、まずは情報収集が先でしょ? アスプリクから聞き出さないといけない情報は、まだまだある。カシンも面倒なことをしてくれたわね」
ジェイクが死んで、王位継承者が死んだと言う点では、簒奪を狙う側としては申し分なかったが、それでも時期と言うものがある。
何の準備もなしにいきなり動けと言われても、なかなかに難しいと言うものだ。
「まして、暗殺の嫌疑がこっちにかかっている以上、まずはこれの解消から始めないとね」
「サーディクは“黒衣の司祭リーベ”を輩出したセティ公爵家の縁故。濡れ衣だけど。んで、この子は宰相殺しの黒幕と言われるシガラ公爵家の血筋。ろくでもない勝負になるわね」
「家督相続なんてのは、得てしてそんなもんよ。過去の歴史を眺めてみても、穏当になされた家督相続なんてなかなかないわ。家が大きくなればなるほどね。利害調整でゴタゴタするのはいつものことよ」
ヒサコこと松永久秀にとって、その手の話は慣れっこであった。
数多の家門が勃興と衰退を繰り返してきた戦国時代。家督相続でのゴタゴタなど、掃いて捨てるほどに見てきたのだ。
戦国時代の呼び水となった応仁の乱も、足利将軍家の家督相続に、その他有力諸侯の思惑や利害が複雑に絡み合い、収拾が付かなくなった結果である。
それがこの世界でも、お鉢が回って来たと言うだけの話でしかない。
「優先順位は、何よりこの子の安全。あたしが敵対勢力なら、すぐにでも刺客を差し向ける。間違いなくそうするわね」
「生後一ヶ月程度の赤ん坊に対して暗殺とか、恥ずかしくないんですかね〜」
「んなもん、あるわけないでしょ。競争相手が全部消えたら、何も言わなくてもお鉢が回って来るわよ。前の世界で、三好家の実権握った時もそんな感じだったわ。周りが“なぜか”全員死にまくって、気が付いたら権限がこっちに集中してたもの」
「う〜ん、この戦国脳」
もう慣れたとはいえ、美しい女性の姿をしながら、中身は戦国日本の外道ジジイである。テアは苦笑いするよりなかった。
「まあ、カシンが姿を見せないって事は、まだ王都での情報操作、離間工作って可能性は高いかな。おそらくはある事ない事ホイホイ吹き込んで、こっちが王都に到着する頃には、すっかり犯人扱いってことになるでしょうよ」
「まあ、そうでしょうね。そんな中に行って大丈夫?」
「全然平気。だって、“今回”は何もやってないから、審問されてもすり抜けられる。いざともなれば、アスプリクを切り捨てる」
「え? でもそれって」
「処刑って意味じゃないわよ。命綱程度のものは付けた上で、崖下に放り投げるから」
頼って来た少女を招き入れ、それでいて迷いもなく生贄にするこの性格の悪さは、本当にどうしようもないなとテアは呆れるよりなかった。
英雄とは何なのか、目の前の存在を知ってから、幾度自問したか分からぬほどだ。
「でも、王都に行く点は変わらないんでしょ?」
「まあね。このままやられっぱなしってのも気に入らないし、何より鎮火しておかないと後々面倒なのよ。戦の最中に最も怖いのは、前から飛んで来る銃弾よりも、足元に後ろから付け火されることなんだから」
「さすがは経験者。一家言あるわね」
「あたしが誰かを裏切ることはあっても、誰かがあたしを裏切る事は許さないってだけよ」
「清々しいくらいの外道だわ。頭の中の辞書に“誠実”の文字が欠けているって事だけは理解できた」
「んなわけないでしょ。あたしにとっての誠実とは、金銭の多寡で決する。あ、茶器でもいいわよ」
「要は物欲じゃない」
どこまでも欲望に忠実。目の前のあやしている赤ん坊すら、政治の道具に使うことを躊躇わない。
この姿勢は、出会った時から変わらない、実に“真っ直ぐ”な存在だ。
「安全を確保しつつ、このまま王都に向かう。分身体もそうするつもりだけど、どうやって行くかは、アスプリクからもう少し情報を引き出してから決めるわ」
「捕縛されない?」
「されるとしたら、分身体の方を差し出すわ。分身体なんだし、いざとなれば消せるから。でも、ヒサコの体はダメ、消せない。少なくとも、赤ん坊の安全を確保するまではね」
そう言うと、ヒサコはテアが後生大事に抱えている鍋を受け取り、それを頭に被った。貴婦人の格好としては相変わらず不適当ではあるが、この世界に存在する最強の防具でもあるので、そんな外見になど拘らなかった。
「この神造法具『不捨礼子』と、火神の愛娘が丹精込めて作った炎の剣『松明丸』、これがこちらの戦力。カシンが下手な戦力で仕掛けても、返り討ちにできる程度にはなるわよ」
「我ながら、ほんとデタラメな鍋を作ったと感心するわ」
「あと、こいつもね」
ヒサコが自分の陰に向かって手招きすると、そこからヒョコッと黒毛の仔犬が顔を出してきた。
「ああ、そういえば黒犬もいたっけ」
「しばらく出番なかったけど、久々に使うことになるかもしれない。いざとなったら、これに跨って逃げることもできる」
今は形こそ小さいが、黒犬の本来の姿は軍馬よりも巨大な犬である。自分とテア、それと赤ん坊を乗せて走るくらい余裕であった。
「さて、赤ん坊をあやしながら、あっちで会議を始めるとしましょうか」
ヒサコは意識を警戒態勢のまま、分身体の方で始まる会議の状況を見守る事とした。
〜 第五十一話に続く 〜
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