第四話 財貨! それは元気の出る処方箋!
ガタゴトと揺れる馬車の中、相対するように座り、そして不気味にお互いニヤリと笑っていた。
二人は兄弟であり、どちらもカンバー王国の重臣である。兄マリューは法務大臣、弟スーラは財務大臣を務めており、数ある廷臣の中でも最上位に属する二人だ。
先程まで、シガラ公爵家の上屋敷に訪問して、現在はその帰り道というわけだ。
結果から言えば、表敬訪問は紛れもない“大成功”であった。
「しかし、あれだな。噂と言うものの、なんとあてにならぬことよ」
「ですな」
二人が抱く共通の認識、それは先程まで会って話していたシガラ公爵家の新当主ヒーサが、話に聞いていた内容と実際に会って肌で感じたこと、この二つが大きく乖離していたことだ。
前評判では、飛び級で医大に進み、史上最年少で卒業して医師免状を手にした学者肌のお坊ちゃんだと聞いていた。学識に深く、そして温和で理知的な男、そう聞いていた。
だが、それは嘘でこそないが、その裏に潜む本性を覆い隠す薄っぺらい布切れだと、先程思い知らされた。表面的には温和で礼儀正しい貴公子であるが、その言葉には禍々しい毒と鋭い刃が含まれており、いつ襲い掛かって来るのかと、内心ではヒヤヒヤしていたのだ。
「あれは一種の化け物だ。笑顔を崩さず、人を刺し殺せる、そういう人間だ。そのくせ、擬態は完璧。こちらが気付いたのも、“わざと”だ」
「はい。よもや、次の公爵があれほどの逸材とは……」
二人も職業柄、様々な人間と相対してきたが、あれほど見た目と中身がズレている存在を、今の今まで会ったこともなかった。まるで数十年鉄火場を渡り歩いてきた猛者のような雰囲気。とても十七歳の若者が出せる気配ではなかった。
しかし、同時に是非とも仲良くしておきたいとも思った。理由は簡単、気前がいいからだ。
二人は懐にしまい込んでいた小袋を取り出し、それを互いに見せ合った。中身は当然のように金貨であり、それなりの額だ。軽いお土産代わりにポンッと出してくるのは、公爵家の財の強さを見せつけ、かつ友好関係でいたいという意思表示に他ならない。
二人としても、それを断る理由は現段階ではないのだ。
「あれは医者というより、商人のやり口だ。金の使い方、使いどころを心得ている」
「最近の医大はああいう教育課程を組んでいるとは、寡聞にして聞き及んでいませんでした」
「いや、あれは間違いなく経験から来るものだ。書を読み、教師の言葉を頭に入れただけで、あの振る舞いは不可能だ。まして、十七の若者だぞ。どんな経験を積んできたんだ……」
「ますますもって、謎ですな」
無論、二人は知る由もなかった。あの貴公子の中身が異世界から呼び寄せられた者であり、しかも戦国乱世を渡り歩いた梟雄であることを。
「しかし、仲良くしたいと、向こうから手を差し伸べてきたのだ。こちらとしても断る理由はない。まあ、表面的には今回の御前聴取、中立を守らねばならんが、状況的には肩入れした方が得策か」
「どこで《六星派》という手札を切るか、そこが問題でしょう」
情報を開示したうえで伏せておいてくれと要請してきたのだ。劇的な場面でその札を切ってくるであろうが、いまいち読ませてくれない歯がゆさもあった。
そうこう議論を交わしていると、騎馬が一騎、馬車と並走してきた。二人にとっては見慣れた使い番であり、何か報告を持ってきたのだと考え、軽く扉を開けた。
「なにか?」
「ハッ、並走しながら失礼いたします。カウラ伯爵が上屋敷に到着いたしました」
公爵の係争相手も到着したか。馬車の中の二人は少し視線を合わせて無言の会話を行った後、頷いて次なる標的に狙いを定めた。
「よし、お前はこのまま先触れとして、伯爵の上屋敷に行け。これから訪問する、とな」
「ハッ!」
使い番を馬に鞭を入れ、馬車に先行して伯爵の上屋敷へと向かった。
扉を閉め、二人は手に持ったままの小袋を見ながら、互いに呟いた。
「「伯爵は気前のいい“友人”になってくれるかな?」」
期待に胸膨らませながら、馬車は通りを進んでいくのであった。
***
だが、伯爵家の上屋敷に着いた二人は早々に期待を裏切られることとなった。あろうことか、伯爵家の新たなる当主ティースが、二人との面会を拒否したからだ。
「御前聴取前に重臣の方と個別に面会しては、公平性に疑義が出かねません。ご用件があれば、正式な書面にてお知らせくださいますよう、お願い申し上げます」
これがティースの言い分であった。
間違ってはいないのだが、それにしても門前までやってきた訪問者にこの扱いでは、心証が悪くなるだけである。
しかも、“表向き”には、今回の『シガラ公爵毒殺事件』はカウラ伯爵側が仕掛けたということになっている。それを先んじて重臣に説明し、誤解を解いておくのが得策と言えよう。
なにしろ、訪問してきた二人はすでに異端の《六星派》が絡んでいるという情報を得ており、ティースの説明次第では“誠意”さえ示してくれれば、便宜を図るのもやぶさかではないからだ。
二人はもう一度食い下がり、面会を求めると、ようやく屋敷の中に通された。
応接間に通され、少しばかり不機嫌な、それ以上に疲れ気味のティースに出迎えられた。色々と心労が蓄積しているようで、その点では二人は同情を禁じ得なかった。
あるいは、このやつれた姿を見せたくなかっただけかもしれない。
「ようこそお越しくださいました、マリュー大臣にスーラ大臣」
ティースは“頭を下げず”に挨拶をして、席に座るように手で合図を送って来た。
これも間違いではない。貴族は基本的に、明らかな格上相手、例えば王族など以外には頭を下げないものだ。ゆえに、ティースの応対も正しくはある。
だが、先程まで訪問していたシガラ公爵ヒーサは、最上位の貴族でありながら、平然と“頭を下げて”きたのである。
そして、二人は知っていた。卑屈以外の理由で平然と人前で頭を下げられる人間は、とんでもない野心を抱える厄介な相手であることも、今までの経験から学んでいた。
なにしろ、自分達がまさにそうなのだからだ。
それゆえ、すでに二人の頭の中では、話を始める前から軍配が上がっている状態となった。
「お初にお目にかかります、伯爵代行殿」
「代行の文言は不要ですよ」
「ああ、それは失礼いたしました、伯爵殿」
軽い挑発にもあっさり乗ってきた。ヒーサが軽く流したのと違い、肩書にはこだわりがあるようだ。少なくとも二人はそう感じ、促されるままに席に着いた。
「まずは、御父君ボースン殿と兄君キッシュ殿の件、御悔み申し上げます。惜しい方々を不慮の事故で」
「事故ではなく、謀略です! 暗殺です!」
ティースはドンッと机に拳を叩き付け、怒りの心情をあらわにした。そして、マリューを睨みつけ、発言の訂正を求めてきた。
(ああ、これはいかんな)
マリューは恭しく頭を下げ、発した言葉を取り下げた。
同時に、目の前の哀れな“生贄”に、一切の同情もなくなった。融通の利かない型通りにはめる、そういうタイプのお嬢様だと分かったからだ。これでは“誠意”を示してくれそうはなかった。
《六星派》が関わっているのであるから、謀略と言う点では間違いない。しかし、言い方と言うものがある。
家族が惨殺されたのであるから、感情的になるのも理解できなくもないが、それだと先程のヒーサはどうなのか、というところに行き着く。一応、冥福を祈ってはいるが、“次”を見据えた言動に出ている。
冷静を通り越して、恐ろしくもあるのだ。まるで、全て“計算ずく”の行動のように見えるからだ。
「あのヒーサとかいう、私の元婚約者が全部仕組んだに決まってます! 父も兄も、あいつのせいで!」
「なんですと!?」
ティースの口から出た言葉に、マリューは驚愕した。そして、全てを悟った。
(そうか、公爵が《六星派》の情報を伏せておくと提案してきたのは、枢機卿への嫌がらせではなく、ティース嬢への情報封鎖が目的か!)
もし、ティースの視点で見て、《六星派》の情報がなかった場合、犯人はヒーサに見えることだろう。
犯罪行為が行われたとすると、そこで利益を得たる者が犯人だと考えられるからだ。そして、今回の一件で得をしたのは、間違いなくヒーサなのだ。
(いや、よくよく考えてみればそうなのだ。今回の一件、ヒーサが被害者でありながら、独り勝ちでもあるのだ。もしかすると、ヒーサが仕組んだのか、この一件は!?)
それだと、辻褄の合う点が見られる。あろうことか、理知的に考えていた自分よりも、感情的に物事を判断しようとしたティースの方が、正解に近い位置にいたことになる。
(しかし、だからと言って、どうだと言うのか。証拠も証人も、全くないのだぞ)
ティースの言は状況を鑑みた推察の域を出ていない。証人になりそうな人物は根こそぎ死亡しており、死体から聴取するわけにもいかないからだ。
つまり、計画の犯罪性を立証し、それがヒーサの手によるものだと判断する証拠がどこにもないのだ。
「伯爵、先方がやったという何か明確な証拠でもあるのでしょうか?」
「犯罪行為は、得した人が犯人です」
「それはまあ、そういう可能性もありますが……」
つまりは、証拠はないと言っているに等しい。ティース自身、なにか掴んでいるという様子もなかった。
これでは聴取の席にいる顔触れを説得することはできないだろう。実際、自分でも鼻で笑うはずだ。
(そうか、公爵の狙いはこれか。まず、ティースに好き放題喋らせて自分を糾弾させる。そして、頃合いを見て《六星派》の情報開示を行う。そうすると、場を乱しただけのティースは、列席者の心証が悪くなるだけ。しかも、振り上げた拳の下ろし所を失い、下手に振り下ろせばますます嫌われていく。孤立状態を作り、その上で“婚儀”の復活を押し込んでくるな)
シガラ公爵がカウラ伯爵の領地を強奪する最短の道は、ヒーサとティースの婚姻を成立させ、実質的に管理下に置いてしまうことだ。
(そう、公爵は屋敷での去り際に言った。『鵞鳥の肥大肝をごちそうする』と。聞いた話では、伯爵領では鵞鳥の肥育に力を入れ、近々特産品として売り出そうという話を聞いたことがある。もしやと思ったが、カウラ伯爵領を併合する、あの言葉はそう宣言したに等しい!)
無論、いくつかの予想の中には入っていたが、こうも鮮やかな手並みを見せつけられては、驚かずにはいられなかった。ティースの話を適当に聞きつつ、表情に出さなないようにするのに苦労するほどだ。
係争状態のヒーサとティースをどちらも訪ね、比較してみれば一目瞭然。はっきり言えば勝負にすらならないほどの差がついていた。聴取に向けての下準備、抱えている情報量、財の多寡、そのすべてがヒーサが圧倒していると言ってもよかった。
(ならば、やはり公爵に肩入れして、仲良くしておくのが得策か。目の前のヒステリックな女伯爵に手を差し伸べても、利益は望めまい)
マリューはそう判断し、横にいるスーラに視線を向けると、互いに目が合った。どうやら、兄弟揃って同じ結論に至ったようで、息を合わせるかのように同時に頷いた。
((はやり、持つべきは気前のいい“友人”だな))
二人は手を組むべき相手を見出した。それは決して目の前の女ではない。もっと狡猾で、それでいて財の使い方を心得ている男ヒーサだ。
(ぜひとも現ナマという元気の出る薬を処方してほしいものだ。そう、できるだけ多く、な)
そう考えながら、二人の大臣による事前調査は終わりを告げた。
数日後に開かれる御前聴取の結論は、ほぼ決していると言ってもよい。あとは、途中の議論がどれほど予想外の展開を見せてくれるのか、二人は今から楽しみで仕方がなかった。
~ 第五話に続く ~
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