第四十四話 八百長!? 勝敗なき永久なる闘争!
「さあ、手を取れ、真なる魔王よ。覚醒の時は来た。火の大神官アスプリクよ、お前が手ずから介錯役となり、世界に終焉をもたらす炎を呼び起こせ。魔王となり、全てを滅ぼし、最後には私と共に無へと回帰するのだ!」
黒衣の司祭カシンは不気味な笑みと共に手を差し出した。
その手はアスプリクに向けられており、早く掴めと急かす様に放出した魔力で威圧した。
だが、アスプリクは動じない。鈍っていた戦場での勘も、今や戻りつつあり、この程度の威圧ではもう通じなくなっていた。
「言いたい事はそれだけかい!? まずはその腕をこんがり焼いてやるよ!」
アスプリクも負けじと魔力を高め、即座に得意の炎で焼き尽くせるように、頭の中で戦術を組み立て、術式を構築し始めた。
だが、即座に側にいたアスティコスが割って入った。
「やめなさい、アスプリク。ここで本気になったら、被害が大き過ぎるわ!」
なにしろ、人通りがない裏路地とはいえ、ここは王都の中である。
この世界における最強級の術士二人が、術の撃ち合いにでもなったらどれほどの被害が出るか、想像するのも恐ろしい事であった。
なにより、折角人の少ない場所に潜伏できたのに、盛大な烽火を打ち上げてしまっては、捜索部隊に見つけてくださいと言っているようなものである。
戦闘行動は極力控えねばならなかった。
「やれやれ、邪魔せんで欲しいな、エルフの女。魔王が目を覚ます大事な場面なのだぞ」
「うるさい! アスプリクは魔王なんかじゃない! だから、目を覚ますも何もないのよ!」
アスティコスはアスプリクをカシンから庇うように立ち、鋭い眼光で威圧した。
大切な家族を、可愛い姪を守るため、すでにアスティコスも覚悟を固めていた。目の前の司祭が相当な腕利きである事は、垂れ流される魔力から容易に想像できたが、それでも下がるつもりはなかった。
「魔王って言うのはね、もっと陰湿な根暗野郎の事なの! こんな可愛くて明るい子が、魔王になるわけないでしょ!」
「いかにもその通り。意外や意外、物事の本質を捉えているな、エルフ女」
カシンは小馬鹿にするようにニヤつきながらも、拍手をしてアスティコスを称賛した。
「エルフ女の言う通り、魔王として覚醒させるのであれば、それ相応の負の力が必要なのだ。例えば、そう、“心の闇”とでも称するべきものがな」
「そんなもの、この子にあるわけないでしょ!」
「ああ、その通り。“今”のアスプリクにはない。“かつて”のアスプリクにはあったのにな。さて、それはなぜなんだろうなぁ?」
「私がいるからでしょうが!」
「おお、またまた正解! いや、思っていた以上に頭いいな、エルフ女」
再びカシンは拍手でアスティコスを褒め讃えた。
「では、一つ尋ねてみるが、なぜお前がここにいる?」
「里が焼かれて、旅に出ざるを得なかったからよ! それと、姉さんの子供がいるって聞いていたし、立場的に苦しいとも聞いていたから、私が姉さんの代わりになろうって思ったからよ!」
「ふむふむ。では、更に質問だが、その情報は誰からのものだ?」
「ヒサコからよ! ……って、まさか!?」
「ようやく察したか。そう、これは全て、ヒーサ・ヒサコの中身、松永久秀の手の内で踊った結果だよ。ああ、なんとも忌々しいことだ!」
今度は一転して、カシンは不機嫌な顔をした。
「アスプリクがヒーサに惚れるように誘導したのも、エルフ女がヒサコに連れ出されたのも、すべては計算の内。それはアスプリクに魔王として覚醒させないようにするための、予防線だったのだよ!」
「魔王の覚醒に必要な“心の闇”、それを薄めるために……?」
「その通りだ、アスプリク。あの松永久秀という男、お前に初めて会った時から、ずっとお前が魔王であると確信していた。いかなる手段でそれを知ったかは分からぬが、どうゆうわけか魔王の器を見つける能力があるらしいな。であるからこそ、器であったアスプリクとマーク、これの覚醒を阻止し続けた」
「え? マークも魔王になる可能性があったの?」
「いかにも。だが、どちらも失敗した。松永久秀の手管で、二人の“闇落ち”を阻止したからな。アスプリクはヒーサへの惚れ気とアスティコスとの家族愛で、マークは主君への忠義と義姉への信頼で、それぞれが闇落ちするのを防いだ」
「それって、全部ヒーサが……」
「そうだ。心の闇を振り払い、真っ当な人間にすることにより、魔王への覚醒を実はこっそりと防いでいたのだよ、あの男は! アスプリク、君はヒーサに惚れている。そうなるように仕向けて、そこから徐々に心に光を差し入れ、アスティコスと言う家族を用意することにより、温もりのある家庭生活を用意した。ああ、なんたることか! こんな平穏で真っ当な生活をしている者に、世界を破壊する魔王など務まるはずがない!」
カシンの言葉を受け、アスプリクは以前の事を思い出し、ハッとなった。
かつての自分は、世界を憎んでいた。蔑まれ、恐れられ、弄ばれ、戦わされ、人々の悪意を一身に受けてきた。
何もかもが終わってしまえ、消えてしまえ、いずれ焼き尽くしてやると世界の終焉を願った。
「そうか……、あれが“心の闇”なのか」
「そうだ、世界の破滅を願う、それこそ魔王に必要な要素だ。ところが、松永久秀め、あやつはその心の闇を振り払ってしまった。なんと忌々しいことか!」
「ご愁傷様! やっぱり、ヒーサは本当の切れ者だよ。僕なんかじゃ及びもしない方法を持ち出してくる」
「……だが、それも大嘘。結局奴は“自分”の事しか考えていない利己でしかない」
「そうだとしても、結果として世界を救っているじゃないのか?」
「“死”を望んでいる世界に対して、無理やり“延命”していることに何の救いがある!?」
怒りと共に吐き出されるカシンの言葉は、いよいよ語気も荒ぶってきた。
普段の澄ました大上段からの物言いではなく、程度の低い恨み言のようであった。
それほどまでに、松永久秀のこれまでの言動はカシンを苛立たせてきたのだ。
「アスプリクよ、一つ尋ねてみるが、もし君が神より召喚され、異世界に転生することとなり、魔王をどうにかしろと言われたとしよう。拒否権はなしだ。必ず魔王に対処しなくてはならない。さて、どうする?」
「魔王を討伐しなきゃならないなら、まずは情報収集。それと並行して、強力な武具を用意したり、あるいは鍛練で自己を強化したりする」
「そうだ、それが“普通”なのだ。では奴は何をした? ちなみに奴がこの世界に転生してきたのは、結婚の少し前だ」
アスプリクは聞き及んでいるヒーサの事を思い出してみた。
そもそも、自分とヒーサが出会ったのは、ヒーサとティースの結婚披露宴の時であり、その少し前にこの世界にやって来たのだと言う。
当然、思い浮かぶのは、例の事件のことだ。
「『シガラ公爵毒殺事件』、あれがヒーサの初仕事ってわけか」
「そう、奴が真っ先にやったのは、家督の簒奪だ。公爵家の次男坊にして医者という恵まれた地位では満足せず、この世界における父と兄を殺し、家中のすべてを強奪した。しかも、その罪を嫁の実家に押し付け、そちらも花嫁ごと奪い取った。そして、得た財を投資し、数々の事業を立ち上げ、公爵家はさらに富む事となった」
「別に普通なんじゃない? やり方はアレだけど、富を得て戦に備える、ごく普通だ」
「それは“普通の戦”での範疇であって、“魔王との戦”での対処法ではない。長くても半年ほどで始まるであろう魔王との戦いに対して、持てる資源を内政に全部突っ込むことに、その異常性を感じないのか?」
カシンの指摘を受け、アスプリクはようやくにして気付いた。ヒーサの行動が“魔王と戦う事”を想定していた場合、あまりにも非合理的であった事に。
「そうか! ヒーサの行動は、長期戦を想定したやり方だ! 産業を起こし、その利益を得るのは先になる! 半年かそこいらで魔王を片付けるやり方じゃない!」
「魔王との長期戦、あれほどの切れ者が、そんな馬鹿げた事をするとは思えないだろう? ところがそれを実際やってしまっている。それはなぜか? 理由は簡単、最初から魔王と戦う気などなかったからだ」
「召喚された英雄が、魔王との戦いを拒絶!? なんでそんな事を!?」
「言ったであろう? あいつはどこまでも利己的だと。言うなれば、転生した先で第二の人生を謳歌するためだ。財を積み上げ、美女を数多侍らせ、芸事にうつつを抜かし、なにより“茶の湯”を楽しむ。放蕩生活万歳、だな」
「そんな事ってあるの!? 魔王との戦いだよ!? 戦時下だよ!?」
「前の世界ではそうしていた。奴にすれば戦時下での道楽など、“手慣れたもの”なのだろう。だが、今回は前世と決定的な違いがある。それは魔王との“八百長”を狙っているという点だ」
あまりにも発想が異次元過ぎて、アスプリクの理解を遥か斜め上を行っていた。
カシンの口から飛び出る言葉に一々驚きつつも、その言葉の裏付けとも言うべき“これまでのヒーサの言動”がよくよく一致しているのだ。
「奴も最初は手探りで、この世界での最適解を求めていたことだろう。だが、指針が固まったのは他でもない。魔王を、すなわちアスプリク、君を“確保”した段階で考え付いたのであろうな」
「ぼ、僕を!?」
「それが八百長の根幹だ。アスプリクが魔王! ならば覚醒させなければいい。運悪く魔王になったとしても、通じていれば問題ない。“永遠”に戦い続ければいい。なぜなら、この世界の根幹に照らせば、英雄か魔王、どちらかが倒れるまでは、戦いが終わる事はなく、世界が再構築されないからな」
それは世界の破壊を目論むカシンの意志とは真逆であった。
英雄の求めるものは終わりなき闘争と世界の延命、魔王の求めるものは終末戦争と世界の安楽死。
完全に方向性が逆なのだ。
「英雄と魔王が裏で手を組み、いかにも戦っていますという状態を作り出す。両者の闘争が終わらぬ限り、世界の再構築はない。例え雑兵が千人、万人死のうとも、自分に直接害が及ばなければヨシ! そして、王宮に引き籠って酒色三昧。なんとも知恵の回る暴君よな」
「じゃ、じゃあ、ヒーサが僕に優しかったのは、そのためだって言うの!?」
「英雄と魔王が恋仲だと言うのは、実に滑稽だ。英雄譚と言うよりも喜劇だよ、これでは。だが、世界の終焉を望む私からすれば、醜悪極まる事だ。永遠に続く闘争など、全力で否定してみせよう! 世界が望むように、この手で世界に死をくれてやる!」
カシンには確固たる意志がある。それは死を望む世界の意思であり、この世界で散っていった者達の怨念でもあった。
無限に続く闘争など、それらの意思に反するものであり、断固として拒絶していた。
「さあ、アスプリクよ、火の大神官よ、今一度問おう。終わりなき闘争の世界を断ち切り、無へと帰する時が来たのだ。ヒーサの本質は徹底した利己だ。終わりなき闘争に、なんの正義がある? あれは英雄であって英雄でない、欲深い数寄者だ。そんな汚れきった存在など、この世界ごと君の炎を以て浄化するべきだとは思わないのか?」
カシンは再び手を差し出した。
滅びを求める世界の意志は、カシンが有している。それが魔王の器に注がれた時、真なる魔王が覚醒する。
それは他でもない、アスプリクが選ばれた。
歪んだ世界として神々の遊戯盤を続けるのか、それとも世界そのものを終わらせるのか、それはもうアスプリクの決断次第であった。
~ 第四十五話に続く ~
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