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第四十二話  衝撃! 告げられし真相!

 王都の路地裏で、三人の人物が対峙していた。

 困惑するアスプリク、それを庇うように立つアスティコス、その二人が見つめるヒーサだ。

 ヒーサのもたらした酒によってジェイクが死に、その罪を見事にアスプリクに被せる事に成功した。

 切り捨てられるとは思ってもみなかったアスプリクは衝撃を受け、ただただ困惑するばかりだ。


「ヒーサ、ヒーサ……」


「落ち着きなさい、アスプリク! 今やあいつは裏切り者! 敵よ!」


 なおもヒーサに縋り付こうとするアスプリクを押しとどめ、アスティコスは鋭い視線をヒーサに向けた。

 散々利用するだけ利用して、権力奪取の最大の障害であったジェイクを亡き者にし、それをアスプリクがやった事に仕立て上げた。

 反吐が出るほどの外道な行いであり、アスティコスも完全にキレていた。

 すぐにでもすまし顔の目の前の男に対して、強烈な一発をお見舞いしてやりたいところであるが、街中と言う事もあってあまり強力な術式は使えない。

 なにより、アスプリクを落ち着かせるのが先と考え、動きを実質的に封じられていた。


「やれやれ、おめでたいことだな。まだ気付かないか、アスプリク、いや、火の大神官よ。戦場から離れて、随分と“なまくら”になったものだな」


 そう言うと、ヒーサは自分の顔をシュッと撫で回した。

 するとどうだろうか。顔はもちろんのこと、姿形まで別人のそれに代わり、同じくすまし顔で二人を見つめ直した。

 その姿は見覚えがあり、アスプリクは後頭部を思い切りぶん殴られたかと思うほどの衝撃を受けた。

 頭がグラつき、足場が崩れたかと思う程にふらついて、アスティコスが慌てて支えたほどだ。


「か、カシン……!」


「やあ、この顔で会うのは久しぶりだな、火の大神官よ」


 ニヤついて話しかける男、それは異端宗派《六星派シクスス》を統べる黒衣の司祭カシン=コジであった。


「思った以上に引っかかってくれたな。私の幻術を見破れぬほどに衰えるとは、随分と温い生活に慣れてしまったようだな!」


「な、なんであんたがこんなところに!?」


「もちろん、君がヒーサ・ヒサコの下を離れて、単独行動に出たからだよ。策を弄するのには、どうしてもあの英雄が邪魔だったからな。こうして離れてしまえば、我が幻術にて虜にする機会もあろうと狙っていたまでの事よ」


 その笑みは邪悪そのもの。実際、アスプリクもアスティコスも、まんまとしてやられて事を思い知らされ、屈辱と怒りで頭の中が沸騰しそうであった。

 だが、強力な術士二人を前にしても、カシンの余裕の態度は崩れることはなかった。むしろ、更なる笑い声をぶつけてくるほどだ。


「まあ、私も自分自身を反省しているところだ。軍を率いての合戦など、やはり性に合わん。こうして幻術を用いて裏でコソコソやっている方が、実にらしいと思うのだよ」


「ヒサコにボコボコにされたくせに!」


「そうだとも。まあ、作戦の切り替えだね。裏工作で王国を内部からボロボロにし、力を落としたところでアーソの戦線を皇帝が自ら軍を率いて正面突破。そういう筋書きだよ」


「く……、僕をダシにして、よくもやってくれたな!」


 カシンの言を信じるのであれば、王国内で内部対立を煽っている段階だ。しかも、それは上手くいきつつあるのも認めざるを得ない。

 皆のまとめ役であるジェイクが死亡し、しかもその罪をアスプリクに押し付け、おまけにアスプリクの保護者的立ち位置にいるシガラ公爵家にも疑念が生じるように仕組まれていた。

 反シガラ公爵の派閥が勢いづくのは必至であり、今後は大いに揉めそうな状況になりつつあった。


「ククク……、それにしても、少女にしては随分と淫蕩なものよな、大神官。昨夜の乱れっぷりは、なかなかのものだ。今少し胸が大きい方が私としては好みなのだが、まあ十分に楽しませてもらった。白無垢の美少女、実に美味であったぞ」


 下衆な笑みを浮かべるカシンに、アスプリクはようやくにして思い至った。

 昨夜、ずっと秘めていた想いをぶちまけ、想い人であるヒーサに抱かれた。

 今まで男に抱かれる事もあった。と言っても、それは実質弄ばれるだけの玩具であり、苦痛以外の何ものでもなかった。

 しかし、昨夜だけは違った。ヒーサの手や肌は温かで、体の隅々まで愛撫を受け、安堵と悦楽を同時に感じ、初めて嬉しいと、気持ちいいと感じた。


「だが、残念なことに、それは夢! それは幻! 全部が全部、嘘と偽りの記憶! 君が見たいとしていたものを、幻術で見せてやっただけだよ! 愛する人との一夜の逢瀬を掴み取り、健気に差し出す白く無垢なるその体。されど、とんだ手違いか、相手はどうしたことか、この私! ああ、臥布の上で乱れし可憐なる一輪の白薔薇、手折ってしまうのは惜しいものだね~」


「ぐぅぅぅ!」


 ゲラゲラ笑うカシンにとうとう耐えきれなくなり、アスプリクは気持ち悪さから盛大に吐瀉物を地面にぶちまけてしまった。

 昨夜の記憶は真っ赤の嘘。自分を優しく抱いてくれたのは、ヒーサではなく、カシンだと知ってしまったからだ。

 何もかもを台無しにされた。踏みにじられたヒーサとの思い出、ようやく和解が成ったジェイクを殺してしまったという現実、何もかもがアスプリクの脳や臓物をグチャグチャにしてしまった。

 ヒーサへの想いがそのままカシンへの怒りに転嫁され、困惑の二文字は今や憤激の感情で押し流され、アスティコスが思わず呻くほどの殺意となって、荒れ狂う嵐のようになった。


「カァ~シィ~ン~! 毛の一本も残さず、消し炭にしてやる!」


 吹き出した怒りがそのまま炎に変化したかのような熱気に包まれ、今や王都の裏路地は色んな意味で鉄火場と化した。

 アスプリクより発せられる炎と熱気により、置かれていたバケツの水から湯気が吹き出し、生命力あふれる道端の雑草すら次々と炭になっていった。


「おお、怖い怖い。さすがは火神オーティアの愛娘と称されるほどだ。その炎はまともに食らってはたまらんな~。だが、君の術式は街中で使うのには、いささか火力が強すぎる。巻き添えになる人間がどれほどになるのか、想像するだけでも身が震える」


 カシンが余裕の態度を崩さないのは、これが理由であった。

 アスプリクの大火力は脅威であり、さすがのカシンも正面切って術式での戦闘に及ぶつもりはなかった。

 だが、ここは街中であり、その火力が却って邪魔になる場所なのだ。

 しかも、今のアスプリクは“追われる”身の上である。大火力をぶっ放せば、それは居場所を教えてやるようなものであり、捕り手から身を隠す意味でも術式の使用は控えなければならなかった。


「アスプリク、落ち着いて! 気を鎮めて!」


 アスティコスもそれを良く弁えていたので、必死でアスプリクの抑え込みに入った。

 アスプリクは完全にキレており、まるで獰猛な獣のような立ち振る舞いだ。アスティコスという鎖が無ければ、周囲を無差別に吹き飛ばしていてもおかしくないほどいきり立っていた。


「怖いね~。そんなにヒーサにナデナデして欲しかったのか? 悪いね、あやつではなくて」


「殺す! あぁぁぁ、殺す、殺す、殺す!」


「まあ、そういきり立たないでくれ。目的を達した以上、私と君には、戦う理由はないのだから」


「黙れ! 僕の人生、メチャクチャにしておいて!」


「おや? メチャクチャにしたのは、そもそも君の周りの大人達ではなかったかい?」


 カシンの言は完全に的を射ていた。

 娘と向き合おうとしなかった父、希薄な関係に終始した兄達、腫物のように扱ってきた宮仕え達、こき使うか弄ぶかしかしなかった教団の連中、アスプリクの人生を歪ませ、真っ当な生き方ができなかったのは、間違いなく周囲の大人のせいであった。

 ヒーサがその状況に一石を投じ、どうにか取り戻せると実感を持てた。

 だが、目の前の男に台無しにされた。

 油断があったとは言え、こうまでの仕打ちを受けるほど、何か自分はしたのかと、“神”すら呪いたくなる気分であった。


「まあ、それでは本題に入るとしよう。戦う理由がない、敵対する理由がない、というのはちゃんとした世界の摂理に従ってのことなのだ」


「世界の摂理だって!? ハンッ、随分と大仰な物を持ち出してくるね!」


「実際その通りなのだからな。何人にも逆らえない神の定めた世界の摂理。それに私自身従って、こうして参上したのだから」


 そう言うと、カシンは急に頭を垂れた。

 慇懃無礼であるとか、そいういうものではない。完全に礼節に則った拝礼であった。

 膝を付き、頭を垂れ、それはまさに“臣下の礼”と呼ぶに能うほどだ。

 いきなりの態度の豹変に、アスプリクも困惑した。

 燃え盛る心に冷や水を浴びせられたようなもので、闘争心が萎えてしまった。


「……なんのつもり?」


「お迎えに上がった次第でございます」


 そう言うと、カシンは膝を付いたまま顔を上げ、見上げるようにアスプリクを見つめた。


「そう、お迎えに上がったのでございます、“真なる魔王様”」



           ~ 第四十三話に続く ~

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