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第三十七話  下劣! 切り捨てられた少女と高笑いの梟雄!

 王都ウージェは祭りの真っ最中と言う事もあって、日が沈んだ後でも人通りは絶えない。年に一度、七日ぶっ通しの大祭であり、王国全土から人が集まってくるのだ。

 また帝国との戦争の只中にあるが、その不安を払拭させる意味においての空元気というのもあった。

 だが、ヒサコの果敢な行動により、戦況は王国有利の状況にあるため、人々を安心させており、祭りがなんの支障もなく開催されていることに人々は喜びの声を上げていた。

 そう、今この瞬間までは、という話ではあるが。


「ここまで来れば、まずはよしとしましょう。とにかく、王都を離れないと」


 ジェイクの屋敷から逃げ出し、ひとまずは裏路地に逃げ込んだアスティコスは、姪のアスプリクを抱えて逃げたためにその呼吸は荒かった。

 あまりの状況の変化に、自身もまた冷静さを欠いている自覚もあったが、アスプリクよりはマシであった。

 逃げ出したはいいものの、二人の姿は人間のそれではないため悪目立ちする。潜みながらもどうにか顔を隠せるフード付きのマントを手にし、それから身を潜めて幾分か時間が経った。

 その間もアスプリクはと言うと、屋敷での光景が夢か幻であってくれと願いつつ、現実から逃避していた。

 今も頭を抱えてうずくまり、ガタガタと震えていた。


「ヒーサ……、なんで、どうして……」


 うわ言のように呟く声にも力が無い。混乱する一方であった。

 長年、険悪な仲であった兄ジェイクとの関係修復。これの後押しをしたのがヒーサだ。

 ヒーサはジェイクからの依頼を受け、アスプリクとの仲を戻すように動いていたのだが、その最後の段階として、両者の直接対話による和解の場を作り上げた。

 だが、贈呈品として持たせた酒に毒が仕込まれており、それを飲んだジェイクは死亡。その罪をアスプリクに押し付ける形となった。

 生まれてから十四年、虐げられる生活ばかりであったアスプリクにとって、家族との和解はそれを取り戻すための門出になるはずであった。

 だが、“あの男”は土壇場で全てをひっくり返した。優しい笑顔と共に。


「あんなに僕の事が好きだって……、必要だって言ってくれた。なのに……!」


 切り捨てられた、そう判断をせざるを得ない状況が積み上がっていた。

 どこをどう取り繕うとも、ジェイクを毒殺したという事実は残る。兄殺し、宰相殺し、この罪は決して軽くはない。

 “白無垢の聖女”と呼ばれて久しいのに、今や“白の鬼子”に逆戻りだ。

 厄介者、問題児、殺戮者、法衣と共に投げ捨てたはずのそれらが、杯に注がれた毒酒と共に、アスプリクの下に戻ってきてしまった。

 ガタガタと震える姪に、アスティコスはかっぱらってきたマントを被せ、その姿を隠した。自身もまた目立つ顔をフードで隠し、周囲を警戒しつつ、泣きじゃくるアスプリクを撫でて宥めた。


(でも、おかしい。なんなの、この強烈な違和感は)


 時間の経過と共に、冷静さと思考力を取り戻してきたアスティコスは不思議に思うのであった。

 あのヒサコと同じ中身に奴が、こんな稚拙な“失敗”をするのかどうか、という点だ。


(ヒサコの悪辣さは良く知っている。ふざけた態度の裏で、とんでもない悪さをしてくる。事が起こるまでは知らぬ存ぜぬで通し、いざその時が来たら一斉に火を噴く。そういう苛烈さがある。でも、今回の策はまるで失敗したり、見つかったりするのが前提の策じゃないの!?)


 なにしろ、酒に毒を仕込み、それを隠しているのは確かによく隠蔽されていた。その点ではさすがだとアスティコスは思った。

 だが、そこに大きな穴があった。


(そう、あそこでジェイクが毒をあおったのは、抜け駆けで飲んでしまったことが原因。もし、私かアスプリクの杯に注がれていたら、さすがに気付く。術士は一般の人間よりも遥かに優れた感覚を持っている。手に持つ杯の毒の有無くらい、“勘”で分かってしまう)


 戦場を離れて、勘が鈍っていたことはその通りなのだが、そこまで衰えていない自覚はあった。現に、酒瓶の口を軽く嗅いだだけで、危ないという気配を察することができたのだ。

 ゆえに、疑問なのだ。失敗することを前提の策など、そんなことをあの策士がやるとは思えないからだ。


(いえ、逆かしら。失敗しても問題が無い、あるいは、成功する自信があった、とか。そもそも、何を以て“成功と失敗”の境界があるのか、そこが分からない)


 策を弄する以上、何かしらの目的があるのは明白だが、その目的が何であるのかが分からないのであれば、ヒーサの一手が成功か失敗かなど判断しかねるのだ。


(ええい、分からないわね! でも、今はそれを考えている余裕もない。重要なのは、ジェイク殺害の罪をアスプリクが押し付けられたって事!)


 その点がアスティコスの最大の問題であった。

 基本的に、アスティコスは姪の事以外は割とどうでもいいのだ。アスプリクの安全と成長、その横に自分がいられれば、例え周囲がどうなろうと知った事ではない。

 これが絶対的な価値基準であった。

 ゆえに、アスプリクに害をなすと判断した存在は誰でも平気で噛みつくし、アスプリクがこうしたいと望めばそれに付き合う生活をしてきた。

 今こうして王都を訪問し、慣れぬ人混みに華奢なその身を揉まれているのも、そこにアスプリクがいるからに他ならない。


(今、あの屋敷には“ジェイクをアスプリクが殺した”という、バカげた現実だけが存在する。無論、故意ではないし、弁解すればよかったかもしれないけど、どのみち投獄は避けられない。そもそも、あの酒はヒーサがアスプリクに用意した物だけど、“直接”手渡した物でもなければ、“ジェイクへの贈り物”とした物でもない。ただ単にあの部屋に置かれていただけ。それこそ、アスプリクの早合点として、知らぬ存ぜぬで通せてしまう。かなり苦しいけど、ヒーサ自身は弁解できない状態ではない)


 実行役を切り捨てて、自分だけは安全地帯。どこまでも見下げ果てた奴だと、アスティコスは怒りで前進が打ち震えた。

 しかし、同時に考えてしまう。

 そんな使い捨ての実行役に、“最強の術士”であるアスプリクを使うのか、という点だ。

 ヒサコは非常に効率的で合理的な動きをする。無軌道に暴れているように見えて、しっかりと目的意識と、そこへ到達するための効率性を備えている。

 そして、ヒサコとヒーサは中身が同じだという。

 そう考えると、アスプリクを犠牲にしてジェイクを暗殺する事は、あまりにも非効率的なのだ。 いかに必殺の策であろうとも、アスプリクを消費するのはあまりにも“らしくない”と感じた。

 何かが引っかかる。アスティコスは必死でその“何か”を求め、思考を巡らせた。


(そう、やはりそれが違和感の大元だわ。一人で千人分の働きができるアスプリクを、こんなつまらない暗殺で使い捨てにするなんて、全然らしくない。何かもっと裏が……、別の目的が?)


 アスプリクを貶める、ジェイクとの仲をこじらせる、王国内に混乱をもたらす、失敗しても成功してももたらされる効果は色々あるが、どれも説得力に欠けるものであった。

 やはり、何を考えているのか分からない、これに辿り着いてしまうのだ。


(結局、当人ヒーサに直接問い質すしかないの? でも、こうまでやったからには、アスプリクに報復される可能性だってある。当然、そのための備えはしているだろうし、ノコノコとこちらの前に出て来るなんて有り得な……)


 その時だ。アスティコスは誰かが近付いてくる気配に気づいた。

 ただの通行人であれば、アスティコスを宥めるふりをしてやり過ごしたであろうが、気配の指向が明らかにこちらに向いていたため、警戒度を極限まで高めた。

 追っ手がもう来たか、そう判断したアスティコスであったが、薄暗い路地の奥から見えた人影は、あまりに予想外の人物であった。

 なにしろ、目の前に現れたのは、“ヒーサ”であったからだ。


「ひ、ヒーサ!」


 悲鳴にも怒声にも聞こえるアスティコスの叫びに、アスプリクは伏せていた顔を上げ、やって来た人影に視線を向けた。

 その姿は間違いなくヒーサであり、それを脳が認識すると勢いよく立ち上がった。


「ヒーサ、これは……、これはどういうことなの?」


 泣き腫らしてしわくちゃになったアスプリクはフラフラと歩み寄り、ヒーサの服を掴んで縋り付く様に見上げた。

 両者の身長差は頭二つ分もあり、改めてその体格差を思い知らされた。

 そんな小さな少女に対し、ヒーサは笑みを浮かべて優しく頭を撫でるのであった。


「ご苦労だった、アスプリク。見事にジェイクを暗殺してくれたな。ああ、心配ない。それもこれもこれから起こる事の、ほんの序幕に過ぎない。その舞台の主役は他でもない、アスプリク、お前なのだよ」


 笑顔を崩さず、優しく少女の頭を撫でるヒーサであったが、ただならぬ気配を放っていた。

 アスプリクは動揺しているため、それに気付いてはいないようであったが、アスティコスは違った。しかも、その気配、あるいは表情は見覚えがった。

 そう、あの時、エルフの里を焼き払ったときのヒサコと、瓜二つであった。


(ああ、マズい! またやらかす気だわ! この王都を舞台として、とんでもないことを始める気だわ!)


 アスティコスの脳裏には、燃え盛る里の光景が呼び起こされ、恐怖に打ち震えた。あれがまた再現され、王都が崩れ行くのを想像してしまった。

 だが、あの時とは違う点がある。

 それは何が何でも守りたいものが、今はあると言う事だ。

 恐怖に打ち勝ったアスティコスは、素早く駆け寄ってアスプリクに抱き付き、しがみ付く手を振り払ってヒーサから引き剥がした。

 両者の間に割って入り、身を挺して姪を守りつつ、ヒーサを睨み付けた。


「おやおや、お怖い保護者だな~。傷心のお嬢様を、昨夜の続きでもして、お慰め申し上げようというのに、邪魔してくるか」


「汚らわしい! なんて下劣なの!?」


 アスティコスは昨夜の出来事を後悔した。

 アスプリクが望んでいるからと、目の前の愚物と二人きりにさせてしまったのは、完全な失策であったと思い至った。

 どこまでも下劣で、あくまでも自分本位。平然と人を利用し、用が無くなればバッサリと切り捨てる。情もなにもあったものではない、最低最悪の存在だ。

 一触即発。いかにして目の前の男に制裁を加えるべきか、死すら生温い方法を、アスティコスは頭の中で模索し始めた。

 そんな怯える少女と怒り狂うエルフを見ながら、ヒーサはただただ笑みを浮かべるだけであった。



           ~ 第三十八話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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