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第三話  これは賄賂ですか? いいえ、ほんのささやかな誠意です!

 王都ウージェに到着して間もないというのに、早速の来客である。なかなかにせわしないことだと思いつつ、ヒーサは上屋敷の廊下をゆったりとした足取りで歩いた。

 随伴するのは二名。妹のヒサコと、専属侍女のテアだ。

 ヒサコ(偽)はヒーサにとって腹違いの妹という“設定”にしておいた人形である。《性転換》のスキルから派生した《投影》の術式によって生み出された、操り人形のような存在だ。テアの魔力供給さえあれば生成でき、意のままに操ることができた。

 いるはずのない妹が存在しているかのように見せるため、今もこうして妹の体を生成して、その姿を見せつけているのだ。

 そして、来訪者が待つ応接間に到着すると、すでに先行していた上屋敷の管理人ゼクトが扉の前で待機しており、扉打ノックをしてから扉を開けた。

 ヒーサが先頭に立って中に入ると、中央の席に二人の男が座していた。


「お初にお目にかかります! マリュー、スーラ両大臣にこうしてわざわざご足労いただきまして、嬉しい限りでございます」


 ヒーサはにこやかな笑みで二人の来訪を歓迎し、二人もまた席を立って笑顔で応じた。


「公爵代行殿、ようこそ王都へ。歓迎いたしますぞ」


 二人の男の片割れがヒーサに歩み寄り、手を差し出して握手を求めた。兄のマリューが法務大臣、弟のスーラが財務大臣を務めており、兄弟で国の要職ある実力者であった。

 握手をしてきた方が若干齢を食っている感じがしたので、こちらが兄で、後ろに控えているのが弟の方かと、ヒーサは判断した。

 そして、先程の言葉から、すでに戦が始まっていることも察することができた。

 なにしろ、わざわざ公爵の後ろに“代行”という文言を差し込んできたことだ。確かに、爵位継承の正式な手続きは終わっていないので、ある意味では正しいのだが、すでに確定しているにもかかわらず、わざわざそういう文言を差し込んできたということは、「イチャモン付けれるんだぞ」という牽制に他ならない。

 まだ、鞘から刃を抜かれていないが、光る刀身をチラ見せ程度には出してきて、早速探りを仕掛けてきたというわけだ。

 だが、ヒーサは別段動じていない。どころか、懐かしの戦場に帰って来たような感覚に満たされており、むしろ精神が高揚してきたと言った方がよい。


(ああ、帰って来たぞ。このビリビリとした感覚がよいのだ。まあ、見ておれよ。こちらはこちらで欲しいものを王都よりもぎ取ってやるからな!)


 笑顔の握手は、実際のところ鍔迫り合いに等しかった。

 形式的な挨拶が終わると、それぞれ席に着いた。机を挟んで、ヒーサ、ヒサコが並んで座り、その反対側にマリュー、スーラが座った。


「こうしてお近付きになれましたるのも、輝ける五星の神々のお導きでありましょう。公爵就任後にはお披露目の宴をご用意いたしますので、御二方にも是非ご出席をお願いいたしたい」


「おお、それはそれは。是非、お呼ばれさせていただきましょう」


 上流階級にとって、宴席への出席は生業ライフワークのようなもので、それもまた仕事の一環のようなものであった。例え仲の悪い相手であろうとも招待状を出すことが多いし、逆にそれを受けることもよくある話であった。

 仲の良い者とは親交を深めるため、仲の悪い者に対してはある種の敵情視察として、相手の招きに応じるのがどの貴族でもやることである。


「まあ、それはさておき、まずもってマイス殿の御不幸、御悔み申し上げる」


「セイン殿のこともな。まさか今回のような痛ましい事件でお亡くなりになるとは、惜しい方々を亡くしました」


 兄弟揃って残念がる表情を見せたが、どこまで本気なのかさすがに読み切れなかった。社交辞令として故人を偲ぶなど、常套句にも等しいからだ。相当場慣れしているのか、表情からも真意を読ませてはくれない。


「お二人にそう言っていただけて、父も兄も心安らかに神の御許へ参られるでしょう」


 ヒーサは印を組み、二人の冥福を祈った。

 さて、掴みの会話はこのくらいにして、本題に入ろうかとヒーサが姿勢を正すと、対峙する二人も察したのか、話を聞く姿勢を取った。


「御二方、今回の事件、どこまで把握しておいででしょうか?」


 下手な前置きなしに、真正面からの切り込み。兄弟は軽く視線を合わせた後、またヒーサに視線を戻した。


「おおよそは把握しております。よもやカウラ伯爵があのような暴挙に出ようとは」


 マリューはわざとらしく肩をすくめ、スーラも頷いて兄に同意した。

 顔には出さなかったが、ヒーサは心中で会心の笑みを浮かべた。第一手を打つならここだと、好機を見出したからだ。


「ところが、それが真っ赤な噓だとしたらば?」


 もったいぶるようなヒーサの問いかけに、二人もいよいよ真剣な眼差しでヒーサを見つめてきた。


「ほほう。真っ赤な嘘とはどういうわけなのでしょうか?」


 スーラが興味津々に尋ねると、ヒーサは懐からお守りを一つ取り出した。それは六芒星の形をしており、カンバー王国の国教である《五星教ファイブスターズ》、その異端《六星派シクスス》の聖印ホーリーシンボルであった。


「カウラ伯爵ボースン殿の嫡子キッシュ殿が落石事故にて亡くなったことは、すでに御耳に入っていると思いますが、その現場近くの森で数名の遺体が見つかり、その中にこれを所持していた者が紛れておりました」


 ヒーサの説明を聞き、二人はさすがに渋い顔になった。貴族同士のいざこざではなく、宗教がらみの案件に飛び火したからだ。

 貴族同士の諍いであれば、調停するのは国王の領分に属し、当然、廷臣である自分達にも関わってくる話となる。国内法的にどうかということなら、法務大臣のマリューが国王に助言するし、賠償の話ともなれば財務大臣のスーラが関わってくることとなる、

 この手のゴタゴタを上手く調停できれば双方にいい顔ができ、色々と“心付け”が期待できると言うものだ。

 しかし、宗教案件となると、どう考えても、王宮に出入りする教団からの派遣幹部である“枢機卿”がしゃしゃり出てくるのが目に見えている。

 つまり、二人にとっては“美味しくない”のである。

 そんな面白くない二人の様子を見たヒーサは、少しだけニヤリと笑いつつ、話を続けた。


「そこで、ご提案なのですが、この《六星派(シクスス)》の情報を伏せておきませんか?」


「なに?」


 ヒーサからの意外な提案に、マリューは思わず声を上げ、スーラも目を丸くして驚いた。


「だが、《六星派(シクスス)》絡みとなると、教団側に知らせておくのが当たり前だぞ」


 これについては、スーラの言う通りであった。勢力を伸ばしつつある異端の存在に教団側も神経を尖らせており、優先的に対処するように各支部を介して貴族へ協力を要請していた。


「はい、知らせるという点では変わりありませんが、事前に知らせておくのと、聴取の席で知るのとでは意味が違ってきます」


「ふむ、なるほどな」


「事前に知らせてやる義理も義務もないからな」


 二人も納得したようで、ひとまずはその情報を伏せておくことで合意した。二人とも宗教勢力に大きな顔をされるのを嫌っており、この程度の嫌がらせくらいなら、平気で乗ってくるのだ。


「それともう一点、紹介しておかねばならない者がおります」


 ヒーサは横に座っていたヒサコの方を振り向き、その肩に軽く手を置いた。

 マリューもスーラもヒサコに付いては最初から気になっていた。侍女であれば後ろに控えておくし、なにより服装が違う。ヒーサと同列に座していることから、貴族令嬢というのだけは分かっていた。


「こちらはヒサコと申しまして、私の妹でございます」


「ヒサコにございます。こうして両大臣にお目にかかれましたること、光栄に存じます」


 ヒサコは座りながら頭を下げ、二人に対して敬意を示した。意思のない人形ではあるが、意識を集中させて指示を飛ばせば、ある程度の会話をこなすこともできた。

 しかし、マリューもスーラも疑問があるようで、揃って首を傾げてしまった。シガラ公爵家には男児が二人だけで、女児がいたなど聞いたこともなかったからだ。


「ああ、驚かれるのも無理はありません。ヒサコは庶子ですので」


 この一言で、おおよその事情は納得した。庶子ならば、屋敷などに住まわせず、どこか領内の片隅でひっそりと育てたり、あるいは養子に出されるなど珍しくないからだ。


「なにぶん、父上と兄上が同時に亡くなり、屋敷が少々寂しくなりましてな。で、ヒサコを正式な公爵家の一員として招き入れることとしたのです」


「なるほど。公爵とならば、それも可能ですからな」


 庶子が家門の一員かどうかを決めるのは、家長の権限に委ねられている。つまり、ヒーサが了承すれば、ヒサコは正式に公爵家の一員となれるのである。


「しかし、まだ公爵位の件は正式に決まっておりませんし、なにより枢機卿あたりがうるさく言ってきそうで、はてさてどうしたものか・・・」


 スーラは歯切れの悪い文言を言い放ち、ヒーサ、ヒサコを交互に見やった。

 それの言わんとすることを察したヒーサは、パンパンと手を叩いた。すると、廊下に控えていたゼクトが部屋の中に入って来た。御盆を一枚持っており、それには小袋が二つ載せられていた。

 そして、それを御盆ごと机の上に置いた。ジャラリ、という音が零れ落ちたので、袋の中身は硬貨であることは容易に想像できた。

 マリューとスーラの二人はニヤリと笑いつつもすぐには飛びつかず、まるでわざとらしいくらい興味のない態度を示した。


「どういう腹積もりですかな、これは?」


「いわゆる“賄賂ワイロ”というやつですかな?」


 据え膳食わぬはの精神で、さっさと御相伴に与りたかったが、一応そういうのはなしですよと、形だけでもアピールしておかねば強欲と思われかねず、少しだけ我慢した。


「いえいえ、とんでもございません! それはこちらのお気持ち、“誠意”でございます」


 ヒーサもニヤリと笑い、どうぞと言わんばかりに笑顔で何度も頷いた。


「そうかそうか、“誠意”か」


「ならば、受け取らねば、却って無作法というものだな」


 二人はササッと袋を掴み、それぞれの懐にしまい込んだ。公爵家新当主と両大臣の間に“友好の懸け橋”が築かれた瞬間と言えよう。


「いや、シガラ公爵家新当主の“誠意”はしかと受け取った。なにか相談事があれば、遠慮なく我らに相談してくだされ」


 マリューは席から立ち上がり、ヒーサに握手を求めた。ヒーサはこれに快く応じ、スーラもこれに加わって、三人で固く握手を交わした。


「陛下の両輪として活躍されるお二人に、このようなものしかお渡しできないのは恐縮でございます。次はなにか美物でもお持ちいたしましょう」


「おお、それは楽しみだな!」


「そうですな・・・、お二人の好物、鵞鳥の肥大肝フォアグラなどはいかがでしょうか?」


 この言葉を聞き、二人の顔が一瞬だが強張った。だが、何事もなかったかのように笑顔に戻り、今一度握手を交わして部屋から退出していった。

 応接間に残ったのは、ヒーサ、テア、ヒサコの三名だけだ。 

 テアは一応気配を探り、部屋の中はもちろん、扉で聞き耳を立てていないのを確認した後、ヒーサに歩み寄った。


「随分とあっさり終わったけど、あれでよかったの?」


「上々。ああいう利に聡い悪党の方がやりやすくていい」


 ヒーサとしては、満足のいく結果であった。見せられる札、見せなければならない札は全部提示できて、しかも相手の反応からちゃんと察してもらえたことまで確認できた。

 御前聴取の下準備としては、まずまずの走り出しと言えた。


「あの二人に限らず、それ相応の連中がやって来るだろう。もちろん、できる限り便宜を図ってもらうよう“誠意”ある対応も忘れずにな」


「大徳の誠意って、こんなんだっけ?」


「何を言う。誠意とはすなわち、金だぞ。『あなたのためにここまで頑張ってます』という態度を何らかの物差しで示そうとした場合、“金銭”以上の指標はないのだぞ」


 言っている内容は理解できるのだが、なにか釈然としないテアであった。


「あとは相手のために血を流すくらいだな。流れ出た“敵味方の血”、これの量もまた、誠意の一つの形なのだ」


「この戦国脳め……。物騒過ぎるわ!」


「そりゃあ、戦国男児だからな。まあ、ワシは平和的で穏便な方法で解決するのがよいと思っておる。孫子も言っているであろう。『およそ兵を用うる法は、国を全うするを上となし国を破るはこれに次ぐ。この故に、百戦百勝は善の善なるものにあらず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』とな。戦なんぞせずに、相手を平伏させるのが一番よ」


「平和的……? 穏便……?」


 異世界転生してから犯してきた数々の悪行も、この男に言わせれば、平和的で穏便な手段らしい。テアは猛烈なめまいに襲われた。


「どうした? 顔色悪いぞ? いよいよ孕んだか?」


「孕むか! 私はそういうのしてないから!」


「だが、急がねば、ワシの夜伽役を引き受けることになるぞ」


 いたって大真面目にヒーサが言い放ったので、テアは数歩後ろに下がった。実際、ヒーサの指が怪しげに動き、手の届く範囲にいれば捕食されていたかもしれない。


「使っていた“抱き枕”が使用不能になったからな。床が少々、寂しいのだ」


「その“抱き枕”をズタボロにしたのは、どこのどちら様でしたっけ?」


擬態箱ミミックさんだったような気がする」


「どの口がほざく!?」


 一切の反省も後悔もしていない様子であった。だからこそ、目の前の男は恐ろしいのだ。人を利用し、貶めることに躊躇も後悔もない。ゆえに、判断が恐ろしいほどに早く、それでいて最大利益を狙ってくる。

 これが大徳の君主だとは、考えたくもなかった。


「……で、次の“抱き枕”候補は決まっているんでしょ?」


「無論、これからお迎えする花嫁、女伯爵のティース嬢だ」


 哀れ、ティース嬢。家族を皆殺しにされた挙句、領地も奪われ、自身は見た目は十七歳の貴公子、中身は七十の爺の生贄に饗されることがほぼ決まっているのだ。これを悲劇と言わず、なんと言うべきか、テアは自身の語彙力に低さを嘆くしかできなかった。


「なあに、花嫁殿には、小姑ヒサコを使って、遊んでやるさ」


 ヒーサはポンポンと動かぬ妹の肩を叩き、ニヤリと笑った。何をするのかはだいたい想像ができたので、テアは背筋を震わせた。


「一応聞いとくけど、ティース嬢の全部を奪いつくすの?」


「決まっておろう。財も、領地も、己自身もな」


「良心の呵責は……」


「あるわけなかろう。そんなものは釜茹でにして、どこぞへ消え去ったわ」


 躊躇なし。どこまでもしゃぶり尽くすつもりだと、ヒーサは言い切った。


「早くせぬと、女神をつまみ食いすることになりかねんからな。とっとと片付けたいものよ」


 ヒーサの高笑いが響き、テアは頭を抱え、指示待ちのヒサコはただ前を見つめていた。

 こうして、呼び出しを受ける数日の内は、来客の対応に追われることとなり、練り上げた策を解き放つ機をジッと待つこととなる。



           ~ 第四話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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