第二十八話 再会! 新法王と白無垢の少女!
聖地『星聖山』
そこはカンバー王国が国教と定める《五星教》の総本山が存在していた。
五つの小高い山が連なり、世界を作りたもう五色の神が地上に降臨したその台座である、そう聖典に記される厳かな場所だ。
その山々には火、水、風、地、光、それぞれの神殿が設けられており、山中を貫く回廊にて繋がっていた。
王都ウージェから程近い場所にあるため、参拝客も多く、山麓の街も活気にあふれていた。
しかも、今は年に一度の大祭“星聖祭”の真っ最中であるため、神殿への参拝者が列を成し、山上に伸びる参道どころか、麓の街道にまで行列が伸びているほどであり、盛況も盛況であった。
なお、そんな“一般”の参拝者とは違い、裏口から入る者もいる。特別な許可を貰っている貴族などがそれであり、“お布施”をたんまり弾んだ特例として、そうした長々と続く列に並ぶ必要もなく、山上の神殿へと向かう裏の参道を使用できるようになっていた。
そして、その裏道を使い、さっさと山上の神殿に昇って来た麗しき妖精が二人。かつてここの住人であったアスプリクと、その叔母であるアスティコスだ。
肩書としては“シガラ公爵からの親善大使”ということにしており、その扱いとしては神殿側も丁重そのものであった。
許可も取らずに還俗したにも関わらず、それを咎めることなくすんなり“奥の院”まで通してもらえたのは、その証と言うべきであった。
案内役の聖職者に先導され、見慣れた廊下を進むアスプリクの感情は複雑そのものであった。
(二度と、ここには来ないつもりだったんだけどな~)
なにしろここには嫌な思いでしか存在しないのだ。誰が好き好んでこんな場所になんぞ来るものかと、法衣を脱ぎ捨てたときには考えていた。
十歳の時に神殿へ放り込まれて以降、アスプリクの生活は悲惨そのものであった。
形式的な段階を経て、術の才能と国王の娘と言う出自も相まって、入山から僅か一年で火の大神官にまで上り詰めたが、結局のところそれはその力を利用するための前振りでしかなかった。
いつ果てるとも知れぬ亜人や悪霊との戦いに駆り出され、たまに山に戻ってくれば不埒でいかがわしい行為によって弄ばれ、あるいは“客寄せ”として儀式だ説法だなどと働かされてきた。
控えめに言っても、ここは“ろくでもない場所”であって、聖地でもなんでもない、腐臭漂う悪の巣窟としかアスプリクは思っていなかった。
(ヒーサと出会ってなければ、今もそんな暮らしを強いられていただろうね)
そう思えばこそ、アスプリクのヒーサへの想いは強固であった。
神殿を出る切っ掛けを作り、改革を推し進めて神殿勢力を弱体化させた。さらに、住む家や仕事まで斡旋してくれており、自由にのびのびとできるのも、ヒーサの手配があればこそであった。
こうして来たくもない神殿に足を運び入れたのも、ヒーサの依頼を受けたからであって、それ以外の思うところはなかった。
そして、法王ヨハネスの“私室”へと通された。
(あくまで内密に、というところかな)
私室であるから、大人数で卓を囲むような真似はせず、あくまで一対一での話し合いということだ。
ヒーサとジェイクが裏で結託し、ヨハネスを推していたのはもはや公然の秘密ではあるが、まだ正式には分裂解消はなされていない。
予備交渉の場と捉えたとしても、あまり情報は現段階では表に出したくはない。そうした意図が見え隠れしていた。
(こっちとしても、その方がやりやすい。ウザい顔触れと顔を合わせなくて済む)
人事刷新がどの程度進んだかはまだ未知であるため、アスプリクの警戒心もまだ高かった。
あるいはそれこそ、ヨハネスやジェイクの“本気度”を測る物差しと成り得るとも考えた。
そんな思いを胸に秘めつつも、ヨハネスの部屋にアスプリクとアスティコスは入っていった。
はっきり言うと、室内は簡素なものであった。
執務の机の他に、客を応対する長机やソファー、本棚に物置棚といった風情で、調度品もほとんど置いていなかった。
実直なヨハネスらしい部屋構えだな、と言うのがアスプリクの偽らざる感想であった。
「よくおいで下さいました、アスプリク殿。こうして直にお話しするのも久方ぶりですな」
ヨハネスは少し疲れを見せてはいるのものの、アスプリクを笑顔で出迎えてくれた。
元からの心象は悪くないし、アスプリクも少し引きつりながらも笑顔を返した。
「お久しぶりです。まずは法王就任の件、おめでとうございますと祝辞を述べさせていただきます」
特使と言う肩書を持っている以上、アスプリクも普段の軽い口調を控え、外向きの丁寧な挨拶でまずは声をかけた。
それに対するヨハネスの反応は良好で、上機嫌に席を勧めてきた。
「堅苦しいのは抜きにしよう。ささやかながら晩餐と行こうではないか」
すでに卓の上には料理が並べられており、部屋に入った時からいい香りが鼻の中から脳へと刻み込まれるほどに漂っていた。
アスプリクも誘われるままに席に着き、アスティコスはその側に控えた。あくまで特使とその御付きということであり、これで通そうと事前に取り決めておいたのだ。
「こうして話すのはいつぶりになるだろうか?」
「聖下が王宮詰めであったので、行き違いがかなりありましたから、おそらくはシガラ公爵の御披露目式が最後であったかと記憶しています」
「おお、もうそんなになるか」
あの日の出来事は、アスプリクもしっかりと覚えていた。なにしろ、ヒーサと初めて出会った日であり、そして、共に大事を成そうと誓い合った日でもあるのだ。
前線からの直帰で、疲れた体を引きずりながら宴席場に顔を出し、軽い挨拶だけで終わらせるつもりが、その後の運命を一変させる出来事となったのだ。
ヒーサの事で頭がいっぱいであったが、他にも数名の知己と言葉を交わしており、その中にヨハネスも含まれていた。
その後はヒーサの誘いでシガラ公爵領に出向したり、あるいはアーソへの動乱の収拾に当たったりと大忙しで、王都に戻る事はなかった。
法衣を勝手に脱ぎ捨てて、行き辛くなったと言うこともあるが、本当に久々の再会なのだ。
「あれからお互い忙しかったからな。こっちは出る予定のなかった法王選挙に出馬して、よもやの当選からの法王就任だ」
「そして、こっちは重たい法衣を脱ぎ捨てて、今やただの一農夫です。運命の気紛れなること、目が回る思いです」
「そうだな。まあ、自由にのびのびと出来ているようだし、悪くはなかったのでは?」
「……はい、そうですね」
ここで咎める発言が無かったので、アスプリクとしてはまずは安堵すべきことであった。
何しろ、非公式とは言え、現法王の口から自身の還俗に関する肯定的な言葉が出てきたのだ。表情にこそ出さなかったが、アスプリクは心の中で喝采の拍手をした。
「まあ、一応聞いておくが、戻ってくる気はないか?」
「戻って来るとお思いで?」
「可能性としては薄いと考えているが、一応いつでも戻って来れるよう“掃除”はしておいたぞ」
そう言うとヨハネスは近侍に合図を送ると、アスプリクに一枚の書類を差し出してきた。
さて何が書かれているのかと、アスプリクはそれを手に取ると、そこには最新の人事異動に関する情報が書き込まれていた。
(ふむ……。最高幹部会の半分は異動になったと聞いていたけど、確かにその情報は正しかったようだね。それに……)
アスプリクの目を引いたのは、数名の最高幹部の名前だ。その者達はかつて、アスプリクに不埒な真似を働いた者であり、いずれも地方の修道院の院長やあるいは教団直営の図書館の館長などになっており、露骨すぎるほどの左遷であった。
(掃除をしたっていうのは本当か。火の大神官も空席のままときた。僕が戻ってくる可能性を考慮しつつ、かなり強引に人事異動をして、組織を作り変えようとしているね)
これを見る限り、アスプリクのヨハネスへの評価は一気に高まっていた。
少なくとも、本気度を測るいい物差しにはなっており、改革を推し進める気満々であることは確認できた。
「……あ、そう言えば、ロドリゲスの奴はどこに?」
枢機卿に対しても、容赦ない口調のアスプリクであった。
直接的な被害はないものの、尊大で嫌味な奴であり、アスプリクとしては好意的になる理由が何一つない相手ではあるが、ヨハネスと法王の座を競った仲である。
その処遇は気になる事であった。
なお、ヒーサによる情報操作の結果、なぜかロドリゲスもアスプリクに不埒な真似を行ったことになっており、それが選挙情勢に大きな影響を与えた一因だとも目されていた。
「彼は私の後釜だ」
「ブフゥッ! ってことは、王宮詰めか! またとんでもないと所に押し込みましたね」
「まあ、これは宰相閣下の提案ですがね。『友人は側に置いておけ。敵はもっと側に置いておけ』と。手元に置いておいた方が監視がしやすい、というのが理由だそうで」
「ジェイク兄はそれでいいかもそれないけど、他の廷臣連中がどう思うやら」
枢機卿は全部で五人いるが、その内の一人は王宮に詰めることになっており、王宮や王族絡みの神事を執り行うことになっていた。
王族に近しいため、大変な名誉と重責ではあるが、行事がそちらに優先されるため、教団の最高幹部会に出席できない場合も多く、その意志決定にハブられることも多い。
名誉はあるが、教団運営からは外れた地位であり、改革に際して聖山に常駐してほしくないロドリゲスへの対応としては妥当であった。
「まあ、そこは宰相閣下がどうにかなさるでしょう。私もロドリゲスと四六時中顔を会せるなど、御免こうむりたいですからな」
「おやおや、厄介事を王宮に押し付けられては、後で何を言われるか分かりませんね~」
「苦情の窓口は宰相閣下ですよ。こちらではありません」
「そりゃ結構! ジェイク兄も少しは勤勉になるだろうよ」
悪態ついてはいるが、自身の兄ほど勤勉な輩はいないと考えており、いささか質の悪い冗談であった。
だが、そんな軽口を叩くアスプリクに対し、ヨハネスは上機嫌に笑って答えてくれた。
こうして、両者の会談はまず和やかな雰囲気で始まったが、本当にまだ始まったばかりである。
確認しておきたいことは山積みであり、さてどう言った切り口で攻め込んで見るか、アスプリクも思案のしどころであった。
~ 第二十九話に続く ~
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