第二話 庶子の御令嬢! 久子はこうして生まれました!(でっちあげ)
王都ウージェにあるシガラ公爵の上屋敷は、さすが三大諸侯の一角を占めるだけあって、かなりの広さを誇ていた。庭木や花壇には季節に合わせた花が咲き、訪れる者を目で楽しませてくれた。各所に建てられた銅像、石像はどれも名だたる芸術家が仕上げた物で、財の高さを見せつけていた。
その屋敷の一角、公爵家の一族がくつろぐ居間にて、重大な話が行われようとしてた。
もちろん、話さなければならない案件は山ほどあるが、それにも増して真っ先に話しておかねばならないことがあった。
それは新当主ヒーサに“妹”がいたことだ。
上屋敷の管理者であるゼクトは兄であるエグスと同じく、長きにわたって公爵家に仕えてきた。にも拘らず、先代マイスが女児の存在を隠していたことに驚いたのだ。
今の中央に置かれた長机を挟んで、ヒーサとゼクトが腰かけた。そして、すぐ横の椅子に“妹”のヒサコが座り、さらに少し下がって専属侍女のテアが控えていた。
ちなみに、このヒサコは先頃手に入れた新スキル《投影》によって疑似的に作り出した人形のようなもので、テアの魔力で形作られ、操作はヒーサが行っていた。
「では、ヒサコについて話そう」
「はい、よろしくお願いします」
ゼクトとしても、興味津々の内容であった。長年仕えていただけに、どういう経緯で“妹”などということになったのか、大いに気になるところであった。
「ぶっちゃけて言うと、ヒサコは父上の隠し子、つまり庶子なのだ」
「なんですとぉ!?」
予想していたこととはいえ、実際に声に出されて言われると、さすがに強烈であった。
ヒーサこと、松永久秀は分身体であるヒサコの存在を、当初は双子の妹という設定にして、皆に存在を披露しようと考えていた。しかし、それでは出産に立ち会った者すべて消す必要があると考え、どこぞの女性との間に生まれた御落胤ということにしたのだ。
(斎藤道三も御落胤騒ぎで大変なことになったから、この手は使いたくなかったんだけどな~。まあ、双子となると、出産時に立ち会った連中の記憶に残っているから、それを処理しないと双子設定は使えないし、やむ無しか)
かつて世話になった油屋の店長も、御落胤騒動の末に息子に殺されるという最後を迎えた。その二の舞だけは踏みたくはなかったし、なんとなく縁起が悪かった。
とはいえ、関係者の全処分という手間を考えると、早さ重視の腹違いの妹設定で行く方がマシか、というところで落ち着いた。
証拠など何もないが、ヒーサとヒサコの顔立ちがよく似ている、これだけで血の繋がりがあるように見せかけ、押し通すことにしたのだ。証拠や証人がいない以上、そっくりな顔こそが、なによりの証拠と成り得るのだ。
「まあ、確かに、御顔はよく似ておりますが……」
「そうであろう? だから、私もヒサコをすぐに妹だと分かったのだ。庶子とはいえ、血の繋がりのある者だと認識できた」
ちなみに、庶子も双子ほどではないにせよ、貴族社会では厄介者扱いされる。結婚とは神の前で執り行われる儀式であり、神との契約でもあるのだ。そのため、誓いを立てた男女の組以外での出産は、神への冒涜と見なされ、その証である庶子は扱いがよくないのだ。
大抵は養子に出されるか、ひどいところでは下男、召使として使われるところもある。
しかし、長年子供に恵まれず、ようやく妾との間に子が生まれ、跡継ぎが生まれたりする場合もあるので、その時は書類を改竄して、正妻との間に生まれた子供と偽装する場合もあった。
「それで、妹君をどう遇されるおつもりですか?」
おおよそ予想はつくが、それでもちゃんと聞いておかねばならないと考え、ゼクトは尋ねた。もし、召使とでもするつもりであるならば、今の服装は明らかに不似合いである。おそらくは正式な妹として、貴族令嬢として遇するであろうことは明白であった。
「庶子などではなく、正式な妹として扱うよ。父上や兄上がああいう形で失ってしまい、家族が減って屋敷が寂しいからな。そのうち、それ相応の縁組も考えておかねばならないとも考えている」
「やはりそうなりますか。主君がそう判断されたのでしたら、私が申しあげることは何もございません。ヒサコ様、何かございましたら私共にお申し付けください」
ゼクトが恭しく頭を下げると、ヒサコは軽く頷いて応じた。
だが、そんな礼儀正しい家臣の態度とは裏腹に、この“悪役令嬢”はその内面をあっさりとさらけ出してきた。
「では、お兄様、これでよろしいのでしたら、部屋で休みたいのですけど」
ヒサコは眠そうに手で押さえつつ、あくびをかいた。貴族令嬢としては品がないのだが、隠し子としてそうした教育を受けていないので仕方がない、という“演技”を見せつけた。
実際、ゼクトは一瞬眉をひそめた。貴族令嬢としてなっていない、そう考えたためだ。
その辺りを修正して、ちゃんとした令嬢に相応しい立ち振る舞いをとゼクトは考えたが、主君の指示があるまでは動けないので、ひとまずは品のない行動については目を瞑ることにした。
「ああ、そうか。ヒサコも長旅で疲れたものな。テア、寝室までヒサコを案内してやってくれ」
「畏まりました」
テアはヒーサに会釈して、ヒサコをエスコートしながら部屋を退出していった。
そして、これには理由があった。
まず、本体ではなく、分身体の方に魔力供給がいるため、魔力源であるテアが分身体に寄り添っておかねばならないからである。
また、本体と分身体が同一空間にいれば、周辺の状況を観察しながら操作すればいいのだが、壁を隔てた場所なので操作する場合は、状況観察ができないので、実質操作不可となるのだ。
今、ヒサコを廊下に出したのは、テアという介護者がいる状態だからである。事前に“前に向かってひたすら歩け”という指示を出しているので、あとはテアが上手くエスコートすれば、侍女に連れ添われている御令嬢を皆に見せながら、部屋へと辿り着けるのだ。
部屋に着いたら、魔力を遮断して消してしまえば完璧である。あとは気難しいから専属侍女以外は出入り禁止とでも言っておけばどうとでも取り繕えるというわけだ。
「ゼクトよ、ヒサコの礼儀作法については、領地に帰ってからどうにかするから、今はそっとしておいてやってくれ」
「畏まりました」
恭しく頭を下げるゼクトであったが、内心はほっとしていた。
あの品のない娘を躾けろなどという、無茶ぶりな命令が下りてこなかったからだ。
だが、その点の問題はなかった。
なにしろ、ヒサコは松永久秀の分身。それが操っているのだ。
その気になれば、猫の毛皮も、逆に虎の毛皮を被る事も可能であった。
自らの意思を持たぬ人形なのだから。
「それで此度の社交の場ではいかが取り繕いましょうか?」
王都に来訪した理由の一つに、他の貴族や王宮の廷臣達との顔繫ぎがあった。ヒーサ自身、社交界に縁遠い生活をしていたため、公爵の地位を得たとはいえ、実質的には“新人”扱いなのである。
それを解消するために、正式な爵位継承が終わってから後、継承お披露目の名目で宴席を設けるつもりでいた。
もし、妹も同行しているのであれば、そうした宴の席に顔を出さないのは、いささか不自然というものであった。
礼儀作法が仕上がってないから出すのは考えものだとゼクトは考えたが、多少の顔見せ程度であればどうにかなるとも考えているので、やはり判断はヒーサ任せということになった。
「う~ん、やはりまったく顔を出さないというのもあれだし、出席させることにするよ。まあ、私の側に控えておくように言い含めておくから、その辺は適当に合わせてくれ」
「承りました。ならば宴席の招待状には、妹君のことも記載してよろしゅうございますな?」
「ああ、そうしてくれ。私の公爵お披露目と、妹の社交初顔出しということでな」
なお、ヒーサの頭の中にはすでにヒサコを利用しての策をいくつも考えていた。
そのうちの一つが『結婚するする詐欺』である。
ヒサコは実体を持たない虚像であり、あくまで触れることが可能な幻でしかない。だが、それは裏の事情を知るからこそであり、ヒーサとテア以外の人々にとっては、目の前に確かに存在する貴族令嬢として認識されるということだ。
虚像と言えど、確かに存在する公爵の妹君である。その地位や財産目当てに男共が群がってくる可能性は、極めて高いのだ。
それを利用し、相手を引っかけて色々と頂戴することこそ、『結婚するする詐欺』である。婚姻を匂わせつつ、引いては突いてを繰り返し、値を上げさせ、結局は何かしらの理由で破談にする。せびった物品だけが手元に残るというわけだ。
普段は分身体の操作で引きつけつつ、ここぞという場面ではヒサコに変身して、実体ある姿で相手との接触を謀る。
まさに虚像と実像を織り交ぜた、虚々実々の駆け引きというわけだ。
それをすでにヒーサは頭の中で描いていた。
(まあ、それはもう少し落ち着いてからだな。まずは目の前のこと、『シガラ公爵毒殺事件』をこちらに都合のいい場所に着地させつつ、ティース嬢との婚儀を成立させることが最重要だ)
そう、近々開催されるであろう国王臨席の下で開かれる聴取の席で、今後の動きが決すると言ってもよかった。あれほど苦労して巡らせた策である。公爵位だけでなく、他のものも取れるだけ取っておかねば損というものであった。
なお、本来の目的である“魔王探索”の方は、割とどうでもよくなりつつあった。“国盗り物語”という戦国武将の生き様が目の前にぶら下がっている状態であり、悲しき性かな、どうしてもそちらに引っ張られてまうのであった。
(だが、それ以上にやっておきたい事はまだまだある)
ヒーサの頭の中には無数の計画があるのだが、それら一つ一つこなしていくのには、時間も人手も不足している状態だった。
特に彼自身が最も許せないのは、“食事作法”であった。これも演技の内と我慢してきたが、食べ物を素手で掴んで食べる行為がどうしても許せなかったのだ。
戦場で戦闘食というのであれば、まだ理解できなくもない。何もない戦場での食事など、どうしても色々と不足してしまうのだから、干し飯をボリボリ食べるなど珍しくもないことであった。
しかし、日常から素手で物を掴み、そのまま食すというのは、京の都人でもある者として看過できないことであった。
箸の普及、これは譲れぬ一線。食事道具の作成はヒーサの頭の中で進めている計画の一つだ。
などと、色々と頭の中で様々な計画のことを考えていると、テアが戻って来て、さらに屋敷の召使も部屋に入って来た。
「申し上げます。マリュー閣下、スーラ閣下がお越しになられております」
召使の言葉に、ヒーサは少しばかり考え事をしてから、視線をゼクトに向けた。
「えっと、マリュー、スーラ、どちらも大臣だったかな?」
「はい。兄のマリュー閣下は法務大臣、弟のスーラ閣下は財務大臣を務めてございます。元は下級貴族の出ではありますが、宰相閣下の直臣になってからメキメキと頭角を現し、今では兄弟で大臣を務めるほどの実力者にございます」
ヒーサは有力な貴族や廷臣の名前は、爵位や官職までおおよそ把握していたが、ちゃんと合っていたことに取りあえずは安心した。
そして、今来訪した二名は、真っ先にお近付きになっておきたい事も、頭の中に刻まれていた。
「やれやれ、早速お出ましか。挨拶がてらに、“おひねり”でもせびりに来たのかな?」
「公爵閣下、そのような物言いはいけませんぞ。今は大事な時期なのですから、有力者の心証を悪くするような真似はなさいませんように」
「分かっている」
ヒーサは立ち上がり、軽く腕を伸ばして体をほぐした。
「では、上流階級の交流会、その第一陣と行こうかな。お二人は応接間に通しておいてくれ。私は少し身だしなみを整えてから顔を出す」
ヒーサの指示にゼクトは頭を下げて応じ、意を受けて玄関の方へと急ぎ足で向かった。
ヒーサの方も居間を出て、自室へと向かったが、その目的は存在しない“妹”を迎えに行くことだ。
魚はやって来た。竿は自分で、エサは妹。上手く引っかけれるか、ヒーサはテアを伴いながら廊下を歩き、そして、にやりと笑った。
こういう駆け引きの時こそ至福であり、それがハマった際の痛快なる感覚を味わうため、梟雄は策を巡らし、罠を用意するのであった。
~ 第三話に続く ~
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