第二十話 立会人! 妖精二人の産婆役!
ティースとの強引な協力関係を築けた翌日、ヒーサはもう一人の重要な協力者の下に訪れていた。
名目上はテアを伴っての、農場の視察という体裁であったが、実際は“共犯者”との話し合いの場を持つためであった。
「ヒーサ、いらっしゃい! 歓迎するよ」
とある農村にある一軒家で、出迎えるのはアスプリクであった。
アスプリクは神殿を抜け、火の大神官の職を辞すると、そのままシガラ公爵領に移り住み、ずっと各地の農村や工房を回って、その指導に当たっていた。
齢にしてまだ十四歳の少女であるが、国内でも一、二を争うほどの術士であり、ヒーサの推進する術式を用いた農業や工業に携わり、その術の腕前をいかんなく発揮していた。
「いつも通り忙しそうだな、アスプリク。例の地熱向上の常駐術式はその後どうだ?」
「いい感じだよ~。あれなら、冬場の圃場でも、魔力源さえ確保できれば、作物を育てる事が出来るはずだよ。ヒーサの考えていた、二毛作ってやつもできるかもね」
「おお、それは何より」
「大豆と麦を交互に植えて、三年で五作をやるって、すんごい効率いいわ」
試験的に始めた方法であったが、その成果は十分であった。近々大々的に始める予定であるため、現場から賛同の声が上がるのは、事業主として嬉しい限りであった。
(まあ、本来は米、麦、大豆を循環させるやり方なのだが、まだ米を輸入できていないし、なにより気候がちと寒いのがな~)
茶栽培ですら、コスト度外視で作った特別な畑が必須であったのだ。米の栽培もかなりの難易度になると見ており、今はその余裕がないのが残念であった。
とはいえ、食糧増産の目途は立っており、それについては満足する結果となっていた。
なによりヒーサにとっての目に見える変化は、目の前にいる少女の性格が、以前とは比べ物にならないほどに丸くなったことだ。
出会った頃のアスプリクは、刺々しい雰囲気を身にまとい、誰に対しても壁を作っている、そういう近づき難い存在であった。
王の娘として生まれながら庶子として虐げられ、術の才能が強すぎたため誰からも恐れられ、挙げ句に無理やり入れられた神殿では、怪物達と戦わされるか、他の幹部連中の慰み物となるかの、死と屈辱の入り混じる生活を強いられてきた。
それをヒーサが解消してやると、今では年相応の笑顔を見せてくるようになった。
かつてのは白化個体にして半妖精という特異な容姿のため、白い魔女だの、白の鬼子などと呼ばれていたが、今では“白無垢の聖女”と呼ばれるようになっていた。
誰からも愛される事なく育った少女は、この公爵領においては誰からも頼りにされ、愛される存在になっていた。
それもこれもヒーサが用意してくれた、数々の方策が実を結んだ結果であると考えており、アスプリクのヒーサに対する信頼は絶大であった。
今もこうしてヒーサを温かく出迎えるのが、まさにその証左と言えよう。
「まあ、ヒーサの所の屋敷と違ってなんにもないけど、ゆっくりしてってよ」
実際、今のアスプリクの住居は極めて簡素であった。
かつては王宮や、あるいは神殿の高位神職が住まう豪華な部屋が宛がわれたりしていたのだが、今ではそこいらの庶民の暮らしと何ら変わりない。
望めばそれ相応の邸宅を宛がう事も出来たのだが、誰かに傅かれるのが何だか肩が凝るということで、こじんまりとした生活を好むようになった。
実際、今は叔母であるアスティコスと一緒に暮らしているだけで、監視も兼ねた従者も護衛もいない状態であり、実にのびのびと暮らしていた。
「まあ、そこまで長居するつもりはないよ。一応、お忍びできたとは言え、公爵が妊娠中の嫁を放り出して、別の女の所に出掛けている、なんて評がついてしまうと色々困る」
などと、ヒーサは冗談めかして述べたが、アスプリクはそれが少しばかり不満であった。
アスプリクは今までの人生の歩みの中で、誰かを好きになったという経験がないし、逆に愛されていると感じたこともなかった。
家族や王宮の人々からは基本的に煙たがられ、腫物に触れるかの如く扱われてきた。神殿においても、力を利用されるか、弄ばれるかであり、何もかもを呪ったほどだ。
だが、ヒーサが目の前に現れて、世界の風景ががらりと変わった。
あれほど息苦しかった神殿の空気が変わっていき、今では法衣を脱いでも誰からも咎められることなくのびのびと暮らしていけた。
叔母のアスティコスとの交流を経て、家族と言うのも悪くないなと認識をも覆し、性格も随分と丸くなってきた。
怪物や亜人との戦闘に駆り出され、いつも危険と隣り合わせの生活も、いつしか畑を耕し、作物を育てる真っ当な暮らしへと変わっていた。
そんな自分にとっての居場所を提供してくれたのが、目の前にいるヒーサだ。
ヒーサが優しいだけの真人間ではない事も知っているし、色々と秘密を共有して“やんちゃな事”をやった記憶もある。
そんな裏も表も晒し、あるいは晒されても、何一つ臆することなく、態度一つ変えずに付き合ってくれるヒーサが、アスプリクには非常に好ましく思って久しい。
ただ、残念な事に、ヒーサはすでに既婚者であり、アスプリクはその恋心をヒーサに告げる事は決してなかった。
なお、隠す態度があまりに不器用すぎたため、ヒーサやアスティコスにはバレバレではあったが、そこは二人揃って空気を読み、気付かぬフリを続けていた。
「んで、公爵様がわざわざこんなあばら家に、お忍びでお運びになられたんだし、結構な仕事ってことでいいよね?」
「ああ。お前にしか頼めない、極めて重要な案件だ」
ヒーサはグッと机を乗り出す様に顔を近付け、同時にアスプリクに不敵な笑みを向けた。
アスプリクとしては、ヒーサに頼られるのは嬉しいし、その上、自分にしかできないとまで言ってくれるのは、恋敵(?)のティースへの優越性をくすぐられる感じがして嬉しかった。
小さな天才術士は、笑顔を以て引き受けるという意思表示をした。
「まあ、お前はもう気付いているだろうが、ヒサコが妊娠したという話だが、あれは真っ赤な嘘だ」
「でしょうね~」
横からアスティコスが苦笑いをしながら、さもありなんと何度も頷いた。
ヒサコとは色々あったので、それだけに子供を産んで母親になると言う姿がどうしても想像できなかったのだ。
なにより、アスプリクにせよ、アスティコスにせよ、ヒサコが妊娠できるはずがないことを知っているから、というものが大きい。
「ま、ヒサコは言ってしまえば、実体のある幻のような存在。見えてはいるけど、実際には存在していない。あくまでヒーサの分身体であり、身代わり人形だしね~」
裏の事情を知るアスプリクは、ヒサコ妊娠の話を聞いた時、危うく吹き出すほどに笑いそうになった。んなわけないだろう、と。
とはいえ、そう言う情報が飛び出した以上、ヒーサが何かしらの理由で偽情報を流したのだろうと考え、特に行動を起こすこともなく、その真相を話してくれるのを待った。
そして、ようやくその段になったのだと認識した。
「で、ヒサコ妊娠の嘘っぱち、どう治める気なんだい?」
「だから、それの件で二人に依頼しにきた。まあ、言ってしまえば、出産の立会人や産婆として、一芝居打ってもらいたいのだ」
「ん~、僕は元神官だし、出来なくはないけど、叔母上、産婆の経験は?」
「ないわ」
きっぱりと答えるアスティコスに、そうなんだ~とアスプリクは思った。年齢が百五十を超えていながら、その手の経験が無いのは意外と言えば意外であった。
「まあ、そこまで難しく考える必要はないさ。陣痛が始まったとヒサコが言って、それに合わせて分娩室に一緒に入り、赤ん坊が生まれたってフリをすればいいだけだ」
「なるほどね。でも、肝心の赤ん坊はどこから仕入れるんだい? 赤ん坊は畑で収穫するものじゃないってことくらい、僕も理解しているよ」
「丁度いい塩梅のがいるではないか。ティースの腹の中にな」
ヒーサのこの言葉を聞くなり、二人は目を丸くした。
よくもまあ、そんな大胆な嘘を付く気になるものだと、呆れ半分怖さ半分と言った反応であった。
「なるほどね。それが成功すれば、ヒサコとアイク兄の血を継いだ、ヒーサの子供が出来上がるのか。いずれこの一手は、“簒奪”の際に役に立つ」
「いちいち説明しなくても、理解が早くて助かる」
頭の回転の速さは相変わらずかと、ヒーサは目の前の少女を称賛した。
しかも、実家が乗っ取られることをすんなりうけいれることも、承認したとも受け取れた。
「流石はヒサコと同じ中身だって感心するわね。でもさ、それってかなり危うくない? 出産時は誤魔化せたとしても、後々バレる可能性だってある。えっと、ほら、《五星教》の新しい法王、名前、ヨハネスだっけ? あちらさんの〈真実の耳〉で審問されたら、一発バレよ?」
アスティコスの疑問も当然であった。
術式〈真実の耳〉は聞き取った言葉が、嘘かどうかを判定する術式である。これを使った上で赤ん坊の件を尋ねられたら、その素性がすんなりバレてしまう危険があった。
そうなっては簒奪どころか、逆に反逆者としてシガラ公爵家が一気に不利な立場となる。
そんな穴だらけの策を目の前の策士が用いるだろうか、と言うのが二人の疑問点だ。
しかし、ヒーサはそんな二人の心配をよそに、ニヤリと笑って返した。
「安心しろ。その点も織り込み済みだ。〈真実の耳〉はすでに攻略してある。バレずに押し通せるだけの準備は、すでに整えてある」
「うん、さすがヒーサ! 抜け目がないね~」
どうやるかは敢えて聞かず、その時にが来た時のお楽しみと言うことで、アスプリクは心に秘めておくこととした。
「了解したよ、ヒーサ。これから僕ら二人がアーソに行って、ヒサコの出産に立ち会えばいいんだね?」
「詳細はヒサコの口から聞いてくれ」
「中身は一緒だけどね」
「まあな。あとは、ティースの出産予定日に合わせて、ヒサコの出産も整える。“なぜか”同じ日に出産して、片方は死産、もう片方は無事出産となるわけだ。赤ん坊の移動方法も追って通達する」
「了解~♪」
アスプリクはヒーサの提案を喜んで受け入れた。
結果として、アスプリクは実家がヒーサの手に乗っ取られてしまうことを容認したわけだが、別に愛着があるわけでもなく、むしろ嫌な思いでしかないため、どうでもいいと言わんばかりの態度だ。
それどころか、ヒーサの役に立てるならばとさえ思うほどの、積極的な姿勢を見せるほどだ。
いよいよ自分の方も復讐の時は来たと、アスプリクは真っ赤な眼をぎらつかせた。
同時にヒーサもまた、瞳に野心を滾らせ、それでいて静かに天井を見上げた。
(ばら撒いた、“不和の種”と“野心の種”を。情勢は整いつつある。あとは計画通り、嬰児交換を行いつつ、ジェイクを暗殺する機を見出せば成る。そう、この世界における“国盗り物語”かな。もちろん、主役はワシだ~♪)
かなり回りくどい事をしてきたが、それでも国盗りが手に届くところまでやって来ていた。
権力を手にし、財をふんだんに使って、この世界で遊び倒す。
芸術、美食、そして、女達。なにより、茶事。
全てを手にして遊びつくす。
そんな世界がもうすぐやって来ると、ヒーサはニヤリと笑うのであった。
~ 第二十一話に続く ~
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