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第十六話  隠匿! この布石は後の勝利に繋がる!

 ナルを殺し、死体を隠匿してから程なくして、大慌てで幾人かの衛兵が、ヒサコの部屋にやって来た。

 アーソ城内は宴で賑わっていたが、まだ帝国との戦争の最中であり、それ相応の警戒が成されていた。

 そして、響き渡る三度の銃声。しかも、音源がヒサコの自室の方だと気付くと、衛兵の一団が血相を変えて駆けつけてきたのだ。


「こ、これは……!」


 ヒサコの部屋の中は、想定以上の陰惨な光景が広がっており、真っ先に部屋に突入してきた衛士長が絶句するほどであった。

 床にぶちまけられた血だまりに、いくつも銃器が散らばっており、ヒサコの寝台もシーツが血でぐっちゃりと汚れていた。

 何がどうなればこうなるのか、衛士長の頭では理解するのが難しい光景であった。

 だが、安堵する視覚情報もあった。

 肝心のヒサコは無事であり、汚れたベッドに腰かけてはいるが、特にこれと言った外傷もなさそうで、ぶちまけられた血がヒサコのそれではない事だけは視認できた。

 見慣れぬ侍女から手拭いを貰い、汚れた顔を自分で奇麗にできるほどであった。

 

「ひ、ヒサコ様、一体何が!?」


 このような騒動があったにもかかわらず、それを防げなかったのは城内を警備する立場にあっては汚点も汚点であったが、まずは情報を得なくてはと衛士長が尋ねた。

 現場を荒らさぬよう、何かを踏まないように慎重に歩き、その上でヒサコに近付き、改めて無事を確認して跪いた。


「暗殺者です」


「暗殺者!?」


 衝撃的な回答ではあったが、三発もの銃声や室内の惨状を見れば、あるいは一戦こなしていたと判断するのが妥当とも言えた。

 とはいえ、凱旋して宴を開いているところを襲撃とは、随分と手回しのいい連中だと、衛士長はその行動力に戦慄した。


「んで、下手人はナル」


「なんですと!?」


「まあ、“そっくりんさん”の偽者だったけど」


「ナル殿の、偽者!?」


 それもまた衝撃的な内容であった。

 ナルの事なら、城の者も公爵夫妻から代理人と言うことを知っていた。公爵領から運んできた珍しい酒や食材、また祝辞を述べた手紙など、そのすべてが“本物”であった。

 しかも、面識のあるヒサコやサームがすんなり城内に招き入れたので、そっくりな偽者だのと誰も疑わなかったのだ。


「で、では、気が付いたら入れ替わっていたと!?」


「いいえ。最初から偽者だったと思うわ」


「え……?」


「いやね。姿形はそっくりなんだけど、声に違和感があったのよ。んで、尻尾を見せるまで泳がせていたら、隙を見せた途端にこの有様よ。まあ、その隙も見せかけだったんで、返り討ちにしてやったけど」


「なんとまあ、危ない橋を渡られる」


 事情を聴いた衛士長もヒヤヒヤものであった。

 暗殺者や工作員の可能性のある者をわざわざ招き寄せ、上手くいったと思わせてからの逆襲である。

 いくら効果的だからと言って、警護すら付けずに実行するなど、危険極まりないことであり、警備の担当者からすればなんと言うべきか、言葉が浮かばないほどだ。


(まあ、もちろん全部嘘だけどね~)


 先程殺したナルが本物であることは、殺したヒサコ自身がよく知っていた。

 ナルを殺したが、その罪まで背負ってもらうつもりはなかった。

 というより、ナルの暗殺が失敗し、その“もみ消し”を理由にティースに恩を着せるという、最悪のマッチポンプを動かしている最中であったからだ。


(ティースの片腕を削ぎ落し、孤立無援にさせて、公爵家への抵抗の意志を消し去る。これでヒーサ・ヒサコの安全は確保。同時に、王家簒奪のための布石も完了。あとは、王都の情勢次第で、その機会が巡って来た時に、一気に動かす)


 自身の安全を確保しつつ、次の動きに合わせた布石をしておく。

 真の策士は何手先も読み切り、一手でいくつもの波及効果を狙うものであるが、今の松永久秀の行動はまさにそれであった。

 すでに簒奪のための下準備に入っており、それも着々と組み上がりつつあった。


「しかし、先程までのナル殿が偽者であったとなると、本物は……」


「残念だけど、途中で入れ替わってしまっているでしょうね。消されている、と見るのが自然だわ」


「運んできた積み荷や親書が本物であった以上、そうなりますか」


「まあ、過ぎたことは仕方がないわ。念のため、他の来客も一応調べておいてね。ナルの件は私がお兄様に手紙を書くから、あまり騒ぎ立てないようにしてね。ナルは義姉上の侍女であったのだし、出産が迫っている中での心労は良くないわ」


 義妹として気遣いを見せる姿勢、しかも自身も身重であると言うのに、なんと心配りの行き届いた御方だと、衛士長はますますヒサコへの畏敬の念を強めた。

 同時に、こちらも身重なのだから、今少し過激な行動は控えて欲しいとも思ってはいたが、さすがにそれは口に出さなかった。


「んじゃ、宴に水を差さない程度に、警備を強めにしておいてね。私はこのままお兄様宛の手紙を書いてから、眠らせてもらうから」


「え、あ、しかし……」


 正直なところ、いいのか、と思う衛士長であった。

 なにしろ、この部屋は一戦交えた後である。あちこちが血で汚れ、寝入るであろう寝台もシーツが血でぐしゃぐしゃである。

 これでよく眠れるなと、少し引いてしまった。


「いや~、大丈夫よ、大丈夫。戦場で散々血は見飽きてるから、野戦病院で横になっているのと、そう大差ないわよ」


「そんなものですか」


 どこまで豪胆なのかと、衛士長はその並外れた感覚に恐れを抱いた。

 とはいえ、大丈夫であるとのことなどで、今夜はこのままにしておこうと考え、恭しく頭を下げて部屋を退出していった。

 ただ、念のために部屋の近くに歩哨を配し、二度目の襲撃に備えるようにはしているようで扉越しに人の気配をヒサコは感じていた。


「ふむ……、まあ、よしとしますか。これにて、一件落着っと」


「この有様を見て、何がどう一件落着なのか、小一時間問い詰めたいわよ」


 トウは散らかっていると言うレベルを遥かに超えた、室内の状況を見回した。

 散乱する短筒ピストル、ぶちまけられた血だまり、あるいは赤く汚れた寝台のシーツなど、目を覆いたくなるような光景だ。

 ナルの死体は黒犬つくもんが片付けたからいいものの、それ以外はそのままであり、前後の状況を踏まえると、とてもではないが一件落着とは言い難いのであった。

 しかし、ヒサコはそんな状況などお構いなしに、その寝台に腰かけた。


「これであたしを殺そうとする奴が、確実に一人減った。ティースはもうこちらに手が出せなくなった。ゆえに、一件落着よ」


「いや、まあ、そりゃそうなんだけどさぁ」


 今回の一件でティースは、頼みとする片腕を失い、もはやその手駒はマークのみとなった。

 現状、自身の身の安全に不安を抱える以上、マーク以外の者を信用することができず、絶対に手元に置いておかねばならなくなった。

 ナルを失い、マークを動かせなくなった以上、ヒサコの身の安全は確保されたとみてよい。


「つまり、どう足掻こうとも、復讐を果たそうとすれば、ティース自身が直接動かないといけなくなったと言う事。しかし、ティース自身は身重で、出産するまでは動くことができない」


「そこまでは、絶対に安全って事ね。んじゃ、出産が終わってからは?」


「その時には、ティースは“絶対服従”を誓い、復讐なんて頭の片隅においやるわよ」


「え、マジで!?」


 何をどうやれば、あの怒り心頭のティースが復讐の事を諦め、しかも絶対服従を誓うと言うのか、全く見えてこなかった。


「まあ、ロクでもないことをしでかすと言う事だけは、言わなくても分かるわよ」


「前にも言ったけど、『利害は同盟の重滑油であり、裏切りの導火線』ってことよ。ティースに復讐を諦めさせるだけの、膨大な利益を提供するのよ。当人が納得して復讐を諦め、従順に従ってくれるのであれば、最高の終わり方じゃない?」


「そのために、ナルは犠牲になったと?」


「ええ、“はっぴーえんど”のための尊い犠牲よ。勝利のための布石、ナルの死は避けられなかったけど、その犠牲は決して無駄にはならないわ」


 必ず失敗する暗殺計画に誘い込んでおいて、この太々しいまでの言い草である。

 どこまでも利益優先の姿勢を貫き、清々しいまでの外道ぶりだ。

 自身の妻が発狂しかねない手段を、迷いもなく実行できるこの外道こそ、あるいは世界平和のためには始末しなくてはとさえ、女神は感じるのであった。


「さて、色々と疲れたし、今夜はさっさと寝ましょう。どのみち、後始末もいくつかあるし、何より《入替キャスリング》は再装填時間リキャストタイムに丸一日かかるから、公爵領に戻るのは明後日くらいになるかな~」


「で、帰ってナルの死を直接告げる、と」


「表向きは偽物が暗殺をしかけて、ナルはどこかで殺されたって事にするけどね」


「んなのティースが信じるわけないじゃん」


「信じる信じないは重要じゃないのよ。嘘であれ真実であれ、みんながそれをそうだと認識すれば、それが現実になるんだから」


 そう言うと、ヒサコはズタボロの寝台に潜り込み、さっさと寝入ってしまった。

 よくもまあ血だらけの寝台で寝れるものだと呆れつつ、トウもまた汚れていなかったソファーの上に横になり、早く悪夢のような現実が終わってくれと思いながら目を瞑った。



            ~ 第十七話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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