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第十四話  跳躍! 真なる刺客は空間を飛び越える!

 ヒサコに毒を盛り、毒成分を覚醒させる特殊液も飲み水の溶かし込み、すでに準備は整った。

 今はまだ周囲と談笑しつつ、何事もなく過ごしているが、すでにそれも時間の問題だ。

 死は毒に形を変え、すでにヒサコの体を蝕みつつある。


(時間的にはそろそろのはず……)


 ナルはヒサコが毒でもがき苦しみ、倒れ伏すその瞬間を今か今かと待った。

 その時であった。

 ヒサコが手を伸ばして、側に置いてあった水差しを掴もうとすると、手元が滑ったのか、掴み損ねて中身を床に盛大にぶちまけてしまった。


「あ……」


 急にヒサコの表情が険しいものとなり、勢いよく立ち上がった。

 そのまま周囲の目も気にせず、早足で立ち去っていった。


「妊婦だし、色々とあるんだろう」


 そんな声がナルの耳に突き刺さったが、それはないと思った。

 普通の妊婦であるならば、悪阻つわりだなんだで、気分が悪くなることもあるだろう。

 だが、ナルはヒサコの腹が詰め物である事は見抜いているので、そんな当たり前の出来事など発生しないと知っていた。


(毒が回り始めて、体調の変化に気付いた!? ならどこに?)


 周囲はヒサコが席を立って宴会場を後にしたことを、特に関心を払わなかった。

 というより、気分が悪くなって厠か、自室に行ったのだろうと、誰もが思ったからだ。

 身重の体と言う事もあって、まあ難しい事もあるのだろうと、あえて放置と言う形をとったのだ。

 だが、ナルだけはさりげなくその後をつける事にした。


(症状が出始めたのなら、そう時間を置かずに身動きできなくなるくらいの激痛が走るはず。逃がさないわよ、ヒサコ!)


 部屋から廊下に出ると、すでにヒサコの姿は見えなくなっていたが、遠ざかる足音は聞き取る事が出来た。


(演技している余裕もなくなったみたいね!)


 妊婦にしては、あまりに足が速かった。

 早足どころか、軽く走っているような歩調であり、そうしたことに気を回す余裕すらなくなってきたことが伺えた。

 同時に、ナルは危機感を覚えた。


(どこへ行く気!? 介抱を求めるのならば、あのまま宴の席に残っておくべきだけど、それをしなかったという事は……!)


 それはナルが可能性の一つとして考えていた事。

 すなわち、“解毒剤”の存在だ。

 毒キノコの件からも、ヒサコはヒーサ同様に相当、毒物や薬物に精通していると考えられた。そうでなければ、あの毒殺事件の“裏”を仕組むことなど、出来はしないからだ。

 つまり、毒物の効能を抑え込む、解毒剤を持っていても不思議ではないのだ。


(だが、どんな動植物の毒を使用したのか、成分が分からなくては作れないはず。あの毒薬はヒーサが極秘に作ったはずであるから、それはできないはず。なら、やはりヒーサがヒサコを暗殺すると言ったのは狂言か!?)


 むしろ、その可能性の方が高いとすら言えた。

 だが、それだと、解毒剤を求めて走るというのも不自然だ。

 ヒーサと狂言を仕組んだのであれば、解毒剤は手元に置いていつでも飲めるようにしておくのが、当然の対応だ。なにしろ、今回使用している毒は、効能が発現すればまず助からないほどの、強烈な毒薬であるからだ。

 こうして慌てて取りに行っている間に前後不覚となり、そのままあの世行きになる可能性の方が、遥かに高いのだ。


(では、やはりヒサコの計算外だった、ということかしら!?)


 結論は出ない。考えても仕方がない。

 今やるべきは逃げるヒサコを追い詰める事であり、確実に息の根を仕留める事だ。

 犯人が誰なのかをバレずに事を成すのが最大要件であるが、そうも言ってられない。こうなっては、殺すことを優先し、どうにか誤魔化す算段を付けねばならないと判断した。

 足音を追いかけるようにナルは廊下を走って進むと、すぐに気付いた。


(こちらはたしか、ヒサコの寝室のある方向! なら、そこにいるわね!)


 城の構造はすでに頭の中に入っており、ヒサコが立ち寄りそうな場所など、すでに把握済みであった。

 実際、ドアが開いて閉じる音が聞こえ、やはり間違いないと確信した。

 そして、ナルは急いで、それでいて静かにヒサコの寝室の扉を開けると、案の定ヒサコが部屋の中にいるのを確認できた。

 室内には他に人の気配はなく、それを感じ取ってから突入して扉を閉めた。


「はぁ……、ぐぅ、はぁ……」


 ヒサコは呼吸を荒げ、寝台にしがみ付くように倒れかかっていた。

 シーツは血で汚れており、ヒサコの体のあちこちがどす黒く変色し、あるいは皮膚がただれ、血が滴っていた。

 ナルが見慣れた、実験動物しゅうじんらと同じ症状であり、どうやら毒は確実にヒサコを犯し始めているのが視認できた。

 同時に、ヒサコの足元に空になった薬瓶が転がっており、やはり解毒剤か何かを飲んだと思われる痕跡も発見した。

 だが、症状が止まっていないところを見ると、解毒剤は効いていないようであった。


「な、ナル、あんた、私に何を飲ませたの!? 毒の中和が、思うように進まない……!」


 ようやく絞り出したと言う弱々しい声で、ヒサコはナルに話しかけた。汗と血が混じるその表情は険しく、いつもの強気な姿勢と態度を崩さないのは流石とさえ思った。

 

「公爵様からの贈り物です。新型の毒だそうです。あとはこちらで上手くやるから、安心して眠ってくれ、と」


「な……、お、お兄様が!?」


「あなたは色々とやり過ぎた、ということですよ」


 捨てられたと言う絶望感から、ヒサコは項垂れて軽く唸り、それから再びナルを睨み付けた。


「ああ、お兄様のバカ……! あと少しで、この国を乗っ取れるところだったのに!」


「やはり簒奪が目的ですか。何と欲深い……。伯爵領か、辺境伯領で我慢していれば、あるいは生き残れたかもしれないのに、残念でしたわね」


「そのつもりなんかないんでしょ、あなたは!?」


「ええ、事件の裏事情を知ったからには、ね」


 すべてを狂わせた例の毒殺事件。あれによってカウラ伯爵家は崩壊し、主人ティースは身売り同然にシガラ公爵家へと嫁ぐこととなった。

 当初はそれで問題はなかった。ヒーサは優しく、花嫁に対して丁重に礼節を以て接していたし、このまま穏当に過ごせるならばと、ナルも納得していた。

 だが、それらは全てがまやかしであり、毒殺事件の裏を悟らせまいとする、公爵家側の工作であったと気付いていしまった。

 当然ティースは怒り狂い、毒殺事件の犯人であるヒサコを始末する機会を伺った。

 そして今、ヒサコは毒を受け、もがき苦しんでいる。

 毒でのし上がった者が、毒で死に絶えるのであるから、意趣返しとしては申し分ない状況であった。


「ティースも何を考えているのよ……! 大人しく公爵夫人として過ごしていれば、一生安泰だっていうのに、こんな……、こんなぁ!」


 ヒサコは咳き込み、口から血を吐き出した。いよいよもって最後の瞬間が近付いていると、ナルもついつい口の端がニヤリと吊り上がってしまった。

 過ぎたる野望に身を焦がし、滅びの道を行く哀れな聖女ヒサコに対して、ナルはせめてもの見届け人として、その命燃え尽きる瞬間を見逃すまいと、しっかりとその姿を眼に映し込んだ。

 だがその時、背筋に寒気が走った。

 そう、ヒサコが“笑った”のだ。

 口から血が滴りながらも、なお笑うその姿勢に、言い表せぬ悪寒が全身を駆け巡った。


「ねえ、ナル、こういう言葉を知らない? 『獲物を前に長口上は三流のやり口』だってことをさぁ!」


 まさに手品か何かかと思うほどの手際の良さであった。

 ヒサコの腹の詰め物が無くなったかと思うと、その両手には二丁の短筒ピストルが握られていた。

 妊婦の腹の中身、それは赤ん坊ではなく、短筒ピストルだったのだ。


「な……!」


 ナルは喋り過ぎた自分の迂闊さを後悔した。

 毒が回っているのであるから、毒によって殺すべ00《隠形》か!? いえ、違うは、これは本当に“いきなり”現れた! なら《瞬間移動テレポーテーション》!)


 この可能性を失念していたことを、ナルは後悔した。

 ヒサコの侍女でもある“トウ”と名乗る工作員は、ヒーサの言を信じるのであれば、失伝術式ロスト・マジックである《瞬間移動テレポーテーション》を使えると聞いていた。

 よもやそんな便利使いの術式が使えるとは思えないし、そんな有利な手札をわざわざ晒すか、という疑念があったため、そこまで真剣に考えていなかった。

 それが裏目に出た。


(どうする!? どうする!?)


 ナルは焦った。

 なにしろ、現れた赤毛の侍女トウは、その手に銃を握っている。このままヒサコに突っ込んだら、背後から撃ち抜かれる危険があった。

 だからと言って、身を翻してトウを攻撃しようとすれば、今度はヒサコに背後を晒すことになる。

 銃は撃ち止めであるが、他の仕掛けの所在が分からぬ以上、背を晒すのは危険過ぎた。


(やはり、毒が効いていないのでは!?)


 床に転がる薬瓶が、更なる疑念を与えていた。

 なにしろ、毒で前後不覚にありながら、ヒサコは三発も銃撃を加えてきたのだ。

 しかも、狙いは正確であり、ちゃんとした回避行動をとっていなければ、間違いなく命中していたであろう弾道であった。

 毒で朦朧としているとは思えない射撃だ。

 つまり、解毒剤がある程度ではあるが効いており、放置して死を待つという手段が実を結ばない可能性が、ここへ来てでていた。


(ならば……!)


 ナルは決心した。

 もう自分の命は諦めた。刺し違えてでも、ヒサコを仕留める、そう決意したのだ。

 さらに踏み込んだが、そこまでであった。

 何かがフッとすぐ横を駆け抜けたかと思うと、ナルはそのまま床に倒れ込んだ。

 何が起こったのか、ナルには認識できなかった。

 だが、すぐに気付いた。

 倒れたナルが見上げるその先には、標的であるヒサコと、それに侍る“黒い犬”がいた。

 しかも、その“黒い犬”は“人間の右足”を加えていた。

 そして、ナルは振り返ると、自分の右足が脇腹の辺りから、きれいさっぱり無くなっているのが目に飛び込んできた。


「……え?」


 訳が分からない状況であった。

 ヒサコは目の前に、トウは真後ろにいる。それだけのはずだ。

 そもそも、部屋に入った際には、ヒサコしかいなかった。

 だが、途中でトウが現れた。《瞬間移動テレポーテーション》による、空間跳躍だ。

 この二人以外にも、まだ隠し玉がいた。

 それを見抜けなかった、自分の負けだ。


(だが、一矢報いる!)


 ナルは足を引き千切られた激痛を物ともせず、最後の一撃として、手に持っていた短剣をヒサコに向かって投げ付けた。

 だが、無慈悲な事に急に伸びた犬の尻尾に叩き落とされ、その最後の一撃は届くことがなかった。


(ぐぅ……、こ、ここまでか……!)


 すべては無駄に終わった。

 綿密に練られた暗殺計画も、すべては徒労に終わった。

 無念のほぞを噛みながら、遠ざかる意識の中であってもなお、ナルはヒサコを睨み続けた。



           ~ 第十五話に続く ~

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