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第十三話  狂言! 騙し騙される茶番劇!

 アーソの地より遥か彼方、シガラ公爵領の城館にて、一組の男女が静かに佇んでいた。

 一人は公爵家当主であるヒーサであり、今一人はその専属侍女たるテアだ。

 この二人には、アーソの地で行われている出来事が、“裏も表も”しっかりと見えていた。

 ヒーサとヒサコは“一心異体”の状態であり、状況によって本体と分身体を切り替えれるが、互いの状況は感覚で把握できていた。


「いよいよ、始まったわね」


 最早引き返すことのできないところにまで事態が進んでおり、これからの事を聞かされている身としては、いささか億劫になるテアであった。


「おそらく、もう毒は盛られている。そして、引き金となる特殊液も飲んだであろうな」


 分身体ヒサコが一服盛られたと言うのに、ヒーサは一切の動揺もなく冷静であった。

 しかし、実際のところ、かなりきわどい攻め方をしていた。


「まだ《毒無効》は使ってないわよね?」


「ああ。時間合わせが重要だからな。あくまで、途中までは上手く毒を盛れて、見事に暗殺を達成できそうだ、と思わせねばならん。ズレた時間に毒で苦しむ演技を始めては、ナルに入らぬ疑念を抱かせる結果にしかならん」


 毒を盛られても冷静でいられるのは、身に着けたスキル《毒無効》があるからだ。

 このスキルは毒物のみならず、病気にも効果のある優れ物で、例え劇物を飲み込んでしまったとしても、何の効果もなくなる強力なスキルであった。

 以前、酒の飲み比べの席でこれを使用し、相手を酔い潰したことがあったが、今回は正真正銘の猛毒を飲むこととなる。何度も実験して、幾人もの人間で試した自作の毒であり、その効力は自分自身が一番知っているのであった。


「この毒の特徴はな、飲んでも効果がすぐに出ないというのが最大の利点だ。毒と言うものは、飲んでから程なく効果が出てしまい、そこから盛った相手がバレてしまう可能性がある。しかし、今回使用している毒は苦心の末に完成させた代物で、毒に加えて対となる特殊液を飲ませて、初めて効力が発揮されるようになっている」


「無差別に毒をばら撒いても、特殊液を飲ませた相手にだけ毒が発現する。しかも、飲ませた特殊液の量で時間差を付ける事も可能。仮に、特殊液の溶液がばれても、毒そのものではないから誤魔化しは利くし、なんなら特殊液だけなら飲んでも無害。暗殺するのに、これ以上の毒はないわね」


 執務の合間に、こんな毒を作っていたことにはテアも驚きであった。

 ヒーサには山菜や薬草に対する知識と、薬学に関する知識や経験をえる《本草学を極めし者》というスキルが最初期の段階から備わっている。

 これを用いて様々な薬品を調合してきたのだが、いよいよそれも医者の領分を離れ、暗殺者として医学を悪用し始めたということだ。

 この世界にきた当初は、《大徳の威》と《本草学を極めし者》の合わせ技で、名声や人望を稼ぎ、名君と名医の“外面”を手にして有利に事を運んだ。

 だが、今やそれも過去の話。己が欲望を満たすため、《大徳の威》は茶の木と交換する形でエルフの里と共に焼失し、《本草学を極めし者》もいまや毒の作成に使用されている。

 分かっていた事とは言え、スキルを授けた身として、もう少し何とかならなかったのかと嘆くテアであった。


「そう言えば、『時空の狭間』で言ってたわね~。怪しい奴を見つけたら、片っ端から毒を盛るって」


「ああ、そうだな。毒を盛って、死ねば人間、死なねば魔王、そんなことを言った覚えがある」


「あなたに毒を盛っても死なないわね」


「そういう体質を、後付けだが付与されたからな」


 便利なスキルを手に入れた、ヒーサは素直にそう思っている。

 特に重要なのは、《スキル転写》も持っていることだ。

 《スキル転写》は本体が保持しているスキルを、分身体や使い魔の方に一時的に付与することができる。これにより、分身体を強化しやすくなっており、非常に使い勝手が良くなった。


「ナルは毒を完璧に使いこなしている。だからこそ、行動が読みやすい。毒を盛り、特殊液もおそらくはヒサコ“だけ”が飲んでいる水にでも仕込んだのだろう。あとは、時間を逆算して、効力が発揮される時を待っている」


「で、毒が発現したと同時に、《スキル転写》で《毒無効》を送り、効果を打ち消す」


「そうだ。そして、“演技”で毒を食らったフリをしてナルを騙し、死んでもらうと言うわけだ」


 シレッと言っているが、今回はかなり危険な橋を渡っている。

 毒は一撃必殺の威力があるため、効果が発揮した段階ですぐにスキルを転送しなくては、重度の後遺症が残る可能性がある。

 こうしてペラペラ喋っているが、意識はヒサコと繋がっている見えざる感覚に集中していると言ってもいい。


「最初から、《毒無効》を付与しておかなくていいの? 後遺症の危険もあるんだしさ」


「危険ではあるが、そうせざるを得ん。いつ発現するかは、毒を仕込んだナルにしか分からんからな。妙な時間に“演技”を始めたら、ナルに勘繰られて面白くない状態になりかねんしな。逆に、いつまでも毒が発現しないと、しびれを切らせて毒以外の方法で暗殺なんてことにもなりかねん」


「それもそうか。面倒臭いわね~」


「まあな。だが、その見返りは大きい。怪しまれることなく、ナルを暗殺できるのだからな」


 よもや暗殺する側のナルが、本当の暗殺される対象だとは、考えたヒーサ本人以外は知りようもない事であった。

 ナルもそうだが、ティースもマークも暗殺の標的はヒサコだと考えている。実際、ナルは強力な毒を持って出かけているし、すでに一服盛っている状態だ。

 毒が“本物”だからこそ、関係者全員を騙し通せる。

 ただ単に、ヒーサ・ヒサコには毒が効かないという、特殊な体質なだけだ。


「これでティースは丸裸。ナルを失って動揺するところに、そっと手を差し伸べ、耳元で“例の計画”を囁く。ククク……、我ながら自分の発想が怖い」


「私も怖いわよ。よくまあ、あんな外道な計画、思いつくもんだわ」


 すでに道筋は決まっている。あとは計画通り、“全員”を騙せるかどうか、そこにかかっていると言っても良かった。

 そして、ヒーサはそれを完遂するべく準備を整え、その最終段階に入りつつあると言うところだ。

 その時だ。不意に体中から熱が発せられた。

 急に熱めの風呂に入った感覚に襲われたかと思うと、皮膚から関節、体中の節々に至るまで、ピリピリとした感覚が湧き起こって来た。


「来たぞ……!」


 おそらくは、隠れていた毒がいよいよ牙を剥いてきたと、ヒーサは判断した。

 思った通り、ナルはすでに毒をヒサコに盛っており、それが効力を発揮する瞬間を待っている事だろうと推察した。

 だが、それは永遠に訪れる事はなかった。


「よし、《スキル転写》開始だ。《毒無効》をヒサコへ」


 体の火照りを感じる中、ヒーサは意識を集中させ、吐き出す様にスキルを発動した。

 何かが抜け落ちる感覚が起こったかと思うと、程なくして体の火照りが消えていった。

 上手くヒサコにスキル《毒無効》が転写された証であり、ヒサコの体内に入った毒が無力化されたことを、確認することができた。


「よし……、作戦の第一段階は終了。さあ、ナルよ、始めようか」


 ヒーサは意識をよりヒサコに集中させた。

 毒を無効化したとはいえ、ナルは凄腕の暗殺者である。下手な動きは毒が効力を発揮しなかったと判断され、別の手段での暗殺に切り替えられる危険があった。

 ヒサコが死ねば、ヒーサも死ぬ。この条件がある限り、ヒサコを殺させるわけにはいかなかった。


「相手は腕のいい諜報員にして、暗殺者! 下手な動きは勘付かれ、一撃の下に倒す機会が損なわれる。毒を食らって、意識混濁、前後不覚、これをやり抜く。さあ、始めようか、命がけの大芝居を!」


 ヒーサは一度、テアに視線を送り、それから再び意識を集中させた。

 今回は女神テアにも舞台に上がってもらうつもりでいた。無論、女神が直接手を下すのはご法度であるため、あくまで“通行人A”としてだが、上がってもらわねばならないのだ。

 さあ開始だ。

 ヒーサは気合を入れ直し、暗殺者と暗殺者の騙し合い、殺し合いがいよいと始まろうとしていた。



            ~ 第十四話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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