第八話 密議! 二人の暗殺者はかく語る!
「どうやら、お前の事を過小評価していたようだな」
薄暗い地下牢において、積み上がった死体の山を見ながらヒーサは素直に感心していた。
一月ほど前、ヒーサはナルに新しく開発した毒薬を渡し、ヒサコ暗殺を依頼した。
その際に、地下牢にいる他の罪人も実験台として使っていい。追加が欲しければ用意すると述べていたのだが、よもや“二十人”もの追加を求められるとは考えてもいなかった。
地下牢に移送する罪人を増やしたり、あるいは浮浪者や外法者を密かに捕えたりと、追加の手配をするのに苦労したほどだ。
「お褒めにあずかり光栄です」
これまたナルから皮肉めいた返答が返って来て、ヒーサはわざとらしく肩を震わせた。
なにしろ、最初にいた十人に追加の二十人を加えた、合計三十人分の死体である。それを前にして平然としていられる二人が異常なのであった。
現に、側にいたテアはあまりに凄惨な光景に顔を背けていた。
三十人全員が毒の実験台となったため、誰も彼もが肌が焼けただれ、眼から血が流れ落ち、頭髪もボロボロになり、穴と言う穴から血や臓物が飛び出す始末だ。
やらせた方も、やった方も平然としているのであるから、暗殺者のなんと恐ろしい事かと、テアは眉をひそめた。
「それで、首尾はどうか?」
「毒の扱いは完璧に覚えました。どう言った食べ物、飲み物に混ぜ込み、その発言の際の時間差を計測し、すでに頭の中に入れております。ヒサコに毒を盛る機会さえ、近付くことさえできれば、確実に仕留めて御覧にいれましょう」
「ほう、それは頼もしいことだ」
積み上がった死体の山が、ナルの発した言葉の証明であり、ヒーサはそれに対して満足そうに頷いた。
死体を前にしての会話で、しかもどちらも物怖じを一切しておらず、それだけにお互い相手が尋常でないことを認識し合った。
「それで、私を一人だけでここに招き入れた理由は?」
実際、今はティースもマークもいない。
二人には遠慮してもらって、ナルと二人だけで話したいと断りを入れており、ナルもまた渋るティースを言いくるめて、二人きりの話し合いに応じていた。
なお、近くにはテアもいるのだが、二人はそれをいないものと認識して会話を続けた。
「連絡があった。そろそろヒサコが帰国してくるそうだ。今日中に出立してアーソに向かえば、丁度ヒサコが戻ってくるのと同時くらいに、アーソに到着できるだろう」
「いよいよですか」
「そうだ、いよいよだ」
なお、口ではこう言っているが、分身体の動きなど意のままなので、むしろナルが毒の扱いを熟達するのを待っていたほどであった。
現に、実験動物の追加を依頼してきた段階で、帰国の手筈を整え始めていたため、やっとかという思いの方が強かったほどだ。
「では、ヒサコを討ちにアーソへ参りましょう」
「うむ。首尾よく事を成すのだぞ」
「はい、それはご心配なく」
なお、首尾よくなどと言っているが、両者の認識には天地ほどの開きがある。
ヒーサは端からヒサコへの暗殺を成功させる気はないので、目の前にいる伴侶の従者には暗殺をしかけて失敗し、そのまま死んでもらわねばならなかった。
一方、ナルの方はヒサコを暗殺した後、そのままヒーサも暗殺する気でいた。
ヒサコを暗殺し、ヒーサがその報を得て警戒を強める前に始末する。
そうすれば、公爵家の家督は兄妹が消えたことにより、ティースの腹の中の子に移るのだ。
(皮肉ね、ヒーサ。そちらがでっち上げた暗殺事件の表向きな理由が、そっくりそのまま降りかかるだなんて)
世間的には、ティースの父ボースンが娘をヒーサに嫁がせ、ヒーサに公爵家の家督を継いでもらい、子供が生まれたら娘婿を暗殺。生まれた子供の後見役として公爵家を乗っ取る。これを《六星派》と結んでやった、などと思われていた。
現在の状況としては、まさにそのままと言えた。
ただ、後見役がボースンではなく、ティースに変わっただけだ。
(まあ、見ていなさい。そちらがこちらからすべてを奪ったのだから、逆に奪われたとしても文句はいないでしょう? あなたの流儀に、あなた自身が従ってもらうわ!)
顔色一つ変えずに心の中で、ナルはそう叫んだ。
なお、もしその言葉を聞けば、ヒーサは大いに納得したことだろう。
なにしろ、ヒーサの中身は血で血を洗う戦国日本において、梟雄と呼ばれし下剋上の申し子“松永久秀”である。
奪い奪われ、殺し殺されてを、実に七十年も続けてきた怪物なのだ。
計略を仕掛け、それを返されることくらいは織り込み済みだ。
当然、その更なる裏を突くことも、である。
「では、準備が整ったら、早々に出立するがいい。無事、帰ってくることを来たしているぞ」
ヒーサは心にもない激励をすると、ナルはそれを察して心の中で舌打ちするも、それを気取られまいと恭しくお辞儀をした。
「ときに公爵様、一つお尋ねしたことがございます」
「なにかな?」
「公爵様はティース様を愛していらっしゃいますか?」
これは予想外の質問であったようで、ヒーサは目を丸くして驚いた。
そして、ニヤリと笑った。
「愛しているぞ。あれほどの女子はなかなかいないからな」
どうとでも取れる返答であったが、信用するよりなかった。少なくとも、自分が戻ってくるまでは、ティースを消すような真似だけはしない、そう楽観視するよりなかった。
「今回の暗殺、成功する確率はどの程度だと考えられてますか?」
「五分五分」
「五分五分、ですか」
「おそらく毒を盛ることはできるだろう。問題は、それをお前がやったとバレるかどうか、それが五分五分だと言う事だ」
暗殺自体は成功するが、下手人がバレずに済むか、それが問題だとヒーサはナルに告げた。
ナルもそこが最大の難点だと考えていたため、これにはヒーサの意見に同意した。
それこそ問題なのだ。いくらヒサコを暗殺できたとしても、バレてしまえばティースにまで咎が及ぶのは確実であった。
正体をバレずに暗殺する、それが今回の最重要の課題と言えた。
その確率は半々。二つに一つの、まさに賭けであった。
(だが、ヒサコを野放しにしていては、いつまで経ってもティース様に安寧は訪れない。仇討ちを成してこそ、心の平穏を得られる!)
そう信ずればこそ、ナルは敢えてこの危険な仕事を引き受けたのだ。
ヒサコを暗殺し、返す一撃でヒーサも殺す。
そして、ティースが全てを手にすることができる。
伯爵家自身の名誉回復には時間がかかるであろうが、公爵家を乗っ取りさえすれば、遠からず取り戻せる事だろう。
雰囲気から、自分の考えなど察していることは読み取れていた。計算高いヒーサが、これを読めない訳がないのだ。
ゆえに、それを上回る動きを見せなくてはならない。
難しくはあるが、これを成さねば三人まとめて消されるか、よくて飼い殺しの一生が待っている。主人にはそんなことをさせるわけにはいかなかった。
「ではな。期待しているぞ」
ヒーサはポンとナルの肩を叩くと、薄暗い地下の廊下をテアと進んで行き、すぐに見えなくなった。
そして、その場は沈黙が支配した。時折聞こえる燭台のゆらめき以外何も聞こえない、そんな静かな世界だ。
目の前には死体の山があり、ひんやりとした空気をより一層冷やしていた。
鼻に突き刺さる悪臭が、あるいは死の香りが、ナルを包み込んだ。
暗殺者には、あるいは似合いの場所か、などと皮肉めいたことを考えながら、ナルはただジッと積み上がった死体の山を眺め続けるのであった。
~ 第九話に続く ~
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