第七話 既定路線! この暗殺計画は失敗します!
地下室を後にしたヒーサは、無言のままに自らの執務室に向かっていた。
その間、後ろからテアの突き刺さるような視線を向けられていたが、それはあえて無視した。喋りたい事は山ほどあるのであろうが、さすがに廊下で歩きながら話せる内容ではないことなど察しがつくので、部屋に着くまでの我慢であった。
そして、執務室に到着し、二人で中に入って鍵をかけると、ようやくテアの口が開かれた。
「分かっていたこととはいえ、いくら何でも酷過ぎない!?」
開口一番にこれである。
なにしろ、ナルに対してヒサコの暗殺を唆し、外道な言動でティースを脅しつける始末だ。
しかも、暗殺は“確実に”失敗するというおまけ付きときた。
あの三人には、毛ほどの救いも利点もない、厄災をもたらすだけであった。
「何か問題でも?」
「問題しかないじゃない! 確かに、新しい画期的な毒薬渡して、暗殺を成功させる気満々な雰囲気だけどさ。私の視点から見たら、暗殺の標的と暗殺の依頼主が、結託しているようなもんよ!? 失敗させる事が前提の暗殺計画じゃない!」
「無論、その通りだ。成功なんぞされてしまっては、ワシが死ぬからな」
なにしろ、ヒーサとヒサコは一心異体の状態なのだ。
本体であれ、分身体であれ、どちらかが死ねばそこでおしまいである。
ゆえに、妹への暗殺計画など、失敗する(させる)事が大前提の茶番に過ぎない。
「誰が好き好んで、死を選ぶと言うのか。追い詰められて華々しく散ろうと言うのであればともかく、こちらはどこも追い詰められておらんからな。失敗させるのは当然よ」
「ええ、そうでしょうね! なにしろ、こっちにはスキル《毒無効》があるんですもんね。どんな強力な毒も、ただの水を飲むのと変わらなくなるものね!」
かつて、アーソの地で酒の飲み比べで勝負をしたが、《毒無効》によって酔いを回避し、見事に相手を酔い潰した実績があった。
勝ったら一晩好きにしていいぞとヒサコの体で誘惑し、絶対に勝てない勝負に相手を引き込み、まんまと策を成した反則行為だ。
本質的にはそのときと変わらないが、今回は決定的に違う点がある。それは仕掛けるナルが、返り討ちにあって死んでしまうということだ。
「前にも言ったが、ナルには死んでもらう必要がある。ティースは勘は鋭いが、思考力はナルの方が上手だ。二人をそのままにしておいたら、寝首をかかれる危険性がある。まずはその可能性を消しておく」
「そりゃ、そんだけの事をやったんだものね。当然と言えば当然よ」
「そんだけの事をしたか?」
「毒殺事件の“裏”を知れば、ブチギレるに決まっているでしょ!」
カウラ伯爵家を崩壊させた『シガラ公爵毒殺事件』において、ヒサコが毒キノコを仕込み、関係者全員をハメたことはすでに知られていた。
その後に、ヒーサがヒサコの所業を知りながら、特に罰することなく黙認してしまったことまで勘付かれたのだ。
その時点で、円満な夫婦生活は終わりを告げ、ティースはヒーサに対して不信感をあらわにしている。
今はヒサコに悪意が向いているが、それがいつ方向を変えるか分からないのも実情だ。
危険を排除しておくのは当然とも言えた。
「なにより、ナルが死ぬ理由付けが必要だ。暗殺を仕掛け、失敗して返り討ちにあった、と言う具合にな。けしかけた私も恨まれるだろうが、それ以上にヒサコに悪意が上積みされていく。兄のために妹が犠牲になる。悪名を肩代わりし、ヒーサを人々の悪意から守る壁役、“悪役令嬢”としての役目を全うしてもらうだけだ」
「だけって、あんた……。見ず知らずの相手や、明確に殺意を抱いて襲ってくる相手ならともかく、毎日顔を会わせている嫁の侍女を殺すってのがどうも」
「今の話なら、後者に該当するではないか。こちらを殺す気満々なのだぞ」
「その理由を作ったのって、あなた自身じゃん」
「知らんな。食うか食われるかの戦国にあっては、隙を晒した方が悪いのだ。無論、それはこちらにも言える事であるし、隙を見せずに油断なく事を進めるの当然ではないか。危険を排除する意味においても、ナルの死は既定路線だ」
知己であろうと容赦なし。看過できぬレベルにまで敵対度が上がり、危険な水準にまで到達した以上、たとえ伴侶の侍女と言えども見逃すつもりはなかった。
なにしろ、相手が腕のいい暗殺者であるのは分かっている事であるし、寝首をかかれる前に対処しておくのは、ヒーサとしては当然であった。
「だがな、これはお前のためでもあるのだぞ?」
「はい? どういうこと?」
「女神が私に依頼した内容は、魔王への対処だ。これはいずれ大きな布石として返ってくる。魔王を誘き出し、それを仕留めるための、な」
ヒーサは不敵な笑みを浮かべ、それをテアに向けた。
もちろん、それを意味するところはテアには理解できなかった。
いつものことであるが、テアにはヒーサこと松永久秀の思考を読み解くことが極めて難しかった。毎度毎度、無茶をやってはえげつない行動に出て、とんでもない結果をもたらしてくる。
ただ一つ言える事は、無駄や外道を行っているように見えても、ちゃんと考えてきっちり利益や結果を残してきたということだ。
今回の“確実に失敗する暗殺計画”もまた、何かの前準備なのだろうと言うことは察する事ができた。
問題なのは、何を意図しての茶番なのか、ということだ。
「まあ、それならこっちもうるさくは言わないけどさ。本当に魔王を倒せるの?」
「そもそも、私一人で魔王を倒すのが無理な話だ。お前の言う“援軍”とやらが一向に現れん以上、こちらもかなりの奇手を用いねばならん」
「まあ、そりゃそうなんだけどさ~。うん、本当に状況が見えないのよね」
この世界はあくまで、見習いの神の試験場なのだ。神として呼び出した英雄を導き、魔王を倒して神の適性や力量を量るのが本来の目的だ。
ところが、四組いるはずの神・英雄コンビが、自分達の組しかいないのだ。
別の組からの援護も伝言ももなく、試験を監督しているはずの上位存在からの連絡もない。完全に音信不通が続いていた。
「でも、奇手って言うけどさ。今までも散々使ってなかった?」
「今までのはせいぜい、“手習い”の領域だ。獲得したスキルもようやく極めたから、“職人”の業を見せてやろうと言う事だ」
「あれで手習いって……?」
テアは改めて、目の前の“共犯者”がこの世界でやって来たことを思い浮かべた。
兄と父を殺し、その罪を義父とに背負わせ、挙げ句に異端宗派をダシにして問責を逃れた。
同時に、花嫁に悪評を押し付け、立場を弱めた上で領地や財産を根こそぎか掠めていった。
自分は茶の湯を楽しむために、財貨を惜しげもなく投じたかと思うと、アーソの領主一家をズタズタにし、そこの権限も実質奪い去った。
おまけにわざわざ隣国まで旅に出て、里を丸焼きにして住民を皆殺しにし、茶の木を奪って、喜ぶだけであった。
なお、それらすべてはヒサコが表立って実行し、悪評や恨みはすべて引き受けてもらっているため、ヒーサ自身は善良な領主、革新的な貴公子にして、慈悲深い公爵様のままであった。
ただ、ヒーサの裏を知っているごくごく少数を除けば。
「あなた、これまで以上の事をやるっているの?」
「勝つために必要だからな。現状の戦力で魔王を討滅するのは、はっきり言って難しい。その差を埋めるためには、相手の意表をいかに突けるか、これに尽きる」
「そ、そりゃあそうだけどさ。でも、これは“試験”だって分かってるわよね!? あんましドギツイ事ばっかりやってると、試験管からの評価が……!」
「んなもん知らん。そこは口八丁でどうにかしろ。なんなら話術の“れくちゃあ”でもしてやろうか? 魔王に関することは引き受けたが、それが終わってからの“あふた~けあ”とやらまでは、こちらの管轄外だ」
それもまた正論であった。
あくまで、女神が英雄に与えた仕事は、異世界の魔王に関することだけで、異世界の外側のことまでは頼んでいない。
それ以上の事をしてもらうのは、明確な契約違反となる。
たとえどんな評価が下されようとも、この世界のでのやり方を一任した時から、あるいは定まっていたのかもしれない。
「まあ、あれだ。いっそのこと開き直れ。邪神や悪神もまた、神の一側面であろうに。それを担うことになっても、一興と言うものではないか?」
「あなたと組んでから、その可能性がモリモリ上がって来てるわよ。どうすんのよ!?」
「知らん。そもそも、数多の英雄候補から、“松永久秀”という男を選択したのは誰だったかな?」
「はい、そうですね~。私の自己責任ですね~」
「分かればいい。だが、最終的には、女神よ、勝利は必ずもぎ取ってやろう」
自信満々に言い放つヒーサであったが、その自信はどこから来るのか分からなかった。
伝え聞く魔王の実力は圧倒的であり、ヒーサ個人は言うに及ばず、こちら側の腕利きを揃えたとて勝てるのだろうか、と素直に考えてしまう。
だが、目の前の男は勝てると宣うのだ。
「魔王に負けるのは一度で十分。炎に焼かれるのも、二度は御免だ。この世界では、勝ってみせるさ」
そう言うと、ヒーサはテアが持っていた鍋『不捨礼子』を手にし、それを何度か撫で回した。
「勝って飲む茶の味は、格別であろうな」
茶畑も順調に育っていると報告を受けているし、魔王討伐の前後で一番茶が採れると予想していた。
ようやく飲める茶の味を想像しながら、ヒーサは更なる悪辣な策を頭に描くのであった。
~ 第八話に続く ~
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