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第六話  反計! 梟雄の裏を突け!

 ヒーサが高笑いと共に立ち去り、不気味なまでの沈黙だけがその場を覆いつくした。

 人を人とも思わぬ台詞と高笑いに圧倒され、ナルはその笑い声が途切れるまで呆然と立ち竦んでいたが、気配が完全に消え去るとようやく正気を取り戻した。

 ふとティースを見ると完全に怯え切っており、ガタガタと震えながら立っているのがやっとと言う状態なのが見て取れた。

 ナルは慌ててティースに寄り添い、その体を支えた。


「ナル……、なんなのよ、“アレ”は!?」


 ティースの問いかけは夫に向けるそれではなかったが、ナルも全面的に同意せざるを得なかった。

 “アレ”は明らかに異常であり、常識や経験がまるで通用しない、人ならざる者と判断せざるを得ないほどに常軌を逸していた。

 そう、ヒーサは“アレ”としか言い表せぬほどで、人の皮を被った別物としか、その場の三人には認識できなかった。


「はい、ティース様、私も見誤っておいりました。どうにもこうにも、とんでもない存在に嫁いでしまった、としか表現する術がございません。どうか、“アレ”の前では、しおらしくなさってくださいませ」


 そうとしか、ナルには言えなかった。

 医学薬学を修めた貴族のボンボンなどではなく、あらゆる事象を自身の利益のために振るうことに、何の躊躇いもない。そう言う人種であると認識した。

 今までそれに気付かなかったことが、不思議でならないほどによく隠匿されてきた。

 気付いてしまえば、化物が人の皮を被っている存在が、目の前にいるということだ。


(いや、違う。隠匿していたのではない。堂々と表に出していたのだ、“ヒサコ”として)


 突飛な発想であるが、表に出していた“善人面”の裏に、誰よりも“強欲”な素顔をヒサコを介して出していたと、ナルは思い至った。

 かつて、ナルはヒサコのことを人造人間ホムンクルスでないか、と考えたこともあった。

 公爵令嬢になる前のヒサコの情報があまりに少なすぎたため、造られた存在なのではないか、そう推察した。

 だが、人造人間ホムンクルスの製造に必要な工房や魔術具が一切見つからなかったため、その線は途中で捨てた。

 また、ティースとヒーサが仲睦まじい(これ自体が擬態)夫婦となったこともあって、軽はずみな意見や詮索も控えるようになっていた。

 だが、ここへ来て、その説が有力になってきた。


(あるいは、操り人形であったはずの妹が、何かの拍子に“自律”し始めたとしたらば? そう考えると“処分”という選択肢も取り得るのも頷ける)


 ヒーサのヒサコへの攻撃的な態度を、最大限擁護する形で判断した場合、そういう結論が出せる。

 自我を持った操り人形など、はっきり言えば邪魔でしかない。

 名声の高まりを危険視し、早めの処分を決断。稼いだ名声もできる限り横取りした上で、帝国に勝利して更に上乗せしていく。

 こうなっては、誰も止められないほどにヒーサが大きくなりすぎる。


(そうなると、陰惨な簒奪劇が繰り広げられる可能性が高い。そうなった場合は……!)


 今も落ち着かせるためにその手を握っているティースに、累が及ぶ可能性が高い。

 それどころか、王位の簒奪を画策しようとした場合、むしろ邪魔になりかねない。

 なにしろ、ヒーサの側にはアスプリクと言うお姫様がいるのだ。庶子と言う事で王の実子とは認められていないが、兄である王国宰相ジェイクはアスプリクに負い目がある分、甘い対応になりがちだ。

 ヒーサがヒサコにそうしたように、自身が正式に家督を継いだ後、アスプリクを王家の一員と公式に認めてしまう可能性があった。


(そうなった場合、ヒーサはその好都合なお姫様を捨て置くだろうか? いや、それは絶対にない。簒奪が目的であるならば、必ずアスプリクと“結婚”するはずだ。もし、そうなれば……!)


 想像するに恐ろしい事であるが、ティースが消される可能性すらあるのだ。

 ティースを消し、アスプリクと結婚すれば、ヒサコとアイクの時のように、伴侶も実質的には王族扱いとなる。

 それを理由に簒奪を目論み、王家を乗っ取る可能性が見えてきた。


(辿る道は違うけど、“簒奪”という結論は同じ! まるで鏡を見ているかのように、ヒーサとヒサコは似すぎている)


 思考はそこまで進むが、それ以上はいつも止まってしまう。

 仮にヒーサとヒサコが同一人物、あるいは何かしらの魔術的な操り人形であるとした場合、それがどうやってなされているのかが、まるで見えてこないからだ。

 その発想を表に出したとて、空想の産物だと鼻で笑われるのがオチだ。

 証拠が必要だが、その証拠や痕跡が一切ない。

 毒殺事件の真相を追っている際、ヒーサの事も全力で調べて回ったが、以前の評価と今目の前にいるヒーサが同一人物とは思えないほど乖離しており、ナルは困惑していた。

 別人にすり替わった、と考えるのがある意味で一番自然なのだが、あくまで推論の域を出ない。

 ヒサコの件もそうだが、完全にその関係性や真実を隠しており、未だに指が引っかかる程度のでっぱりすら発見できないでいた。


(だが、ヒーサへの暗殺はできない。今、ティース様は自身を守ってくれる擁護者が、ヒーサしかいないのが実情。ここでヒーサを消せば、財産の大半がヒサコに流れる。アイク殿下との婚姻が死によって解消されたから、実質公爵令嬢に戻っている。カウラ伯爵領がこちらに戻って来たとしても、すでに公爵家の色に染め上げられている以上、安全は保障されてていない。逆に、ヒサコは他の追随を許さぬほどの名声を稼いでおり、それに従う者が大勢いる。これではじり貧だ)


 唯一の活路は、ヒーサとヒサコを“同時”に暗殺して、公爵家の相続をティースに回す。正確には、ティースの腹の中の子供に回して、ティースがその後見人として切り盛りする、という案だ。

 だが、それもかなり難しいことは分かり切っていた。


(いや、いけるか? まずはヒサコを暗殺し、すぐに公爵領に立ち返って、腹の子供が生まれた直後にヒーサを暗殺できれば、あるいは……!)


 ティースの産み月は徐々に迫ってきており、あと二、三ヶ月あるかどうかというところだ。

 毒の扱いを熟達し、アーソ辺境伯領に戻って来た直後のヒサコを暗殺。すぐに戻って来てヒーサをこれも暗殺。

 時間の猶予もないし、ヒサコ暗殺後にヒーサに隙があるかも分からない。

 どころか、一番危ういのは、留守中にティースが消されることであった。


(ティース様に利用価値無しと判断すれば、アスプリクに乗り換える可能性がある。そうなると、お腹にいる自分の子供もろとも、消してしまう可能性すらある。そんなことできるのか……? いや、ヒーサならやる。自分以外の命など、なんとも思っていない。絶対に消してくる!)


 考えれば考えるほど、圧倒的に不利な状況だと言う事が出てきてしまう。

 なにしろ、ティースの最後の利用価値が、“ティースの部下であるナルにヒサコを処分させる”ことだけであった場合、ヒサコ暗殺が成功した途端に消される可能性がある。

 自分の手を汚さず、邪魔になった操り人形を消し、その下手人も主人共々始末する。

 それで周囲がきれいさっぱり整頓され、お姫様を迎え入れる準備が整うのだ。


(マークには、特に念入りに警戒するよう、言いつけておかないとダメね。ここから先の二ヶ月間、今までの人生で最も濃く、気の休まらない時間を過ごすことになりそうね)


 暗殺者として、全力でヒーサとヒサコを殺し、出し抜かねばならない。

 手数は圧倒的に不足しているが、それでもやらない事には、主人の未来が立たれてしまう。

 あらゆる手段を用いて未来を切り開く。

 ナルはより一層の決意を以て、今回の一件にあたることを固めた。


 

             ~ 第七話に続く ~

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