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第五話  計画披露! こうやってヒサコを暗殺しよう! 

 思い悩むティースに対して、側に控えていたマークが寄り添ってきた。


「ならば、俺も行きましょうか? 義姉上だけで行くよりも、その方が確実です」


 ここで沈黙を守っていたマークが割り込み、自分もヒサコ暗殺を手伝う旨を伝えた。

 マークとしても、義姉だけを死地に送り出すのは気が引けるし、二人で協力して隙を探った方が、より確実だと考えたからだ。


「おいおい、マークよ。お前まで出かけたら、誰がティースの身辺を警護するのだ?」


「それは“夫”である、公爵様の差配でどうにかすべきでは?」


「正論ではあるが、はたしてティースがそれを受け入れるかな?」


 ろくでもない言い草ではあるが、この場合、ヒーサの方がよりティースの心情を理解していた。

 なにしろティースには信頼できる人物と言う者が、たったの二人しかないのだ。

 ヒーサに“実質的に”裏切られて以降、完全に孤立した状態が続いていた。

 自ら進んで壁を作った、と評した方が適切かもしれないが、とにかく妊娠を理由にできる限り誰とも関わらないようにしていた。

 代わりに、何をするにも、必ずナルかマークのどちらかを帯同させるようになった。

 身重ゆえに、移動先はほぼ城内に限られているが、それでも、食事、着替え、厠に入浴と、必ずどちらかが張り付いて警護に当たっていた。

 ヒーサとしては、特にティースを害する予定もないので、三人の行動は滑稽にすら目に映ってはいたが、まあ好きにするがいいと放置してきた。

 監視を兼ねた警備役を付けなかったのは、あくまで好きにさせるためだ。

 余計な事さえしなければそれでいい。それがヒーサの三人に対しての対応であった。

 動かれる分には厄介であるが、ヒサコが海外にいて、しかもティースが身重となると、動きが鈍化するであろうとの予想の上での放置と言うわけだ。

 だが、それはあくまでヒーサの発想であって、三人の心情ではない。

 三人からすれば、裏の事情を知ってしまったヒーサが、いつ仕掛けてくるかもしれないと言う不安があるのだ。

 今のところ動きはないが、だからといってそれは油断を誘うための擬態かもしれないし、三人としては常に最大限の警戒をしておかねばならなかった。

 そうした考えが根底にあるため、ナルとマークが二人揃って出かけると言う事は、ティースを敵中に置き去りにするに等しい行動であった。

 そのため、より確実性が高かろうが、ヒサコ暗殺のために二人同時に差し向けると言う選択肢が取れないでいた。


「マーク、あなたは絶対にティースの側から離れてはダメ。従者たるもの、必ず主人の影差す所に控えていなさい」


 義弟の申し出は嬉しいが、最優先に考えねばならないのは、あくまでもティースの安全であった。

 そう言う意味においては、ナル発言の内容は矛盾していた。

 自身もティースの従者でありながら、主人から離れようとしているからだ。

 無論、仕事を終えてキッチリと戻ってくるつもりであったが、それでも万が一と言う事もある。

 二人の従者が揃って主人の側を遠く離れることなど、絶対にあってはならないのだ。


「……分かりました。ならば、吉報をお待ちします」


 マークとしては引き下がらざるを得なかった。

 義姉からの忠告に加え、主人の警護と言う仕事もあるのだ。

 いくらヒサコの暗殺が今後の展望を開く上で重要とは言え、主人の身の安全を疎かにするのは、絶対にあってはならないことであった。

 なにしろ、ヒサコ以上に危ない存在が、目の前にいるからだ。

 そしてその男は三人の心情を察するかのように、おぞましくも不敵な笑みを浮かべて立っていた。


「……それで公爵様、どうやってヒサコに近付きましょうか?」


「なに、単純な話だ。ヒサコの動きは定時報告でおおよそ把握しているし、連絡する際にさっさと帰国するように促す。で、アーソに戻って来るのを見計らって、ナルを派遣する。凱旋を讃えるに際して、公爵夫妻の名代としてな」


「なるほど。それならば、私が単独でヒサコに会いに行っても怪しまれませんか」


 実際、ヒーサは多忙である。領主としての仕事は元より、新法王が就任した今、分裂状態にある教団を再び一つにするように、教団総本山、新法王となったヨハネスと交渉しなくてはならない。

 長期間領地を空けることなど、現段階では不可能であった。

 また、ティースは身重であり、馬車での長旅などもっての外であった。

 そうなると、ヒサコと面識があり、かつ公爵夫妻の信のある者としてナルが名代になって、ヒサコに祝辞を述べに出掛けたとて、誰も怪しむことはない。


「で、あとは先程の毒を使い、ヒサコに一服盛ってやればいい。ああ、そうだ。カウラ特産の鵞鳥の肥大肝フォアグラでも持参して、これの料理は慣れてますからと適当に言い繕って、厨房に紛れ込めばいい。あとは食べ物なり飲み物に毒と特殊液を仕込めば、万事丸く収まる」


「カウラの特産品が死を運ぶ、ですか。意趣返しとしては、申し分ないですね」


 ナルとしてはヒーサの提案を受け入れる事とした。穴はあるが、そこは現地の状況を踏まえ、臨機応変に対応して埋めねばならない事であった。

 要は、怪しまれずに近付ける事、毒を仕込む機会を得る事、この二つの条件を満たせばいいのである。

 ヒーサの提案は、そう言う意味では理に適っていた。


(あとは、私の腕次第、か)


 毒物、状況、立ち位置、すべて条件は整った。

 ヒサコを暗殺するために必要なものは、すべて整ったと言ってもよい。

 不確定要素があるとすれば、ヒサコの勘の良さくらいだろうが、それを気にしては始まらない。

 そこを上手く誤魔化す事こそ、暗殺者の腕の見せ所なのだ。


「まあ、強力な毒とは言え、ぶっつけ本番では難しかろう。ナルよ、ここの囚人はお前の好きに使ってもよいぞ」


「え……?」


 耳を疑いたくなるような言葉が、ヒーサの口から飛び出した。

 確かに、使ったことのない毒をぶっつけ本番で使う事には、さすがに不安があった。何かしらで試した上で使うつもりでいた。

 それを見透かしたかのように、その実験動物モルモットを提供するとヒーサは述べたのだ。

 標的と同じく、“人間”を、である。


「え、あ、ですが」


「構わん。ここにいるのは、どうせ死刑囚か、もしくは無期限の懲役刑を食らった重罪人ばかりだ。死んだとて誰も悲しまないし、顧みもしない。不衛生な環境で病死した、とでもしておけばよい」


 ヒーサの表情には一切の変化がない。

 ただ淡々と述べているだけだ。

 必要だから殺す。利益になるから生かしておく。人と言うものを、完全に割り切って見ているのだ。


(人の生き死にが軽すぎる! なんなのだ、この男は!?)


 もちろん、ナルも暗殺者として、人を殺めることはある。その際は機械的に殺し、感情を動かすことなく命を奪い取る。

 だが、目の前の男は暗殺者ではなく、領主であり、医者のはずだ。

 命を救うのが医者であるならば、立ち位置的には暗殺者とは真逆に位置すると言ってもいい。

 にもかかわらず、人を殺める事に躊躇がない。

 人を殺める事も、あるいはハメて騙す事も、実に手慣れている。まるで息を吸って吐くかのように、当たり前にそうしている感じがしてならないのだ。


(やはり、この男は奇妙過ぎる! いや、今の今まで、そこまで上手く擬態していたということか!?)


 などと考え事をしているうちに、いつの間にかヒーサに間合いを詰められ、ポンと肩に手を置かれた。

 考え事をしていたとは言え、こうもあっさり間合いに入られるなど、失態もいいところであった。


「囚人はあと十人いる。試し撃ちが気に入らない結果となれば、また追加で“補充”してやるから、早めに言ってくれよ」


 まさに狂気としか思えぬ台詞だ。

 耳元で囁かれたそれは、まるで悪魔の呼びかけかと疑うほどに冷ややかで、それでいて心にグサリと刺さる重さがあった。

 そして、高笑いと共に、ヒーサはテアを連れて地下牢を出て行った。

 後には不気味なまでの静寂が広がり、薄暗い地下の空間は呆然と立ち竦む三人の心の内を見せているかのようであった。



             ~ 第六話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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