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第四話  意見具申! 猟犬は主人に決断を迫る!

 ヒサコを暗殺するここを了承したナルであったが、肝心な点がいくつか抜けていた。

 今度はそれを問い質さなくてはならない、そうナルは考え、ヒーサの動きの一切を見逃すまいと、神経をより集中させた。


「分かりました、お引き受けいたします」


「ナル!」


 当然、勝手に仕事を引き受けたナルにティースは困惑したが、ナルは主人の複雑な感情をあえて無視し、仕事を受ける決意をした。

 こうする方が“ティース”の安全を確保するのに有益だと、判断すればこそだ。


「ですが、いくつか確認したいことがございます」


「答えよう」


「現在、帝国との戦争の真っ最中で、前線の将兵の間ではヒサコの名声が高まっております。なにしろ、数々の武功を重ね、帝国軍を撃破し続けているのですから。これが抜ける穴はどうなさいますか?」


 ここで敢えて、報酬云々について尋ねないのが、ナルと言う女であった。

 結局のところ、ティースの待遇については、公爵家の財や影響力を考えれば、容易い内容だ。何とでも言えるし、反故にされる危険もあった。

 無論、その際の報復も勘案してはいるが、どのみち状況次第である。

 だが、帝国との戦争は確定事項であり、現在も継戦中だ。

 一歩間違えば王国は崩壊し、公爵家のすべてを失うことは明白だ。

 そうした生命と財産に直結させた質問こそ、相手の本心を探るのに適しているとのナルの判断だ。


「そうさな、ヒサコには《六星派シクスス》の暗殺者に殺された、という筋書きで消えてもらうことにする。怒りに打ち震える前線の将兵、そこに兄である私が参じ、指揮を引き継ぐ。前線の士気を維持しつつ、戦争を続けるのであれば、それしかあるまい?」


「なるほど。つまり、妹の死すら、ご自身の名声に直結させると?」


「その通りだ。それが最良であると確信するがゆえに」


 淡々と述べるヒーサに、やはりこの男は化物だ、とナルは素直に思った。

 口では過激な事を言える輩などいくらでもいるが、実行可能な状態にして披露し、断れないと分かった上で平然とよろしくと依頼してくるあたり、心が澱み、歪み切っていると言わざるを得なかった。


「それに、だ。次の戦は恐らく皇帝もいよいよ陣頭指揮をとってくるだろう。そうなれば、こちらも総力戦だ。温存しておいた術士を前線に投入する。私でなければ制御できない面々がな」


 現状、前線には術士を投入していおらず、このシガラ公爵領で待機している面々が多い。

 アスプリクを筆頭に、アスティコス、ルルなどの腕のいい術士も多い。

 また、法王を僭称する必要もなくなったので、ライタンを動かすこともできるようになっていた。

 さらに《五星教ファイブスターズ》との交渉が上手くいけば、“聖戦”を宣言してもらい、より戦力を集める事もできる。

 まさに総力戦だ。


「……ちなみに、その中に“ティース様”も含まれておりますか?」


「ほほう、察しがいいな。実は含んでいたりする」


 やはりか、とナルは更に鋭くヒーサを睨み付けた。


「時期的には、出産直後あたりとなりましょうが、乳飲み子を抱えて戦線参加とは、人間性を疑います」


「子供なんぞ、乳母を雇い入れて預けておけばいい。前線にティースがいる事の方が重要なのだ」


「ヒサコの後釜として?」


「いかにも。いくら私が出張ったとしても、ヒサコの抜けた士気低下は確実に来る。その穴埋めとして、ティースに前線に出てもらう。『公爵家の女性は、かくも勇猛果敢であるのか』とな。ヒサコの面影をティースに投影し、士気を鼓舞するというわけだ」


「なんと下劣な……」


「安心しろ。産後間もない女性を、最前線に立たせて剣を振るわせるつもりはない。あくまで程々の位置にその姿を見せ、兵を鼓舞するの役目だ」


「そう言う問題ではありません!」


 理由を理解はできても、納得はしかねる策であった。

 ナルはただただヒーサと言う人物を嫌悪した。主人に危険が及ぶとかそういうものではなく、一人の人間として明確に拒絶したい気持ちで満たされていた。

 だが、同時にその有用性も認めてしまうののが、裏仕事に従事してきた自身の救い難いサガでもあった。

 世間ではカウラ伯爵家は。事実上消滅したことになっている。名ばかりが残っているだけで、実体は一切をシガラ公爵家に吸収合併されてしまった。

 だがもし、ティースの雄姿と名声の高まりを見せつけることができれば、カウラ伯爵家なお健在なりと、世間に喧伝する格好の材料となる。


(だからこそ、私は目の前の男を嫌悪する。追い込んで、縛り付けて、選択の幅を縮めた上で、決断を迫ってくる。そうなる前に手を打たなければならないのだけど、いつも先んじて手を打ってくる。ああ、なんて嫌らしい男なの!)


 ナルは自身が未熟だとは思わないが、ヒーサがあまりにも熟達しているのだ。

 ティースと同じ年齢ということは、二歳も年下と言う計算になる。

 にもかかわらず、その知恵の深さは底が知れず、やる事なす事全てが用意周到。

 おまけに、倫理や人道とは無縁の策を平然と繰り出してくる図太さは、とても育ちの良い“年下のお坊ちゃん”とは思えないのだ。

 見た目と中身の乖離。ナルはヒーサを見ていつも悪魔が住み付いているのではないかと錯覚してしまうのだ。


(前々から気付いていたけど、ヒーサはあまりにも異常すぎる。年齢や経験が、実情と一致しない。ぬるま湯の十数年で築ける頭脳や行動力ではない。もっと何か別の、異物のようなものを感じる。だが、詮索している時間はない)


 そう、ヒーサが動くときは、大抵は手遅れになっている時なのだ。

 すでに道は舗装され、そこを進むしかない状態を用意して、それから招き寄せるのがいつものやり口であった。

 そうなると、その裏を読まねばならない。


(ヒーサがおとなしくヒサコを始末させるとは思えない。なにしろ、ヒーサの視点で見た場合、ヒサコの利用価値はまだまだ高い。どころか、例の妊娠の話が真実であった場合、王家への影響力が増大する。簒奪の目すらあるというのに、ここで消すとは考えにくい。あるいは、本当に手駒の暴走か?)


 ヒーサの言動は、どちらとも取れる余地があり、ナルを困惑させた。

 ティースの願いは、父兄の仇討ちであり、ヒサコの暗殺は絶対に成さねばならない。表立って殺すことができない以上、裏でこっそりと犯人が誰かを悟られることなく、始末しなくてはならない。

 ゆえに、ヒーサが暗殺に協力してくれるのであれば、それに越したことはない。


(だが、ヒーサの狙いが別にあるとしたらば?)


 ヒーサはいつも思わぬやり方で、とんでもない成果を上げる切れ者だ。

 ならば、今回も何かを企んでいると考えるのが自然だ。

 だが、それを調べる時間もなく、判断材料があまりにも乏しいのだ。


(そう、時間が無い。好機があるとすれば、ヒサコが帰国した直後。戦場で動き回って疲労がたまっているでしょうし、帰国した安堵から気の緩みがある。しかし、そうした緩みや隙も、時間の経過と共に失われる。下手に時間をかけ過ぎると、帝国軍の襲来で状況がますます混乱する。機会があるとすれば、ヒサコが帰国し、帝国軍が動き出すまでの間だけ)


 しかも、犯人が誰か分からない状態にしなくてはならない。

 なにしろ、自分がやったとバレれば、主人であるティースが間違いなく咎を受けるのだ。

 無論、毒殺事件の裏事情を表に出せば、多少は同情が集まるであろうが、それ以上にヒサコの名声の高さに落ち潰される可能性が高い。

 この非常時に優秀な指揮官を暗殺するとは何事か、と。

 利敵行為と糾弾されるのがオチだ。


(だからこその暗殺。ヒーサが何を考えていようとも、ヒサコの暗殺さえなしてしまえば、状況は確実に動く。そう、私が道を切り開くのよ)


 不安要素も多々あるが、ヒーサの提案に乗らなくては、ヒサコの暗殺の機会は永遠に失われるかもしれない。

 帝国に勝利し続けるヒサコを放置すればするほど、距離が広がっていき、近付くことすら容易でなくなるのだ。

 迷う時間すら、与えてはくれなかった。


「ティース様、よろしいですね? これ以上ヒサコをのさばらせないためにも、公爵様の策に乗るべきだと具申いたします」


 すでに、毒薬は受け取った。あとは主人からの指示待ちだ。

 ティースはあまりに唐突なヒサコ暗殺に、判断を下しかねていた。

 ヒサコは憎い。なにしろ父や兄の仇であるから、このまま生かしておくつもりはない。

 だが、今やヒサコは武功を積み重ねる事により、名声と言う名の防壁を手に入れてしまっている。下手な非難は誣告と受け取られ、彼女を慕う者からの反発は必至だ。

 やるのであれば、ヒーサやナルの言う通り、暗殺しかないのだ。

 正規の手順で裁けぬ以上、裏から手を回すしかない。

 そんなことはティースにも分かっていた。

 だが、もしこの計画を開始するとなると、実行者のナルの身が危険極まりない状態になる。毒を抱えて、単身敵地に乗り込むようなものだからだ。

 ヒーサの開発した毒ならば、盛る事さえできれば仕留めれるだろうが、問題は盛れる位置まで怪しまれずに近付けるかどうかなのだ。


「ティース様、問題ありません。必ずや仕留めて御覧に入れます。ですから、お命じください」


「ナル……」


 ナルの決意は固い。

 どのみち、ヒサコがいる以上、ティースの幸せも、伯爵家の再興も叶わないのが実情だ。

 身内の仇に頭を下げ続けることが、どう幸せに繋がると言うのか。

 富も名声もヒサコにばかり集まり、それでどうやって伯爵家を盛り返すと言うのか。

 ヒサコの排除以外に、すでに道はない。

 それが分かっているからこそ、ナルは決断を促しているのだ。

 それは痛いほどに、ティースにも伝わっていたが、それ故に悩むのだ。

 ナルの性格は分かり切っているから、刺し違えてでもヒサコを排除してくるだろう。

 だが、そうなるとナルと言う、第一の臣であり、最良の友であり、あるいは姉のような人を失うかもしれないのだ。

 それが、決断を妨げていた。

 ティースは思い悩み、どうするべきかを思案した。



             ~ 第五話に続く ~

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