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第二話  毒殺! 悪役令嬢を暗殺せよ!

 そこはシガラ公爵の城館にある地下牢であった。

 軽微な罪の囚人であるならば、街の郊外にある囚人施設に入れられるのだが、無期懲役や死刑囚などの重罪人は、より強固な地下牢行きとなるよう定められていた。

 そして今、そんな凶悪犯の溜まり場に、珍しい来訪者が訪れていた。

 領主であるヒーサ、その妻ティース、二人のそれぞれの従者であるテア、ナル、マークの、合計五名だ。

 普段ならば地下牢になど似つかわしくない顔触れであるが、どういうわけか用があるとヒーサに招かれ、ティース達がここにやって来たと言うわけだ。


「それで、御用とはなんでしょうか?」


 ティースとしては、悪臭などの嫌な空気が立ち込めるこの様な場所になど、足を踏み入れたくはなかった。

 まして、ティースは妊婦である。

 とても似つかわしい場所とは言い難い空間であり、一刻も早く立ち去りたい気分であった。

 そのため、不機嫌さを隠そうともせず、鉄格子の向こう側にいる死刑囚を睨み付け、発する言葉にも棘が感じられるほどだ。


「なに、ヒサコを暗殺する手筈が整った。その手順を説明するためだ」


 何の抑揚もなく、サラッと言ってのけるその言葉に、ティースは目を丸くして驚いた。

 いずれヒサコを殺すなどと言っていたが、半分は疑っていた。どうせ口からの出まかせで、適当言って誤魔化すのではと考えていたからだ。

 父兄の仇討ちができるとなると、ティースの心の内にどす黒い何かが湧き起こって来たが、そこはまず話を聞こうと気持ちを落ち着かせた。


「……で、どのようにやるのですか?」


「今、それを“実演”する」


 そう言うと、ヒーサは側に置いていた机の上にある水差しを手に取った。水差しと杯がそれぞれ二つずつあり、中の無色透明な液体を注ぎ入れた。

 そして、その二つの杯を鉄格子の前に置いた。

 いったい何が始まるのだと、二人の死刑囚はヒーサを睨み付けてきたが、ヒーサは特に気にもかけずにニヤリと笑うだけであった。


「さて、明日には死刑が執行されるお二人さんよ、死刑を回避する機会を与えよう。その杯の中身を飲み干し、生き残れたらば公爵の権限を以て免罪とする」


 ヒーサがそう言うと、二人の囚人の視線は目の前の杯に向けらてた。

 このような話をしてくる以上、杯に注がれたのはただの水ではないことだけは確かだ。

 どうしたものかと判断しかねたが、迷う囚人達にヒーサは言葉を投げつけた。


「おいおい、迷う事もないであろう? どうせ、何もしなければ、明日には死ぬ運命にある。助かる道を選ぶのは当然ではないか。ああ、杯の中身だが、毒入りと、そうでないやつの二種類だ。新たに調合した毒の効能を確かめるための試験がしたいのだ」


 よもやの人体実験である。

 毒の試験のために、生きた人間で試そうと言うのだ。

 さすがにティースも眉をひそめたが、ヒサコを暗殺できるのであればと、口を紡いだ。


「助かる確率が半々。何もしなければ、明日には死刑だ。さあ、どうする? 生き残りたいと、生きて陽の光を浴びたいと言うのであれば、杯を手に取るがいい」


 こんなことを平然と言ってのけるヒーサに、囚人らはさすがに恐怖を感じたが、選択の余地は最初からなかった。

 何もしなければ、明日には死刑されるのだから。

 確率は半々。生きるか死ぬか、二つに一つだ。

 少し迷った末に、二人は杯を手に取り、グイっと一気に飲み干した。

 そして、すぐに結果が出た。


「がはぁあぁか、おううでぎゃなあゃぁぁぃぁ!」


 片方の囚人が、何を叫んでいるのか分からぬほどに絶叫し始めた。

 もがき苦しみむのだが、尋常でない姿だ。

 体の各所がやけどを負ったかのようにただれていき、目が充血を通り越して血の涙を流し始め、口からも血の混じった泡が吹き出された。

 あまりの変容ぶりに、別の囚人が腰を抜かして、壁にまで逃げ出すほどであった。

 そして、程なくしてその囚人は動かなくなり、全身から噴き出した自身の血だまりの中に沈み、疑いようもなく絶命した。

 こうなることが分かっていた毒の製造者であるヒーサや、荒事に成れているナルやマークが平然としていたが、さすがにティースとテアは不快な顔をしながら、目を背けていた。


「ふむ……、強烈極まる毒だな。ああ、ちなみに、こいつは“カエンタケ”という毒キノコの成分を抽出し、色々と手を加えた代物だ」


 ヒーサは牢屋の鍵を開け、動かなくなった囚人の体をしっかりと調べた。

 当然ながら、心臓は止まっており、苦悶の表情を浮かべながら死後の世界へと旅立っていた。

 毒の強烈さを物語る様に、皮膚の表面に症状が出ていない箇所を探すのに苦労するほどに、様々な変色を見せ付けていた。


「こんなものをわざわざ見せつけるために……!」


「ティースよ、不快なのは分かるが、こいつをヒサコに飲ませれば、文字通り一撃必殺だ。それは理解できるだろう?」


「それはそうですが、だからと言って、人間でそれを試しますか!?」


「どうせ、放っておいても、明日には処刑される身の上だ。一日早くなったとて、問題はない。あくまで、公爵としての権限の内だ」


 死刑などの重犯罪の裁きは、公爵か中央の司法官が執り行うのが慣例となっていた。つまり、この死刑囚をどうするかなど、ヒーサの匙加減一つでどうとでもなってしまうのだ。

 まして、裁判を経て死刑判決が下った囚人である。処刑の方法など、些末な問題でしかないのだ。

 それこそヒーサの感覚では、予定が一日早くなった、その程度でしかない。


「こ、公爵様……!」


「ん? ああ、すまんすまん、お前の事を忘れていたわ」


 ヒーサが振り向くと、生き残った方の囚人が怯えながらも、必死で声を絞り出しているのが見えた。


「お、俺は生き残ったんですし、免罪ですよね!? 釈放ですよね!?」


「ああ、そうだな。釈放しよう」


 ヒーサは怯える囚人に歩み寄り、震えている肩をポンポンと軽く叩いた。


「ただなぁ~、残念なお知らせがある」


「なにか……?」


「お前はもう死んでいる」


 言い終わると同時に、生き残った囚人の体にも変化が起こり始めた。


「がばあなぁばかぐへがはぁ!」


 目の前の囚人もまた、突然苦しみ始めた。

 先程死んだ囚人と同じく全身がただれ、血が吹き出し、程なくして息絶えた。

 こちらもちゃんと死亡しているかの確認を行った。

 確実に死んでいると分かり、スッと立ち上がると、動かなくなった二人の囚人を交互に見やり、事も無げに言い放った。


「非常に言いにくいことなのだが、私は一つ嘘を付いた。それは、先程飲んだ中身なのだが、どちらにも“毒”は入っていなかったのだよ。入っていたのは、昨日の夕餉だ」


 ヒーサは囚人が動かなくなったのをしっかりと確認し、用は済んだと言わんばかりに牢屋から出た。

 表情一つ動かさず、ただ淡々と作業でもするかのように、あっさりと人を二人も殺めた。

 そのあまりの“あっさり過ぎる”対応や笑顔で人を殺せる様に、ティースは怒るよりも先に恐れおののいた。

 夫の優しさは本性を覆い隠すための、分厚い厚化粧だとは感じていたが、こうまで徹底して隠匿されていたとは、予想の遥か上を行っていた。

 マークも表情にこそ出していなかったが、同様にヒーサの闇の深さに冷や汗をかいていた。

 テアも同様だ。

 ただ、ナルだけがようやく潜んでいた本性を出す気になったかと、納得さえしていた。

 そんなそれぞれの反応を見ながら、ヒーサは足元に転がっていた二つの杯を手に取り、再び先程の水差しから中身を杯に注いだ。

 ハッとなってティースはそれを止めようとしたが、ヒーサはその二つの杯の中身を一気に飲み干してしまった。

 だが、先程の二人のような反応はない。平然として、笑顔さえ向けてきた。


「え……? なんで!?」


「言ったではないか。これには毒は入っていない、と」


 平然と答えた夫に、ティースは呆気に取られた。

 毒が入っていないと嘘を言ったのかと思ったら、本当に毒など入っていなかったからだ。

 では、どうして囚人にだけ毒の反応が出たのか、それが謎だった。


「見事な毒でございますね。して、今ではなく、夕餉に仕込んだとはどういう意味でしょうか?」


 状況の訳の分からなさに戸惑っている主人に代わり、ナルがヒーサに尋ねた。

 二人の人間をいとも容易くボロ雑巾にしてしまう、そんな強力な毒である。暗殺者としては、その製法や使用法には興味が尽きない事であった。


「ああ、これは言ってしまえば、例の毒殺事件の意趣返しとでも考えればいい。あの時、“ヒサコ”は義父ボースン殿の下戸を利用し、“ヒトヨタケ”を父マイスや兄セインに食べさせた。ヒトヨタケは酒に対する耐性を失わせ、下戸にする効果がある。酒さえ飲まなければ、割と美味しいキノコなのだがな」


 当然ながら、ヒーサの説明は嘘っぱちだ。

 ヒサコがヒトヨタケをボースンに握らせ、マイスやセインに食べさせたのは事実だ。

 だが、ヒサコとヒーサは同一人物であり、スキル《性転換》を利用して、あたかも別人であるかのように振る舞っているだけだ。

 ティース達は毒殺事件の犯人をヒサコであると認識しているが、ヒーサとヒサコが同一人物だとはさすがに気付けていない。

 こうした嘘を平気で、平然と話してしまえるのは長年の経験から来るものであった。


「その効能を応用して、普段は無害な毒を作り、特殊液と結合すると毒性が飛び出す、という毒薬を生み出した」


「なるほど。つまり、毒を盛ったのは昨夜の食事で、その特殊液とやらが先程の杯に注がれた水の中に含まれていた、と」


「そうだ。で、その特殊液の濃度によって、毒の効果が表れるまでに時間差が生じる」


「興味深い毒薬ですね。その時間差を利用すれば、毒を盛った上で逃げ出す時間を稼ぎ、自身を容疑者の中から外すことも容易くなるでしょう」


 ナルはヒーサから毒についての説明を聞き、おおよそ毒の特性を把握した。

 同じ毒を食らっても、先程のように効果が発現するまでに明確な時間差が生じたのは、ヒーサの説明で納得できた。

 毒を盛った場所や時間と、その効果が発揮されるまでの時間を自在に操れるのであれば、暗殺を企てても逃げ出したり、容疑者から外せたりする確率がグッと上がる。

 実に都合の良い暗殺の武器となることは間違いなかった。


「動物を用いて試していたのだが、やはり人間で試して正解だったな。時間差が思ったより長かった。ほれ、これが毒の実験記録だ」


 ヒーサが持ってきていた鞄の中から書類の束を取り出し、それをナルに渡した。

 ナルはそれを確認すると、実験に用いた動物の種類や体型、用いた特殊液の濃度と効果発揮までの時間など、事細かく記録されていた。


(う~ん、この医学の悪用っぷりよ)


 テアは熱心に“毒”の研究に打ち込んでいた相棒を睨み付けた。

 なにしろ、ヒーサはスキル《本草学を極めし者》を所持している。薬草を始めとする植物学を極め、薬の調合まですんなりできるようになると言う、利便性の高いスキルであった。

 当初は医者に扮して名声を稼ぎつつ、魔王の居所を探そうかと考えていたのだが、初手でやったことは父兄の暗殺であり、それ以降も碌な事をしてこなかった。

 医学の悪用と言われても、当然のことだと甘受せねばならぬほどだ。

 だが、ヒーサこと松永久秀は意にも解さず、薬草も、毒草も自在に調合しては新薬を生み出し、必要な薬は手元に押さえていた。

 領主としての執務の合間に、これだけの事をやって来たのである。

 ぶっ飛んでいる、などと生易しい言葉で評せるものではなかった。


「そして、これが用いた毒薬と、特殊液だ」


 ヒーサは続けて鞄から二つの瓶を取り出し、それもナルに渡した。

 こうまで準備され、託された以上、ヒーサの考えは容易に想像できた。


「さあ、ナル、任せたぞ。それを以て、ヒサコを暗殺するのだ!」


 ヒーサの言葉は地下牢に響き、ティースに、ナルに、マークに決断を迫った。

 復讐を果たせる機会はただの一度。

 生半可な手段では、返り討ちの危険がある。

 ヒサコはそこまで甘くはないと、三人は考えていた。

 だが、この毒薬は非常に都合のいい効果がある。毒を盛る場所と、毒を発現させる時間をずらせるという画期的な毒薬だ。

 刺し違えることなく、容疑者として疑われることなく、暗殺を完遂できる便利な道具が目の前にある。

 さあ、どうするのか?

 ヒーサはそれを三人に迫ったのだ。



            ~ 第三話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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