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第二十九話  新法王就任! 私の戦いはまだまだこれからだ!

 熱気はいまだ引かず、大聖堂では歓声と拍手、あるいはどよめきが湧き起こり、新たな法王の誕生を複雑な感情を以て迎える事となった。

 なにしろ、選挙を実質一騎打ちで戦ったヨハネスとロドリゲスの票差は、千数百票の内の僅かに六票しか差がなかったのだ。

 ほんのささやかな動きで逆転してしまうほどの差であり、本当にギリギリで決着がついたのだと、居並ぶ人々に印象付けた。

 どうにか勝てたヨハネスとしては、平和への道筋が立ったと安堵するよりなかった。

 元々法王就任レースに参加するつもりのなかった選挙ではあったが、ジェイクに勧められる形でこれに参戦した。

 否、せざるを得なかったのだ。

 改革を押し進めねば、いずれ教団は先細りしていくし、悪くすれば《改革派リフォルマーズ》を称するシガラ教区の一派に、飲み込まれる危険すらあった。

 それを認識したからこそ、選挙に打って出て、平和裏に分裂状態にある教団を、修復させる道を選んだのだ。

 ロドリゲスのやり方では、シガラ教区を異端認定して戦争状態となり、帝国からの侵攻も有り得る状況にあっては、二正面作戦になりかねない危険もあった。

 どちらかに集中しろと言うのであれば、協力して帝国の蛮族にあたるべきであると考えるのが、“良識ある者”の判断ではなかろうかと、ヨハネスは思わずにはいられなかった。

 教団の利権に固執していては、そもそも世界そのものが崩壊することも考えられる。

 魔王を名乗る帝国の皇帝に対して、全力で当たらねばならぬと、なぜ気付かないのかと、ヨハネスは憤りすら感じていた。

 勝つには勝ったが、そんな頭の固い連中がこの場の半分はいると言う証であり、並大抵の覚悟では立ちいかぬことを改めて思い知らされた。


「ええい、何という愚かな決断をしたのだ、貴様らは!」


 歓声を引き裂くように、ロドリゲスが叫んだ。

 妙に通る声であり、術式を利用した拡声であることは疑いようもなかった。

 歓声も拍手も止み、視線がロドリゲスに集中した。

 その顔は怒りとも悲しみとも表現し難い、苦悶の表情を浮かべていた。


「お前達は教団の死刑宣告書に、自らの手で署名したのだぞ! このままでは、教団が長年培ってきた技術や情報ノウハウが散逸し、すべてをシガラの愚者共に食われてしまうのだぞ! その意味が分からぬのか!?」


 ロドリゲスの叫びは壁に反響して大聖堂の隅々にまで届き、どよめきを生んだ。

 だが、それに対して、冷静に、むしろ冷酷に処する者がいた。

 他でもない、ヨハネスだ。


「やはり、あなたは先と言うものが見えておらぬご様子。しかも、半分近くがそれに同調していた以上、大鉈を振るっての改革が必要なようですな」


 ヨハネスもすでに遠慮が無くなっていた。

 というより、昨今の社会情勢が、のんびりやっている時間的余裕をことごとく奪い去っており、悠長に構えている事すらできなくなっていたからだ。


「はっきり言おう。シガラが、教団の技術と情報ノウハウを欲しているという発想自体、旧時代の遺物的判断と言わざるを得ない」


「な、なんだと!?」


「現実が見えておらぬようであるから、この場ではっきりと言っておきますが、術士の管理運営の独占、これを崩した途端に、シガラ公爵家は我ら以上の成果を、すんなり得ることになったと言う事を、あなたは見ておられないのですか?」


 アーソの動乱のどさくさに紛れ、ヒーサはアーソの地に潜んでいた術士を領内に連れて帰り、また各地から同様に隠遁していた術士を呼び込み、これを利用し始めた。

 戦場で戦力として使うのではなく、畑や工房で労働者として術士を運用し、目覚ましい程に生産性を向上させたのだ。

 つまり、従来の運用法に無い術士の使い方であり、このやり方は教団が持ち得ていないのだ。


「ヒーサ殿は示した。術士を生産に用いることにより、富と物資が生み出され、人々が豊かになる道を示した。ヒサコ殿もまた示した。強大な帝国に対し、ただの一人の術士を率いることなく攻め込み、“神の業”ではなく、“人の智”によって勝利をもたらした。つまり、時代は変わった、と言う事です」


「変わってはならぬものがある! 教団の法や秩序をなんと心得るのか!?」


「あなたの語るのは、法や秩序ではなく、教団の持つ利権や特権でありましょう? それが失われる。と言うより、意味を成さなくなるのです。教団以上に術士の扱いが上手く、それどころか術士なしでの成果すらもたらす者が表れた。教団自身が態度を改め、この改革の波に乗らねば、いずれ無用の存在として、王国の民や貴族に関わらず、すべての憎悪を受けて、消し炭になっていきますぞ」


 事実、ヒーサの打ち出した“十分の一税”の撤廃は、王国全土に大反響を巻き起こした。

 貴族は顔色を窺いつつも、税撤廃の動きを見せつつあり、教団の懐事情は大打撃を受けることは必至な状態となった。

 それもこれも、教団側の横柄な態度に辟易している証であり、その怒りが明確な形となる前に、教団自身が変わらねばならないことを、ヨハネスは感じていた。

 そのためには、この改革の波を生み出したヒーサと、腰を据えて話さねばならないと考えており、それはロドリゲスにはできないことも確信していた。

 自分だけが、温和な解決を図れる。穏当な事態収拾を行えると考えていた。

 今までならば遠慮もしようが、もう幾重にも絡み合った人々の意志が、ヨハネスを法王の座へと導き、自分もまた平和と安定のために奮起せねばと、改めて決意を固くした。

 そう、目の前のバカを追い出すことから、まずは仕事始めだ。


「おおい、誰かロドリゲス殿を医務室にお連れしろ。少々お疲れのご様子だ。“しっかり”と治療して差し上げなさい」


「き、貴様!? お、おい、放せ!」


 敗者となり、なんの価値を見出だせない尊大な男の、最後の断末魔であった。

 神官らに両脇を抱えられ、あれこれ叫びながら祭壇より引きずり降ろされた。

 そして、大聖堂から無理矢理退出させられ、何処かへ消えていった。

 ようやく静かになったが、同時に恐ろしく感じる者が現れ、場の空気は重くなる一方であった。

 ヨハネスはどちらかと言うと、温和で理知的な性格で通っており、反対派の人々からもその点はよく認識されていた。

 だが、今の行動は普段をよく知る人々からすれば、明らかに異常であった。

 邪魔者を容赦なく排斥し、有無を言わさず締め出すなど、彼らしくないと驚かれるに十分すぎる態度であった。

 それだけ彼が本気になっており、宣言通りに大改革を実行に移すのだと、今の行動によって示したに等しいのだ。

 熱気を帯びた大聖堂の空気は、それで一気に冷やされ、これから起こるであろう大改革と言う名の“粛清”に恐々とし始めた。

 そんな空気を無視し、ヨハネスは儀典官も兼ねた選管委員長より、法王の法衣を受け取った。

 歴史や伝統の重みと言うべきか、想像以上の重さがヨハネスの腕にかかり、一層気を引き締めさせた。


(重い、な、これは。だが、これは始まりであって、終わりではない。ここからがやるべきことが山積みの、本当の意味での戦いが始まるのだ)


 ヒサコら前線の将兵の活躍により、優位に進めつつある帝国との戦いであるが、相手はまだ最強の存在である皇帝が姿を現していない。

 魔王を名乗り、伝え聞く噂の数々は、常軌を逸した実力者であることを如実に表していた。

 それを対処せぬ限り、王国側の勝利は有り得ないのだ。

 また、分裂した教団を元に戻すという、最重要の課題が残されている。

 魔王に対抗するには、王国のすべてを結集して応じねばならず、分裂した教団の再統合を図り、万全の体勢にて魔王を迎撃する準備を整える必要がある。

 幸いなことに、分裂をもたらしたシガラ公爵ヒーサは、“話の分かる”人物だとヨハネスは認識していた。見た目の穏やかな雰囲気とは真逆で、極めて強欲な人物であることを見抜いており、それだけに話が通しやすいと判断していた。

 “無欲な善人”より“欲深い悪党”の方が、交渉相手としてはある意味でやり易いのだ。

 無論、相手が求める者をちゃんと用意できれば、という前提条件が必須ではあるが、魔王が勝てばすべてが失われることも理解できているであろうし、その聡さがカギとなるはずだ。


(まずは分裂の解消。そして、力を結集して、魔王を討つ! 法王としての初仕事は、歴代法王が味わったことのない激務となりそうだな)


 まずは一度退出し、受け取った法王の法衣を身にまとって、そこからが本番だ。

 やるべきことは山積みであるが、避けては通れぬ問題ばかりだ。

 身の引き締まる思いであり、そして、それを成し遂げれるのは自分しかいないと言う自負もあった。

 旧来通りのやり方では立ちいかないのは明白であり、どれほど不満が噴出しようとも、改革を進めていかねばならないと決意を固くする新法王ヨハネスであった。

 だが、ヨハネスは大きな読み違いをしていた。

 それは、ヒーサ・ヒサコこと戦国の梟雄“松永久秀”という男、その欲望の質と量を人間のそれと認識していたことだ。

 何ものにも染まらず、どこまで我欲に忠実で自分本位。

 そう、何も世界を望むのは、魔王だけとは限らない。

 そのことにヨハネスは気付いていなかった。

 混迷深まるこの世界において、波乱に満ちた新法王の船出であるが、それがどのような影響を及ぼすこととなるのかは、まだ誰にも分からないのであった。



      ~ 第九部・終  第十部に続く ~

これにて第九部が完結でございます。


いやはや、万単位で軍勢が激突するシーンは、書くのがほんと大変です。


おおよその軍の配置と戦局の動きは最初に決めてあるんですが、いざ文字に起こすとかなり表現が難しいですね。


いやはや、修行不足を痛感しました。


次の第十部は謀略パート中心になりますが、もう今までの外道っぷりが可愛く思えるレベルの策略を『敵味方』が繰り広げ、とんでもない重くてドギツイ話になると思います。


ただ、ここは今までの決算に加え、今後の展開に欠かせない上に、ラストの伏線をいくつか仕込ませていただくので、全力で書き切るつもりです。


ちなみに、現在の予定では『第十四部 + エピローグ』くらいになる予定です。


今少し続きますが、どうかお付き合いの程をよろしくお願い申し上げます。




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感想等も大歓迎でございます。


ヾ(*´∀`*)ノ

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