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肺二十八話  投票! 法王選挙、開始される!

 《五星教ファイブスターズ》の総本山『星聖山モンス・オウン』。

 カンバー王国の王都ウージェから程近い場所に存在し、王国全土の神殿を管理運営する巨大組織の心臓部がここにある。

 伝承によると、世界を作りたもう火、水、風、土、光の五色の神が最初に舞い降りた地とされ、五つ子の山が連なった形をしている。

 そこに初代法王が神殿を建立し、教団の歴史が始まったとされる。

 カンバー王国の建国王と初代法王は兄弟であり、当初は非常に強固な協力関係にあった。

 しかし、時代の流れと共にそうした関係も薄れ、数々の特権が教団を増長させて腐敗の呼び水となり、現在に至っていた。

 国民の教導と術士の管理運営、これこそ教団の仕事や存在意義であったも関わらず、最近では特権を振りかざす利権集団に様変わりし、国政にまで干渉してくるまでになった。

 それを煙たがる貴族も多く、その横暴ぶりに辟易する民衆も数え切れぬほどだ。

 しかし、教団の力は大きく、それに寄生する貴族もまた存在するため、腐敗を正そうとする動きも緩慢であり、遅々として進まなかった。

 これに対して、敢然と立ち向かうことを決めた人物が、とうとう二人現れたのだ。

 一人はシガラ公爵のヒーサであり、もう一人は王国宰相のジェイクであった。

 ヒーサこと松永久秀は、宗教勢力が武力を持ち、権力を振るうようになるとろくなことが無いと、かつての世界での経験から知っていたため、隙を見て一気に事を進めた。

 教団にのみ与えられた“術士の管理運営”の権限に干渉し、主要な収入源である“十分の一税”の撤廃を謳った。

 当然、教団はこれに反発するが、自身の公爵領教区の代表者ライタン上級司祭を法王に就任させるなど、その行動は常軌を逸していると思わせるほど、ヒーサの行動は徹底的であった。

 だが、教団の反応は思っていたよりも鈍かった。

 というのも、アーソでの動乱の際、現役の司祭であるケイカ村の司祭リーベが黒い法衣を身にまとい、異端宗派である《六星派シクスス》の工作員として暗躍していたことが発覚。

 これによって教団側の面目が丸潰れとなり、しかもリーベがシガラ公爵の政敵であるセティ公爵の実弟であったことから、ヒーサを攻撃する手段を失う結果となった。

 これに付け入る形で数々の改革を断行したのだが、そもそもリーベの一件はヒーサのでっち上げであり、これにまんまと国中が引っかかったというわけだ。

 これでシガラ公爵と教団側が全面対決にならなかったのは、間にジェイクが入り、強硬姿勢を崩さぬ両者の仲立ちを行っていたからだ。

 すでに両者の対立は決定的であり、ヒーサがライタンを法王にと僭称させた時点で、引き返しようのない状態となっていた。

 それでもジェイクは全面衝突を避けつつ、どうにか法王選挙コンカラーベの決着までの引き延ばしに成功した。

 唯一の希望は、“ヨハネスを次期法王にすること”という一点に希望を託した。

 法王は五名いる枢機卿の中から選出されるが、その中でジェイクが推しているのが、ヨハネスであった。

 ヨハネスは教団の腐敗を憂いており、出来ればこれを改善したいと思う改革志向の持ち主で、これを全力で後押しし、教団内部に改革の風を吹かせようと試みたのだ。

 一方、もう一人の有力候補ロドリゲスは、シガラ公爵家とは個人的な恨みがあり、もし法王になれば即座に全面対決に発展しかねない危険があった。

 どちらがより安定に寄与するのか、説明するまでもないのだが、ヒーサの行動の数々が教団の利権を侵食し、宰相ジェイクの干渉は“不入の権”を謳う教団への挑戦と見なし、露骨に反発する者も多い。

 そのため、ヨハネスを推す者も、ロドリゲスを推す者も、双方が互いに足を引っ張り合い、あるいは支持者集めに奔走し、行ったり来たりを繰り返す忙しない状態が続いた。

 だが、それも今日、いよいよ決着がつく。

 法王選挙コンカラーベにおいて、投票権を持つ者が《星聖山モンス・オウン》の大聖堂に集結し、投票を終えた。

 投票に際しては何重もの防護措置が取られており、不正が絶対に行われないように厳重な監視下で行われていた。

 投票に参加する者には、事前に五名の枢機卿の名が記された札が渡されており、定めた候補のそれを順々に投票箱に入れていくのがいつもの手順だ。

 とはいえ、これまでの選挙においては、本投票までにはほぼ大勢は決しており、形だけの投票になることが多かったが、今回だけはそんな生易しいものではなかった。

 なにしろ本投票が行われる直前まで、ヨハネス・ロドリゲス両陣営は投票者へ呼びかけが行っており、どちらが選ばれるのかは、まだ確定していないと人々に印象付けた。

 千数百名にも及ぶ列席者は、次々と投票箱に意中の候補の札を入れていき、どのような結果が表れるのかを、固唾を呑んで見守った。

 そして、慣例通り、五名の枢機卿が最後の投票を行い、そのまま祭壇の上で待機した。

 祭壇上に法王の纏う儀礼用の法衣が運び込まれ、ほんの僅かな時間を置いて、枢機卿の誰かがこれを身に付ける事になるのだ。

 ちなみに、現法王はすでに病魔に蝕まれ、床から起き上がることもできなくなってした。

 自身の後継者に法衣や道具類を譲るという、儀式すらできない状態にあった。


「では、これより開票を行います」


 祭壇の脇に控えていた選挙管理委員長が、数名の部下を率いて祭壇の投票箱の前に立ち、厳重に封印されている投票箱を開放した。

 さていよいよ始まる開票を前に、大聖堂の熱気は否応もなく高まって来た。

 今回ばかりは、結果の見えないガチンコ勝負。

 ヨハネスか、ロドリゲスか、票の読み合いは微妙なラインだ。

 事前調査ではロドリゲスがやや優勢であったが、それは一月近く前の話だ。

 その間に、帝国に逆侵攻をかけて大勝利を収めたヒサコの話が舞い込み、これを全面支援しようと打ち出していたヨハネスの株が上がっていた。

 これがどこまで作用するのか、そこが勝敗の決め手になるのではと、考えている者も多い。

 皆が注目を集める中、不正がないかを慎重に審査しつつ、票が数え上げられていった。

 誰に票が入ったかを読み上げられ、その度に拍手が起こる事もあった。

 そして、当然のことながら、票はヨハネスとロドリゲスの二名に集中した。

 ロドリゲスが優勢かと思えば、ヨハネスがあっさりと抜き去り、またこれをひっくり返して、また逆転と、開票率が九割に届こうかという段階になっても、なお決着がつかない状態となった。


「おいおい、ここまで僅差の選挙なんて、私は聞いたことが無いぞ」


「それだけこの選挙が重要で、互いに譲るつもりがないってことさ」


「だな。どっちが選ばれるかで、今後の教団のあり方が正反対になるんだから」


「あぁ~、空気が重いし、胃が痛いな」


 あちらこちらからなかなか決着がつかぬ選挙結果に、皆がざわつき始めていた。

 いよいよ一票一票の重さが増していき、僅かな差でも優勢となれば、大聖堂に響くほどの拍手や歓声が上がるほどに熱を帯びてきた。

 ちなみに、他三名の枢機卿は、祭壇より下がっており、残っているのはヨハネスとロドリゲスの二名だけであった。

 もう、どちらかが次期法王となるのは確実であり、緊張しながらも結果を待つばかりであった。

 そして、いよいよ結果が表れた。

 選管委員長が数え間違いがないかを改めて確認し、大きく息を吸って結果を大声で発した。


「総票数・千四百十七票の内、得票が七百十票となり、ヨハネス枢機卿が次期法王に選出されました!」


 結果発表と共に、列席者の“半分と少し”から、歓声と拍手が沸き起こった。

 ヨハネスが七百十票で、ロドリゲスが七百四票、他枢機卿三名が自分に一票。

 これが結果であった。

 総数・千四百十七票の内の、僅かに六票の差であり、それほどの接戦であった事を物語っていた。



           ~ 第二十九話に続く ~

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