第二十四話 大徳の梟雄! あなたのためなら死すら恐れません!
森での一騒動から一夜が明けた。
あれからヒーサとテアは手早く屋敷に戻り、何食わぬ顔で就寝した。
そして、翌朝、騒ぎが少しずつ大きくなっていった。というより、大きくした。
ヒーサがいつものように目覚めるも、リリンが“なぜか”起こしに来なかったことを侍女頭のアサに尋ねたところ、自室にも姿がなかったのだ。
いないのは当然だ。なにしろ、リリンは“ヒサコ”に殺されたからだ。
それを知っているのは、森での騒動、その現場にいた二人だけ。
そうとは知らず、アサは皆に聞いて回ったが、昨夜からの足取りはようとして知れず、侍女達の間で騒ぎになった。
何しろ、公爵付きの専属侍女の失踪である。ただ事ではないと、皆が心配したのだ。
屋敷内には全く姿が見えなかったので、どこか心当たりのある場所を探してみてくれと指示を出し、ヒーサは公爵としての執務に取り掛かった。
そうしていつもの雑務をこなしていると、カンバー王国の王都ウージェから使者が来訪した。先頃の事件についてのあらましを伝えておいたので、その返答というわけだ。
「シガラ公爵マイスの次男ヒーサを暫定的ながら、新たな公爵とする。また、痛ましい事件についての聴取を行うため、近日中に王都へ来訪されたし。聴取が終わり次第、正式なる公爵への就任を認めるものとする。なお、これに類する話もカウラ伯爵に届いていると心得よ」
これが王都からもたらされた話の内容である。
おおよそ、ヒーサの予想通りであった。“出頭”ではなく、“来訪”としていた点がヒーサの予想と外れていた。どうやら想定以上に公爵家への同情が集まっているらしく、完全に被害者としての地位を築けているようであった。
あとは、先手を打って用意した王都の有力者への“鼻薬”が効いているのかもしれないが、とにかく情勢は有利に動いていることが分かり、ヒーサとしては大満足であった。
(よし、王都に行けば、女伯爵となったティース嬢とご対面というわけか。さて、あとは私好みのいい女であれば完璧なんだがな。ククク……、今から股座がいきり立ってくるな。肉体的にも、精神的にもたっぷりと可愛がってやるからな、麗しの花嫁殿)
などと悪そうな笑顔で期待に胸膨らませており、ヒーサのすぐ横にいるテアはまぁた始まったよと言わんばかりにため息を吐き出した。
そうして、執務もおおよそ片付き、遅めの昼食を取っているときに報告が飛び込んできた。領地の外れにある森の中で謎の遺体が六名分発見され、そのうちの一つがリリンではないか、という話が舞い込んできたのだ。
さて来たなと思いつつも、ヒーサは表情一つ変えずに頷き、詳しく調査するように命じた。そして、自分は何事もなかったかのように、王都への出立準備に取り掛かった。
そして、翌日の昼過ぎには、簡単な調査を終えた者達が戻って来た。
その報告を聞いた屋敷の主だった面々は愕然とした。まず、謎の遺体六つの中にリリンが含まれていたこと。次にその六人の間で争いがあったようで、爆発の跡や互いの切り傷があったこと。なにより重要なのは、その六人の中に《五星教》の異端である《六星派》が含まれていたことなど、重大な情報が含まれていたのだ。
ヒーサにとっては目新しい情報もなく、自分が用意した状況そのままに報告がやって来た、という感じであった。一応、驚いているふりはしておいたが、アサの取り乱しようが周囲を唖然とさせるほどに凄かったので、他のことが吹き飛んでしまったのだ。
リリンはアサの親戚筋にあたり、最近になってアサの手配によって屋敷で奉公するようになった。そのリリンが邪教に手を染め、今回の騒動を起こした疑惑が持ち上がってきたのだ。当然、リリンを推挙したアサへの疑いの眼差しが注がれることになり、それを否定するのに躍起になっている格好だ。
(いかんな。いささか効き過ぎたか)
ヒーサにとってリリンへの濡れ衣は自身への容疑を逸らすための一手であったが、内部の不和を招き、却って組織を損なっては公爵の地位が無駄になると判断し、追加の一手を打つことを考えた。
「このままでは埒が明かん。屋敷に勤める者、すべてを庭先に集めてくれ」
ヒーサは動揺する主だった面々にそう告げ、今回の事件の締めの一手を解き放つこととした。
***
屋敷の庭に集められたのは、文字通り屋敷に勤める全員であった。警護役の門番など以外は全員集結していると言ってもよかった。
その総数は三百を優に超えており、公爵の屋敷の広さを物語っていた。
そして、皆が集まるころには、すでに噂が噂を呼び、様々な憶測も飛び交っていた。
まず、皆の注目を集めていたのは、やはりリリンの存在についてだった。同僚であるし、それが内通者でしかも邪教を奉じていたなど、話に上らない方がおかしかった。
領内や屋敷の情報を流し、さらになんらかの手引きがあればこそ、今回の事件が引き起こされたのでは、と考え始める者が大半であった。
当然、それはアサへの不信感にも繋がり、居心地の悪さはアサを苦しめた。
さらにとばっちりだったのは、厨房勤めの面々への中傷であった。料理人達がしっかりしていれば、毒キノコが卓上に並ぶことはなかったと事件当初から言われていたが、これに今回のリリンの件も上乗せされ、実は厨房の中にも内通者が、という話の流れになったのだ。
こうなると、互いが互いを疑い合い、疑心暗鬼を呼ぶことになった。
なお、これらすべてを引き起こした元凶であるヒーサは、そんな騒がしい状況を眺めるだけであった。組織内の不和は当然マイナスではあるが、そのマイナスを転嫁させて自身への求心力に変えるつもりでいたからだ。
ゆえに、多少は騒いでもらった方が都合がよかったのだ。
「皆、そろそろ雑談を止めよ。ヒーサさ、失礼、公爵閣下よりお話が始まるぞ」
静粛するように促したのは、執事のエグスであった。
エグスはマイスが亡くなった直後はさすがに精神的に打ちひしがれていたが、主であり友でもあるマイスの残したものを次代にしっかりと繋げることこそ最後の御奉公だと意気込み、今ではどうにか立ち直っていた。
しかし、ものの数日ですっかり老け込んでいしまった雰囲気もあり、かつてを知る者としては痛ましい限りであった。
ヒーサは用意された壇上に上がり、ぐるりと皆を見回した。
不安、怒り、困惑、無気力、様々な感情が入り混じり、非常に居心地の悪い空気が漂っていた。
だが、これこそヒーサの望んでいたものだ。コレを払拭し、その統率力を以て新たな当主としての門出とする。そういう腹積もりでいたからだ。
まだざわついているのを気にしたそぶりを見せつつ、ちゃんと静まり返るのを待ってから、ヒーサは口を開いた。
「さて、皆もすでに耳にしていると思うが、残念なことに屋敷の中に内通者がいた。事件にどの程度まで関わっていたかは未知数であるが、何らかの関与があったことは疑いようはない」
もちろん、これも嘘である。リリンは今回の事件に関しては完全に被害者なのだ。何も知らずにヒサコに付いていき、そして、すべてを押し付けられる形になったからだ。
ヒーサとしては大成功であった。自身への嫌疑が一切かからず、他人に何もかもを擦り付けれたのだから。父と兄の殺害についてはカウラ伯爵ボースンの罪とし、さらにリリンという内通者によって上手く事が成った、という感じである。
しかし、リリンが異端宗派である《六星派》の聖印を持っていたことが、状況把握を難しくしていた。どちらにどう関わり、どんな手引きをして、どんな情報を流したのか、当人が死んだ今となっては追跡が不可能な状態となっていた。
こうした情勢の混迷こそ、ヒーサ自身への嫌疑が及ぶのを防ぐ壁となり、思い描く勝利への舗装となっていた。
「しかし、彼女の罪を問おうとは思わない。そのことだけははっきりと断言する!」
ヒーサの意外な宣言に、場が再びざわめいた。父と兄が殺され、本来なら最も裏切り者を糾弾しなくてはならない人物が、罪を問わないと宣言したのである。意外としか言いようがなかった。
そんな微妙な空気の中、一人が前に進み出た。侍女頭であり、騒動の中心に巻き込まれたアサだ。
「どうしたんだい、アサ」
「……どうか、私に暇乞いの許可をいただきたく存じます」
アサはすっかり憔悴しきってやつれていた。それもそうであろう。孫のように可愛がっていたリリンが、よもや主人殺しに加担していたなど、考えたくもなかったからだ。そのために自身への不信感を周囲に植え付けてしまい、とても職務に励める状況ではなかったのだ。
「アサ、侍女頭を辞め、屋敷を去りたい、そう申すのだな?」
「はい。私はその地位にあるのに相応しからざる者と思っております。なにとぞご許可を」
再び頭を下げ、主の言葉を待った。だが、主の言葉は彼女の望んだものではなく、重くのしかかるほどに押さえつけてきた。
「アサ、お前の言を却下とする。変わらず、侍女頭として仕えることを命じる」
冷徹なまでの一言。針の山にそのまま腰かけていろと言ったに等しい回答だ。
ヒーサとしては彼女を逃がすつもりなどなかった。
なにしろ、まだまだ“利用価値”があるからに他ならない。
「ですが……! どうか、なにとぞ!」
アサはとうとう地べたに膝をつき、頭をこすりつけて懇願してきた。どうにもこうにも、屋敷にいることが耐えられないようで、今すぐにでも離れたい気持ちが強かったのだ。
そんなアサに対して、ヒーサは壇上から飛び降り、地に平伏しているアサに歩み寄った。そして、自らも立膝を突き、そっとアサの肩に手を置いた。
「アサ、お前、死ぬ気だな?」
ヒーサの問いかけに対して、アサは平伏したままビクッと肩を動かした。
「どうやら図星のようだね。だが、はっきりと言わせてもらうと、それは無駄死にだよ」
「ですが、もう他にやりようがございません! どうか亡き先代に詫びに行くことをお許しください!」
アサは再び頭を地にこすりつけ、どうにかやり場のない感情を死を以て解き放ってほしい、そうヒーサに懇願した。
そんな彼女に対して、ヒーサは優しく肩を掴み、そっと上体を起こした。
アサの顔は泣き崩れてボロボロであった。涙痕に加え、額にはこすりつけた際の傷まである。よく知る優しくもあり厳かな雰囲気の侍女頭はそこにはいない。気弱な初老の女性が目の前にいる。
そんな彼女に、ヒーサは笑みを向けた。
「いいかい、アサ。もう一度言うが、それは無駄死にだよ。そんなことをしても誰も喜ばないし、なにより私が困るんだ。ただでさえ、父と兄が急死し、当主として若輩な自分が公爵の地位を継ぐことになってしまった。だから、一人でも優秀な臣が欲しい。不甲斐ない主を支えてほしい。だから死なないでくれ」
「ですが……」
「なにより、リリンの件は私自身の不徳のなすところだ。リリンがなぜこんな暴挙に出たのか分からないが、それを止められなかったのは、彼女を専属の侍女にした自分自身にある。だから、父と兄の死に対しての責任は、私が負わねばならない。殉死するのであれば、まずもって私が死して、父と兄に詫びを入れてこよう」
アサのみならず、その場の誰もが驚愕した。新しい当主自らが責を負って殉死するなどと言い出したからだ。もし今、ヒーサまで失うことになれば、シガラ公爵家は崩壊してしまう。それだけは絶対にあってはならないことであった。
「もう一度言う。死ぬな、アサ。お前が気負うことはない。罪は私が背負う。だから、今日を以てアサは一度死に、生まれ変わった気持ちで私に仕えてくれ。どうかこの通りだ」
ヒーサはアサに対して軽くではあるが頭を下げた。主人が臣下に対して頭を下げるなど、あってはならないことだ。だが、ヒーサは平然と頭を下げた。
誠実さの表れではあるが、それはともすれば侮りにも繋がりかねない。
メンツが何より重要な貴族社会にあって、ヒーサのこの態度は絶対にあってはならないのだ。
にもかかわらず、ヒーサは頭を下げた。
貴族の当主としては失格かもしれないが、一人の人間としてはこれ以上にないほどに誠実であり、一人の女性を気遣う者としては完璧であった。
アサは再び泣き、周囲の者達もまたそれを貰い泣きしてしまった。
若輩ではあるが、なんと優しくて誠実で気の回る御方なのだろう。我らがしかと盛り立てていかねばと、皆々が決意を新たにした。
周囲の雰囲気を読み取ったヒーサはスッと立ち上がり、今度は厨房頭のベントに歩み寄った。
美物として持ち込まれた毒キノコを提供し、食中毒を引き起こしたため、厨房も辛い立場に置かれていた。迂闊であったのは否めないが、客人が持ってきた食材であったため、断りにくかったという点も考慮しなくてはならない。
そう考え、ヒーサはベントにもアサ同様に許しを与えねばならなかった。
「ベントよ、お前も責任を感じているだろうが、そもそもの原因は毒キノコと知りつつ、それを食べさせようとしたカウラ伯爵に帰する点が大きいのだ。お前もあまり気負い過ぎるな」
あくまで罪はカウラ伯爵が負うべきものだ、ヒーサはそう言い切ってベントの罪の意識を少しでも和らげようとした。
罪自体は消えるわけではないが、どうか今まで通り仕えて挽回してほしい、そうヒーサは恐縮するベントに向かって視線で訴えかけた。
あまりに強烈な視線にベントは危うく逸らしかけたが、それでは主人からの誠意に応えられぬと奮起し、力強く頷いて応じた。
「若様、お任せください!」
「今は公爵だよ、不本意ながらね」
「っと失礼しました、公爵様。不肖なる身ではありますが、生まれ変わったつもりでお仕えします!」
「ベントよ、頼むぞ」
ヒーサはポンポンとベントの肩を軽く叩き、再び壇上へと戻っていった。
「聞け、皆の者! 痛ましい事件ではあったが、いらぬ詮索を以て領内の不和を助長する真似をすることは許さぬ。あるいはそれこそ、《六星派》の狙いやもしれぬし、もしくは他貴族の付け入る隙にもなりかねないからな。よって、事件に関する案件は、私の前以外で論じることを禁ずる。サーム、捜査は続けてもらうが、余計な情報を私以外の場所で披露してはならないぞ。よいな?」
武官のサームもそれを了承し、頭を下げてその意を示した。
「それは皆も同じだ。アサやベントに限らず、事件の“被害”を受けたる者を中傷するがごとき言動は厳に慎むべし。もし、申し出たいことがあれば、今この場で発言せよ!」
堂々たる宣言に、皆が頭を垂れ、新たなる主人に忠節を示した。ただ一人、“共犯者”であるテアを除いては。
(完璧だわ。そして、完全に《大徳の威》を使いこなしている。罪は他人に、功は自分に、誰にも気づかれることなく実行してみせた。大徳を得た梟雄がここまで強烈な存在になるなんて)
自分でスキルを与えておきながら、作り出した英雄に女神は戦慄した。本性を覆い隠すのに、大徳の力はまさに打って付けであり、余すことなく使い切る松永久秀という男に恐怖した。
それでいて、魔王ではないという判定結果を得ている。これが乱世の梟雄か、魔王とは別の意味で厄介な存在を生み出したかもしれない。テアは体の震えを出さないようにするのに必死であった。
~ 第二十五話に続く ~
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