第二十三話 戦果報告! アーソの皆様は実によく働きます!
勝利に沸き返るのは、なにも前線で戦っている将兵のみにあらず。
むしろ、“都合のいい”情報がもたらされる後方こそ、大いに盛り上がるものである。
皇帝の即位、そこからの王国領域内への侵攻。その危機的状況は誰でも知っているし、皆がどうしたものかと頭を悩ませるほどであった。
ところが、そんなところに朗報がもたらされる。
曰く、“聖女”ヒサコがこの危機的状況において、将兵を率いて逆に帝国領に攻撃を仕掛け、率いた兵の十倍する敵を打ち破った、と。
「というわけで、見事なまでの大勝利だ」
シガラ公爵ヒーサは満面の笑みでもたらされた報告を披露し、集まった顔触れを賑わせた。
なお、シガラ公爵の屋敷にある会議室に集まっている面々は、妻のティースとその従者であるナルとマーク、すっかり農夫姿が板についてきたアスプリクとその叔母であるアスティコス、アーソ辺境伯領の前領主カイン、術司所の幹部であるルルだ。
これに女神にしてヒーサの専属侍女であるテアを加えた、合計九名が揃っていた。
「いや~、さすがだね、ヒサコは! 十万はいるって言う帝国軍相手に、たったの五千で蹴散らすなんて、こんなの聞いたことないよ!」
はしゃぐアスプリクは何度の手を叩き、その圧倒的な武功を褒め称えた。
なお、これには数字上の誤解が含まれていた。
帝国軍は集結予定の“総勢”が十万を超えるのであって、ヒサコが叩いたのは、その集結前の三万、四万からの部隊であった。
また、討ち取った者の過半数は“非武装”の一般帝国人であり、戦場で倒した兵士というわけではない。
だが、それでも邪悪な帝国人を殺しまくった、という点では事実であり、アスプリクもその点はなんとなしに察してはいたが、折角上がっている士気や雰囲気をぶち壊しにするほど、空気の読めない性格ではないので、素直に喜んでいる様を皆に見せていた。
なにより、ヒーサとヒサコが同一人物であることを知る数少ない“共犯者”であるため、それを褒め称える事には、ある意味で全力であった。
むしろ、そうした空気を呼んだうえで無視し、敢えて不機嫌さを隠そうとしていないのはティースの方だ。
ティースとしては、父の仇であるヒサコが大活躍を見せ、やれ英雄だの、やれ聖女だのと称えられるのは、耐え難い苦痛であった。
本来であるならば、自分が掴んでいる事実を公表し、ヒサコを糾弾してもよかったのだが、それは今や王家の一員に名を連ねた者への攻撃にもなるため、事は慎重に運ばねばならなかった。
下手を打てば火の粉が自分に降りかかってくる危険性もあり、その点をヒーサに指摘され、ギリギリで踏みとどまっている状態なのだ。
なお、ティースは夫と義妹が実は同一人物であり、方便を駆使して暗殺を思い止まらせているのだが、その裏の“更に深いところ”の事情はまだ把握してはいなかった。
「まあ、あの狡っからい頭が、外に向いている間はこれほど頼もしいものはないはね」
冗談半分、本気半分でそう言い放ったのは、アスティコスであった。
彼女はヒサコにまんまとハメられ、里を焼き払われ、親や同胞を実質的に皆殺しにされた過去を持つ。
自業自得な部分もあるため、ティースほど積極的にヒサコを廃しようなどとは考えてもいなかったし、なにより大切な姪のアスプリクがヒサコに懐いているので、関わり合いにならなければよし、という態度で通していた。
とはいえ、その冠絶した智謀を目の当たりにもしているため、実力は認めてはいた。
「……戦果を水増ししている、と言うことはありませんか?」
ここで発言したのは、ナルであった。
ティースが苛立ちを見せていたため、あえて愚挙として思えぬ疑問を呈したのだ。自分が泥を被ろうが、主人の精神的安定性を重視した行動だ。
「まあ、それはさすがにないだろう。サームからも同様の報告が届いている。むしろ、アルベールをこそ称賛するべきだと、ヒサコもサームも述べているくらいだ。此度の勲功第一であるとな」
こう言ってヒーサはナルを軽く窘めた。
サームは公爵家の軍事部門の頭であり、手堅い用兵家であり、堅実な軍政家だと、信頼できる代理人としてヒサコに(形だけ)付けておいたのだ。
軍事部門の代表者たるサームと、愛剣である《松明丸》をヒサコに渡すことにより、シガラ公爵より全権委任された、という箔付けを周囲に見せつけるための措置である。
そのサームが嘘の報告などするはずもなく、逆に過大報告を行えばヒーサの信を裏切ることとなる。そうしたサームの真面目さがあるからこそ、報告に真実味が帯びてくるのだ。
出過ぎた真似をしたと、ナルはヒーサに陳謝したが、激発しそうな主人を踏み止まらせることには成功したため、それはそれで成功とも言えた。
なお、この点ではヒーサとナルの利害は一致していた。
どちらもヒサコと言う存在を“現時点では”殺してはならない、というかなり微妙な状態の上ではあるが、共闘状態にあった。
ヒーサとしては、同一人物を殺すのは当然容認できないが、ナルは仕掛けるにしても状況が悪すぎるため、隙ができるのを伺っている状態だ。
この差がいずれは破綻を招くであろうが、少なくとも今はティースの激発を抑える、と言う点で一致しており、それを理解すればこそ、ナルの発言をヒーサは笑って流すことができた。
「まあ、お兄様がそんなに活躍されたのですか!?」
目を輝かせているのはルルだ。
ルルとアルベールは兄妹であり、アーソの術士がシガラ公爵領に移住した際に、離れて暮らすことになってしまった。
当初はルルは離れて暮らすことを渋っていたが、術士が安全に暮らすことができるのはシガラ公爵の庇護が働く場所だけであること、また元領主であるカインの側仕えも必要であることなどの理由を言い渡され、兄から突き放されるに近い状態で移住させられた。
妹を前線から安全圏へ移すための方便だと言う事は、ルルにもすぐに察する事であったため、敢えて何も言わずにその言葉に従い、移住することを承諾した。
ただ、離れてはいても兄妹の絆はより強くなり、互いが互いをよりよい境遇にするために、奮起している状態であった。
結果、アルベールは若いながらも将軍の一人に抜擢されて赫々たる戦功をあげ、ルルもまた術士として奮起し、術司所の幹部として主要な地位を得るに至っていた。
ヒーサにとって、アーソの地における動乱の際、その領地と辺境伯権限を入手できたことが一番の戦利品であったが、この兄妹の獲得はそれに次ぐ拾い物であったと評価していた。
「アルベールの活躍は見事としか言えんな。敵の小部隊を次々と屠って本隊を誘引し、砦攻略の際も誘い込んで出撃した敵部隊を殲滅。さらに、偽の撤退で追撃してきた敵を、これまた撃滅したそうだ。此度の一連の戦、そのすべてで目覚ましい活躍を見せている。私も報告を見る限りでは、間違いなく勲功第一であると思うぞ」
ヒーサは上機嫌で話したが、その言葉に偽りはなかった。
ヒサコを介してみていたアルベールの判断の速さや、勇猛果敢な戦いぶりは間違いなく一級の指揮官のそれであり、今後も大いに活躍してもらうつもりでいた。
「そう言っていただけますと、こちらとしても鼻が高いです。今後とも、あの者を存分に使ってやってください」
「うむ、カイン殿には悪いが、その言葉に甘えさせてもらおう。彼には今後とも頑張ってもらうが、その礼として、こちらもアーソの人々には最大限の便宜を図らせてもらう」
引き裂かれたアーソの人々であるが、これをヒーサは巧みに利用していた。
離れた者同士が互いの待遇向上を目指し、無意識的に人質になっていた。
アルベールは妹や元主君の帰還を考えているため、そのための武功を稼ぐのに躍起になっており、それが勇猛さに繋がっていた。
一方、アーソにはシガラ公爵が大きく資本投下しており、その源になっているのが、公爵領内における各種生産物であった。
カインもルルもその取りまとめをしており、少しでも前線にいる兄やその大勢の人々の状態が良くなるようにと、これまた必死で働いていた。
そうなるように仕向けたとはいえ、互いが互いを人質だと気付かないうちに歯車に組み込まれ、公爵家の繁栄に寄与していた。
(もちろん、働きには相応の報酬を与える。下手に報酬をケチっては、次が無いからな)
ヒーサこと“松永久秀”は元々商人である。金の使いどころと、節約するところの区別は誰よりも弁えていた。
そして、アルベールは目覚ましい活躍をしており、今後も武功を重ねていくことだろう、
ルルやカインもまた特産品の生産向上に貢献しているし、アーソの人々は揃いも揃って優秀な働き者ばかりであり、ヒーサを満足させるに十分であった。
折角手に入れた優秀な手駒達である。今後はどう活躍してもらうのか、それを考えるだけでヒーサは愉快な気分になるのであった。
~ 第二十四話に続く ~
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