二十二話 決着! 最後にものを言うのは、指揮官の質だ!
「馬鹿者! 勝手に下がるな!」
カシンが声を荒げ、《念話》で呼びかけるも、返ってくるのは神官らの悲痛な声と、やってられっかと言わんばかりの亜人達の反発だけであった。
折角幻術で混乱させ、押し始めたというのに、左翼の主力であった蜥蜴人が逃げ始め、途端に乱れて壊走状態に陥った。
もはやこれをとどめる手段は、カシンにはない。
“殺害”だけが目的であるならば、ヒサコを消してしまえばすべてが片付くのだが、魔王の目標は“ヒーサ・ヒサコは必ず生け捕り”である。
暗殺すればよいというわけではない。
その点がカシンを完全に縛っていた。
普通の人間の指揮官であるならば、そもそも合戦になどする必要もない。幻術を用いて、暗殺すればケリがついてしまう。
そして、指揮官不在からの大規模攻勢で瞬殺、という選択肢が取れる。
ヒーサ・ヒサコの生け捕り、という縛りがあるからこそ、こうした慣れぬ合戦の指揮統率などという面倒事をやっているのだ。
「負けは、負け、か」
カシンは自らの敗北を悟った。
しかも、相手は大した術を使っていない。ヒサコの持つ術具が多少火を噴いた程度だ。
にも拘らず、完全な敗北であった。
これは士気に影響を及ぼしかねない大失態だ。
「なにより、シガラ公爵の名声が天井知らずで上がっていく。強大な帝国軍に術士の力を借りずに、大勝利を収めたのだ。これは王国内での権力基盤に大変革をもたらすぞ」
今回、アスプリクを始め、王国軍には術士が存在していない。
にも拘らず、この大戦果である。
武装をきっちり揃えてやれば、帝国の大軍すら恐れるに足らず!
これを明確な形として示した。
逆に、帝国側はこの大軍にも拘らず、武器や戦術の差で大負けしたのだ。
士気がガタ落ちすることは目に見えていた。
「防衛戦には不向き、ということだろうな。相手から奪ってこそ帝国人だ。守る戦なんぞ、話にならんか。それに皇帝あっての結束と言う面もある。大軍のみで勝てると踏んだ、私の失策だな」
カシンは見通しの甘さを反省した。
そもそも、“松永久秀”の生け捕りという縛りさえなければ、術を全力で使ってもよかったのだ。
この点に関しては、“魔王”が絶対に譲らなかったため、今回の戦いにしても、制限がかかっていたに等しい。いきなり大技をぶつけて大打撃を与え、しかる後に攻勢に出るという方法も取り得た。
だが、それではヒサコに逃げられてしまう危険性があった。
仮に万を超す戦果を得たとしても、ヒーサ・ヒサコの生け捕りがならなければ、意味を成さないと言ってもよい。
「そう言う意味においては、損害は大きくとも、得るものはあったか。そう、軍勢はあくまで逃げ道を塞ぐ壁と考え、少数精鋭、それこそ“皇帝”一人をぶつけて、すべてを任せるというのが一番やもしれん」
皇帝こと“足利義輝”の力は絶大だ。はっきり言えば、あれと一騎打ちで戦って勝てる存在は、この世界には存在しないと考えている。
ならば、その圧倒的な力を十全に発揮できる状況作りこそ肝要であると、カシンは思い至った。
大軍どうこうなど、らしくはない。
自分はあくまで、裏方にこそ身を置いておくべきだと、今回の戦で得た教訓であった。
慣れない戦闘指揮などと言うものをやる事となり、結果として大きな損害を被ってしまった。
「結局、裏方は裏方のままでいるのが一番と言う事か」
眼下で壊走する帝国軍は、もはや軍としての機能を失っている。
貴重な《六星派》の術士にも損害が出た。これこそ代えの利かぬ貴重な戦力であり、こんな戦で失うべき戦力ではなかったはずだ。
ムキになって追撃に出て、結果、罠にはまって返り討ちに合うという最悪の結果に終わった。
悔しくはあるが、却って血の気が引いて冷静さを取り戻した。
「今回は負けを認めよう。完敗と言ってもいい。だが、この屈辱は、いずれ十倍にして返してやるぞ!」
カシンは乗っている飛竜に命じ、彼方の空へと飛び去って行った。
なお、後に残された帝国軍は王国軍からの追撃を受け、更なる被害をこむった。
亜人達の残された役目は、王国側の手柄首になる事だけであった。
***
「ようやく決着がついたかしらね」
逃げ去っていく帝国軍を見ながら、ヒサコはようやく安堵のため息を吐けた。
きつい戦いだった。
数の上では三分の一以下。装備は優勢であっても、帝国軍には優秀な術士が多く、一方で王国軍は術士がいない。
それでも勝てたのは、地形を上手く利用し、兵を伏せ、敵を欺けたからだ。
そのための下準備に骨を折り、誘い込み、絶妙な好機を作り出して、ようやく勝てたと言ってもいい。
被害は大きかったが、それに見合うだけの戦果を得たと、ヒサコは考えた。
「サームも、アルベールも、コルネスも、みんなよくやってくれたわ。もちろん、数多将兵全員が。これなくしては勝てなかった」
ぼそりと呟くも、その三人は今も必死で働いていた。
サームとコルネスは被害の大きかった両翼の再編と、損害の確認を行っており、アルベールは騎兵を率いて、なお追撃中であった。
(皮肉なものだわ。他人は利用するもの。騙して、煽って、用が済んだら使い捨て。そんな生き方を続けてきたというのに、死して訪れたこの世界で、そうではないと気付かされるとは、ね)
七十年もの戦国乱世を生き抜いてきた身として、裏切り裏切られてが当たり前であった。
しかし、そんな自分の本性に気付くことなく、忠勇を示してくれる者のなんと多い事であろうか、そう感じ入らざるを得なかった。
今回の戦での勝因も、策がピタリとはまったことが大きいが、それ以上にそれ実行に移せた将兵の粘り強さが大きな役割を果たしてくれた。
数が多かろうとも、連携もできなければ、忠義も何もない。利益と打算だけの群れなど、取るに足らないものだということを気付かされた。
「真兵、実に戦う。まさにその通りね」
かつては得られなかったものを、皮肉にも死してから得たと言う事である。
ならば、この世界では折角手に入れた“大名物”を大事にせねばと、ヒサコは思うのであった。
そんな試案を続けていると、サームが報告にやって来た。
表面的には勝ち戦の直後なので意気揚々としてはいるが、無視できない被害を受けたためか、どことなく気落ちしている雰囲気もあった。
「ヒサコ様、やはり右翼側の被害が著しいですな。戦死者が五百名、後送が必要な重傷者もほぼ同数程度にはいます」
「かなり厳しい戦いをしましたからね。やむなし、と言ったところでしょうか」
左翼側も百名以上が戦死し、被害の少なかったのは中央部だけであった。
三倍相手の敵に対して、そこまでの被害で済んだのが僥倖と言う他なかった。敵にはそれ以上の損害を与え、特に士気への影響は計り知れないものがある。
被害は大きかったが、それ以上の戦果を得た。
そう考えねば、勇敢に戦って死んでいった者への手向ける花が無い。
「左翼もそれなりといったところよね。特に大砲が二十門も壊されてしまった」
「そうなると、攻城戦は不可能ですな」
いくら文化、技術の劣る国の城砦とは言え、数の不利を覆すためには、優秀な兵器の存在は必要不可欠であり、そう言う意味では飛竜はいい仕事をしたと言わざるを得ない。
四体の飛竜は犠牲を顧みずに空から襲い掛かり、矢で射られてハリネズミとなりながらも、砲兵隊への攻撃を止めず、無視できぬ損害を与えた。
今後の展開を考えると、やはり痛すぎる損失であり、砲兵自体に損害が軽微であったことが唯一の救いであった。
だが、ヒサコはなお苛烈な考えを改めはしなかった。
「サーム、部隊を再編し、重傷者は後ろへ送りなさい。同時に、このことを大々的に喧伝し、増援の呼び水とします」
「増援、ということはなお前に出て行くと!?」
連戦連勝ではあるが、今回は辛勝とも言うべき結果である。それにもかかわらず、なおも攻め手を緩めないと宣言したのである。
サームとしても、驚かざるを得なかった。
「いくら何でも無茶が過ぎるのでは? 戦いに継ぐ戦いで、兵は疲弊しております。戦果も十分ですし、帝国側の侵攻を遅らせるという、当初の目的は十分すぎるほどに達したと考えますが?」
サームの進言も当然であった。
これ以上の戦果獲得は強欲に過ぎるとも言えるし、何より下手に深入りしすぎて、今度はこちらが殲滅される危険すら孕んでいるのだ。
なお、ヒサコが撤退しない最大の理由は、“女房に暗殺されるのが怖い”なのであるが、それはさすがに内緒であった。
“ヒサコの身バレ”という松永久秀の痛恨のミスが、ここに来てもなお響いていた。
いくらんなんでも、嫁が怖いからというのは恥ずかしすぎる理由だ。
「これほどの大損害を与えた以上、兵員の数よりも、士気が問題になってくる。皇帝について行って大丈夫か、とね。とにかく、この国では強さ優先。力こそ正義。そういう世界だと聞いている。そうした権威を崩してやれば、兵が集まらなくなる」
「では、叩けるだけ叩いて、皇帝からの離反を誘発させる、と?」
「少なくとも、日和見や怠業を期待してもいいとは思うわ。城を攻めるに際し、城を攻めるは下策。人の心を攻めるべし、よ」
ヒサコの自信ありげな答弁に、サームは改めてその聡明さに感服した。
言動は苛烈に聞こえても、その裏に潜む意味を理解すれば、誰よりも合理的であった。
攻め手を緩めず、ひたすら敵を屠れば、兵は離れ、皇帝自ら陣頭指揮をとらざるを得なくなる。その時こそ、あるいは罠に嵌める瞬間であるかもしれない。
サームはヒサコとの答弁を聞き、そう理解した。
「将射んと欲すれば、まず馬より射よ。はっきり言って、帝国兵は雑魚。個々人は強くはあるかもしれないけど、連携が取れてないことは、今回の戦ではっきりとしたわ。つまり、皇帝が前に出てくるまでは、どうとでもなるということよ。カシンも数少ない優秀な手駒である《六星派》の神官を引っ張り出してきたでしょうに、そちらにも被害を出してしまったしね」
「はい。正直、あの実力は警戒すべきかと思います。銃撃を弾く程の壁を広域展開していたのです。ヒサコ様の策が無ければ、あのまま押し込まれていたでしょう。幸い、その死体も十五名分見つかっており、半減したと見てよろしいかと」
「朗報ね。そちらの戦果の方が大きいかも」
術士なしでも戦えることは証明できたが、やはり術士を含めての戦術の方が有効である、という結論を得た戦いでもあった。
もし、アスプリクが今回の戦に参加していれば、さぞやド派手な術の撃ち合いを、カシンと繰り広げた事だろう。
(まあ、次の大戦には出てもらうつもりでいるし、その前に、女房をどうにかしないとね)
うっかり国に戻ってしまえば、ヒサコはティースに暗殺されかねない状況なのだ。
はっきり言って、ヒサコは分身体である分、動き自体は本体に比べて鈍い。いくら《手懐ける者》で操作しているとは言え、所詮は人形は人形である。
どうしても自分の体とは勝手が違うため、動作が、特に戦闘機動ともなると遅くなる。
この状態では、ナルやマークといった腕利きの暗殺者から身を守れるかと問われれば、難しいと答えざるを得ない。
(もう少し暴れて時間を稼ぎつつ、守れる壁を用意するか、あるいはティースに復讐を諦めさせるか、どちらかを成就させない事には、身動き取れないわよ)
そんな不埒な事を考えつつ、ヒサコは更なる思案に耽るのであった。
~ 第二十三話に続く ~
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