第二十一話 撤収! 粘りの無さが敗因だ!
戦況は王国軍優位に傾きつつあった。
伏せた騎兵部隊に背後を突かせ、兵力配分から層の薄くなっていた箇所に突入。見事なまでに間隙を突いて、帝国側を中央部付近にて分断することができたからだ。
だが、数は帝国側の方が多い。まして、乱戦状態になった状態では、数の押し合いが物を言うのだ。
特に危機的状況にあったのは川寄りの戦場で、帝国軍の戦力の偏重もあって、王国軍右翼は大いに押し込まれていた。
しかも、足場はカシンの放った《大津波》によって、足場がぬかるんでおり、装備の軽い帝国側に有利に働いた。
だが、ヒサコはこれを見ながらも、戦力を左翼側に集め始めた。
「サーム! あなたの直轄の部隊はこのまま前進! 敵を右翼側に集めるように押し返して!」
「ハッ! ただちに!」
帝国軍中央はすでにズタズタだ。
戦力を川寄りに集め過ぎた上に、そこへ無防備な背後からの騎馬突撃をまともに食らい、一部は統率もなく壊走している有様だ。
すでに中央の流れは完全に掴んでいるが、両翼は数の多さから帝国がまだ優勢であった。
中央の流れを両翼に広げねば、逆に押されている両翼が食われて、結果として収支がマイナスになってしまう。
数が不利である王国側にとって、損害比率が1:5くらいにしなくては、割に合わない計算なのだ。
それ以上に問題なのは、王国側左翼、山寄りの戦場だ。
奮戦しているが、やはり数の多さで押されており、特に空から仕掛けてくる飛竜が問題となっていた。
移動させた弩兵隊が誤射を恐れず、積極的に飛竜を討ちに行き、すでに一匹をハリネズミ状態にして倒していたが、他三匹は健在だ。
これが急降下で大砲に襲い掛かり、熱くなった砲身を物ともせずに鷲掴みにしては空中に跳び、それを放り投げて壊しているのが、ヒサコには見えていた。
「アルベール! 急いで騎兵を反転させて、左翼の敵を蹴散らして!」
「了解しました!」
中央突破に成功したアルベールも、休む間もなく次の仕事に取りかかった。
ここからは我慢比べだ。
両軍ともに陣形は乱れたが、位置取りとしては王国軍有利。
妨害はされているが、砲撃もまだ続いている。
されど、数の多さは帝国軍が圧倒。
まだ三倍以上の開きがある。
「ほれ! こっちも行くわよ! まずは左翼側の敵を殲滅! しかる後、右翼に行くわよ!」
ヒサコの叱咤激励に、直下の将兵も唸り声をあげ、左翼側の戦場になだれ込んでいった。
まずは銃撃。しかる後、抜剣しての突撃だ。
長柄の槍兵隊も槍衾のまま前進し、敵の背後を遮断するように動いた。
「それぃ! 《火炎球》!」
ヒサコもまた、戦いに加わった。
兵の壁を利用しながら、炎の術式を敵部隊に向けて放っていた。
威力はそこそこと言った感じではあるが、いきなり隊列の中に燃え盛る炎が現れると、隊列は乱れてしまうものだ。
これをヒサコは有効に撃ち込んでいき、乱れた箇所に兵を繰り出し、着実に戦果を稼いでいった。
これに砲兵も応え、直接照準による至近への砲撃を繰り出し、飛竜の攻撃を受けながらも、なお砲弾を叩き込んだ。
左翼側はこれで王国側有利に傾いた。
帝国軍は半包囲に近い状態となり、一部は後方へと逃げ出す有様となった。
だが、ここでカシンが動いた。
上空での監視を止め、再び川の方へと飛んでいったのだ。
***
「ええい、忌々しい! これでは収支が割に合わんぞ」
もうカシンも余裕がなくなり、苛立ちをこれでもかと前面に出していた。
先頃の宿営地での戦いに加え、今回のこの無様である。人的損失は十万近くに達するのではと考えると、皇帝にどう言い訳するのか、考えねばならなかった。
せめて、この戦いだけでも勝利して、対面を保っておかねば、今後の動きに支障が出かねない。
そう考えると、再び大技を用いて態勢を有利にしなくてはならない。
「中央は引き裂かれ、山側も押されつつある。ならば、川側の戦場を手早く片付けて、反転して山側へとなだれ込むぞ」
これが、思案の末のカシンの出した結論であった。
「我が幻術に酔いしれろ!」
ここでカシンは自身が得意とする幻術を使用した。
なんと、自分と飛竜をどんどん分裂させていき、その数が三十を上回った。
それらを王国軍の頭上を旋回させ、圧力をかけたのだ。
飛竜の群れを頭上に抱えては、注意が上に持って行かれ、目の前に集中しにくい状況を作り出した。
しかも足場はぬかるみ、身動きが取りずらく、ここで帝国側が一気に押し始めた。
この場で指揮にあたっていたサームも、善戦はしているが、やはり条件が悪すぎた。サーム麾下の部隊は奮戦するも、やはり水を被って銃器が使えなくなった部隊が多く、数に任せて押される一方であった。
だが、ここで思わぬ横槍が入った。
アルベールが竜騎兵を率いて、川側の帝国軍の後方に回り込み、そこから銃撃を加えたのだ。
アルベールはカシンが動いたのを見て、危険を承知でこれを討ちとろうと追いかけてきたのだが、足場のぬかるみを警戒し、それを迂回するように動いた結果、敵部隊の後方に回り込む形となった。
ここでさらなる幸運が味方した。
川側ということで、泳ぐ機会があるかもしれないと考え、帝国軍は泳ぎの達者な蜥蜴人を多めに配置していた。
現に沼での戦いにも慣れており、現状の優位はこれに起因していると言ってもよかった。
ところが、アルベールの部隊が放った銃撃が、蜥蜴人の取りまとめ役に命中。重傷を負わせることに成功した。
これは危ういと考え、あろうことか負傷者を抱え、多くの蜥蜴人が川に飛び込み、逃亡を図ったのだ。
自分達の頭が倒れ、しかも背後からの攻撃にもさらされ始めたことに危機感を覚え、さっさと撤収を始めてしまったのだ。
反応が良すぎたための、見切りの速さがこうした行動に走らせた。
蜥蜴人の水泳達者な部分も逆に仇となった。“背水の陣”の効果もなく、必死さが足りていなかったのだ。
これで帝国軍は大きく勢いを削がれ、しかも、アルベールの部隊は素早く再装填を済ませ、再びの銃撃を浴びせた。
ようやく収まったかと思っていた銃声が再び聞こえ、しかも後方からの攻撃である。
おまけに蜥蜴人の戦線離脱も相まって、再び帝国軍の統率が乱れた。
「よし、もう十分だ! 逃げ道を空けてやれ!」
ここでアルベールは悪辣な手に打って出た。
自部隊を退かせ、わざと敵が退却しやすいようにと、道を空けたのだ。
それを見た後方にいた者達が、指示もなく勝手に退き始めた。
前の戦いも、今回の戦いも、どちらにせよ被害が大き過ぎて、帝国側に“負け癖”が付いてしまったと言っても過言ではなかった。
次々と部族単位で後退しようとする者が続出し、いよいよ戦線崩壊の様相を呈してきた。
結局のところ、王国軍にあって帝国軍に無い物、それは“使命感”だ。
王国側、特にアーソの人々にとっては、石に齧り付いてでも下がれぬ理由がある。
下がってしまえば、戦線が抜かれてしまえば、そこは家族の住む故郷なのであるから、被害を抑え込むと言う意味においても、帝国側に少しでも打撃を与えねばならなかった。
だが、帝国側にはそうした目的はない。
皇帝が怖いから、あるいは、好き放題暴れたいから。その程度の理由しかないのだ。
だからこそ、崩れてしまえば、もうそれを押し止めようとする力が働かない。
踏み止まり、粘ると言う意思がそもそもないのだから。
この流れはカシンも、他の神官らも止めようがなく、撤退の動きは加速し、そして、帝国軍の戦線は完全に崩壊した。
~ 第二十二話に続く ~
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