第十七話 引き撃ち! 距離を詰めさせるな!
それは単純な前進から始まった。
王国軍側が横陣に展開して迎撃の構えを見せているのに対し、攻撃を仕掛ける帝国側もまた横陣にて、整然と前進を開始した。
(ふむ……。さすがにちゃんとした指揮官が入ると、整った形で動けるのね)
ヒサコはゆっくりとだが着実に距離を詰めてくる敵陣を眺めながら、率直な感想を抱いた。
なにしろ、前回の宿営地前での戦いなど、無秩序に、闇雲に、一切の布陣も戦術もなく、怒り任せに突っ込んできただけであった。
挑発が効いたとはいえ、あれほどの無様は中々に拝めるものではなかった。
しかし、今回は違う。指揮官として黒衣の司祭カシンが存在し、目の前の整然と進んでくる敵兵の姿こそ、前回とは違うのだぞと実感させてきた。
ちらりと上空を眺めると、五匹の飛竜が飛んでおり、そのうちの一匹にそのカシンが跨っていた。まだ仕掛ける素振りは見せていないが、上空からの攻撃は脅威であった。
対策として、弩兵を待機させ、上空への警戒をさせているが、不十分かもしれないとも考えていた。
(今回は五匹だけど、あれが二十匹、三十匹ともなると、対処は難しくなるわね)
エルフの里において、あれと同種の存在を里に誘い込んだ経験があるため、その戦い方は見知っていた。
なお、その里を襲撃した飛竜の群れは、カシンが集めたのをヒサコがスキル《大徳の威》で横取りしたということに、まだ気付いていなかったりする。
ヒサコは森を駆け回って、適当に怪物達を集めたつもりでいて、帝国側が集結させていた部隊を知らずに奪い取って、当初の侵攻計画を遅らせていたのだ。
完全な幸運ではあるが、帝国側は“松永久秀”の策にやられたと考えていたが、当の本人はその自覚が一切なかった。
「構え! 狙えぇ~! 放てぇ!」
サームの掛け声とともに、最前列で銃を構えていた兵士が、一斉に引き金を引き、爆音と共に銃口から鉛玉が飛び出した。
数百挺からの一斉射撃であり、隣にある山から音が反響するほどの爆音であった。
だが、それがすべて“弾かれて”しまった。
整然とゆっくり寄って来る帝国兵の横陣の、その最前列に突如として黒い法衣をまとった者達が何人も現われた。
それらが王国軍の方に向かって手をかざすと、何かしらの衝撃と共に弾丸がすべてあらぬ方向へ飛んでいったり、あるいは砕けてしまったりと、密集隊形の敵に撃ったにもかかわらず、ただの一発も命中しなかった。
「甘いわ。二番煎じは通用せんぞ」
上空からそれを見ていたカシンは、鼻で笑いながら言い放った。
「ほぉ~、いよいよ《六星派》のご登場というわけか」
ヒサコは感覚を空けて並ぶ数十人の黒い神官達に見つめ、素直に拍手をした。純粋に凄いと感じたからだ。
情報では、《六星派》の術士は腕利き揃いだと言う。邪神や魔王に魅入られた、《五星教》への恨みつらみなど、参加した理由は様々であるが、そうした事情もあって厳しい修練にも耐え、数こそそこまで多くはないが、難敵であると認識していた。
銃撃が無効化されたことに王国側が動揺し、兵士達は信じられないとばかりに互いを見やった。
一方の帝国側は拍手喝采だ。雄叫びをあげてこれを喜び、轟音と共に仲間が死ぬことはないことを、声を荒げて祝した。
恐れるべきものはなにもない。事前の作戦通り、神官の後ろにいてゆっくりと距離を詰め、ある程度詰まったところで飛び掛かればいい。
乱戦状態になってしまえば、銃どころか、槍すら使い物にならなくなる。
そう説明され、実際にその手順が踏まれつつある。
亜人達は前回の戦の屈辱を晴らさんと、さらにいきり立って今にも飛び出しそうな勢いであったが、まだ距離が詰まっていないので、そこは神官らに制された。
「後退! 引き撃ち!」
ここでサームが即座に指示を飛ばした。
先頃の戦いでは、「銃兵は撃ったその場で再装填し、最後列の者が前に出て撃つ」という、前進しながら射撃であったが、今回は「撃った銃兵は最後列に回って、そこで再装填を行う」と言う、後退しながらの射撃に切り替えた。
横一列、銃兵も槍兵も、隊列に乱れることなく、整然と後退しつつ、敵との距離を空けていった。
当然、敵も歩いて距離を詰めるが、移動速度は大して変わらないため、なかなか空間が埋まる事はなかった。
焦れた帝国軍の一部が、指示を待たずに飛び出したが、これは即座に銃撃の餌食となった。
最初の銃撃から、すでに百歩は後退したが、互いにわずかに動くだけで状況の変化はない。
交代に合わせて銃撃を撃ち込んではいるが、見えざる壁に阻まれて、、突出した一部以外は損害ゼロという有様だ。
「だが、少しずつだが、詰まってきている。あと少しだ」
上空から見ているカシンは、最初の両軍の間にあった空間が狭まっていることをしっかりと視認していた。
時折、周囲にいる飛竜に敵後方に回り込むように飛ばしているが、王国側の弩兵隊が前方を無視して、あくまで飛竜に対してのみ注意を払っており、飛び掛かる隙を見いだせないでいた。
空からの急降下攻撃は強力であるが、下手をすると百挺はある大きな弩に射殺される可能性があるため、あくまで牽制がせいぜいであった。
もし、エルフの里に攻め込むなどという馬鹿げたことが起きていなければ、三十匹は揃えることができたので、また違った運用も可能であったが、今は軽々に博打じみた行動はできなかった。
空中戦力は今や貴重であり、それを下手に切ることなどできはしなかった。
そんな思考を進めていると、敵隊列の中央にいたはずのヒサコがいなくなっていることに気付いた。
どこへ行ったと視線を泳がせていると、帝国側から見て隊列の左端、王国側から見ると右翼側に移動しているのを見つけた。
「ん? なんだ?」
指揮官が指揮しやすい隊列中央を放棄して、端に移動したのである。何か仕掛けてくると感じたカシンは、ヒサコの近い位置にいる部下の神官に《念話》で注意を促した。
そして、それはすぐに起こった。
ヒサコのいる側の端に、大きな火柱が立ったのである。
「燃え盛れ! 炎の壁よ!」
ヒサコの愛剣『松明丸』の切っ先が向く先の、地面から炎が噴き出した。
『松明丸』はヒーサが帯びていた無銘の剣であったが、アーソでの動乱の際、この剣にアスプリクが炎の力を付与し、黒衣の司祭リーベと激闘を繰り広げたことから、松明の名を与えてその武名と共に皆に知られるようになった。
現在、ヒサコがこれを所持しているのは、最前線で戦うに際し、シガラ公爵の全権委任を受けた者としての箔付けとして持たせていた。
また、この剣はアスプリクが術式を込めて改造を施し、誰でも炎の術式を操れるようになっていた。
(ま、そんなに便利な道具ではないのだけどね)
実際、この『松明丸』は誰でも炎の術式が使える術具であるが、それを使用するための“魔力源”が無ければ役に立たないのである。
試しに、そこいらの兵士に持たせて使わせてみたところ、焚火の着火を行うのがせいぜいで、すぐにへばってしまい、実戦では到底役に立ちそうもなかった。
一般人と術士の最大の差は、体内に保有する魔力の絶対量の差に求めてもいい。それほどまでに差があるのだ。
コップに一杯の水と、バケツに一杯の水、焚火を消すのにどちらが役立つかなど、論じるまでもない。
ゆえに、こうした術具は、自分の得意でない系統の術式を使うための補助装置、と考えるのが術士の間では一般的である。
しかし、ヒーサやヒサコが手にすると、途端に化けるのだ。
なにしろ、英雄には“神”がすぐ側にいるからだ。
体得しているスキルは、使用に際して膨大な魔力を消費するが、それでは保有する魔力がすぐに尽きてしまう。
これを補う意味においても、英雄に付き従う神の存在が大きい。なにしろ、神は無限に等しい魔力を有しており、英雄はそれを余すことなく使えるため、魔力の枯渇を気にすることなくスキルを使用することができる。
英雄の英雄たる所以は、強力なスキルを仕様に反しない限りは、いくらでも使用することができるからだとも言えた。
ヒーサ・ヒサコを見ても、《性転換》、《投影》、《手懐ける者》、を常時使用し、必要に応じて更にスキルを上乗せすることもあり、普通の術士であればすぐにでも魔力不足に陥るほどの消費量である。
それを涼しい顔で使用できるのは、“神”という魔力源を持っているからだ。
「盛れ! 盛れ! 炎よ、噴き上がれ!」
ヒサコは剣を突き出したまま馬を走らせた。自軍の右端から左端に向かってである。
すると、噴き出た炎もまた次から次へと噴き上がり、まるでカーテンを引っ張るがごとく広がっていき、王国軍と帝国軍の間に炎の壁を作っていった。
「各隊、炎で視界が塞がると同時に、旗振り役の所まで後退せよ! 急げ!」
事前にこうあることを聞いていたサームが、あらん限りの声を張り上げて指示を飛ばした。
噴き上がる炎は視界を遮り、陽炎で互いの位置を視認しにくくさせた。
それを見計らって、一時的に陣形を崩し、一気に後ろへ向かって駆けだした。
それだけではない。地中からも火が吹き出していた。
“こうなる事を事前に予想”しており、“戦場予定地”に仕掛けを用意していたのだ。
油や火薬を詰めた地雷を埋設しており、それがヒサコの放った火に引火して、次々と爆炎を上げた。
当然、炎に巻かれるのを嫌い、帝国側の前進速度が鈍った。
「ちっ! 詰まった空間を今一度空ける気か!? 小癪な真似を!」
上空から見ても、炎の壁が両軍を遮り、王国側が大きく後退しているのが見えた。ゆっくりだが折角詰まった空間をまた広げられ、カシンは不機嫌そう舌打ちした。
「飛竜ども! 奴らの後ろに回り込んで、後退しにくいように牽制しろ! だが、高度はあまり下げるなよ! 弩の餌食になる!」
カシンの指示を聞くなり、四匹の飛竜は王国軍の頭上を飛び越え、その後方を扼すように少し低めの高度を飛び回った。
翼の羽ばたかせる音や雄叫びなど、威嚇を繰り返し、経過していた弩兵隊との間に更なる緊張を生んだ。
一方、炎の壁は《六星派》の神官らによって吹き飛ばされた。銃弾を弾いた防御結界をそのまま炎にぶつけ、少しの間、炎と結界がせめぎ合った後、その多くを吹き散らしてしまったのだ。
しかし、炎の壁は十分すぎる役目を果たしてくれた。
なにしろ、王国軍は視界が遮られた隙に大きく後退し、百歩以上は空間的余裕を稼いだ。
これをまた詰めねばならないのかと、焦れた帝国の小部隊が頭の悪いことにまた突出し、隊列を整え直した銃兵より贈られた鉛玉をまともに食らい、その命を散らせた。
「奴め、これで時間を稼ぎ、騎兵が戻ってくるのを待つつもりか!?」
カシンとしてはそれが一番厄介であった。
帝国には動物に騎乗するという技術が、ほとんど発達していなかった。なにしろ身一つで戦うのが好きな連中ばかりであり、馬を始めとする騎乗用の獣はほとんどいないのだ。
こうして飛竜に跨っている事すら、例外中の例外であった。
そもそも、肉体的には強靭で、人間など問題にならないほどに足の速い種族もいるのだ。いちいち馬に乗るつもりなどない、とでも言わんばかりであった。
そのため、歩兵同士であれば速度で勝つこともできるが、それでもやはり馬の足は速い。騎兵は十分に脅威足り得た。
おまけに銃で武装した騎兵までいるという情報も得ているし、そうなるとますます油断できない相手であると、カシンは認識していた。
「戻ってくる前に決着をつけさせてもらう。川がある事だし、利用させてもらうぞ!」
カシンは先程同様、眼下の部隊には全身を続けさせ、自分は一気に決着をつけるべく、川の方へと降下していった。
~ 第十八話に続く ~
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