第二十三話 魔王降臨!? 松永久秀、あなたこそ魔王です!(キリッ
女神は怒りと共に目の前の男を指さした。
「ヒーサこと、松永久秀、あなたを魔王だと断定します!」
女神にそう宣言されたが、ヒーサは特に動じない。どころか、笑みと共に拍手をして、侍女の姿をした女神テアニンを挑発する有様だ。
「それは光栄の至りであるな。まさか、ワシを魔王認定してくれるとは。女神よ、お目当ての者が見つかってよかったな」
そう、松永久秀をこの異世界『カメリア』へと転生させたのは、この世界に潜む魔王を見つけ出すこと。だが、よりにもよって呼び出した英傑に魔王の因子が潜んでいる、という最悪の可能性を女神は見出したのだ。
まだ半月にも満たない異世界転生であるが、目の前の男の行動は明らかに異常であった。スキルを完璧に使いこなし、表の顔と裏の顔を使い分け、人々を騙し、欲するものを次々と手に入れた。
奸計にて引っかけ、罠へと陥れ、そして、最後は始末する。父も、兄も、義父も、お構いなしだ。抱いた女ですら、顔色一つ変えずに囮と実験台として消費した。
これだけやりながら、魔に属するものではないという方が無理ある話であった。
「で、女神よ、ワシが魔王と仮定した場合、どうするのかな?」
「こうするのよ!」
テアはどこからともなく片眼鏡を取り出し、それを自身の右眼にはめ込んだ。
「なんだ、それは?」
「これはね、《魔王カウンター》って言って、相手の力を計るための道具なの。で、これは相手の“魔王の性質”を計れるように調整されていて、これさえあれば相手が魔王かどうか調べられる」
ピコピコという音と共にいくつもの数字がレンズ上に浮かび上がり、ヒーサの性質を数字化しようとしていた。
「そんな便利な道具があるのであれば、さっさと使えばいいものを」
「それはダメ! 一度の降臨で三回までしか使えないんだから、重大な証拠とか強めの目星がないと、使うのがもったいない」
「で、その貴重な一回でワシを調べ、回数を浪費する、と」
「うるさい! 今、あなたの中に潜む魔王の性質を暴き出してやるんだから!」
テアはじっくりとヒーサを観察し、ヒーサもまたなすがままに棒立ちでそれを受け入れた。
そして、数字が確定する。
「ヒーサこと、松永久秀の魔王力・・・、“五”!? よりにもよって“五”!? んなバカなことてある!?」
あまりに低すぎる演算結果に、テアは頭を抱えて唸った。
「で、その数字はいかほどか?」
「うう・・・、魔王力の数字化は一から百の数字で表される。数が大きいほど、魔王である可能性が高くなるわ」
「つまり、ワシの魔王としての性質は、百が上限の中での五であると。ゴミみたいな数字だな」
「嘘だぁぁぁ!」
テアの絶叫が森の中を駆け巡った。あたふた慌てながら混乱する女神に対して、ヒーサはビシッと指さした。
「松永久秀を魔王だと断定します(キリッ」
「あああああああああああああああああ!」
先程のポーズと台詞をまんま真似されて、気恥ずかしさがさらに増していった。頭を抱えながら転げまわり、恥ずかしさのあまりまた絶叫する。これの繰り返しだ。
「いや~、残念だな。ワシも“万人恐怖”と謡われし《くじ引き将軍》に並べるかと思ったが、残念まだまだ悪の名声値が足りておらなんだか」
「悪の名声値ってなによ!? それにくじ引き将軍て・・・」
「室町幕府第六代目将軍の足利義教のことよ。将軍の跡継ぎがいなかったんで、身内からくじ引きで選出されたのだ。些細なことで人を殺め、各地の守護大名には徹底した恐怖政治を敷き、かの者の時代は、“薄氷を踏む時節”と謡われ、万人恐怖と人々から恐れられた。魔王の称号を手にし、悪の将軍に並べられるかと思ったが、いや~残念残念」
なお、ヒーサは全然残念がっていなかった。ニヤついて女神を見下ろすだけであった。
「おかしい、こんなの絶対おかしいよ! 父や兄を殺し、義父を陥れ、粗相があったかすら怪しい侍女を殺めて、なお違うって言うの!?」
「戦国ゆえ、致し方なし」
「頭おかしいんじゃないの、戦国期の日本!?」
「まあ、ワシ程度が“普通”に納まる程度にはな。いや~、欲しかったな、魔王の称号」
いよいよヒーサも腹を抱えて笑い出し、どうにか気を静めたテアもようやく立ち上がった。
「で、実際のところ、その道具が示した“五”という数字はどうなんだ?」
「高ければ高いほど、魔王である可能性が高くはなるわ。私も別の世界で魔王を見つけたときは、八十とか九十とか、高い数値だった。他の神から聞いた話だと、偽装が上手い魔王が五十だかくらいの数値だったとは聞いたことがある」
「なるほど。では、ワシが魔王であることはまずない、ということか」
「遺憾ながら、その通りでございますぅ・・・」
テアとしては全く納得しがたいことではあったが、信頼性の高い道具が目の前の男を魔王ではないと否定しているのだから、嫌々ながらも納得せざるを得なかった。
「偽装が上手いタイプの魔王だとしても、いくらなんでも一桁なんて数字は低すぎる」
「では、ワシ以外の誰かというわけじゃな」
「絶対そうだと思ったのになぁ~」
テアは深いため息を吐き、己の眼力のなさを嘆いた。
などとしているうちに、ヒーサがごそごそ動き回り、リリンや他の外法者達の死体を漁っているのが目に飛び込んできた。よく見ると、漁っているというよりかは、ポケットやらに何かを差し込んでいるようにも見えた。
「何やってるの?」
「偽装工作の続き」
サラッと言ってのけるが、やっているのは死体蹴りにも等しい行動であった。
「これでよしっと。まあ、無駄に終わるかもしれんが、念には念をというやつよ」
「何をしたの?」
「これを入れといた」
そう言ってヒーサが差し出してきたのは“六芒星”の形をしたお守りであった。
「この世界の宗教は確か《五星教》と言ったっけかな?」
「ええ。まあ、疑似的に作られた世界だから、結構適当な教義なんだけどね。世界は光の神とそれを取り囲む火、水、風、土の神、合計で五柱の神によって生み出された、という感じね」
「そして、その教義に異を唱え、闇の神を加えた《六星派》と呼ばれる宗派が、最近勢いを増してきている、だったかな?」
「ええ。設定として、闇の神の落とし子が魔王ってなってるからね。邪教が蔓延り、闇の神の御子たる魔王が現れる前振りみたいなもんよ」
この世界に転生させる前、時空の狭間で異世界『カメリア』に関する基本的な知識は与えていたので、このくらいはパパッと出てきて当然であった。
「で、《五星教》の聖印が五芒星であり、《六星派》のそれは六芒星」
「・・・ああ、なるほど。今回の騒動で、《六星派》が嚙んでるって見せかける偽装ってわけね、これは」
そこらに転がる死体に六芒星を仕込んだ理由を、テアはようやくに理解した。
「女神よ、お前は全部の真相を知っているから犯人が誰なのかを知っているが、もし、お前が裏の事情を知らず、表だけの情報で事件についての判断を下そうとした場合どうなる?」
「う~ん。それだと、不幸な偶然が重なった事故か、あるいはシガラ公爵とカウラ伯爵のつながりが強くなるのを警戒する他の貴族の犯行、って感じになるかしらね」
「うむ、そう判断するのが妥当だ。そこに犯人候補を加える。《六星派》という過激な連中が候補に上がれば、自然とそちらに目が行く。犯人候補が増えれば増えるほど、真犯人には到達できないというわけだ」
「あなたの偽装自体も完璧だもんね。そこに目くらましまでされたら、そりゃ無理でしょうよ」
実際、証拠、証人共に次々と潰しており、ヒーサへ届くための道は萎められていた。しかも、スキル《大徳の威》が利いていて、あまりに誠実な態度で通しているヒーサを誰も犯人などとは考えもしていない状態まで作り出していた。
「だが、誰が犯人であるにせよ、ここまでの大事件を引き起こしたのだ。当然、公爵領内に工作員を送り出し、できれば内通者でも用意しておくのが普通だ」
「そう考えるわね、そりゃあ・・・。で、“コレ”か」
テアの視線の先にはリリンと外法者の死体が転がっていた。使い捨ての工作員、そして、公爵の屋敷に入れる内通者、そう考えればこの状況も妥当と言えた。
「だからって、リリンを裏切り者に仕立て上げなくても・・・」
「ヒーサの側近、内部情報を得るのに、これほど都合のいい位置取りはあるまい? それが裏切っていたとなると、あんな大それた事件を引き起こす仕込みをするのには丁度いいではないか」
「あなたって、本当に最低のクズだわ」
なにしろ、実際の行動はほぼヒサコにやらせ、自分は父と兄にとどめをさしながらも完璧な演技ですり抜け、その罪を全部リリンに擦り付けた格好にまで持っていったのだ。
どう考えても、外道の発想である。
「なぁに、悪いのは人心を惑わす邪悪なる宗教だな」
「うん、清々しいまでのクズだわ。なんでこいつが魔王じゃないのか不思議で仕方ない」
「だから、前に言ったではないか。魔王なら安土にいるぞ、と」
「うっさい、黙れ」
こうして一連の事件の舞台裏も終わりを告げた。真相を知る者は悉く死を賜り、口を封じられた。罪のすべてを擦り付けられた六名の死体はそのままに放置され、そのうち誰かが見つけてくれることを願いつつ、ヒーサは帰路に就いた。
なお、爆発で散らばった金貨銀貨はそのままにしておいた。それは彼らが受け取るべき正当な報酬であり、三途の川の渡し賃でもあるからだ。
受け取るべき正当な報酬まで掠め取るほど、戦国の梟雄は外道ではなかった。あるいはその心こそ、魔王ではないという証左なのかもしれない。
~ 第二十四話に続く ~
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