第十四話 反撃! このままで済ませると思うなよ!
「敵の別動隊が間道を用い、アーソの地に迫っています!」
アーソより再び急使が到着し、それよりもたらされた報告は衝撃的であった。
なにしろ、アーソに揃っていた部隊の大半はヒサコに率いられて、帝国領に逆侵攻をかけており、留守居の部隊はごく僅かであった。
それが襲われたとなると、まず防ぎようがない状況となるのだ。
「そ、それで、迫っている敵部隊の数は!?」
当然、サームにも危機的状況となる事は百も承知であり、その慌てぶりが顔に出ていた。
ヒサコにしても思案を巡らせているのか、険しい表情を見せていた。
よもや攻め込んできたこちらを無視し、アーソ奪取を一挙に狙うなど、大胆であり合理的であり、帝国軍の動きを甘く見ていたと言わざるを得なかった。
帝国側の侵攻準備が整う前に逆侵攻をかけ、集結中の敵部隊に痛撃を与え、兵力差を埋めつつ士気向上を図り、以て防衛戦に移行する、というのがヒサコの考えであった。
それがあっさりと崩されたことを報告してきたのだ。
焦りは当然と言えた。
「ハッ! 正確な数は分かりませんが、一万を切る事はないかと」
「一万だと!? それでは到底防ぎきれぬ」
サームの焦りも更に濃くなった。
なにしろ、留守居の部隊は五百にも満たない数であり、しかもアイク暗殺で動揺が走っている状況のはずだ。それで二十倍の敵兵を防げなど、どう考えても不可能であった。
あとは今ここにある軍が引き返すまで、持ちこたえてくれるかどうか、という段階だ。
「……使い番、留守居のアルベール殿に連絡を」
「ハッ! なんとお伝えしましょうか?」
「城に籠城し、とにかく時間を稼ぎなさい、と。こちらは騎兵だけでも先発させて急がせますし、本隊もすぐに引き揚げます。いいですね、何としてでも持ちこたえるように、と伝えなさい」
「ただちに!」
使い番は急いで馬に乗り、来た道を全速力で駆け戻っていった。
ヒサコはその姿が見えなくなるまでジッと見つめ、サームもまたそれに倣った。
そして、その姿が見えなくなるのを待ってから、サームはヒサコに近付いた。
「ヒサコ様、よくあの使い番が“偽者”だと見抜きましたな」
「フンッ! あいつがいの一番に“別動隊”なんて口にしたからよ。その単語が“アーソからの使者”から出てくるわけがないわ」
焦るような知らせを聞いても、なお冷静さを失わず、吐き出された言葉を理解して分析し、あっさり見抜いた思考力には、サームも脱帽物であった。
もし、自分だけなら騙されていたであろうことも認識しており、さすがであると改めてヒサコの凄さを認識した。
「間道を抜けてって言うけど、間道はすでに封鎖済み。万を超す軍隊が通れる道なんてないわ。よしんば正面から攻め込んだとしたら、アーソの留守居組が気付く前に、辺境伯領と前線を往復している補給部隊の方が先に気付くわよ。報告が飛んで来るなら、そっちか集積場の警備隊からよ」
「ですな。おまけに、“留守居のアルベール”という引っかけも、でございますな。アルベール殿は留守居ではなく、こちらにいますからな。本物の使い番なら、執政官のポード殿からの使者となります」
「そういうこと。今の宿営地の惨状を見て、焦って尻尾を出してしまったわね、カシン=コジ。黒衣の司祭も存外だらしない。急いては事を仕損じるだけよ」
ヒサコはまんまと相手が引っかかったと思わず握り拳を作った。
ちなみに、アルベールとポードは一つの共通点があった。それはどちらも“無名の大型新人”ということだ。
実力的にはヒーサ・ヒサコが認めるほどの逸材であるが、どちらもまだ若く、活躍の場が限られていたため、まだ他方に知られていない隠れた存在であったのだ。
そもそも、ヒサコがアーソに赴任する前までは、アルベールは一介の騎士であり、ポードはシガラ公爵家の執事見習いに過ぎなかった。
にも拘らず、その実力を買われて、一方は将軍として部隊の指揮を任され、もう一方は執政官に任命された。
異例の抜擢であり、一被官がいきなり評定衆に加わるくらいの大出世と言える。
当初は戸惑う者も多かったが、今はそれについて異議を申し立てる者はないほどの活躍を見せ、この人事に納得していた。
しかし、それはあくまで内向きな話であり、二人は外部からはよく分からない存在なのだ。
つまり、内においては名の売れているアルベールやポードも、外から見れば無名。情報の刷新ができていなければ、今回のヒサコが仕掛けた引っかけによってこけてしまうのだ。
「まあ、帝国側に優れた諜報機関や、それを運用できる人材に恵まれているとも思えないしね」
「数で押してくる、人外の領域にいる皇帝の実力で吹っ飛ばす、それが帝国の戦い方というわけですか」
「嚙み合えば強いでしょうけど、噛み合わなければ対処は可能よ」
しかし、自信満々に言うヒサコであったが、その肝心な“皇帝の実力”というものが、まだぼんやりとしていて見えてはいなかった。
強いことは間違い。弱肉強食の世界そのものであるジルゴ帝国において、皇帝を名乗って統べているのであるから、弱いわけがないのだ。
なによりも、“魔王”を名乗っている以上、名前負けしない相応の実力を持っているはずだとも考えていた。
(アスプリクが兵千人分の働きがどうこう言われているけど、あれは誇張無しでそうだと感じた。アーソでの戦いぶりを見る限りでは、運用次第で千の兵を超える事も確認済み。ではその上を行く魔王とは、どの程度なのか?)
実際に見ていない以上、軽々に判断はできないんだ。
アスプリクが“一騎当千”ならば、魔王は“万夫不当”となるのか。
評価を下すのには、全然情報が足りていなかった。
さて次はどう動くべきかと、ヒサコは伝令の不利をしたカシンの走り去った方向を見ながら、考えに耽るのであった。
「……うん、悩んでも仕方がないし、サーム、こちらも早めに仕掛けましょうか」
「では、敵陣の裏に回り込んでいるアルベールに伝令を出します」
「ええ。程々のところで引き上げさせて。もう少し戦果を稼いでおきたかったけど、より大きな魚がかかって来たのだし、これを逃す手はないわ」
「ただちに!」
敵陣を蹂躙し、蜘蛛の子を散らすように壊走する敵に追撃をかけているところではあるが、カシンが仕掛けてきた以上、そちらにこそ注意を向けねばならなかった。
(まあ、カシンを仕留めるか、その配下を痛撃できるのであれば、十分採算は取れるか)
ようやく出てきた厄介な相手を仕留める好機だと、ヒサコは考えた。これを逃しては後々に厄介なると思い、討ち取るための算段を始めた。
まだなお聞こえる敵兵の悲鳴を聞きながら、思案に入った。
***
そこから少し離れた遠方の小高い丘の上に、一騎の騎馬が立ち止まっていた。
先程、ヒサコの急報をもたらした使い番だ。
ヒサコがいる地点からは視認できないほどに遠く、燃えている陣屋が蝋燭の灯のように小さく見える程度であった。
「ここまで来ればよいか」
シュッとその姿は軽装の騎士から、黒い法衣をまとう姿に変わった。
幻術を自分に被せ、姿を変えていた黒衣の司祭カシンであった。
「まったく、やってくれおる。万を超す損害だぞ、これは!」
カシンとしては忌々しさしかない現状に苛立ち、これをもたらした“松永久秀”にこれ以上にない殺意を覚えていた。
現在、帝国軍は皇帝とカシンの二人三脚に近い状態で回されていた。
皇帝が兵を集め、カシンがそれを組織化する、という具合だ。
なにしろ帝国軍は脳みそが筋肉でできている連中ばかりであり、頭脳労働ができるのは、自分の直下にいる《六星派》の神官連中くらいだ。
その手下も兵站管理でてんやわんやであり、それ以外の仕事は厳しい状況であった。
結果、情報の収集や分析、作戦の立案、他種族混成であるがゆえの各種諸問題の解決にいたるまで、全部カシンが行っている有様だ。
とても手が回らない状態であり、数の多さが逆に仇になっていたが、いざ戦闘になれば数の多さは捨て難い利点であり、兵站も“略奪”で賄う予定であるから、まあ問題なのは今だけかと高をくくっていたのが、少し前までのカシンであった。
ところが、その状況が崩されたのが、王国軍による逆侵攻であった。
十万を超える帝国軍に対して、アーソ領に展開していたの総勢五千がよもや攻め込んでくるとは思わず、これで計算が狂った。
なにしろ、直前まで防備を固める素振りを見せていたため、国境侵犯まではその意図を察することができず、後手に回った状態となった。
そこでカシンは窮余の一策として、単身アーソに乗り込み、後方撹乱を企図して、兵站線を圧迫しようと試みたのだ。
そこに都合よくアイクを見つけることができた。戦時下であるにも関わらず、呑気にアーソに新設した窯場や工房を碌に護衛を付けずに見て回るなど、所詮芸術にしか興味のない道楽者かと蔑んだほどだ。
とは言え、これは勿怪の幸いだとも考え、得意の幻術を用いて領民に化けて近付き、飲用する薬に細工をして、まんまとその暗殺に成功を収めた。
名目上とは言え、敵総大将をいきなり討ち取ったのである。
その急報を知らせる早馬が出掛けるのを確認し、これで王国軍も混乱することだろうと悠々と引き返すと、帝国側が大損害を出して、しかも急報を無視するかのような動きも見せていたことに、カシンはさすがにドン引きした。
総大将死亡を無視して、略奪と殺戮を欲しいままにする軍隊など、どこにいるのだろうか。
カシンとしては、ヒサコを、“松永久秀”を甘く見たことを後悔した。
飾りは所詮飾りだと言わんばかりの態度であり、アイクの死すら無視してみせたのだ。
そして、略奪された村々の惨状と、絶賛炎上中の宿営地を見て、初戦の完敗を悟った。
あくまで実質的な指揮官はヒサコであり、それをどうにかしない事にはどうにもならない。そう再認識させられた格好だ。
(しかし、問題なのはそれだ。魔王様より、ヒーサ・ヒサコは何があろうと殺すな、と厳命されているからな。兵力をもいで、身動きが取れない状態にしなくてはならん)
直接手を下さねばならないとはいえ、“松永久秀”を生け捕るなりするにはやはり圧倒的な兵力で取り囲むのが一番であり、頭数を揃える事を止めるわけにもいかなかった。
かなり危険な事とはいえ、自ら赴いての偽報による撤収の誘因も、そうしたやむを得ない事情があったからこそだ。
多少なりとも時間を稼げれば、立て直しは十分に可能であった。
なにしろ、一万、二万の兵がやられたとしても、それでも相手方より十倍以上の戦力を有しているのだ。焦る事はない、というのがカシンの結論であった。
「序盤はこちらの負けだ。だが、このままで済ませると思うなよ!」
カシンは遠くで燃える自陣に背を向け、馬を走らせた。
この恨みと屈辱、晴らして、送り返してやらねば気が済まない。
初戦の出遅れを取り戻すため、何より押し込まれている劣勢を挽回のため、反撃の策を動かし始めるのであった。
~ 第十五話に続く ~
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