第十三話 蹂躙! 失陥寸前の陣地で起こる事は唯一つ!
それは一方的な殺戮であった。
まともな指揮統率もなく敵陣に向かって斬り込み、目的の差異から同士討ちまで起こし、そこへ無数の矢弾が降り注いだ。
ろくな防具も身に付けてないがゆえに、銃弾一つが致命傷となる。頭が砕かれ、腕が吹き飛び、足がもがれ、はらわたを引き裂かれる。
阿鼻叫喚とはまさにこのことだろう。ある者は息絶え、ある者は虫の息であり、事切れた同胞を担いで逃げようとするも、そこへも銃弾が飛び交った。
「よし! 前進開始!」
ヒサコは陣容を整えてから、全軍に前進命令を出した。
陣形も攻城戦用のそれに変わっていた。
中央前面には十門の軽野戦砲が砲兵や工兵によって運ばれていた。車輪付きの小型の砲で、青銅製の威力の弱い砲だ。
接近戦では散弾を飛ばすなどの運用が主だ。
だが、目の前の簡素な陣屋であれば、その門扉を打ち破るのには十分な威力であった。
転がる死体を退けて大砲を前進させ、矢が届かないギリギリの地点まで進出すると、その砲口が閉ざされた陣屋の門に向けて照準を合わせた。
「準備整いました!」
「結構です。では、門を打ち破り、中へ突入します。銃撃の斉射、並びに弩兵の火矢の斉射の後、歩兵は前進。騎兵は陣屋を迂回して、裏手に回り、壊走する敵兵を追い立てなさい」
「ハッ!」
矢継ぎ早にヒサコは指示を飛ばし、陣屋へと攻め込む態勢がすぐに整えられた。日頃の訓練の成果であり、その点で帝国軍とは違っていた。
(帝国側も戦慣れして強いんでしょうけど、悪い条件が重なり過ぎているからね~。装備の差、戦術の差、指揮官の不在、兵個人の練度はともかく、各部族間の連携不足。数だけ揃えりゃいいってもんじゃないのよ)
例としては少ないが、圧倒的少数で多数を蹴散らした例はいくつもある。
背後から攻撃を受けて、脆くも崩れてしまった“一ノ谷の戦い”
乱取に夢中になって、本陣を手薄にして奇襲を受けた“桶狭間の戦い”
圧倒的な数的優勢に油断して、予期せぬ奇襲から全軍崩壊した“川越夜戦”
そうした歴史も“松永久秀”は修めていたが、よもや自分が体験しようとは思ってもみなかった。
あくまで戦は敵より多くの頭数を揃え、兵糧や矢弾をしっかりと用意し、以て敵を倒すのが常道であるという考えは揺るぎない。
だがやはり、兵を動かすのは金がかかるので、ここぞという場面でのみ使用し、後は交渉と謀略と暗殺で有利に事を進めるのが、自分の流儀だとも自認していた。
ゆえに、ここまで好条件が揃ってしまうと、四倍の兵力差すら余裕で勝ててしまうのかと、呆れ半分喜び半分といったところであった。
「大筒、目標、敵陣門扉! 放てぇ!」
合図と同時に、砲口から火と煙が噴き出し、砲弾が発射され、あっさりと門扉は打ち砕かれた。
見事に砕け散った門を見た友軍将兵は歓声を上げ、逆に敵方からは狼狽の声が漏れ出ていた。
先程の銃撃の嵐を命からがら陣地内に逃げ込んだというのに、相手方は容赦なく殲滅に移って来るのを感じ、戦意はさらに削がれていった。
「次! 銃兵、構え~、放てぇ!」
次は銃撃が加えられ、更に頭上には火矢が流星のごとく敵陣の飛び込んでいった。あちこちに落下し、物資の入った木箱や、あるいは天幕の命中し、たちまち火事が発生した。
銃撃も有効に作用し、門扉の近くにいた部隊に、柵越しの隙間から飛び込んだ銃弾が面中。悲鳴を上げながら倒れていった。
相手も必死で弓矢にて反撃を試みているが、編成が乱れに乱れているため、散発的に飛んで来る程度で、王国軍側には大した被害が出る事はなかった。
「よし! 総員、抜剣! 斬り込めぇ!」
「おおぅ!」
陣地に突入となると、銃や長柄の槍は空間の余裕がないため、足元に置き、腰の剣を抜いて、次々と斬り込んでいった。
そんな中にあって、先に動いたのは工兵であった。
工兵は数こそ少ないが、勇猛果敢にして数々の特殊技能を身に付けた精鋭部隊であり、ヒサコも全幅の信頼を置いていた。
その工兵による敵陣の切り込みは、強烈な爆発から始まった。全員、手には炸裂弾を持ち、それを柵に向かって投げ付けたのだ。
たちまち投げ付けた炸裂弾は一斉に爆発し、崩れた門扉は完全に崩壊。周囲の柵もなぎ倒され、突入口が更に大きく開け放たれた格好となった。
「よし! 大口が開いた! 遠慮はいらん! 次々と突っ込め!」
三将の一人コルネスも斬り込み組に混じっており、部下を叱咤激励しながら、自分も敵陣へとなだれ込んでいった。
防御が得意な将軍かと評価していたが、攻撃にもなかなか優秀な采配を奮っており、ヒサコはその戦いぶりに満足した。
そして、敵陣に斬り込んだのを見計らって、アルベールが騎兵を率いて動き出し、敵陣の裏側へと回り込み始めた。
こうまで来ると陣を捨てて壊走する可能性も出てくるため、その背を追いかける追撃に出るためだ。
戦における最大の被害は撤収中に背を追い立てられることであり、碌な反撃もできずに追い回されることほど、悪夢であることはない。
失陥寸前の城で起こる事、それはただただ一方的な殺戮のみだ。
そして、松永久秀もまた、やる方も、やられる方も、経験済みであった。
一方、サームの指揮する部隊はヒサコの側で待機であった。
すでに敵陣はまともな抵抗もできずに右往左往するだけであるし、追撃要員としてアルベールの部隊も出払った。
本来ならここでサームの部隊も追撃に回してもよかったのだが、ヒサコはそれに待ったをかけた。
万が一、攻撃に熱中しすぎて、背後から襲われるかもしれないと考えたからだ。
どこから敵が来ようとも、直属の部隊とサームの部隊があれば対処は可能だという判断だ。
「すみませんね、サーム。手柄の稼ぎ時だというのに、本陣待機を命じてしまって」
「いえいえ。シガラ公爵家にとっては新顔のアルベール殿、宰相閣下からの増援であるコルネス殿、この両名にしっかりと華を持たせてやらねば、彼らの面目が立ちますまい」
「そう言っていただけると、助かりますね。彼らも喜ぶでしょう」
アルベールはカインを始めとするアーソ辺境伯の領主一家の復権を狙い、また父親の仇討ちと言うこともあって戦意は盛んであり、手柄を立てる事に躍起になっていた。
実際、今回の戦いでのアーソ兵の活躍ぶりは凄まじく、いずれその武勇は王国中に広まっていくことは間違いなかった。
一方、コルネスの方も、宰相ジェイクの代理としての増援であるため、宰相の顔を立てるという意味においても、戦功を重ねるのは重要であった。
特に、ジェイクの妻クレミアはアーソの正当な後継者であり、いずれはその子がアーソの地に領主として返り咲くことを目指していた。
こうして武功を挙げればジェイクの名声が高まり、同時にその子供の未来を約束するのだ。
そういう意味では、コルネスの活躍はそうした政治事情を汲み取った、見事な活躍と言えた。
サームもまた、それを理解すればこそ、一歩引いて全体を見れる位置に待機できていた。
「ヒサコ様、此度の戦の采配、感服いたしました。“人間相手”であれば禍根が残るようなやり方でありますが、話の通じぬ亜人であれば誰もとやかく言いますまい。四倍の相手に完勝しようとは、さすがとしか言いようがありません」
「ありがとう、サーム。そう言っていただけると嬉しい限りだわ。お腹に子供がいなければ、あたしも構わず突っ込んでいたところよ」
「それはさすがに勘弁していただきたい」
ヒサコの腹の中には、暗殺されたアイクとの子供がいる(ことになっている)ので、本来ならばこうして戦場で指揮を執ること自体が異例であり、異常であった。
知略の冴えは身重であっても鈍ることはなく、それどころか一層容赦がなくなっているようにも見えたが、相手が相手だけにそれは容認された。
「さて、掃討戦に実質移った事だし、サームとしてはこれからどうするべきと思う?」
ヒサコが眺める敵陣は、すでに完全なる虐殺の場と化していた。
降伏勧告一切なし。敵と見れば、誰であろうと斬り殺し、逃げればその背を追う状態であった。
指揮系統は端から存在せず、部族・種族単位で好き勝手に動いていたため、一つが逃げ始めると、他も次々と戦いを止めてしまって逃げ始めた。
あとは逃げる相手をひたすら追いかけるだけだ。
陣地を捨て、破壊されていない門扉の方から逃亡を図るが、すでにアルベールの部隊が回り込んでおり、さらなる痛撃を浴びせられた。
もはや個々人でチリヂリとなって逃げるよりなく、運任せの撤退であった。
馬に追われれば確実に捕捉されるし、あちこちへ逃げれば運が良ければ逃げられる、と言う有様だ。
それはもう戦いとは呼べず、ヒサコからすれば結果の見えた今よりも、この次をどうするかの段階に思考が移っていた。
「そうですね……。まだ皇帝が到着していない以上、更なる戦果拡大を狙ってみる事がよろしいかと思います。よって……」
「伝令~! 伝令~!」
ヒサコとサームの会話に使い番が割り込んできた。
声のする方向を振り向くと、騎馬が一騎、全速力で駆け寄ってくるのが見えた。
「またアーソからの伝令ですか」
サームはやれやれと言わんばかりにため息を吐いた。なにしろ、前回のアーソから届いた報告は、アイク暗殺と言うとんでもない報告であった。
今回はどんな厄介事かと身構えた。
「使い番、ご苦労様でした! それで報告は何?」
ヒサコは駆け寄ってきた騎兵に声をかけ、使い番は馬から飛び降り立膝を付いて拝礼した。
「ハッ! 敵の別動隊が間道を用い、アーソの地に迫っています!」
「なんだと!?」
その報告は雷に打たれたかのような衝撃をサームに与え、ヒサコもまた眉をひそめた。
なにしろ、アーソにいる留守居の部隊は、ほんのごく少数であり、攻撃されれば持ちこたえようがないからだ。
そうなれば、退路と拠点を同時に失い、この地で全滅を余儀なくされる。
危機的状況を瞬時に理解すればこそ、二人の顔が険しい。
実はこの宿営地は囮で、敵の主力が気付かぬ内に迂回機動を取ったのでは、という疑念が二人の頭によぎった。
~ 第十四話に続く ~
気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。
感想等も大歓迎でございます。
ヾ(*´∀`*)ノ




