第十一話 焼肉パーティー!? 本日のメインデッシュは豚の丸焼きでございます♪(誇張無し)
敵陣地から幾ばくかの罵声や慟哭が、ヒサコの耳に届いていた。だが、欲するのは動きであって、叫びではない。
“この程度”では不十分であると、認識しなくてはならなかった。
「んじゃ、次~♪」
ヒサコは後ろに合図を来ると、また捕虜が十数名、前に出ているヒサコの側まで引っ立てられてきた。
今度は豚人間であり、これまた女子供ばかりであった。
「いやまあ、あれよね。動ける男は根こそぎ動員って感じかしらね。まあ、こっちが攻めてこないと勘違いして、村々の守りを疎かにしたのは失策よね~」
などと感想を述べつつ、ヒサコは捕虜を横一列にずらりと並べた。
縄で縛られ、横一列に並ぶ、この点ではそこらに転がっている小鬼達と大差ないが、薄汚れた布で包まれている点が違っていた。
「通訳さ~ん、捕虜達を先程みたいに、陣地に向かって助けを求めるように叫ばせてね~」
「ハッ!」
通訳は命令通り、居並ぶ豚人間に向かって、これまた聞き苦しい指示を飛ばした。
するとブヒュブヒュ泣き叫びながら、必死で助けを求めだした。
なにしろ、目の前には切り捨てられた小鬼の死体が、いくつも転がっているのである。すぐ横の圧政者の気に障ることがあればどうなるのか、想像することは容易であった。
死にたくない。生物としての生存本能が、喉が潰れんばかりの助けを呼ぶ叫びとなった。
だが、すぐ横にいる死神は、どこまでも無慈悲であった。
「ああもう、陣地の連中、ちっとも動かないじゃないの! あんたらもさぁ、もっと気合入れて叫びなさいよ!」
ヒサコは手近にいた女の豚人間を蹴飛ばすと、それは前のめりに倒れた。
口の中に土が入り、苦しそうにむせ返したが、ヒサコは容赦なくその頭を踏み付けた。
正真正銘、屠畜前の豚を見るような眼差しで。
「やれやれ、仕方ないわね~。それじゃ、もっといい声出す様に、私が手伝ってあげましょう」
ヒサコはおもむろに剣を抜くと、その切っ先に蝋燭の灯火のような、小さな火が現れた。
それをチョンと倒れている豚人間を小突くと、たちまち火が燃え盛って、炎がその体を包み込んだ。
豚人間に巻き付けていた薄汚れてた布の正体は、油を染み込ませた布であった。
ヒサコはそれに着火したのだ。
「プギャー! ピギヤー!」
首から上は炎に包まれていないが、布で包まれている体は炎が取り巻き、生きながらに焼かれる感覚を味合わされ、叫びながら転げ回った。
そこからが更なる地獄であった。
転がる際に、周囲の同胞にも接触してしまい、次々と連鎖的に火が着いて回ったのだ。
「ガー! ギャァ!」
「ピーギャー!」
「グエー! ガハ!」
たちまちその場は火炎地獄と化し、一人の例外もなく炎に包まれた。
死にたくない、助けてくれと叫んでいるだろうが、それは人間には伝わらない。言葉が通じない上に、亜人の死や苦痛など、何も感じないからに他ならない。
特に、長年国境紛争で戦い続けてきたアーソの人々からすれば、帝国側に痛撃を入れるヒサコは、正真正銘の“聖女”としかその瞳には映らなかった。
「いい感じじゃないの! 今夜の晩餐は、豚の丸焼きよ~♪」
阿鼻叫喚、先程以上に必死に助けを求める声が響き渡り、炎に焼かれながらのたうち回り、空気を求め、あるいは助けを欲し、叫び続けた。
目を背けたくなる光景であった。もがき苦しみ、火を消そうと地面に擦り付けるも、油で勢いを増す火は消えず、肉と油の焼ける匂いが周囲に立ちこめた。
そんな光景を作り出したヒサコは、事も無げに拍手を送った。
「やればできるじゃないの、やれば! さって……」
この湧き上がる炎と叫びは、敵陣地にもしっかりと届くはずだ。
なにしろ、目の前の女房子供が丸焼きになり、現在進行形で死に向かって突き進んでいるところだ。
先程のような、首を切って終わりではない。これから終わりが訪れるのだ。
当然、完全に焼き尽くされる前に、行動を起こすだろうとヒサコは踏んだ。
そして、その瞬間がやって来た。
陣地の門が開き、怒りか、あるいは悲痛な、それでいてけたたましい叫び声を上げながら、次から次へと外へと飛び出し、火だるまの人質めがけて突っ込んできた。
波のごとく襲寄せる亜人の群れだ。
それが十人になり、百人になり、千人を超えるまでにはそれほど時間を要さなかった。
「はい、釣れた~♪」
ヒサコはまんまと釣り出された愚か者達を見ながら、ひらりと馬に跨ってさっさと下がった。
「次! 作戦『捕縛と放流』発動! 銃兵隊、前へ! 工兵も準備を!」
動き出した状況に対して、ヒサコは矢継ぎ早に指示を飛ばし、次なる段階へと部隊の隊列を変更していった。
***
もちろん、一連の分身体の行動と周囲の光景は、ありのままに本体の方へと伝わっていた。
「ククク……、まんまと誘き出されおって。この程度の挑発に乗るとは、愚かな事よ。やはり指揮官不在が大きいわな」
「この程度……?」
どうやら、目の前の男にとっては、人質をずらりと並べて火だるまにするくらいのことは、“この程度”で収まる範囲らしかった。
どこまで外法に手を染めるのか、テアはあまりの光景に憤りつつも、誘因すると言う目的自体は達成されたことにどう言うべきか迷った。
なお、これほどの悪行を成しながら、ヒーサは書類仕事の手が止まっておらず、その図太さをテアに見せつけることにもなった。
「やはり、阿呆を焚き付けるのにはこの手に限るな。スパッと切り捨てるより、焙って悲鳴を上げさせた方が、より心に響く」
「何言ってんだ、こいつは……」
「以前な、年貢を払おうとしない痴れ者がおってな。縄で縛った後、蓑を着せて、火にかけてやったのよ。悲鳴を上げながら転げ回り、それ以降、そやつも周囲も大人しくなった」
「んなことまでやってたのか……」
まさかの経験済みに、テアは絶句した。
どこまでも効率重視。どこまでも利益優先。反抗する者には容赦なし。
今、目の前の凄惨な光景すら、この男にとってはごくありきたりな戦国の作法の一つに過ぎないのだ。
「当たり前ではないか。面子や威厳と言うものは、上に立つ者には必須の案件。なめられたら、周囲から寄ってたかって、やられるだけだ。統治の基本は表面的には優しくしつつ、締めるとこはきっちり締め上げる事なのだぞ」
「飴と鞭か……。だからって、何も火炙りにすることもないでしょうに……!」
「なぁに、大釜で“炒り人間”やっていた、甲斐の武田信玄よりかはマシだろうて」
「だから戦国男児はどいつもこいつも!」
やっぱりあの時代の人間は狂っていると、テアはその評価を再認識した。
いくら食うか食われるかの弱肉強食が日常化していたとは言え、そこまでやらなくてはならないのかと疑念に思う事すらある。
テアはどちらかと言うと、性善説的な見方で人間を捉えていた。神がほんの少し道を指し示しておけば、善導にて正道を進むと考えていた。
だが、目の前の男の所業を見るようになってから、徐々に性悪説の方へと傾いて来ていた。
徹底した教導による、公共善の獲得。知識や教養による礼儀作法の習得によってこそ、人間がようやく悪に染まることなく、正道を行けるのだと考えを改めていた。
(あるいはそれを無意識的に理解すればこそ、禅や茶の湯を求めていたのかも。血生臭い世界であるからこそ、穏やかなそれを欲するのか)
普段は冷酷無比で利益をどん欲なまでに求める男も、一亭一客の物静かなやり取りを求めて止まない。
見た目や表面的な情報に反して、あるいは“松永久秀”の本質はそこにあるのかもしれない、とテアはなんとなしに感じてしまった。
だが、次の瞬間に打ち砕かれた。
「んじゃ、撫で斬りにするか」
「おい、こら」
折角のしんみりとした雰囲気をぶち壊しにされ、テアは思わずツッコミを入れた。
なお、今は戦の真っ最中であるので、しんみりしている方が間違いであった。
敵を屠る方法を考えるのが指揮官や参謀の仕事であり、そう言う意味においては、地獄を呼び出したヒーサ・ヒサコの方が正しいとすら言える。
「愚かなり、亜人共よ。隊列を組まず、布陣もせず、指揮官なしでただ闇雲に突っ込む。これでは調理しろと言っているようなものだ。農民一揆の方が、まだ秩序立って動いておるぞ」
ヒーサの意識に飛び込むヒサコからの視界情報から、あまりに無秩序に突っ込んでくる亜人の群れに、ある種の哀れみすら感じていた。
これからあのすべてを殺し、先程の“見世物”の比ではない、死体の山を増産するのであるからだ。
だが、容赦も手心も一切なしだ。
なにしろ、相手は世界の討滅を目論む魔王の手下なのである。油断すれば、こちらが食われるのは必定であった。
先程の挑発行動も、これから起こる更なる惨劇も、“勝利”あるいは“生存”の前では、あらゆる事象が正当化されると言ってもよい。
弱肉強食こそ自然の摂理であり、戦国の習わしだ。弱者は隅で震えながら、貢物でも差し出し、お目こぼしを願い出るのがせいぜいであろう。
それこそ、頑として拒絶する。命永らえる事に意味はない。己の意志と矜持を以て前へと進まねば、それは生きているとは決していない。
松永久秀はそれを理解すればこそ、平蜘蛛茶釜と共に果てる道を選んだのだ。
人形として生きるより、人間として死ぬることを採ったのだ。
「なれば、此度の生は勝ってみせよう。魔王になんぞ、膝を屈してなるものか」
ふと漏れ出たその言葉こそ、今この時に偽らざる本音であった。
どんな手段を用いようとも勝ち、欲する物を他人を押しのけてでも手に入れる。ただそれだけだ。
ヒーサの視線の先には、敵の死体の山と、その先にある勝利がすでに見えていた。
~ 第十二話に続く ~
蓑を被せての火炙りネタは、松永久秀の史実ネタ。
やっぱこいつ悪党ですわ。
(;^ω^)
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