第八話 誤算!? 悪役令嬢、新妻から未亡人になる!
「「え……?」」
それはあまりの予想外過ぎる報告に、ヒーサとテアが同時に漏らした言葉であった。
アーソからヒサコの下へ駆け込んできた使者曰く、アイクが亡くなった、ということだ。
アイクは留守居としてアーソにおける政務の担当者であったポードと共に残留しており、新妻の心配をしながら、安全な後方に控えているはずであった。
にもかかわらず、いきなりの訃報である。
もし、アーソが帝国領に侵入したヒサコの部隊を無視し、迂回機動で襲撃してきたというのであれば、その旨も使者は伝えるはずである。
にも拘らず、使者はアイクが亡くなった事だけを告げた。
「ふむふむ……。急に熱が出て来て、そのまま死んだ、か。毒の可能性が高いな」
「あんたまさか……!?」
テアは後ずさりしながらヒーサから離れ、そして、睨み付けた。この手のやり口は、どう考えても目の前の男のそれであり、露骨に疑った。
「おいおい、バカを抜かせ。この状況でアイクを殺害する理由があるとでも思っておるのか?」
「いや、まあ、それもそうなんだけどさぁ……」
普段が普段だけに、毒殺、暗殺をしそうでついつい疑ってしまうのであった。
だが、ヒーサの言う通り、今の段階でアイクを殺すメリットが何一つない。
目の前の男は平然と人を殺し、顔色一つ変えずに毒を盛れる。
だが、利益にならないことは決してしない極めて合理的な性格もしており、今回は明らかにそれから逸脱していた。
「はっきり言うぞ。今回のアイクの死は、完全に計算外の出来事だ。そもそも、ヒサコはアイクと結婚することで、実質王族待遇を手に入れたのだぞ。そんな重要な錦の御旗を、自分で破り捨てるとでも? しかも、戦の真っ最中に」
「ああ、うん、そう言われるとそうだわ。仮に殺すとしても、それを利用する状況を作ってからするでしょうし、今回は明らかに利用できない状況だもの。あなたらしくない」
強欲で信用ならないからこそ、逆に益にならないことはしない、という信頼感があったのは皮肉としか言いようがなかった。
今回のアイクの死に、目の前の男の関与はない。
そもそも、裏も表も全部知る共犯者に対して、嘘を付く理由もないのだ。
「となると、誰がアイクを……?」
「この状況でアイクが死んで得をする存在。ほぼ間違いなくジルゴ帝国だ。下手人は黒衣の司祭カシン=コジか、その配下の《六星派》の狂信者あたりか」
「有り得る、わね。アイクはお飾りとはいえ、総大将には違いない。錦の御旗がいきなりへし折られたら、誰だって混乱するわよ」
「フンッ! 乱取の仕返しが暗殺とは、なかなかにやってくれるな、カシンめ!」
ヒーサは黒衣の司祭の顔を思い浮かべ、不機嫌そうに机に拳を振り下ろした。折角手に入れた王族と言う看板をいきなり燃やされてしまい、これで大きく計算が狂うことになってしまった。
「でも、本当にどうするのよ? お飾りとはいえ、アイクがアーソのおける責任者だったのよ? 行きなり総大将が討ち死にしたって事なんだし、兵は動揺して士気に関わるわ」
テアに指摘されるまでもなく、それはヒーサも危惧していた。ヒサコは“聖女”の肩書を付与され、高い名声を誇っているが、それでは不十分であった。アイクと婚儀を結ぶことにより、疑似的に王族の仲間入りをし、その権威と権限を借りることで、アーソの統治を円滑にすることを目論んでいた。
それがいきなり損なわれたのである。穴埋めに第三王子のサーディクを派遣するなどと言う流れになってしまえば、今までの準備がすべて損なわれる危険があった。
(まあ、それを狙ってカシンが仕掛けてきた、と見れなくもないか。ああ、本当に嫌らしい奴だ)
逆侵攻で相手の予定を狂わせたというのに、今度はこちらが崩されてしまった。実に忌々しいと、ヒーサは苛立ちを隠さず、もう一度机を叩いた。
その時、ピンと何かが閃いた。
すぐにそのことを頭の中で検討し、実行可能なのかどうか、あるいは効果があるのかどうか、それを多角的に検討し、最終的に一つの結論に達した。
そして、側にいたテアが気でも触れたかと思うほどの薄ら笑いを、ヒーサは浮かべた。
「え、あ、ちょ、な、何……!?」
「ククク……、よもやと思って仕掛けておいた種が、ここへ来て発芽するか! 下準備に今少し手間がかかるし、“ナル”を犠牲にすることになるが、上手くいけば完全にティースを騙して、こちら側に引き込むことができる!」
「え? ナル? ティース?」
なぜ遥か異国の戦場の事で、ティースやナルの名が出るのか。それも“犠牲”になるのかが、テアにはさっぱり見えてこなかった。
ナルは現在、ティースの側に、つまりシガラ公爵領に身を置いている。それがどこをどう捻ったら、犠牲などと言う言葉が出てくるのか、謎が多すぎた。
特に、ティースを引き込むと言うくだりも気になった。
現在、ティースは毒殺事件の裏事情に気付き、実行犯であるヒサコに対して、父兄の仇討ちという完全無欠の殺意を抱いている。それを引き込むと言う事は、殺意以上の理由を与えて、組み込むと言う事を意味していた。
完全にキレているティースをどうやって説得しようと言うのか。あまりにぶっ飛び過ぎていて、テアには理解不能であった。
「よし、決めた! アイクの死はこの際無視する! 予定通り軍を前進させ、皇帝が到着するまで、ひたすら帝国領を荒らし回るぞ!」
「え、マジ!?」
テアは信じられないと言わんばかりの顔をヒーサに向けた。総大将討死をあえて無視し、そのまま攻撃を続行するというのだ。
将兵の混乱をどう抑えつつ、戦闘状態を維持するのか、かなり難しい判断を強いられる事となる。
「士気は大丈夫だ。今まで散々上げてきたし、現場の将兵はヒサコへの信頼も上がってきている。特に士気の高いアーソの部隊を前面に出し、それを以て他に部隊の士気も維持して、帝国軍を討つ! なぁに、皇帝不在の軍ならば、なんとでもなるさ」
先程の悩み抜いた顔などどこかへ追いやり、もはや勝利を確信しているかのような、自信満々の顔をしていた。ヒーサの表情はそれほどまでに変化しており、テアは不安を感じつつも、同時に頼もしくも感じるのであった。
「さて、弔事ばかりでは気が滅入るし、ここは慶事も加えて相殺することにしよう。ヒサコには、また一芝居うってもらうことにする」
「慶事? はて、何か総大将討死を打ち消せるだけの、いい材料なんてあったっけ?」
「あるではないか。そう、これがな!」
そう言うと、ヒーサは自分の腹をポンポンと軽く叩いた。
「ヒサコには、これから“妊婦”になってもらう」
「はぁぁぁ!?」
またしてもとんでもない言葉が飛び出し、テアは思わず絶叫してしまった。
「アイクは死んだ。だが、その遺児はすでに腹の中に存在し、以てそれを跡取りとする」
「いや、でも、そうなると、お腹の中が空っぽだって、その内バレるよね!? 存在しない赤ん坊を使って、どうやって跡取りだなんだなんて言い張るのよ!?」
「いるではないか。赤ん坊なら、丁度いいのがすぐ側に」
「んな!?」
テアはすぐに気付いた。
確かにすぐ側に赤ん坊はいる。そう、“ティース”の腹の中に。
「私とヒサコは顔立ちがかなり似ているからな。子供もまあ、誤魔化せる程度には似てくれよう」
「ヒーサ、あなた……、“自分の子供”を表向きは殺しておいて、それを“妹の子供”って事に偽装する気なの!?」
「そうだ。ヒサコには周囲に身籠った旨を通知しておき、適当に服に詰め物でもしながら、孕んでいるように偽装させる。ティースに暗殺されてもかなわんから、なるべく帝国領で時間を潰した後、帰還する。そこで子供を産んでもらう」
「存在しない子供をヒサコが産み、ティースから子供を取り上げて、それをヒサコの子供にする。以前呟いていた、“嬰児交換の時間の逆算”ってこれのこと!?」
「ああ。今、ヒサコが身籠った旨を通知しておけば、時間的にはギリギリ誤魔化せるからな。ネヴァ評議国からの帰還後、アイクとは二人きりになった場面も何度かある。その際に貴種の御種を頂戴した、ということにしておけばいい。何より、死人に口なし、アイクにその件を聞くこともできんから、床入りしていようがいまいが関係はない」
つらつらと述べるヒーサの計画に、テアは戦慄した。生まれてすらいない自分の子供すら、策の中に組み込んで事を成そうというのである。
頭が飛んでいるとか、そう言う次元すら超えていた。
「でも、そんな事をティースが納得するとは思えないわ。まして、自分の子供をヒサコに差し出すなんて、まず有り得ないもの!」
「だからこそ、ナルに生贄になってもらう。少し手間だが、今から準備すれば間に合うはずだ。ナルの“遺言”であれば、ティースも渋々ではあるが、従うであろうしな」
「なんと言う事を……!」
正気の沙汰とは思えぬ言葉の数々に、テアは絶句した。頭がおかしくなりそうなのに、目の前の男が平然としていられる図太さに恐怖した。
「でも、仮にティースを引き込めたとしても、そんな工作をどうやってやるのよ!?」
「私とお前がやる。忘れたか、スキル《入替》のことをな」
ヒーサの指摘にテアはハッとなった。
入替をした際には、自分が本体の方に引き寄せられることを思い出したのだ。しかも、腕に抱えられる手荷物程度であれば、一緒に移動できることも。
「…………! そうか。まず、こっちでの出産をあなたと私でやり、それから《入替》でヒーサとヒサコを交換する。で、私は《瞬間移動》が発動して追っかけることになるから、生まれたばかりの赤ん坊を抱えて移動するだけで出産を偽装できる。残ったティースの方は適当に赤ん坊の死体を調達して、死産と言うことにすればいい、と。」
「で、それに先立ち、アスプリクとアスティコスをアーソに移動してもらって、ヒサコの方の産婆にしておけば、口の堅い立会人として役目を果たしてもらえる。運び込んだ赤子を渡すだけで、ヒサコが出産したということになるからな。もちろん、二人を前線に移す口実にもなる」
「どちらの出産立会人も、自分か“共犯者”で固めてしまえば、情報が漏れ出る心配もない。どこまでも計算ずくってことか」
ティースの説得さえできれば、情報封鎖の点からも十分であった。
自分は表向きの子供を死産と言う形で失うが、妹が子供を授かるということだ。しかもその子供はアイクとの間に生まれたことになるため、王家の血を引いている事になる。
つまり、自分の子供を王家の血を引いている子供だと、偽装できるというわけであった。
「そして、ヒサコはアイクとの間に生まれた子供を抱え、王城に突入する。その子が次か、あるいはその次あたりの国王になるかな。ヒサコは国母に、そして、私は妹と幼王を補佐するために、そうさな、“大公摂政”の地位に就く。自分と自分で権威権力を独占し、二人の子供が王位を継ぐ。これにて“国盗り”は完了だ」
「下剋上、ここに成るってことか」
道のりはまだ遠いが、十分可能であるとの説得力もあった。
まさか、魔王が仕掛けたアイク暗殺という一手を逆手に取り、まんまと国を乗っ取る計画にまでつなげてしまうとは、開いた口が塞がらぬほどの衝撃であった。
「さて、そうと決まれば、早速ヒサコの妊娠を偽装せねばな。それと同時に、帝国をさらに攻め立て、出産まで帰国しなくてよい時間稼ぎをせねばならんな」
「敵地で妊婦が大暴れって、それってあれじゃん。あなたの国に大昔いたって言う、神功皇后みたいじゃない」
「おお、それもそうだな。それは縁起が良い。何しろ、その際に生まれ出た赤子は後の第十五代・応神天皇、すなわち武神“弓矢八幡大菩薩”であるからな!」
武家の神である八幡様の伝説になぞらえることに、ヒーサはいたく気に入った。手を叩いて大はしゃぎであり、とても外道な策を実行に移す者とは思えないほどであった。
「なら、気を付ける事ね。八幡大菩薩の父である第十四代・仲哀天皇は神の言葉を疑い、指示に従わなかったために死を賜ったのよ」
「おお、怖い怖い。恐ろし気な神のからの託宣であるな!」
女神の忠告など意に介さずとばかりに、ヒーサは大笑いで応じた。
本当にこいつを止められる奴はいないのかと、テアはますます頭が痛くなってくるのを感じていた。
~ 第九話に続く ~
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