第七話 急報! もたらされた意外過ぎる伝令!
ヒサコは実にご満悦と言った風に、届けられた荷馬車を眺めていた。出かけるときにはほぼ空であるのに、戻ってくる際には荷物が満載。
各集落を襲っては食料を強奪し、それらが馬車に詰め込まれて戻ってくるのだ。
また、もう一つの荷物が、帝国住民の“左耳”であった。どれだけ亜人や獣人を殺したか、それによって褒賞を出すと約しているため、帝国領の村人はほぼほぼ皆殺しにされていた。
ズルして戦果を水増ししないように、左耳のみに限定しているがそれでもかなりの量だ。
律義な部隊は百人分単位で袋詰めにして、ヒサコの所にまで運んでいたが、血の滴る袋を差し出しながら、にこやかに状況報告する様は異様としか思えなかった。
そして、その耳の数を数えているのが、これまた亜人であった。
ヒサコは麾下の部隊に村を襲わせる際には、皆殺しではなく、一部を生け捕りにして、捕虜を得るようにしていた。
情報の獲得と言う意味もあったが、それよりも耳を数える作業をやらせるためだ。
他にも荷運びの手伝いなど、労役の役割を充てていた。
「はいはい、一つずつ丁寧に数えましょうね~。その一つ一つが、あなた方の同胞がかつて生きていたという証なのですから。数え損じはその否定に繋がりかねません。さあ、しっかり数えるのです」
そう言って、ヒサコは剣をチラつかせながら脅し、耳を数える作業に無理やり従わせていた。言葉の意味は理解できないであろうが、チラつく剣を見れば、自分達がどうなるのかも理解できるというものだ。
逆らえばその場で死刑。殺され、左耳が切り落とされ、新たに一枚加わるだけだ。
逃げ出せはこれまた死刑。追い回され、背中を突き立てられ、これまた新たな一枚の耳が山に加わるだけだ。
さぼっていると判断されただけでも死刑。手を休める事は許されず、ただひたすらに数えさせられた。
一心不乱に数え、なまりの強い言葉で監督官である兵士に報告し、僅かばかりの水と食料が与えられ、また作業に戻っていく。
ひたすらこれを繰り返しており、ヒサコはそれを満足そうに眺めているのだ。
血と死臭が鼻に突き刺さり、死肉に群がる羽虫がこれでもかと飛び交う。数え終わった耳は穴を掘って埋められ、土を被せられておしまい。
そんな土まんじゅうがいくつも出来上がり、せめてもの墓標にと、曲がったりして使い物にならなくなった剣を突き刺していた。
これらの光景はヒサコの視界からヒーサの意識に飛び、そこからテアも情報として共有していた。
「これじゃどっちが魔王軍だか、分かんないわよ!」
これがテアの漏らした率直な感想であった。
なにしろ、やっていることと言えば、平和な村(ただし住人は亜人)に襲い掛かり、皆殺しの上で財貨や糧秣を分捕り、数少ない生き残りも強制労働で逆らえば即処刑。
これが“聖女”に率いられた正義の人間軍団であり、“魔王”の旗の下にいる悪の亜人軍団への、当然の行動なのであった。
「いや~、大漁大漁♪ 結構な量の糧秣が手に入ったわね。やっぱり現地調達って楽でいいわ」
積み上がる食料の山を見て、ヒサコはご満悦であった。これを期待して、王国から運んできた物資は食料よりも矢弾や玉薬などの戦闘用の備品を多めにしてきたので、食料を現地調達できるのは非常に助かっていた。
「サーム、後方には物資の補給も、武器多めでいいからって言っておいてね」
「は、はぁ、畏まりました」
まだ戦闘らしい戦闘は起こっていないが、それでも反撃される危険はあるので、物資の備蓄はなるべく進めておきたいところであった。
「しかし、ヒサコ様、よろしいのですか?」
「なにかしら?」
「ここまでド派手に行動してしまいますと、相手方との和平の際に支障が」
「んなもん、考えなくていいわよ。サーム、これは人間相手の戦争じゃなくて、“邪悪”な亜人との種族と種族の生存競争なの! 人の世界を脅かす魔王を名乗る皇帝に対する戦い、そう、これは“聖戦”なのよ! 邪悪な亜人を率いている魔王となんか、交渉云々なんてできるわけないでしょ。奪えるものは全部奪う。食料も、財貨も、命さえもね!」
反論を許さぬヒサコの強い口調に、将軍のサームはただただ従うよりなかった。
なにより、ヒサコの言葉は正論だからだ。確かに、目の前の光景は悲惨だ。
村々を焼き払い、住人を残らず根絶やしにし、奪える物は全部奪う。言葉だけ聞いても、それがいかに非道な行いかがわかるというものだ。
だが、それは全て正当化される。単なる略奪ではなく、武功として誇ってもよい。なぜなら、死んだのは例外なく、人に害成す“亜人”であるからだ。
言葉は最大の意思疎通の要素である。ネヴァ評議国の妖精族は見た目が割と人間に近い上に、なまりはあるが、主に商用の共通語と言うものが存在する。
一方、帝国はほんの一つまみの上位層を除けば、まず言葉が通じない。一応、言葉を話すだけの知能を有するが、それは部族や種族の言語であり、人間との対話を図れる共通語ではない。
ヒサコも一応、捕虜の言葉を耳にしているが、ほぼ聞き取れないでいた。赤ん坊の呻き声程度であり、身振り手振りとほんの僅かに聞き取れるいくつかの単語だけで、どうにか意思疎通ができるかどうか、というレベルだ。
意思疎通ができない。
醜美の観点から“愛玩”にもならない。
支配し、長期にわたって使役することも考えていない。
ならば、答えは二つ。処分するか、使い潰すか、そのいずれかしかないのだ。
そんな目を背けたくなる光景の中、ヒサコのところへ騎馬の集団が駆け込んできた。
「ヒサコ様、ただいま戻りました!」
威勢の良い掛け声とともにやって来たのだ、将軍のアルベールであった。
アルベールはアーソ出身の軍人であり、数年前の帝国側からの攻撃の際には父親が戦死を遂げており、今回の逆侵攻において最も燃えている人物の一人であった。
ヒサコが提案した“騎行戦術”にも熱心な賛成を示しており、自らも部隊を率いて各方面を荒らし回っていた。
「無事の帰還、何よりです、アルベール殿。して、首尾の方はいかがですか?」
後ろの荷馬車の列を見れば、聞くまでもない事であるが、自分の口ではっきりと戦果報告をして、それをきっちり記憶してくれている上司がいるのは、いつの時代もありがたいことだ。
アルベールもヒサコの問いかけに対して、胸を張って答えた。
「そこそこ大きめの街を見つけまして、千体ほど討ち取ってきました。まあ、ろくに防備もなされておりませんでしたので、すんなり片付きましたが、全員討ち取るつもりが、人手不足で一割ほど取り逃がす結果になりまして」
「構いません。むしろ、好都合です。今、将兵は“邪悪”な亜人を次々に討ち取り、士気は天に届かんほどに高まっています。その逃げた者共も、おそらくは安全を求めて宿営地に向かうでしょう。しびれを切らして突っ込んできてくれたらば、それはそれで重畳。攻城戦では少し心もとないですが、野戦となれば対処は可能です。銃列と槍衾の餌食にして差し上げればよい」
「仰る通りです!」
「アルベール、今後もその働きに期待していますよ。フフッ、皇帝の歯ぎしりする顔が思い浮かぶというものです」
良く働く者にはその労をねぎらい、称賛し、褒賞を与える。正当な働きには名誉と俸禄によって報いるのが上に立つ者の務めである。
それを理解すればこそ、ヒサコはアルベールをよく讃えた。若いながらもよく部隊を統率し、しっかりと手柄を立てている。
アーソで手に入れた人材では、妹のルルと同様、実に有用な拾い物であったと感じた。
「そろそろ物資の集積もいい頃合いですし、宿営地を小突いて、反応を見る頃合いかもしれませんね」
「おお、ではいよいよ本格的な決戦に!?」
アルベールとしては待ちに待った瞬間であった。
周辺の村々を襲い、亜人狩りを行うのも悪い気分ではなかったが、やはり騎士の誉れは戦場で剣を交えて勝ち取るものだとの想いが強い。
決戦となれば、まさに槍働きにて、武功を上げる好機であった。
アルベールは目を輝かせて、ヒサコの指示を待った。
「すでに前線には、コルネス将軍に出てもらっています。ここと敵宿営地の中間点辺りまで進出し、敵の出方を探っていますが、まだ動いたとの報告なし。いい加減、お駄賃稼ぎも飽き飽きですし、ここらで大きく稼ぎましょう」
「はい! すぐにでも出立準備を整えます!」
「ええ、よろしく頼むわ。サーム、集積所の警備隊、輸送隊を除き、全軍、前に出ますよ。部隊の出立準備をなさい」
「ハッ! ただちに!」
サームとしても、騎行戦術によって村々を襲う作業より、戦場で暴れる事の方が良いと考え、ヒサコの指示に即座に従った。
両将軍は自分の指揮する部隊の方へ早足で向かい、あちこち指示を飛ばした。
その光景をニヤリと笑いながら、ヒサコは満足そうに頷いた。
(ああ、これは思った以上にいい感じで、事が進んでいるわね。皇帝も、カシンも不在。動きの鈍さがその証拠。どちらかが宿営地にやってくる前にできるだけ討ち取り、数の不利を埋めるとしましょう)
戦局が思っていた以上に順調に推移し、まずは序盤を制することはできそうだと、ヒサコは手ごたえを感じた。
「ヒサコ様! ヒサコ様ぁ~!」
ニヤついているヒサコに向かって、誰かが叫んできたので、慌てて真顔に戻した。
周囲を見回すと、伝令が一騎、慌てて駆け込んでくるのが視界に飛び込んできた。
不可解だったのは、前からではなく、後ろから、つまり、アーソの方角から駆け込んできたことだ。
前線の先にいる敵部隊が動いたのであれば、報告は前に出ているコルネスから届くはずだが、急使がやって来たのはアーソの方角からだ。
つまり、後方で早馬を飛ばすほどの何かが起こった、ということであり、気を引き締めねばならなかった。
「ここです! 何か急ぎの知らせですか!?」
ヒサコは手を振り、使い番に分かる様に手を振った。
それに気付いた使い番は馬で慌てて駆け寄り、飛び降りて跪いた。
「ハァハァ、か、火急の知らせがあり、馬を飛ばして参りました!」
「ご苦労。それでその知らせとは?」
ヒサコは答えを待ち、使い番も乱れた息を整え、それを発した。
「アイク殿下がお亡くなりになられました!」
「……はい?」
それはあまりにも予想外過ぎる報告であった。
こうして、ヒサコとアイクの夫婦であった期間は、およそ一月にも満たぬ時間で終わりを告げることとなった。
~ 第八話に続く ~
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