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第六話  真の狙い!? 乱取はもののついでです!

 遥か彼方に存在するジルゴ帝国。

 その領域において、攻め込んだヒサコの軍勢は方々に散り、略奪をほしいままにしていた。

 村を襲い、住人を殺し、財貨を掠め、食料を奪い、次の獲物を求めて走り去る。まるでイナゴの大群が畑を食らい尽くすがごとくの所業であった。

 だが、それを指揮するヒサコに迷いはなく、それを操るヒーサもさも当然と言わんばかりの態度であった。

 それもまた、戦国の作法に他ならないからだ。


「それにあれよ、“制札せいさつ”がかかっておらなんだからな。乱取されても文句はあるまいて。備えておかぬ方が悪い」


「いや、それ、無理でしょ」


 ちなみに、“制札”とは、乱取らんどり避けの許可証のことである。合戦場に近い村や町は気の荒い兵士に襲われることがままあり、それを避けるための物だ。

 事前に大将に貢物をしてお目こぼしを願い出て、それが認められると、ここへの乱暴狼藉を禁ずるという“制札”が発行される。当然、兵士にしてみれば、制札がある場所を襲うことは君命に背くことになるので、引き下がるより他ない。

 ただ、これはあくまで貢物を差し出した側にのみ適応されるので、敵方の将が発行した制札のみでは意味を成さず、もう一方から襲われればそれまでである。

 しかも、敵対勢力と交渉しようものなら、取り消しの危険もあったため、村々はどちらの制札を貰おうか、かなり悩むこととなる。

 おまけに、現地の指揮官が入れ替わってしまえば、制札はもう一度発行してもらわねばならず、これにもまた費用が掛かった。

 生き延びるためには仕方がないこととはいえ、制札の許可を取る“礼銭れいせん”は、戦国武将の秘めたる収入源となっていた。


信長うつけめはこれに目を付けてな。よい金になるからと、制札は必ず自分名義のそれを発行して、押し付けておったのよ。特に斑鳩いかるがの法隆寺に制札を売り付けたときには、七百貫文をふんだくりおった悪い奴でな」


「いやいやいやいやいや」


 現在進行形で略奪に勤しんでいる者の言葉とは思えず、テアはどう返すべきか迷った。

 まるで呼吸でもするかのように、奪い去るのが戦国の作法だと思い知らされた。それこそがまさに生業だと言わんばかりの態度であった。


「でも、なんでいきなり略奪なのよ!? 合戦は!?」


「宿営地に攻め込むなど、愚の骨頂よ。数が多い上に、防衛設備も整っておるのだ。いかに装備でこちらが上回っているとはいえ、それは危険だ。よって、探りを入れつつ、敵を誘引しているというわけだ。略奪を行っているのも、足の速い騎兵のみを先行させているからな。本体は連絡の取りやすい場所、合戦に適した場所に配備済みだ」


「地形の把握は済んでるってことか」


「当然だ。そのための斥候だからな」


 敵地での偵察は危険を伴うが、地理的知識も持たずに突っ込む方がより危険だ。なにしろ、偵察部隊が捕捉されたとしても、その小隊のみがやられるだけだが、軍団で進んで危地に陥れば、その軍団に被害が出てしまう。被害は雲泥の差である。

 事前の地形把握や道案内の確保など、合戦前の下準備としては当然の対応であった。


「それに何より重要なのはまとめ役、指揮官がいるかどうか、それを調べるためでもある」


「乱取はどちらかと言うとついでで、本命は大物見おおものみの方ですか」


「そういうことだ。士気の向上や糧食の確保も重要であるが、最大の関心事は敵が“烏合の衆”か“軍勢”なのかを見極める事」


 帝国側が有利な点は数が多い事。敵に対して数的優勢を確保するのは軍事上の常識であり、この点では兵員確保に熱心な帝国側の姿勢は正しいと言える。

 だが、同時に弱点も抱えている。それはその数的優勢を活かすための土台が存在しないことだ。

 帝国は基本的に亜人や獣人達の集合体であり、元々まとまりを欠いた集団である。部族、種族単位で抗争を繰り広げ、戦に勝っては他部族を支配下に置き、農奴なり奴隷なりにして使役するのが常だ。

 戦いの結果一つで、主従や同盟相手などがコロコロ変わり、結束とは純粋なまでの力関係によって生み出されていた。

 それゆえに、それらをすべて統括する皇帝は滅多に現れず、基本的には空位なのだ。

 しかし、今は皇帝を名乗る存在が現れ、それを認めるからこそ参集に応じているのである。

 つまり、皇帝の旗の下ではバラバラではなく、ひとまとめになっていると考えてよかった。


「だが、動きが鈍い。宿営地から出撃の傾向が見られない。ということは、皇帝はまだ後方で兵員集めに勤しんでおり、それどころかカシン=コジまで不在の可能性が高い。あやつも軍勢を維持するための兵站確保などで忙しいのであろう」


「軍隊を動かすのって、色々と大変だからね~」


「そういうことだ。一万の軍勢を動かす権利を持つ指揮官は、一万の軍勢を維持するための武器や食料を集めた者だけだ。そここそ、帝国側の弱点だ。数が多いだけで勝てるのであれば、世界はもっと単純だろうよ」


 桶狭間、厳島、川越、木崎原、圧倒的な数的優位をひっくり返された戦を例に上げれば、枚挙にいとまがない。

 同時にそれをひっくり返された理由が存在する。

 勝ちに不思議な勝ちはあれど、負けに不思議な負けはない。それぞれには必ず弱点や理由があり、それをまんまと突かれただけの話だ。


「敵の方が数が多い分、組織立って動かれると厳しい、というわけですか」


「だが、敵の動きを見るに、反応があまりにも鈍すぎる。今現在、宿営地に駐留している兵数の半分で出撃されれば、数でこちらを圧倒できるというのに、出撃はなしときた」


「結局はまとまりのない集団、つまり“烏合の衆”」


「形の上では、皇帝の旗の下に集っている。だが、普段からしてまとまりのない連中であるからこそ、身動きが取れない。指示を出す者がいない上に、戦略的な物の見方をできる者もいない。これでどうやって負けろというのかな?」


 ヒーサはニヤリと笑った。単純に略奪を行って外道な欲望を満たしているのかと思いきや、ちゃんと計算の上で兵を動かしていたのだ。


「物資を矢弾や玉薬を多めにして、兵糧を少なめにしておいたが、これで程よく調整がついたな」


「現地調達、凄いですね」


「だろ? まあ、全部自前で賄えるのが一番なのだが、なにしろ全てが急であったからな。皇帝即位は完全に計算外であった。おかげで、こちらは準備不足。ままならぬ事も多い」


 魔王を名乗る皇帝の登場は、さすがの戦国の梟雄を以てしても予想の範囲外であった。

 まだ、対魔王用の戦術が練られていない以上、数によるゴリ押しが最善であると信じていた。


「ああ、昔を思い出すなぁ~。剣術自慢のバカ将軍を、兵に取り囲ませて始末してやった事を」


「えっと、たしか、足利義輝だっけ?」


「おお、そうとも。素直に上座でお飾りになっておればよいものの、無駄に幕府の失地回復を狙ってこちらに口うるさく注文を付けてきた、空気の読めぬ愚か者よ。まあ、剣の腕前は本物であったし、名刀を惜しげもなく振り回し、こちらも手酷くやられた」


「で、皇帝、魔王もそれでいく、と」


「情報が少なすぎるのが難点だ。そもそも、人間と魔王とでは対処法が異なるのは当然として、今回の戦はあくまで大物見。敵情視察だ」


 なにしろ、ヒーサの手元には、皇帝の情報が全くと言っていい程に存在しないのだ。

 ならば、敵から直接聞くのが一番であった。

 略奪によって反応を見て、情報を割り出す。

 同時に敵兵を捕縛して、拷問にかけて情報を吐き出させる。

 敵領を荒らしまわって物資を奪うのも重要であったが、それ以上に重要なのはやはり情報の入手だ。


「いずれ魔王の情報を丸裸にしてやるわ。その時こそ、真の決戦となろう」


「乱取で阿鼻叫喚の地獄を作っていながら、平然としていられるのは凄いわ」


「ああ、地獄になっているのは帝国領であって、王国側ではないからな。統治する気のない土地がいくらあれようが、知った事ではないし、あるいは土地を手に入れたらば、入植させるのも手だ。それならば、以前の住民は邪魔だし、消してしまうのも丁度良い。亜人との共存が望めぬのならば、きれいさっぱり滅ぼしてやるのが、双方のためだ」


「一方的な略奪をしといて、よくもまあ」


「一方的? 数年前に、アーソの地を亜人共が襲撃してきたではないか。やられたのであれば、やり返されても文句は言えない。結局のところ、理解し合えぬ同士、どちらかが滅ぶまでは続くと言う事だ。それにだ。英雄と魔王、不倶戴天の敵同士を生み出し、遊戯盤の上で戦いを興じさせる、これこそ神の望んだ世界そのものではないか」


 その一言はテアにとってグサリとくる一言であった。

 この世界での出来事は、あくまでも自分が見習いを卒業し、神になるための通過点でしかない。問題にどう向き合い、思考して、対処していくのかを見るための試験会場でしかないのだ。

 不測の事態が起こってこそ、その存在の本性や実力が呼び覚まされると言っても過言ではなく、今の状況はまさにそれであった。

 テアの場合は、約束通りに英雄ひさひでに丸投げを選び、あくまで“見”に回っている状態だ。

 これがどう評価されるのかは未知数であるが、それで魔王が倒せるのであればそれでいい。例え、この世界の住人が略奪されようが、この世界の内側で完結されることであり、世界の外に飛び出せる神であるならば、それこそ地上を這うアリの蠢き以下の事象でしかない。


「まあ、こちらも仕事はきっちりこなすし、なにより負けるのは嫌いでな。魔王とやらは始末して、さっさとのんびり茶を興じたいのだよ」


「あ~、はいはい。そう言って励んでくれると、こっちとしてもいいわね」


「さっさと出て来い、バカ皇帝。今は将なき兵を討ち、次に兵なき将を討つのみよ。いかに個人の武技が凄かろうとも、数で押し潰してやるまでよ」


 だが、この時、ヒーサは読み違え、同時に気付いていなかった。

 これから倒す皇帝は、かつて殺した剣豪将軍であり、そして、その時とは比べ物にならないほどに強力な存在になっていることを。

 そして、見落としていた。後ろから迫る黒い影の存在にも。



             ~ 第六話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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