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第二十二話  明かされる真相! そして、女神はブチぎれる! 

 突如として爆炎に包まれた森の一角。開けようとした箱に爆薬が仕込まれており、鍵が開いた瞬間にそれが大爆発したのだ。

 箱の近くにいたのはヒーサの専属侍女リリンと、報酬を餌に雇い入れた外法者アウトロー達、合計で六名だ。全員が爆発に巻き込まれ、森に響く轟音と共に爆風で吹っ飛ばされた。


(初めからこれを狙っていた!?)


 少し離れたところにいたテアは、突然の爆発に驚きつつ、恐怖に背筋を震わせた。

 なにしろ、すぐ横にいるヒサコはすでにる気満々で、手には細剣レイピアが握られていた。殺し損ねた相手に、確実にとどめを刺す気のようだ。

 笑っている。口が吊り上がるほどの会心の笑みだ。まんまとはまってくれた相手への侮蔑か、あるいは自身への称賛か、とにかく楽しそうに笑っていた。


「はいはい、出荷作業~♪」


 そして、ヒサコは駆けだした。地面に伏して呻き声を上げる哀れな男達に向かって。

 細剣レイピアは切るのに不向きな刺突用の剣だ。ゆえに、突いて、突いて、突きまくった。

 ヨロヨロと起き上がろうとする者には、首筋めがけてグサッと一刺し。突いて素早く引き抜くと、鮮血が噴き出して、バタリと倒れて絶命。

 仰向けに息絶え絶えの者には腹に突き入れた。刺して、抉って、引っこ抜き、もう一度刺して、念入りにとどめを刺した。

 まともに動ける者などいるわけがない。なにしろ、目の前で突如として火薬が爆発したのだ。目が、あるいは耳が、もしくは頭が、確実にやられており、まともな対処などできようはずがなかった。

 ヒサコは女であり、いくら技術を持っていようと、荒くれ者五人を相手にするのには、いくら何でも分が悪すぎる。それゆえの“仕掛け爆弾”という奇襲策を用いたのだ。

 奇襲とは、相手の思考の死角を突く行為の総称である。今回の場合は、「お金と思って開けてみたら、実は爆弾でした」という予想外の一撃を加えられたことによる奇襲であった。


「はいはい、皆さん、さようなら。さあ、三途の川の渡し賃はお渡ししましたので、心置きなく、あの世へ旅立ってくださいまし」


 ヒサコの“出荷作業”は続いた。息のある者にはきっちりとどめを刺し、そして、とうとう外法者アウトローも最後の一人となった。

 その一人は木を背にしてへたり込んでおり、もう抵抗する気力もなかった。なにより、付近で爆発したせいか、顔の半分がひどい損傷をうけており、どのみち助かりそうもなかった。


「ど、どうしてこんなことに・・・」


 男は呻き、そして、泣いた。

 かつて男達は罪を犯した。それゆえに領主の怒りを買い、外法者アウトローとして生きていくより他なかった。森の中で隠れるように生き、たまに街道を行く旅人や行商を襲っては、どうにか生きていく糧を得ていた。

 本当なら、そんなことはしたくはなかった。できるなら、元の生活に戻りたかった。だが、外法の身の上ではそれは叶わず、無為に時間を過ごしては怯えて暮らす日々を続けていた。

 それが変わったのは、森で少女に出会ってからだ。少女は貴族の令嬢で、仕事を手伝ってくれたら、外法を解除するよう掛け合ってくれると約束してくれた。だから、その話に飛びついた。

 貴族の暗殺などと大それた話ではあったが、もう隠れ潜む生活にうんざりしていたから、とにかく悪魔とでも握手する道を選んだ。

 結果は大成功であった。少女の指示通りに動き、毒キノコの採取から落石に見せかけての事故、全部成功させた。

 そして、少女は約束通り、報酬として大金と外法を解除する書類を持ってきてくれた。

 これでようやく人間に戻れる。仲間達と抱き合って喜んだ。

 だが、それもすべて台無しになった。少女はそう、正真正銘の悪魔だったのだ。

 仲間は全員殺された。揺らめく炎の中を死神とも悪魔とも見える少女が、仲間を次々とあの世へと旅立たせていった。死人に口なし、二箱目の“口止め料”はまさにそのものであった。

 そして、とうとう自分の番がやって来た。悪魔のごとき娘が、とうとう目の前にやってきたのだ。

 少し焼け焦げた衣服と、返り血、あるいは跳ねた泥濘で薄汚れているが、貴族の令嬢に相応しい美しい娘だ。似つかわしくないのは、可憐な少女の身に宿る、歪んだ魂のみであった。


「あなたで最後よ。何か最後にお喋りでもする? 大好きなんでしょ、かわいこちゃんとのお喋りは」


 最初に出会ったときに、そう答えたのは覚えていた。だが、今は恐怖しかない。目の前の娘は、貴族令嬢の姿を借りた化け物だと知ったからだ。


「なんなんだ、これは。俺は悪い夢でも見ているのか?」


 ろくでもない連中だが、一応徒党を組んでどうにかやってきた仲間がいた。今はすでに死んでいる。念入りに何度も何度も刺突され、息絶えていた。

 爆発の影響か、男の思考はグラグラに揺れており、もうぼやくことしかできなかった。


「人間五十年~、化天の内をくらぶれば~、夢幻のごとくなり~」


 なんとなしに脳裏に浮かんだ一節を口ずさみつつ、ヒサコはプスッと男の心臓を一刺しにした。

 少しばかりの痙攣の後、男はそのまま地面に倒れ、そのまま動かなくなった。


「人の世の五十年間は天界の時間と比すれば、夢幻のように儚いもの。あなたは・・・、あなた達は満足できる生だったかしら? 違うわよね。満足できないからこそ、人は何かを求め、もがき苦しむ。求める何かを見つけれたとしても、それを手にすることができた人間はいったいどれほどいるのかしらね。フフッ、夢破れし敗北者の皆々様、来世とやらがあれば、次はいい世界に生れ落ちるといいわね」


 ヒサコは目の前の男をもう一度刺して確実に死んだことを確認した後、踵を返して“最後の一人”に向かって歩き出した。

 そう、一人の例外もなく、ヒサコの姿を見た者はあの世に送り出さねばならない。ヒサコの存在は欠片であろうとも、まだ世に出していい情報ではないからだ。まして、暗殺劇の舞台裏で暴れ回っていたなど、残していい情報ではない。つながりは全て断っておかねばならない。

 最後の一人リリンはぐったりとした姿で倒れており、すでに途切れかけている呼吸が、生の終わりを告げようとしていた。

 側には先にテアが寄り添っていたが、彼女には何もできない。治療を施そうにも、術が封印されているので、傷を癒してやることができないのだ。

 リリンは運悪く爆発した箱の破片が腹部を直撃、深々と突き刺さっていたのだ。ドクドクと血が流れ落ち、とてもではないが治療はできない状態であった。


(輸血の技術か、治癒の術式が使えれば・・・)


 テアはそう思いつつも、人の生き死にに直接介入することは制限がかけられており、仮にできたとしても減点対象となるだろう。

 徐々に弱っていく後輩の侍女に何もできぬままでいると、そこにヒサコが現れた。

 ヒサコはリリンの上体を起こし、抱きかかえた。


「な、んで、う、ええ、痛い、痛いよぉ・・・」


 ヒサコの耳に入るリリンの声は弱々しく、いつ死んでもおかしくないほどであった。当然だが、すでに血が足りなくなってきており、じきに失血死することは明白であった。

 ヒサコは天上を見上げて焦点の定まらぬ視線を手で覆い隠し、そして、念じた。

 それはすぐに結果となって現れた。そう、ヒサコの姿がヒーサへと変じたのだ。


「礼を言うよ、リリン。これで知っておきたかった最後の“動作確認”をやれた。なるほど、たとえ密着状態であろうとも、視界さえ遮っておけば変身は可能、と」


 ヒーサは手を退け、その姿をリリンに晒した。

 ぼやけつつあるリリンの視界いっぱいに現れたのは、愛してやまない若き公爵にして、自分の支配者であるヒーサであった。

 リリンは嬉しかった。最後に愛する人の腕に抱かれたから。

 そして、リリンは絶望した。自分を殺したのがその人だったから。

 前にも見た瞳だ。何の感情もなく、ただ見つめてくるだけ。温かみも何もない、ただ見ているだけの目だ。最初にヒーサに抱かれた時も、そんな目をしていた。

 そして、ヒーサは言った。それも私であり、普段もまた私である。どちらの私も受け入れてほしいと。

 だから、リリンはどちらも受け入れて、ヒーサもまた自分を受け止めてくれた・・・、はずだった。

 だが、現実は違う。ヒーサは結局、リリンのことをなんとも思っていなかったのだ。


「な、んあ、んで・・・、なんで、げほぉ、どうして・・・」


「なんのことはない。火中の栗を拾おうとしてしくじった、ただそれだけだよ」


 リリンは目の前の主君のために役に立とうと必死であった。だが、それも叶わぬことであった。もう死ぬのは分かっている。

 そして、気付いてしまった。自分が役に立たないからと切り捨てられたことを。


「さ、最後に教えてくだ・・・さい。ヒー、サ様にとっての、私とは・・・なんでしたか?」


「人形」


 何の抑揚もなく告げられた言葉は、含意の多い回答であった。明確な意思を持たぬ者の呼び名か、操られている者のことか、それとも床の上の人型枕のことか、その真意は分からない。

 だが、これだけは確かであった。目の前の男は、自分のことなどなんとも思っていない。この何の感情も浮かべていない顔こそが、自分に向けられた素顔だと認識した。

 そして、リリンはもう泣くことすらせずに、深い闇の中に意識を落として、動かなくなった。愛する男に何もできず、何もさせてもらえず、何かをしてもらうでもなく、ただ一つの人形として使い潰され、死んだ。

 ヒーサは抱いている少女が動かなくなったのを確認すると、先程まで使用していた細剣レイピアをリリンに握らせた。

 さらに近くに落ちていた短剣を拾い上げると、リリンに突き刺さっていた箱の破片を引き抜き、代わりに短剣を突き刺した。たっぷりと血が塗りこめられてから刃を引っこ抜き、近くに倒れていた男の手元にそれを置いた。


「さて、これで何かしらの揉め事にて切り合い、相果てたという感じに見えるな」


「偽装工作……ですって!?」


 ヒーサはどこまでも冷静であった。なにもかもが計算ずくであった。最初からこれを狙っていたのだと、全部を見届けたテアは確信し、淡々と作業をこなすヒーサに寒気を覚えた。


「女神よ、なかなか派手な花火であったろう? あれはな、燧石銃フリントロックガンのからくりを応用して作っておいた。鍵を回すと、中の燧石ひうちいしが動いてボン、となるようにな」


「そんなことはどうでもいい! あんた、リリンのこと、どうなのよ!?」


「人形がつぶれた程度で、ワシが涙を流すとでも?」


 そう、この男は涙を流すことはない。

 無論、流した方が利する場面であれば、涙の一つも見せるだろうが、今はその時ではない。

 結局、リリンは散々弄ばれた挙句、最後は偽装工作のための人形として、使い潰されたというわけであった。

 そこには一切の感情はない。必要か不必要か、ただそれだけの判断だ。


「ヒサコの情報を秘するためとはいえ、ここまでする必要ある!?」


「あるからやったのだぞ。ヒサコにつながる情報は全て消しておかねばならない。あくまで、正体不明の誰かが情報収集や工作を行っていた、という状況を作り出すためにな。公爵としての地位を確たるものとし、“妹”をでっち上げるまではな。それ以前の情報は消しておかねばな」


 どこまでも合理的。どこまでも冷徹。戦国の梟雄がここまでの存在とは、テアの予想を遥かに超えていた。


「まあ、お前がリリンに対してどの程度の感情を抱いているかは知らんが、ワシも一応気にはかけておいたのだぞ。特別に生き残る道筋も用意していたのだからな」


「道筋・・・、まさか、あのとき私にリリンへ何度も念押しさせたのは」


「ああ。あそこで踏みとどまっていれば、“抱き枕”として生存を許されたのだ」


 あくまで表で侍女、裏で情婦として飼う、そういう腹積もりだということだ。


「それに先程、箱の鍵が開かなかっただろう? あそこで鍵開けを男共に交代させ、自身はササッと箱から離れれば助かった。女神よ、お前がなんとなしに感づいたようにな」


 まさに指摘通りであった。テアはヒサコの口から“三つ目の箱”の言及があった段階で、強烈な違和感に襲われた。何か仕掛けてくる、そう感じたからこそヒサコにササッと寄り添ったのだ。

 もし、何かしらを仕掛けていたとしても、ヒサコの側なら安全だと考えたからだ。

 そして、リリンはその動きができなかった。


「だからって、殺すこともないでしょう!? あんなに必死になって、あなたのために働こうとしていたのに、それをあの世に向かって足蹴にするなんて!」


「どのみち、暗部に触れた段階で、あやつの命数は尽きていた。あの程度の機転を利かせられぬようでは、どのみち長くは生きられまいて。無能な働き者なんぞ、いない方がいい」


「あんた……!」


「この娘は私を欲していた。ならば、心も体も奪えばよかったのだ。己の力量すらわきまえずに高みを目指せば、いずれはコケたであろうな。それがたまたま第一歩目で踏み外したというだけの話だ」


 この言葉に、いよいよテアは感情を爆発させた。怒りだ。

 こいつを選んでしまった、という自分自身への怒りであり、同時に目の前の男のあまりに汚いやり方への怒りでもあった。

 鋭い視線で睨みつけ、そして、指さした。


「女神テアニンの名において座標を示す。ヒーサこと、松永久秀こそ、“魔王”なり、と!」


 女神の手により英傑が呼び出され、魔王を探す行程は、ここにきて大いなる変化が生じる。

 呼び出した英傑こそが、魔王の因子を持つものだと、女神自身が認定してしまったのだ。

 様々な感情の渦巻く中、梟雄と女神は相対することとなる。



          ~ 第二十三話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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