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第二十六話  一閃! 煌めく刀は全てを切り裂く! 

 ジルゴ帝国。

 そこは文字通りの意味での弱肉強食の世界である。

 帝国と銘打つものの、国としてのまとまりはないに等しく、百は超えるとも言われる数多の亜人、獣人が住まう国である。

 年がら年中、種族、部族で抗争を繰り返し、弱き者は強き者への従属を強いられ、搾取と圧政を受けることとなる。

 力こそ正義であり、大義とは勝利と同義である。いかなる理論も通用せず、ただただ戦いとそれによる勝敗によってのみ、物事が決まると言ってもよい。

 しかし、そんな帝国であるが、たった一つだけまとまる方法がある。

 それは“皇帝”の即位である。

 帝国を名乗るからにはその頂点に皇帝は存在するが、基本的には空位だ。

 力こそすべての帝国において、皇帝への即位とはすなわち最強の証であり、誰もが最強であると認めなければ皇帝になることは許されない。

 武力を以て数多種族を治め、己の実力を示した者のみ、皇帝を名乗ることが許されるのだ。

 そして今、その皇帝を名乗る男が一人。

 そこは草原のど真ん中であり、周囲には何もない。緑色の絨毯がなだらかな丘陵の果てまで続いており、そこに陣幕を張っていた。

 その内側、床几しょうぎに腰かける男が一人。亜人、獣人の国であるにも関わらず、その姿は人間であった。

 男は無言で机の上に置かれた地図を眺めていた。

 これから戦争が始まろうというのに、鎧兜は身に付けず、白無垢の直垂のみの軽装であった。

 年のころは三十前後と若く、白髪一つない長めの黒髪を無造作に束ねて背中に流していた。顔は少し丸みを帯びた柔和な雰囲気で、とても弱肉強食の世界を生き抜いてきた者とは思えない容貌であった。 


「陛下、参集に応じた北方の人狼族が目通りを願っております」


 部下の一人が跪いてそう報告すると、皇帝は地図を見るのを止め、ゆっくりと立ち上がった。

 ちなみに、部下は人ではない。人の体に牛の頭を乗せた姿をしている牛頭人ミノタウロスだ。

 なお、この牛頭人は怯えており、跪き、頭を垂れながら。ブルブル震えていた。それもそのはず。なにしろ、自分の部族がたったの二人の男に壊滅させられ、無理やり従属させられたからだ。

 その片割れが目の前の皇帝であり、その気分を害せば即座に首が飛ぶのだ。

 怖い、逃げたい、だがそんなことをしても無駄だ。一族郎党、皆殺しの目にあってしまう。

 目の前の皇帝よりも二回りは大きい体をしているが、勝てる気がしない。なにしろ、以前戦った時は自分を含めて百名以上の牛頭人ミノタウロスが一斉に襲い掛かったというのに、そのほとんどが切り殺され、自身も左の角と耳を失い、他にも体のあちこちに傷跡が残っている。

 今でもこうして目の前にいると、かつての傷が痛むと言うものだ。

 牛頭人ミノタウロスだけではない。他の部族もことごとく同じ目にあっており、いずれも皇帝に力にねじ伏せられ、従属を強いられていた。

 どう足掻こうとも勝てない。あまりにも強すぎる。それが皇帝に隷属する者達の共通認識だ。


「左様か。して、数は?」


「三百名ほどにございます」


「そうか。どれ、いかほどの屈強の戦士か、眺めてやろう」


 ああ、また新たな犠牲者が出るかと、牛頭人ミノタウロスは考えた。

 やって来たと言う北方の人狼族は気性が荒いことで有名だ。しかも、戦士としての矜持を人一倍持っており、どう足掻こうとも騒動は避けられない情勢であった。

 おそらく、彼らの視点では、“人間ごとき”に頭を下げる情けない獣人の面汚しとでも映るだろう。

 だが、それはこの皇帝の力を知らないから言えるのであって、見た後ではその態度も変わる。

 無論、生きていればの話であるが。

 などと牛頭人ミノタウロスが考えながら歩いていると、陣幕の外にはずらりと人狼族が並んでいた。さすがに屈強の戦士ばかりであり、その実力も容易に感じ取れるほどに気合がこもっていた。


「勇敢なる戦士諸君、我の参集に応じてくれたる事、感謝しよう」


 皇帝の声には警戒も威圧もない。声には一切の抑揚もなく、淡々と話しかけている。そういう感じであった。

 そこに、人狼族の中でもさらにガタイの良い者が前に進み出て来て、皇帝を睨み付けた。


「ケッ! 本当に人間じゃねえか! いつから帝国は人間が皇帝を名乗れるようになったんだ!? ええ、聞いてんのか、おい!」


 毛を逆立て、息が届きそうなほどに顔を近付け、その鋭い牙を見せ付けた。他の連れ合いも薄ら笑いを浮かべており、明らかに皇帝を軽く見ているようであった。

 しかし、皇帝は特段気にもかけず、平然としていた。


「狼よ、君は何か勘違いをしているようだな」


「何ぃ!?」


「この国においては、我は新顔の部類に入るのであろうな。だが、それもこれも関係ないのではないか? 力こそ絶対であり、勝者が全てをもぎ取る。そうではないか?」


「ほぉ~う、では、己こそが最強だと言い張るつもりか!?」


「そうでなければ、わざわざ皇帝など名乗らん」


 皇帝は帝国における最強の称号であり、圧倒的強者であるからこそ、皆の尊崇を集め、普段はバラバラの帝国をまとめ上げれるのだ。

 だが、現皇帝は即位して日が浅い。それどころか、それ以前の武辺話すらろくに広まっていない。

 そんな訳の分からない、しかも人間ごときに皇帝など名乗って欲しくないというのが、目の前の人狼族の総意であった。


「だったら試してやろうじゃねえか!」


 人狼の戦士は巨躯に似合わぬ軽やかなステップで後方に飛び、間合いを開けた。そして、背中に担いでいた大剣の柄を握り、留め金を外した。


「試すのは構わんが、死を覚悟したまえ。なにしろ、私は手加減が苦手なのだ」


「抜かせ! さっさと得物を手に取れ!」


 ここでいきなり斬りかからないのが、戦士としての矜持であった。真っ向から力でねじ伏せることを至上の悦びとし、強者との闘争こそ生きる意義であると思えばこそである。

 その心意気に皇帝は感じ入り、“愛刀”を手にして全力で応じる事とした。

 部下に持たせていた刀をそのまま鞘から抜き、そのまま直立して相対した。


「さあ、いつでも斬りかかってきたまえ」


「構えもなしとは、死角差し入れていたことだ。


「ば、かな」


「《秘剣・神集かすみ》。今、お前が掴んだのは幻影だ。巻き上がった砂煙が、丁度良い塩梅の目くらましになったな」


 幻影を作り出して空振りを誘い、横から突き入れる皇帝の必殺技だ。最初の一撃で決めるつもりであったが、勘の良さで見事に避けられてしまったため、硬直したフリをして第二撃目を繰り出したのだ。

 硬直したと勘違いし、まんまと幻影に攻撃させ、相手の死角に回り込み、そのまま脇を貫く一撃をお見舞いした。

 驚きと激痛で顔を歪める人狼の戦士であったが、なおも戦意は崩さず、握り拳を作って皇帝に向かって振り下ろした。

 皇帝は刺した刀を抜き、振り下ろされた拳をギリギリでかわし、そのまま腰を深くかがめた。


「さらばだ、勇敢なる戦士よ! 《秘剣・捨之太刀しゃのたち》!」


 皇帝は胴を薙ぎながら払い抜け、そのまま相手を脇腹の辺りで上下に斬り裂いた。

 断末魔を上げることなく人狼の戦士は崩れ落ち、血と臓物を大地にぶちまけた。

 呼吸の乱れもなく、それどころか白無垢の直垂は泥ハネや返り血もない奇麗なままだ。その白い姿こそ、圧倒的な強さの証であった。


「おのれぇ! よくも兄者を!」


 決闘を見守っていた者の一人が激高し、剣を抜いて斬りかかって来た。他にも槍や斧などを握り、皇帝に殺到した。


「ひぃ、ふぅ、みぃの、八人か。この者だけでも損失だというのに、困ったものだ」


 なにしろ、皇帝は戦争を粉うために戦力を集めているのだ。皇帝の名において参集をかけ、四方の諸部族に戦力を抽出させ、軍を編成し次第に王国へ攻め入るつもりでいた。

 ところが、やって来る部族は“コレ”ばかりである。

 力を見せねば皇帝とは認められず、力を見せれば参集した者の多くが死体となる。

 今斬り殺した戦士は間違いなく部族内では最強であろうし、迫ってくる戦士もまた申し分ない強さがありそうだ。

 それを斬らねばならないのは、戦力増強を図りたい皇帝には、困り事でしかなかった。


「《秘剣・まろばし》!」


 見ている者には、何が起こったのか分からなかった。ただ単に剣を握る皇帝が、襲い掛かる戦士の隊伍を、するりとすり抜けたようにしか見えなかったからだ。

 だが、そんな単純なものではない。なにしろ、斬りかかった八人全員が縦に、横に、あるいは斜めにと、真っ二つにされたからだ。


「斬撃は線だ。線を外せば当たらず、線に沿わば当たる。相手の線を外し、“転じて”返す。何人でかかってこようが同じことだ」


 ここでもまた涼しい顔で崩れ落ちた戦士の死体の山を眺め、そして、勇敢なる戦士への手向けとして一礼した。

 皇帝直々の礼であり、最上の敬意と受け取らねばならなかった。

 疑いようもない最強の男。残った二百数十名の人狼は、一人の例外もなく膝を付いて、皇帝への忠誠を誓った。


「ふむ。参集に感謝する。我が親征の際には、存分に働いてもらうぞ」


「「ハッ!」」


 惜しい戦士をまたしても殺してしまったが、それもまたこの国の慣わしであると割り切ることにした。

 だが、これで終わりではない。続々と集まる諸部族をまとめるためには、まだまだ力を示さなくてはならず、それは死体を積み上げることを意味していた。

 穏当な説得により戦力に組み込めるのであればよいのだが、この国での説得とは、決闘裁判と同義であり、勝った方が正しいと認められるのが常なのだ。

 ならば、惜しくはあるが斬らねばならない。

 皇帝は血の付いた愛刀を布で拭いながら、次の到着を待った。



            ~ 第二十七話に続く ~

 

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