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第二十五話  失せたる蜜月! 嫁は元気で留守がいい!?

 実質的に辺境伯権限を手にし、アーソの地に基盤を気付いたヒサコであったが、それで何もかもがうまくいくわけではない。

 むしろ、目の前に迫ってくる帝国の脅威を退けなければ、明日はないのだ。


「とまあ、御祝い事はそれまでにして、目の前の危機に対処しなくてはならないわ」


 この一言で浮かれ話とはおさらばし、戦に関することで頭を埋めていった。

 アイクと結婚してアーソ辺境伯の称号を実質代行できるようになり、ここからが勝負だ。

 ここで一気に名声や威勢を稼ぎ、敵に対する強力な壁とする。軍事においては言うに及ばず、精神的にも圧迫をかけることにより、国内の諸勢力への牽制を入れねばならなかった。

 なお、何にもまして怖いのは“ティース”からの刺客で、そちらへの牽制が最重要かもしれないと思う松永久秀ヒサコのなかみであった。


「皆さんも聞いての通り、国境を接するジルゴ帝国に皇帝が即位し、こちらを伺う姿勢を見せているわ。遠からず侵攻してくるのは疑いようもないことであるし、お兄様にも援護の要請をしてある。それに先立って、お兄様はこちらから仕掛け、先制攻撃を加えよと要請してきたわ」


「逆侵攻ですと!?」


 居並ぶ面々は当然ざわついた。敵戦力の数が数であるので防衛戦かと思いきや、攻撃を行えと指示してきたことへの驚きであった。

 ヒサコは“ヒーサから届いた”という手紙を披露し、皆もそれを回し読みした。

 だがこれは、“本物の偽手紙”であった。なにしろ、ヒーサとヒサコは同一人物であり、一々手紙のやり取りを必要としないのだ。

 本体は分身体を遠隔操作しているので、時間差タイムラグなしで情報を共有することができ、それこそスキル《投影》の最大の強みだとも考えていた。

 なにしろ、今現在、ヒーサはカウラ伯爵領の屋敷にて絶賛会議中であり、“ヒサコから届いた”と言う手紙を元に会議を進めている真っ最中であった。

 互いが互いの手紙を書いて届けたという体を取っており、裏事情を知らない者からすれば、兄妹間で極めて強固かつ正確な連携が取れていることの証にしか見えていなかった。


「防衛戦ならいざ知らず、逆侵攻をかけて大丈夫なのでしょうか? 数の上では明らかに不利ですぞ」


 危惧するのはコルネスであった。

 防衛戦の名手としては、構築された国境の防衛線を堅守し、敵兵を防ぐことに主眼を置いていた。国境を越えて侵攻するということはそうした防衛施設を使えない事を意味し、逆に数的有利な相手に対して、野戦や攻城戦を仕掛けることを意味していた。

 兵法の常道から見れば、明らかに無謀と言えることであった。


「その点は心配ないと思う。私はエルフの里に赴いた際、小鬼ゴブリン軍団を遭遇している。結構な数がいたけど、どいつもこいつも装備は貧弱。なまくらにボロを着込んだだけの雑魚よ。数の多さは油断できないけど、その数的有利は奇襲効果と戦術で補える」


「なるほど。防衛するかと思った相手が、いきなり攻め込んできたとなると、あちらさんは驚くでしょうな。しかも、全軍集結までにはまだ時間もありますし、ただ防衛線で待ち構えているよりかは、出鼻を挫いて、それから防衛に当たる。そういうわけですな?」


 このアルベールの問いかけに、ヒサコは頷いて応じた。

 アルベールとしては、数年前の小鬼ゴブリンの大侵攻で父が戦死しており、その弔いとばかりにやる気をみなぎらせていた。ヒサコとしてもその意気込みは嬉しく、大いに働いてもらうつもりでいた。


「それならば、いかほどの兵を出しましょうか?」


「兵力は五千、指揮官は私、三将には大隊を率いて参加してもらうわ」


 当然、その場の全員絶句した。

 ヒサコの言葉は、「全軍出します。軍の要の三人の将軍も出ます。指揮統率は私に任せてね」であるからして、いくらなんでも無茶苦茶だと言いたげな顔であった。


「ちょ、ちょっと待て、ヒサコ。お前が前線で指揮を執ると!?」


 珍しくアイクが口を挟んできた。だいたいこういう会議の席ではほぼ隅っこで置物になるのが常であり、最初と最後に挨拶やシメの言葉を出すだけの存在であった。

 だが、さすがに“新妻”を最前線、どころか蛮族だらけの敵地に突っ込ませるなど、とても容認できることではなかった。


「ご心配なく、殿下。勝って凱旋いたしますので」


「いや、だが、しかしだな」


「立場、というものがございます。そこをお考え下さい。政治的な理由、も含まれますが」


 落ち着かない夫を宥めつつ、ヒサコはその事情を聴きたい重臣達の方に向き直った。


「今更説明するまでもないことですが、私は“庶子”です。お兄様のご厚意で一門扱いとなっておりますが、その立場は非常に脆弱。“聖人”の称号を受けておりますが、それはあくまで《改革派リフォルマーズ》が勝手に認定し、教団本体の方とは無関係。実際、両者が対立した際に、教団本体からの聖人認定が取り消され、その逆張りとして《改革派リフォルマーズ》が認定したと言う流れですので」


 この話は国中で良く知られている話であった。アーソでの動乱の際、その解決にヒサコは八方手を尽くし、異端宗派《六星派シクスス》の策謀を打ち砕いた者として、一躍名声を得たのだ。

 その証としての聖人認定であったが、教団の分裂によって滅茶苦茶になってしまった。

 しかし、教団の思惑はともかくとして、立てた功績は本物(実際はマッチポンプ)であり、評判は国中に広がっていた。

 形式的にはまだであるが、実際には“聖女ヒサコ”の名は固まりつつあるのだ。


「ここでさらに王国への侵攻を目論む帝国軍を撃破したとなれば、私の名声も確固たるものとなります。教団がどう思っていようが、“民衆”は私のことを英雄、聖女として認めるでしょう」


「なるほど。民衆の支持を以て教団の権威に対抗し、突き上げようと言うのですな」


 実力を示し、それを認めさせる。それは道理だと、サームは納得した。


「もし、教団が意固地になって認めないと言うのであれば、それに反発する勢力もより大きくなります。これは改革を唱える宰相閣下や、あるいはヨハネス枢機卿にも助け舟となりましょう」


「ごもっともですな。聖人と認めれば、教団が庶子を認めたことになり、今後の国内情勢にも影響が出ましょう。扱いの低かった庶子についても議論がなされ、改革に弾みがつく。反対したらしたで大きな反発を生み、結果として改革志向の人々の後押しとなる、ですか。見事な見識です」


 主君であるジェイクの助力になるならばと、コルネスも賛意を示した。


「また、アーソは数年前の大侵攻で被害を受け、鬱憤も溜まっていましょうが、今回の逆侵攻でこれを晴らすこともできます。何より重要なのはアーソの武名を轟かせること! これによりご領主一家の名声も高め、より復権に近付くというものです」


「おお、まさに! 帝国の連中に目にもの見せてやりましょう!」


 アルベールからしても今から飛び出さんほどの勢いであった。

 父の仇討ちに主家の名誉回復、これほどの条件が整っているのであれば、乗らない手はなかった。

 三将の同意を得たので、ヒサコはポードに視線を向けた。なにしろ、全軍出撃となると、留守居は彼一人となるからだ。


「ヒサコ様のご見識は承りましたが、後方をがら空きにして大丈夫なのでしょうか?」


 ポードとしては当然の心配だった。

 なにしろ、五千といえば、アーソの兵力のほぼ全軍であり、残りのは治安維持の留守居の鎮護兵くらいになってしまう。もし敵襲があれば、ろくな防衛ができないままに失陥する恐れがあった。


「皇帝自ら率いるならともかく、今集まっているのは皇帝の武力に首を垂れた有象無象の雑魚ばかり。そんな馬鹿な連中が、迂回機動をとって後方を扼すとでも? 気を付けるのは、数年前の大侵攻で使われた山道を抜けての奇襲。あそこはそもそも道が狭いし、封鎖は終わっているから警戒さえしていれば問題ないわ。正面は侵攻軍わたしが暴れ回るから開けていても問題ないわ。防衛線の補強だけで十分」


 指揮官のいない軍隊など、山賊と何も変わらない。勝手気ままに動き、脅威にはならないと、ヒサコは断じた。


「あと重要なの補給。特に矢弾は絶対に絶やしちゃダメ。ポードに気を付けて欲しいのはそれ。数の不利を補えるのは装備の差で、それはすなわち銃の火力! 弾丸と玉薬がなきゃ、銃なんてただの鉄の棒切れだもの」


「心得ましてございます。その点はお任せください」


 ポードの回答に、ヒサコは満足して頷いた。

 そして、未だにオロオロしているアイクの方に歩み寄り、その手をしっかりと握った。


「殿下はなんの心配もいりません。まあ折角の新婚生活になろうかというのに、寝所に羽虫が飛んでいては、心地よく眠りにつけませんわ。安んじて、このヒサコめにお任せあれ、でございますわ」


「う、うむ。よろしく頼むぞ。なにしろ、私は軍事に関してはからっきしでな。すべてヒサコに任せる。諸将もヒサコの指示に従い、各々準備に勤しんでくれ」


「「「ハッ!」」」


 アイクの呼びかけに対して、居並ぶ面々も威勢よく応答した。

 新郎の方はからきし頼りにならないが、新婦の方の知略の冴えは見事であり、それを活かしきる豪胆さや行動力を兼ね備え、女であることを忘れてしまいそうになるほどであった。

 この人ならば問題ない、どこまでもついて行ける。そう諸将は感じ入るのであった。



           ~ 第二十六話に続く ~

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