第二十四話 変質! 辺境伯権限は下剋上の起爆剤!
「はい、それじゃあ、会議始めますね~」
一人の女性の声と共に、会議の開始が告げられた。
ここはアーソ辺境伯領の城にある一室で、その場には辺境伯領を運営する主だった顔触れが揃っていた。
上座に座しているのはヒサコ。シガラ公爵ヒーサの妹であり、一部では“聖女”と称えられている。並外れた知略の冴えを見せ、アーソでの騒乱の際には怪物退治で名を馳せ、黒衣の司祭リーベをヒーサやアスプリクと共に追い詰めるなど、その活躍は目覚ましい。
邪神を奉ずる異端派を討滅せし者、それゆえに“聖女”と称えられているのだ。
なお、大半の人間は知らないことだが、ヒサコとヒーサは同一人物であり、本体と分身体に分かれて活動していた。どちらがどちらかと言うことは状況次第で入れ替わっているが、今のヒサコは分身体であり、本体が遠隔操作で操っていた。
「皆、忙しい中、良く集まってくれた。今後のことでいくつか重要な事案がある。よろしく頼むぞ」
発言の主は第一王子のアイクであるが、彼は発言し終わったら部屋の隅へとそそくさと移動した。一応、このアーソの代官であり、権限上はこの地の管理運営を行っている責任者のだが、はっきり言ってお飾りであった。
政務に関してはヒサコが、軍務に関しては武官が取り仕切っており、アイクはそれぞれの部署から上がってくる決裁書に署名捺印をするだけであった。
頭は良いのだが芸術にしか興味がなく、しかも病弱であり、領地経営などまったくやる気がない。アイクがこうしてアーソにいる理由も、ヒサコがいる、この一点のみであった。
そんなお飾りの代官に代わり、領地経営の中枢をヒサコと共に担っているのが、目の前にいる四名だ。
まず、シガラ公爵家の武官であるサームだ。公爵軍の中枢を担ってきた人物であり、アーソの動乱においてもヒーサと共に兵を指揮し、活躍した。その後もアーソの地をとどまり、現地の統治と地元民との融和を図り、アーソの領民からの評判も高い。
次に現地出身の武官アルベールだ。若いながらも勇猛果敢な武人であり、その力量はヒーサも評価していた。ご当地出身ということで地理民情に詳しく、皆から頼られていた。
また、公爵領にいる術士ルルの兄でもあり、早く妹が戻って来れるようにと願い、功績を上げて妹の待遇をより良いものにしてもらおうと奮起していた。
次に王都から派遣されてきた武官コルネスだ。王国宰相ジェイクはアーソの防備を固めるべく、中央軍から精鋭を選り抜き、それをコルネスに任せて派遣してきたのだ。
選り抜かれただけあってかなりの練度を誇り、それを任されたコルネスも優秀だとヒサコは評価していた。訓練を通して感じたことは、コルネスはやや柔軟性に欠けるものの、指揮統率は手堅く、守勢においては無類の粘り強さを発揮していた。
また、コルネスが選ばれたのは、彼の妻がジェイクの妻であるクレミアに侍女として仕えている点もあった。クレミアはアーソの前領主カインの娘であり、相続上彼女が本来の領主となるはずであった。
しかし、クレミアは宰相夫人、ゆくゆくは王妃になる立場のため、最前線とも言うべきアーソの地に赴任するのは適当とは言い難いのであった。その代理としてジェイクの兄であるアイクが代官として派遣され、更にクレミアと妻を間に挟んで関係深いコルネスが選ばれたという側面もあった。
政務もこなせて攻守に均整の取れた万能型のサーム。
自ら突撃して敵陣を穿つ攻撃型のアルベール。
手堅い指揮で固める守備型のコルネス。
以上の三名が最前線の軍務を司り、『辺境の三将軍』と呼ばれた。
これに加えて、政務担当としてシガラ公爵領から派遣されてきた、ポードが行政官に任命されていた。
元は公爵家に仕える執事見習いであったが、ヒーサの行った行政改革、すなわち算盤の普及と複式簿記の導入を真っ先に覚えた人物の一人であり、その見識をアーソの地でも広めるようにと派遣されたのだ。
そのため、公爵領と同じく行政改革が行われ、そのままポードを主幹に据えた業務体系が構築され、現在に至っていた。
そして、“遠方にいる領主の代理の代行”という複雑な政治事情の下、ヒサコが全てを統括し、運営されているのが現在のアーソの情勢であった。
「さて、まず最初の案件なのだけれども、私とアイク殿下が正式に結婚することとなりました」
「それはおめでとうございます!」
「「おめでとうございます!」」
長年シガラ公爵家に仕えてきたサームが口火を切って祝辞を述べ、他もそれに続く形で祝いの言葉を述べた。前線と言う殺伐とした空気の中にあって、久々に聞く吉事であった。
「それで、王都からヨハネス枢機卿猊下が間もなくやって来られ、式を取り仕切ってくれるそうです。宰相閣下の取り計らいで」
このヒサコの発言を聞き、その場の全員はピンときた。恐ろしい程に裏のある政治的な理由に気付いたからだ。
現在、《五星教》は『教団大分裂』と称される分裂の時を迎えていた。王国全土の祭事を取り仕切り、また術士の管理運営を任されてきた教団であったが、ここ最近は特に腐敗が著しく、良識的な人間からは眉を顰める事案がいくつも発生していた。
これに対して、ヒーサは堂々と正面から対決姿勢を見せ、あろうことか“法王”を勝手に選出し、《改革派》を名乗ってシガラ教区を教団から切り離して、実質的に宗教的な独立を果たしたのだ。
当然、これに対し教団主流派は激怒し、取り潰そうと動いたのだが、昨今の教団の腐敗ぶりにうんざりしていた者も多かった。
それはヒーサの様相を越えており、《改革派》に同調する言動を見せる貴族が多く、また全面対決を望まぬ宰相ジェイクの必死の調停もあって、ギリギリではあるが内戦一歩手前で止まっていた。
そして、その行方を占うのが現在、教団総本山『星聖山』において行われている、次期法王を決める法王選挙であった。
法王は五名いる枢機卿の中から選ばれることになっており、教団幹部がこれに投票して決することになっていた。
最有力候補は筆頭枢機卿のロドリゲスであったが、シガラ公爵領に訪問した際に失態を演じ、その支持を落としていた。
一方で、ジェイクに推される形でヨハネスが立候補し、猛烈な勢いで指示を伸ばし、両者の支持率が大きく狭まってきていた。
ロドリゲスはシガラ公爵に対して恨み骨髄であり、もし法王になれば全面対決は避けられないとされていた。
一方のヨハネスは改革志向の持ち主であり、全面戦争を回避するための唯一の手段が、ヨハネスを法王に据えて《改革派》との会談に臨む事とされており、改革を受け入れてでも戦争は避けるべきと考える穏健派から支持を伸ばしていた。
両者共にあの手この手で支持者を増やそうと説得して回ったり、あるいは行動によって訴えかけたりと、票集めに奔走していた。
表はもちろんのこと、裏でも選挙活動や各種駆け引きが激しさをましており、今回のヨハネス訪問もその票集めの一環と言う訳だ。
もちろん、裏では“誠意”を込めた贈答品が右へ左へと動き回り、選挙の激しさを密かにではあるが感じさせていた。
そして、今回のヨハネスによる挙式強行も、全体への訴えが見え隠れしていた。
総本山からは挙式については反対されていたものの、「私の権限の内でやらせてもらう」とヨハネスは真っ向から突っぱね、挙式の責任者としてアーソに向かっていた。
全部で五人にいる枢機卿の内の一人は王宮に出仕して、王族王宮に関する神事祭事を取り仕切ることになっており、ヨハネスはその権限を以て、“第一王子”であるアイクの挙式を執り行うとした。
花嫁が絶賛対立中のシガラ公爵であろうとお構いなし。あくまで、自分の権限内でのことだと、総本山の勧告を無視した。
全面対決一歩手前のシガラ公爵の妹の挙式など、主流派からすればとんでもない話であったが、相手方との繋ぎ役として自分の立場を強調し、より鮮明に改革志向と対話路線を打ち出す、という政治的な意味合いも今回の結婚式には含まれていた。
「なんとも面倒なことですな。今少し穏やかな挙式とはいかなかったのでしょうか?」
サームとしては主家の姫君の結婚式であり、穏当に行かぬのかと嘆いた。情勢がそれを許さないことは重々承知していたが、それでもやはり口からは漏れ出てしまうのであった。
「まあ、やむを得ないでしょう。むしろ、正式な挙式が執り行えただけでも良しとせねば。そう言う意味では、ヨハネス枢機卿猊下には感謝ですな」
同じく公爵家に仕えるポードとしても、王家との婚姻は望むべきことであり、より強固な協力関係を築けたことを素直に喜んだ。
「今までは、なし崩し的に運営されてきたアーソの統治も、この婚儀を以て正式に施行されるわけですし、領民も喜ぶでしょう」
現地の事を何よりも考えるアルベールとしても、今回の婚儀は歓迎することであった。ヒサコの実力を知るからこそ、風雲急を告げるこの地を任せることができると考え、同時に自分もさらに精進せねばと決意を新たにした。
「ゆくゆくは宰相閣下のご子息がこの地に戻られますし、我らはその地ならし役というわけですな。帝国の侵攻を跳ね除け、我が国の安全を取り戻すため、張り切らねばなりませんな」
そう答えたのはコルネスであった。
いずれジェイクとクレミアの間に子を儲け、その子が新たな領主としてアーソの地に舞い戻る。これが皆の願いであり、それまでの代役を務めるのが、ヒサコとアイク、そして居並ぶ顔触れであった。
(ま、そんなことにはならないし、させないけどね)
そう心の中でほくそ笑むのは、ヒサコであった。
一度付与された土地の権利を手放すなど、“戦国武将”としては有り得ないのだ。室町幕府の力が応仁の乱以降急速に衰え、実力主義に傾倒し、荘園も知行も力づくの切り取り御免が罷り通ることとなった。
そして今、ヒサコは正式にアーソ辺境伯の権限の代行を委ねられ、一切を取り仕切る事となった。名義の上ではクレミアが領主であり、また正式な代官はアイクであるが、遠方地にいる領主と病弱な代官、これを操ってすべてを掻っ攫うなど、“松永久秀”にとっては手慣れたものであった。
(言ってしまえば、これは“家宰”になったようなもの。権限は最大限使わせてもらうからね)
家宰、とはかつての室町期の日ノ本に存在した役職で、大大名の家中において、その家を切り盛りしていた役職である。政務の統治者であり、家臣の代表であり、実質的には主君の代行者とも呼べるほどに巨大な権限が与えられていた。
ヒサコの中身である“松永久秀”は畿内十三ヵ国を納めた覇者三好長慶に仕え、家宰に就任していたことがあった。
その権限は絶大であり、主君に成り代わって数々の政務や他家との交渉に臨み、ついには大和国を実質統治するまでになった。
そして今、またしてもその役目が回って来たというわけだ。
ヒーサとヒサコは“一心別体”の状態であり、公爵と辺境伯という、本来ならば同時に就けない称号を同時に得たことになる。
なにかと美味しい辺境伯権限が存在し、それを夫名義で好き放題にできることは大きい。
免税特権、独立司法権、そして、戦争の自由。どれもこれも美味しい権限だ。
この特権に、公爵家からの無制限の援助が加わると、途端に化けるのだ。
もう誰も止められない。ただひたすらに膨張していくだけだ。
ようやくらしくなってきた。これぞ国盗りの醍醐味よと、ヒサコは心の中で喝采の声を上げた。
~ 第二十五話に続く ~
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