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第二十三話  逸脱! この際、兵法の常道は外してしまえ!

 エルフの食文化を取り入れる。一見、趣味や嗜好が全開のように見えて、きっちり戦の事も考えているのはさすがだと、一同が驚いていた。


「味噌は保存が利いて、水に溶かせば汁物スープになり、焼けばそのまま食べる事もできる。用途の広い万能の食材だ。これを大いに普及させるぞ」


 ヒーサの意志は固く、大戦の前にできる限り損産する旨を伝えた。


「差し当たって、アスティコスはアスプリクとシガラの屋敷に行ってくれ。そこで箸の作法や味噌作りを手掛けてもらう。二人でよろしく頼むぞ。屋敷の料理人は好きに使っていいし、執事や侍女頭に作法について教えておけば、あとは徐々に浸透していくだろう」


「分かりました。できる限り頑張らせていただきます」


 アスティコスとしては申し分ない職場であった。料理は得意であるし、箸の使い方を教えるくらいは造作もないことであった。

 何より重要なのは、姪のアスプリクと一緒に働けると言う事だ。他の事などどうでもいいが、姪と楽しく過ごすことだけが生き甲斐であり、同じ職場で働けて、かつ危険な仕事でないと言うことがこれ以上にない職場であった。


「そう言えば叔母上、母の日記から知ったんだけど、“トーフ”って物を食べてみたいのだが、それは作れるかな? ヒサコに頼んでいたのに、持ち帰りができなかったみたいなんだ」


「豆腐? あれも大豆が原材料だから作れるわ。まあ、豆腐は持ち運びには不向きだから。柔らかいから軽い振動で崩れるし、そもそも日持ちしないし、作ってすぐ食べないとダメよ」


「ああ、そうなのか。美味しい上に健康にもいいと日誌に書いていたから、兵糧にでも行けるかと思ったんだけど、それじゃ無理だね」


 アスプリクは残念そうにため息を吐いた。

 ヒーサとしても豆腐は好きだが、兵糧に不向きであるため増産するわけにはいかなかった。戦が近い分、そちらにリソースを割かねばならず、限りある資源や人手をどう有効活用して、兵糧等の物資生産に繋げるかを考えねばならなかった。

 だが、その時、ピンと閃きが走った。ルルを見て、あることに気付いたのだ。


「待て。保存に適した豆腐がある。“凍み豆腐”だ」


「初めて聞く名前の豆腐ですが?」


「え、あ、うむ、超古代文明の文献に載っていてな。なんでもその時代には豆腐を凍らせて食べていたのだそうだ。凍らせてしまうと中の水分が抜け、更に乾燥させるとガチガチになる。通常の豆腐とは比べ物にならない硬さだが、水で戻すと何とも言えない味と食感を楽しめる、のだそうだ。保存性も高いぞ」


 超古代文明などとデタラメを言いつつ、ヒーサは“凍み豆腐”の説明をした。

 ルルのような氷系の術式が使えるのであれば、密室を疑似的に冬にしてしまえると考え、それを思いついたのだ。


「あくまで余裕があれば、でよいぞ。優先するべきは味噌作りだ」


 折角エルフの職人が手に入ったと言うのに、今は楽しんでいる余裕がないというのが、ヒーサには残念で仕方がなかった。

 戦支度が最優先であり、そのための備蓄兵糧の増産こそ急務であるからだ。

 なにより、テアとティースの視線が痛かった。

 テアがポンとヒーサの肩に手を置き、ティースもきつい表情のまま睨んできていた。

 どちらも、早く本題進めろ、態度で訴えかけていた。

 テアにしてみれば魔王対策が最優先事項であり、ティースもティースで憎いヒサコの動向やら予定はどうなるのかと把握しておきたかった。


「あ、うむ。話が兵糧についての件で逸れ過ぎたな。で、ヒサコからの提案なのだが、挙式のためにヨハネス枢機卿猊下がアーソの地に向かっているが、まずこれに事情を説明し、帝国領への逆侵攻についての説明をしておく。教団側への牽制を兼ねてな」


「ああ、なるほど。もし、帝国領への侵攻中に背後を突くような事があれば、それは明確な利敵行為。それを教団幹部に示しておくというわけか」


 アスプリクは即座にそれに気付き、納得して頷いた。

 なお、これはティースへの牽制も兼ねていた。この状況でヒサコにちょっかいを出せば、お前自身もタダではすまんぞ、と暗に述べたに等しい。

 ヒーサはチラリとティースを見ると、人前でなければ舌打ちでもしてそうな顔をしており、言葉の意味を理解しているようなので話を続けた。


「予定通り、アイク殿下とヒサコの挙式をして、それが終わり次第、召集をかけておいた軍と共に帝国領になだれ込むということだ」


「ハハハッ! ヒサコらしい行動だね! ドレスから甲冑に、式場から戦場へ、ってわけか!」


 ここでアスプリクに釣られてあちこちから笑いが漏れ出した。ヒサコの破天荒な言動は周知のものであり、いかにもらしいということが笑いを誘ったのだ。


「まあ、ドレスから甲冑へは二番煎じだがな。なあ、ティース?」


「あ、はい、そうですね」


「輿入れの時に初めて公爵領にやって来た時、甲冑に馬上筒まで装備して、竜騎兵ドラグーンの格好で現れたからな。完全武装の花嫁をいかにして脱がせてやろうかと、我ながら難儀したほどだ!」


 ここでまた笑いが起こった。

 実際、ティースは輿入れの際、甲冑を身に付けてヒーサの前に現れたのだ。敵地に乗り込む覚悟と言うのを示すためであったが、今にして思えば過剰演出であったと考えなくもなかった。

 だが、その場に親の仇がいたことを最近知ったため、正解であったと考え直していた。


「公爵様、逆侵攻をかけるとして、アーソにはいかほどの兵員がいるのでしょうか?」


 尋ねたのはルルであった。

 アーソの出身者だけに、現地がいよいよ大規模戦争に巻き込まれることを危惧しているのは、態度や声色からすぐに察することができた。


「今、アーソには元からの現地兵、シガラからの派遣兵、宰相閣下が用意した派遣兵、以上の三部隊が存在する。これらを全部合わせると、五千を少し超える程度にはなるそうだ。で、ヒサコはその内の五千を率いると言っている」


「十万に対して五千だけ!? いくらなんでもきついよ。僕くらいの術士が数十人はいる!」


「そんなものがいるわけないだろ、アスプリク」


 アスプリクは国一番の術士であり、その凄まじい威力をヒーサはアーソでの戦闘の際にしっかりと見せてもらっていた。

 もし、アスプリク級の術士が二、三十人でもいれば、戦局はもっと楽になるだろうが、そんな都合よく強力な術士を揃えられるわけではないのだ。


「だからこそ、ヒサコはあえて術士なしでの編成を試みているのだ。術士なしでも帝国軍と戦えるというのであれば、一般の兵士の士気も上がる。今後の展開が有利に進むと言うものだ」


「言うは易し、の典型ではございませんか? 十万の相手に対して、五千をぶつけて勝とうなど、机上の空論に過ぎませんわ」


 辛辣な意見はティースより発せられた。

 ティースも武芸を磨き、兵法書を読み解き、割と軍事には明るかった。だからこそ、戦における“数的有利”というものを理解していた。

 数で押すのが常道であり、いかに多くの戦力を集め、数で圧倒するのがよいかを知っていた。

 ヒサコの行動はその常道を外すものであり、到底理解できないことであった。


「まあ、“まとも”な性格をしていれば、ティースの判断はその通りだ。だが、今回はその限りではないと言うのが、ヒサコの意見なのだ」


「何を根拠として?」


「装備の質と、兵の練度、これで圧倒するのだそうだ」


 相手の数的有利を質で補う、それがヒサコの意見であった。


「十万と五千、この差を埋めれるほどの質が、アーソの兵員にあると? それこそ、アスプリクが何十人でもいないと不可能では?」


「ティース、話を聞いていなかったのか? “十万”ではない、“一万”だ」


「…………! では逆侵攻を企図したのは、集結前の敵を叩くためだと?」


「今の段階で、差は倍。集結には時間がかかると偵察隊からの報告もあり、ヒサコが攻め込むくらいのときは、三倍か四倍くらいにはなるだろう」


「それでも勝てると?」


 ティースに限らず、敵地での野戦で四倍からの戦力差で勝てるなどというのは、あまりに無謀だと誰もが考えた。

 だが、話すヒーサは余裕の態度を崩さなかった。


「ヒサコの勝算はな、相手を実際に見た、と言うものが大きい。エルフの里においてな、小鬼ゴブリンの大軍に襲われたそうだ。その時、連中の装備を見たのだ。実際現場にいたアスティコス、説明してやってくれ」


 ヒーサの言葉に、アスティコスはビクリと肩を震わせた。

 なにしろ、その小鬼ゴブリン軍団を操っていたのが、ヒサコなのを知っていた。里を焼き払い、エルフを皆殺しにしたのが、あの“悪役令嬢”なのだ。

 思い出す度に恐怖で震え上がるが、説明しないわけにはいかない。なにしろ、それをヒサコと共になした黒犬がすぐ側にいて、しかも今はこちらを脅すかのように、隣に座るアスプリクの周りをウロウロしているからだ。

 下手な事をしたら姪を始末する、そう言いたげな行動であった。

 なお、アスプリクはヒサコや黒犬つくもんの“裏”のことも知っており、そこから叔母が怖がる理由も察していたが、ヒーサから特に何も指示がないため、黙って見守ることにしていた。


「あのときは、千とも二千とも言える軍団でしたが、そのすべてが貧弱な装備でした。防具は革製か、手入れの行き届いていない寂びた鎧。手に持つ武器は、これもなまくらな剣や斧、棍棒程度。数や俊敏さは問題となるでしょうが、装備はボロボロです」


「そう。で、対するアーソの兵員は、槍兵と銃兵だ。飛竜ワイバーンなどの飛行能力持ちの相手も想定して大弩ウィンドラス・ボウも編成に組み込んである。騎兵も当然いる。近接戦しかできぬ部隊、まともに機能していない指揮統制、相手がこれで負けるとでも?」


 そこまでひどい状態なのかと、全員が絶句した。

 アスプリクもティースもそれを踏まえて、脳内演習を試みたが、結果はアーソ側有利と判断した。いくらなんでも、銃どころか弓も騎馬もない部隊が、整然と並ぶ銃列や槍衾に突っ込んだらどうなるのか、想像するのも難くないのだ。


「しかし、そうだとしても、兵数の多寡を軽視してはいませんか?」


 ティースはここで最大の懸案事項を口にした。

 装備や兵の練度の差は理解したが、やはり数の差は大きい。数的有利を以て押し込まれたらば、苦戦は必至と言えた。


「だからこそ、だ。敵の集結を待っていたら、それこそ数で押し込まれる。まずはこちらが突き、相手の出鼻を挫いた上で、籠城戦に移行する。防衛線を固守するだけでは、戦は勝てんぞ」


 ヒーサの意志は固い。しかも周囲も同調する空気で満ちており、意見の変更は不可能だと、ティースは悟った。

 もし、ヒサコが帝国戦線に出ないのであれば、暗殺すら考えていたが、この状況下で仕掛けてしまった場合、前線の指揮系統が崩壊しかねない。そうなっては帝国軍が王国領内になだれ込み、その被害は目を覆いたくなるほどになるだろう。


(ああ、もう! ヒサコを始末したいのに、始末できる機会がない!)


 復讐は果たすつもりでいるティースであるが、世界の滅びは許容しない理性的な一面があり、それが最後の抑止力として彼女を押し留めていた。

 そんな歯痒く思うティースをヒーサは眺め、密やかにニヤリと笑った。


(ティース、悪いがヒサコを暗殺させる隙は与えんぞ。お前は激情家に見えて、その実は冷静な視野を持ち合わせている。勢い任せに突っ込んでくるような猪武者ではない。せいぜい、時間を稼がせてもらうぞ。全てが片付くか、ナルやマークを返り討ちにできる準備が整うまでな)


 帝国の侵攻に備えつつ、国内の政敵達にも目を配り、嫁との化かし合いにまで興じる。

 なんとも忙しない事だと思いつつも、この状況を楽しんでいる自分がいることも自覚しており、ヒーサは自身の度し難い感性を笑い飛ばすのであった。



           ~ 第二十四話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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