第二十一話 利益供与! 報酬はしっかりとお支払いします!
夕闇が辺りを染め上げ、世界は闇に包まれようとしていた。そんな夜の到来が間近に迫った時間に、一台の馬車がシガラ公爵の屋敷より出立しようとしていた。
二頭引きで、しかも幌まで付いているかなりしっかりとした馬車だ。
その御者台は侍女のテアが座しており、手綱を握って、馬車の動きを制御していた。
当然、門の兵士達に呼び止められた。先頃、マイスとセインが毒殺される事件があったばかりで、屋敷の警護についている兵士達も今まで以上に緊張した状態で警戒に当たっており、さすがにこの時間の外出については奇妙に思ったのだ。
「お役目、ご苦労様」
「ああ、テアさんか。こんな時間にどちらまで?」
テアの顔と名前は屋敷で働く者の中では知らぬ者がいないほど有名だ。新当主ヒーサの専属侍女であり、今は行政秘書官を実質兼ねるほどの才女であるからだ。しかも、とびきりの美女であり、薄い緑色の髪を靡かせて歩く涼しげな顔立ちは、異性であれ同性であれ、見とれてしまうほどだ。
「薬を届けに行ってまいります」
「薬ですと?」
「はい。ヒーサ様が調合なさった物で、多忙ゆえ往診に行けないから、せめて薬だけでも届けてほしいと頼まれまして」
「なんと・・・」
テアからの説明を受け、門番はいたく感心した。
事件があった日から、ヒーサは当主代行として多忙を極めており、今までのような往診に出かける時間的な余裕をなくしていた。しかし、それでも時間を見つけては診療所にこもり、何かをしているとは聞いていたが、まさか薬の調合まで手掛けていたとは、驚きの一言であった。
なにより、医者としての“仁”の精神が際立っており、主君としてではなく、一人の人間としても敬意を表するべき人物だと、ますますヒーサへの想いを兵士は強くした。
もっとも、少々働き過ぎ感は否めず、少しは休んでいただかないと心配だ、という別方向の想いも同時に働いてはいたが。
「そういうことでしたら、分かりました。すぐに門を開けます」
門番が別の門番に合図を送ると、すぐに門が解放された。
「暗くなってきましたし、あまり遅くはならないでください」
「ありがとう。なるべく早く戻って参りますわ」
テアは御者台に腰かけたまま笑顔で応対し、馬に鞭を入れた。ゆっくりと馬が前に進み始め、屋敷が徐々に遠ざかっていった。
「さて、怪しまれずに外に出られたわね」
そう述べたのは、荷台に乗っていたヒサコであった。積んであった木箱に腰かけ、向かい合って座っているリリンに話しかけたのだ。
リリンは急な仕事に少しばかり戸惑っていた。ヒサコと初めて顔を合わせたのは昼間であり、それが夕刻になって突然出かけるから同行してほしいと、テア経由で指示が飛んできたのだ。
仕事の内容は馬車への荷物の積み込みと、“裏仕事”の空気に慣れてもらうことだ。
実際、荷物はかなり重い木箱が二つ。何かの書類が入った革製の封筒。それと護身用の武器であった。
「その、ヒサコ様、これからいずこに参られるのですか?」
「報酬の支払い。あと、あなたも先方と顔を会わせておいた方がいいかなと思って」
ヒサコは立ち上がると、リリンの横に置いてあった木箱の前に立膝を突いた。そして、懐から鍵を取り出し、カチャリという音と共に仕掛けが解除され、蓋を開けた。そこには大量の金貨銀貨が詰まっており、リリンは驚いた。
「わぁ~お」
今まで見たことがない大金に、リリンの口から思わず感嘆の声が漏れた。
「フフッ、こんな大量のお金を見たのは初めて?」
「え、あ、はい」
「まあ、それだけの働きをした方達ですからね。これくらいは当然です」
実際、これから会いに行く外法者達の働きは見事であった。毒キノコの採集と事故に見せかけた落石による暗殺、どちらも今回の策謀においては根幹をなす部分であり、手に入れた物のことを考えれば、これくらいは払っても当然であった。
「何をしていたのかは存じませんが、仕事の報酬ってことですよね。ヒサコ様の腰かけていた箱もそうなのですか?」
目の前の木箱を閉じる久子に対して、リリンが尋ねた。同じ形をした木箱であり、そちらもまた鍵で封印されている箱であった。
「こっちが“報酬”なら、あっちは“口止め料”かしらね。あまり表沙汰にしてほしくないことを依頼した時には、あの手の割り増しもいる場合があるから覚えておきなさい」
「そういうものなのですか」
「ええ、そうよ。・・・いいこと、リリン。利に聡い悪党は、絶対に裏切らないものよ。こちらが利権を握り、利益を供与している限りはね。だから、色を付けて報酬を渡し、こちらが太っ腹であることを見せつけるの。またおいしい仕事にありつけると思わせればよし。もっとも、あくまでちゃんと働いている奴に対してだけどね」
ヒサコはまた元の木箱に腰かけた。
「ねえ、ヒサコ様、あんまり年端もいかない少女を悪の道に落とし込まないでくださいね~」
御者台からテアの声で飛んできた。冗談半分に言っているのか、口調は軽い。
「良いも悪いもないでしょ。私の仕事はあくまでお兄様の補佐。裏方で目立たず、地味ぃ~な職場だけど、存在しないとそれはそれで困ってしまうから」
組織の規模が大きくなればなるほど、“防諜”というものが重要になってくるものだ。相手の秘密を探りつつ、相手に情報を漏らさない。目立たない、というより目立ってはならないが、最重要の仕事。裏の仕事とは、まさにそういものなのだ。
「リリン、あなただって、ヒーサお兄様の役に立ちたいのでしょう?」
「もちろんです! ヒーサ様のためなら、私、なんだってやりますよ!」
「それは頼もしい言葉。お兄様が聞けば、さぞ喜ぶでしょう」
なお、その言葉はヒーサにしっかりと届いていた。ヒーサとヒサコは同一人物であり、女神より授かったスキルによって、状況ごとに入れ替わっているに過ぎないからだ。
「ほらほら、御者さん、さっさと目的地へ向かってくださいな。無駄口叩く前に、鞭を叩いてくださいな」
「はいはい。お馬さん、ごめんね~」
バシィッという鞭の音と共に、馬車は少しずつ加速していった。落ち合う予定の目的地に向けて、ひたむきに馬車は進んでいった。
***
馬車は街道を進み、隣のカウラ伯爵の領域との境界近くの山林の中まで来ていた。もう少し進むと、痛ましい落石事故の現場ではあるが、そこまではいかずに、脇に逸れた。
現在は事件事故の両方の線で調査が進められているが、事件性が高いとの報告をヒーサは受けていた。
そして、それは当たっていた。
馬車を森の中に止めて、三人が下りると、森の中から五人の男が現れた。薄汚れた姿であり、野盗か何かかとリリンは警戒したが、横にいたヒサコが手を振ったので、どうやらこの男達が目当てだと察した。
「お嬢! 来てくれたんだな!」
五人のうちの一人が手を振りながらやって来て、ヒサコもまた笑顔で返した。
「少し遅くなったわね。こっちもあれこれ忙しくてね」
「まあ、そうでしょうね。それで、約束の品は?」
「ああ、ちょっと待ってね」
ヒサコはリリンを手招きして、箱を一つ一緒に持って馬車から下ろし、少し離れた場所にあった切り株の上にそれを置いた。
「じゃじゃ~ん、報酬のご登場でございま~す♪」
ヒサコはリリンに鍵を渡し、リリンが箱を開けると、そこには大量の金貨銀貨が詰まっており、外法者達の瞳が一気に輝きだした。
「うおぉぉぉぉぉ、すっげぇ!」
「こんな大金、見たことないぜ!」
箱の中身を見て、男達は大はしゃぎであった。嬉しそうに肩を組み、天に向かって叫んだかと思うと、実際に金貨を手に取って、その重量を確かめようとする者など、反応は様々だ。
ただ、一様に喜んでおり、大仕事を成し遂げた達成感はそこかしこにあふれ出ていた。
「それと、こっちの方が、あなた達には重要かもね」
そう言って、ヒサコは革製の封書を手渡した。それを開けて中身を確認すると、一枚の書類が入っていた。色々と小難しいことが書かれているが、手短にまとめると、この者達の外法扱いを解除する、そう記された書類だ。
それも公爵の花押入りであり、間違いなく本物であった。
「お、お嬢・・・!」
「約束だからね。これで外法者の身分ともおさらばってわけ」
「よっしゃ~!」
男達の歓声はさらに高まり、森中に響くかと思うほどの大声となった。飛び跳ね、あるいは抱き合い、その喜びを思い思いに表現した。
なにしろ、これで森の中で隠れ潜んで生きていく必要がなくなるからだ。正真正銘の社会復帰で、しかも再出発するための資金も目の前にある。
これを喜ぶなという方が無理なのだ。羽目を外して、踊りたくなるような気分であった。
「それと、まだあるから」
「え・・・?」
男達は意外そうな顔をヒサコに向けると、馬車からもう一箱、同じ箱を下ろして、別の切り株の上に置いた。
「お、お嬢、こっちはなんですかい?」
「口止め料。今回の仕事は大変だったでしょうけど、それを口外しちゃダメよ。だから、口を重くする重しを追加で持ってきたの」
「いいんですかい!?」
まさかの追加報酬に、男達はさらに気分を高揚させた。
ヒサコはリリンに鍵を渡し、開けるように指示を出した。
「テア、もう一箱下ろすから、こっち、手伝って」
「はいはい~」
ヒサコに呼ばれたテアは一緒に馬車に戻ったが、そのとき強烈な違和感に襲われた。
(運んできた箱って、たしか“二つ”だったわよね)
テアは“三つ目の箱”の存在を知らなかった。存在しない箱を運ぶことなどできはしない。どういうことだと疑問に感じながらも、何か意味ある言葉だと察し、とりあえずはヒサコの側にいることにした。
「あれ? ヒサコ様~、鍵、動きませんよ?」
箱の鍵穴に刺した鍵が上手く回らず、リリンが首を傾げた。
「ああ、その箱、ちょっと古かったから、錆び付いているのかも。思いっきり力入れて回してみて」
ヒサコからそう指示が飛んだ。すると、男が一人、リリンを横に追いやって、自分が鍵を握った。
「どいてな、嬢ちゃん。俺が回してやんよ」
ウキウキ気分の男は力任せにでグイっと一気に回し、カチャリと鍵が外れた。
そして、それは起こった。
ズガァァァァァン!
その箱が突如として爆発したのだ。爆炎をまき散らし、周囲にいた“六人”の人影を吹き飛ばし、さらに近くに置かれていた金銀の詰まった箱もひっくり返って、煌びやかな中身を血と炎と共に大地へとぶちまけた。
幸いなことに、むしろ不幸なことに、即死した者はいなかった。いきなりの爆発に吹き飛ばされながらも、全員息があった。呻く者や苦痛に顔を歪める者など、皆が地面に倒れこんでいた。
「・・・え?」
テアも状況がよく分かっていなかった。何か仕掛けているとは思っていたが、よもや爆薬で吹き飛ばしてくるとは考えもしていなかった。
そして、ただ一人冷静なヒサコは、すでに馬車に積み込んでいた護身用の武器、細剣を握りしめ、鞘から抜き放っていた。
「フフッ、“口止め料”はちゃんと受け取ってくれたみたいね。さてさて、用済みのクズ駒はあの世に出荷しませんとね~」
迷いも戸惑いもないのない表情のまま、歪んだ口から吐き出される恐るべき一言。
(最初からこれを狙って!?)
あれほどにこやかに微笑み、あれほど調子よく語りながらも、またしてもすべて演技。殺意と真意を隠すための宝箱は、欲深き者達の手によって鍵を開け放たれた。
そして、テアは思い出した。数日前にヒーサが言っていたことを。
「ヒサコの姿を見た者を生かしておく理由は何一つない」
最初から消すつもりだったのだ。そう“ただの一人の例外もなく”である。
テアの視線の先には、爆発に巻き込まれ、ぐったりと地面に転がるリリンの姿があった。
そして、ヒサコは駆けだした。手には炎に煌めく刃を握り締め、とどめを刺してあの世へ送り出してやるために。
~ 第二十二話に続く ~
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