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第十六話  詰問! 嘘つきの夫を問い詰めろ!

 宴の席の盛り上がる中、ヒーサはそのまま飲み食いを続けておいてくれと言い、テアと共に中座した。

 情勢不穏な状況にあって、のんびり酒を酌み交わし、談笑していると言うわけにもいかないのが、頭を務める者の義務だ。

 宴で盛り上がっている最中に、シガラ公爵領より通達が届いており、それに目を通しては、指示を出して返送したりと、なにかと忙しない。

 現在、ヒーサが身を置くカウラ伯爵領は公爵領と隣接するとは言え、馬の脚でも全力で駆けて一日の距離があり、毎日早馬を飛ばしてヒーサへ伝達事項を届けることになっていた。

 領民からの嘆願書、各組合からの要望、あるいは各地に放っている密偵からの報告、各地の有力者からの提案や要請、そして、圧力にすらなっていない教団からの通告など、それは多岐にわたる。

 流し読みしたとて、読破するのにかなりの時間を要するほどだ。

 とは言え、情報の収集はなによりの優先事項であるし、各地の貴族や有力者を自陣営に引き込むためにも、要望をできるだけ聞き入れねばならないため、読むのも真剣であった。

 そんなところへ、ティースがナルやマークを伴ってやって来た。

 ティースは現在、無役の状態である。テア不在時はヒーサの秘書官として働いていたが、今はテアが帰還したため、お役御免の状態になっていた。

 実家であるカウラ伯爵領で羽を伸ばすのもいいだろうと考え、特に次の仕事を回すようなことをさせず、のんびりと過ごさせていた。


「おお、ティースか。丁度良かった。実は今し方届いた手紙なのだが」


 と言いかけたところでヒーサの声が止まった。やって来た三人の気配が、あまりに剣呑としていたからだ。怒りや警戒を通り越して、殺意に近いものを感じた。

 まるでヒサコとやり合っていた時のような気配であり、これは長引くやもと思い、机の上に並んでいた書類を片付け始めた。

 テアが既読と未読に分別し、いそいそと片付けている横で、ヒーサはティースを見つめた。


「では、話を聞こうか」


 ただならぬ気配であったため、ヒーサもすでに臨戦態勢であった。何が飛び出すやらと警戒しつつも、逆に興味もあった。

 だが、ティースから飛び出した言葉は、そんな次元を超えていた。


「ヒーサに質問があります。あなたは例の毒殺事件の犯人が、ヒサコだと知っていたのですか!?」


 下手な駆け引きもなく、ど真ん中に爆弾を投げつける一撃であった。

 ヒーサは目を丸くし、手紙を片付けるテアの手も止まった。

 ティースの両脇に控える二人も、完全にやる気になっており、ティースが解き放てば、そのまま襲い掛かってきそうな雰囲気であった。

 そして、ヒーサは一度ため息を吐いてから、改めてティースに視線を向けた。


「そうか、気付いてしまったか、その事実に」


 あっさり白状したヒーサに、逆に肩透かしを食らった三人であった。

 下手な言い訳などせず、いきなり確信とも言うべき、ヒサコの関与を認めたのだ。主犯か共犯かと言う立ち位置は不明であるが、ヒーサが毒殺事件の真相を認識していることだけは確定したと言ってよい。


「公爵、その件はいつお気付きになられたので?」


 ここで質問したのはナルであった。ティースが怒りと勢いでヒーサを殺せと命じられる前に先に動き、事情の把握と主人が冷静さを取り戻す時間を稼いだ。


「事件当日はさすがに私も冷静さを欠いていたが、状況を冷静に分析していくうちに、ヒサコの関与を疑うようにはなった。無論、証拠があるわけでもなく、あくまでもあやふやな疑い程度ではあるがな」


 ここで返答で重要なのは、今の発言がヒーサ主犯説を打ち消した点であった。

 無論、裏の事情を完全に把握しているテアの視点であれば、それは完全な嘘だと分かっているのだが、目の前の三人には判断を下しかねるため、具体的な行動には保留の状態だ。

 《真実の耳》でも使われれば一発アウトであるが、術士のマークはそれを使っている兆候が見られないため、それを使用できないだろうという判断の下での誤誘導ミスリードであった。


(なんという堂々たる嘘つき!)


 相も変わらず冷静かつ大胆なと、テアは相方のやり口に呆れつつも感嘆とした。


「だが、そのあやふやな疑いが、明確な疑惑に変わったのは、御前聴取の前後の事だ。あの時の事は覚えているか?」


「忘れるわけがありません! ヒサコと初顔合わせしたのが、あの御前聴取の席ですから!」


 ティースにとっては苦い記憶であった。

 事件の状況把握と仲裁のため、二人は王都に呼び出され、そこで国王や重臣達の前で聴取を受け、事件についての裁定が下された重大な出来事だ。

 その席でティースはヒサコと出会い、そして、散々にやり込められたのだ。あの手この手で揺さぶりをかけ、真実を語っているのに心象は悪化し、ついにはヒーサのと婚儀を切り出されて断ることもできず、現在に至っていた。


「あの席には、当然ながら私が出席することになっていた。だが、熱にうなされ、出席が危うい程に体調が崩れた」


「ええ、そうでしたわね。それで当主代理として、妹であるヒサコを派遣した、と」


「そうだ。そして、その際にヒサコに一服盛られた」


「…………! あの熱病は毒によるものだと!?」


 それが事実であれば、ヒサコはあろうことか、両家の当主と嫡男を暗殺したのみならず、自身を唯一擁護してくれるであろうヒーサすら一服盛ったことになる。

 どこまで卑劣な奴かと考えつつも、それを信じるのにはまだ早かった。なにしろ、目の前の男から、もう一切の信頼を感じていないからだ。


「代理出席したヒサコは、真実のみを語り、穏便に済ませるよう指示を出したにも関わらず、伯爵家の名誉を徹底的に破壊した。命令無視もいいところだが、すでに印象操作を行った後であり、修正が効かない状況にまで進んでしまった。ああ、それと、あの席においては、マリュー、スーラ両大臣は事前に買収されていたことも発覚しているぞ」


「あの二人が!?」


 ティースが記憶を遡っていくと、両大臣が誤誘導ミスリードを謀っていることに気付いた。買収と言う新情報がなければ気付かなかったが、《六星派シクスス》の話が飛び出した途端、犯人をそちらに誘導しているよう思えた。

 今から思えば、どうにも不自然さが目立つ行動だったと、ティースは感じた。

 更に、聴取の最後でヒーサとティースの婚儀を提案したのも、あの二人だったことも思い出した。


「つまり、ヒサコは自分が犯人であることを逸らすために、その罪を《六星派シクスス》に押し付け、事前の買収で“異端派犯人説”に持って行ったと!?」


「ああ。“誠意わいろ”の使い方と言い、《真実の耳》対策として嘘になることは絶対に語らなかったりと、万全の体制で聴取の席に臨んだと言うわけだ。おまけに伯爵家の名誉を完全に失墜させ、後々に自分が伯爵領を強奪する下準備までしてな」


「ヒサコぉ!」


 怒りのあまり、ティースは両の拳を机に振り下ろした。ドンッという猛烈な音と、怒りの声がティースから吐き出され、無念な想いが何度も何度も拳を打ち付ける結果を生んだ。

 ヒーサはそれを止めようと手を伸ばしたが、ヒーサに触られる事をティースは拒否し、慌てて手を引っ込めてしまった。


(あ、これ、完全にヒーサも疑っている。マズくない?)


 怒りもあるとはいえ、ヒーサとの関係が崩壊している証拠をテアは見てしまった。

 ただでさえ忙しいのに、目の前に特大の爆弾が現れたのは、悩ましい限りであったが、これは騒動の種を撒いたヒーサ自身の責任であり、自分で枯らしてももらわねばならなかった。


「でだ。疑惑が確信に変わったのは、挙式を終え、公爵領に戻って来てからだ」


「ああ、あの時ですか。一時的に別行動、とってましたわね」


 王都での挙式の後、ティースはヒーサと別れ、伯爵領に行っていた。あまりに急な挙式であったため、輿入れの準備ができておらず、最低限の荷物だけでも取りに戻るため、伯爵領に戻っていた。

 その後すぐに公爵領に向かい、それからヒーサとは行動を共にしていた。

 同時に、ヒサコの嫌がらせがその過激度を増していった時期でもある。


「私が公爵領に戻って最初にやったことは、診療所の薬品庫の確認だ。そしたら案の定、いくつかの薬品やら薬草やらが消えていた。そして、無くなった薬品の調合法を考えていくうちに、“発熱させる薬”が含まれていることに気付いた」


「なるほど。それが盛られた薬というわけですか」


「ああ。この点をヒサコに詰問したら、あっさり白状したよ。毒殺事件の“裏”も含めてな」


「そこでヒーサは事件の全容を把握したのですか!」


 本当に前の話であり、その時から半年は経過していることであった。

 ティースとしては怒り狂う内容であり、やはり目の前の男も同罪だと判断した。

 もう十分だと不快な男を消してしまおうと、ナルとマークに指示を出そうと、ヒーサに指を向けた。


「ならば、なぜこちらにその情報を出さなかったのですか!? これはティース様への重大な裏切り行為にあたります!」


 ティースの指示の前にナルの質問が飛んだ。主人の殺意を感じ取り、とにかく時間を稼がねばと、気を逸らしたのだ。


「決まっている。その時点で公表した場合、私もティースも破滅すると判断したからだ」


「じゃあ、ヒーサは伯爵家が泥を被ったままでもよかったと!?」


「双方が滅亡するより遥かにマシな選択だ!」


 いよいよヒーサも熱を帯びて来て、怒声と共に勢いよく立ち上がった。


「もしあの時、事件の裏事情を公表していたらどうなると思う? カウラのみならず、シガラも失墜していたのは確実だ! そして、有象無象が寄ってたかって領内を荒らしまわった事だろう。特に危ういのは同じ三大公爵のセティ公爵家だ。アーソの地でその野心を暴かれたとはいえ、あの段階であいつらと戦っていたら、まず勝ち目はない。公爵領に続き、伯爵領ももののついでに収奪されていたことだろう。ティース、お前はそれを許容できるのか!?」


「それはそうですけど、だからと言って、私にまで黙っていることはないでしょう!?」


「あの時のティースが、冷静に行動できたと確信をもって言えるのか!? 出来るわけがない! 今もこうして取り乱し、こちらを詰問しているのだからな!」


 ヒーサも怒り任せに拳を机に叩き付けたが、その音が逆に冷静さを取り戻す切っ掛けとなった。


「すまん。熱くなりすぎた」


 ヒーサはティースに詫びを入れると、そのままもう一度椅子に座り直した。

 そんな姿を見て、ティースもまた落ち着きを取り戻した。


(う~ん、今日も見事な演技ね~。事情を知っている分には、クソ野郎だってのは分かるけど)


 カウラの三人組からすれば、ヒーサの発言は今のところ半信半疑と言った風だ。信用できない男の発言ではあるが、掴んでいる情報と発言の内容が矛盾していないため、信じざるを得ない、と言った感じなのだろう。

 なお、テアの感覚で言えば、程よく嘘と真実を織り交ぜた、びっくりするくらいの完成度を誇る作り話カバーストーリーを聞かされている気分であった。

 これは長丁場になりそうだと感じつつ、女神は事態の推移を静かに見守ることにした。



            ~ 第十七話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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