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第十五話  射抜かれた!? その弓矢には抗えぬ毒が仕込まれていた!

 カウラ伯爵家の三人組が地下室で、今後の世界情勢を左右しかねない話し合いが行われていた頃、その地上では和気あいあいと言った雰囲気で、やって来た女エルフ、アスティコスの歓待が行われていた。

 なお、ヒーサは三人組が屋敷内に入っていくところを目撃していたが、またいつもの実りない報告や作戦会議でもやっているのだろうと、特に気にもかけずにいた。

 なにしろ、目の前のエルフの方が重要であったからだ。


「さて、エルフの里に比べれば、いささか劣ると思うが、長旅の疲れもあるであろうし、存分に飲み食いしてくれ」


 庭先にテーブルを眺め、テーブルクロスを敷き、その上には料理が並べられていた。

 なお、今日の主賓はエルフと言うこともあって、料理人には肉や魚などの生臭ものを使わないようにと厳命していたため、出された料理は豆や野菜、果実ばかりであり、少しばかり寂しく感じる者もいた。

 とはいえ、公爵がこうして直々に歓待してくれているわけだし、何よりエルフを歓迎するのが主目的であるため、不満を口にする者はなかった。

 なにより、酒類が充実しているので、酔ってしまえば料理のことなんぞどうでもいいか、などと考える者までいるほどだ。


「よぉ~し、皆に杯が行き渡ったな! さあ、新たな先生を迎えして、シガラ公爵家のますますの繁栄が約束されたと言うものだ。存分に飲み食いしてくれ!」


 ヒーサがそう言うと、皆が一斉に杯に注がれた酒を飲み干し、宴が始まった。

 ちなみに、座り方としては、主賓であるアスティコスが上座に座り、その横をヒーサとアスプリクが固め、更にその横にルルが座ると言う形だ。

 本来ならティースもここに加わるのだが、いつにも増して話し合いが長引いているため、空席のままであった。

 なお、肝心のアスティコスは料理や酒などはどうでもよかった。彼女にとっては姪のアスプリクに会いに来るのが目的であり、他の事などどうでもよかったからだ。

 ぎこちないながらも、エルフの叔母と、半分エルフの姪はにこやかに話していた。

 互いに喜んでいるのはその笑顔と、時折動く長い耳から察する事が出来た。


(まあ、表面上は穏やかではあるわな)


 ヒーサは敢えて話に加わらず、二人の会話を眺めるだけにしていた。ヒサコの姿をしていれば、あるいは図々しく会話に参加したであろうが、この場では謙虚で紳士的な男として振る舞う必要があると考え、控えめな態度のままでいた。


(なにしろ、茶の木の種を手に入れるためとはいえ、《大徳の威》を失ったからな。通常のやり方では、相手の好感度を稼ぐのに手間や時間がかかってしまう。これからの人付き合いは、慎重さが求められる)


 この世界に飛ばされる直前に貰ったスキル《大徳の威》は、魅力値に大幅なブーストが入り、誰とでも親密になれると言う破格の性能を持っていた。余程の猜疑心や殺意でもなければ、ほぼどんな相手にも通用するほど強力なスキルであり、転生直後はなにかと役に立ってくれた。

 仁君のフリをしていなければならないという縛りはあるが、それを考えた上でも極めて有用なスキルであり、人脈構築やティースとの関係修復に役立ってくれた。

 惜しくはあったが、すでに人脈構築は出来上がっており、確固たる社会的地位も確立していた。

 また、結婚当初は微妙であった夫婦の間柄も、今では《大徳の威》の性能とヒサコへの敵愾心ヘイト稼ぎのおかげで、“夫婦円満”になっていた。

 つまり、《大徳の威》の必要性が薄れてきたのだ。

 また、新たな人脈構築も、“茶の湯”を用いて代用する気でいたため、そこまで惜しいスキルと言うわけでもなくなっていた。


(むしろ、強引にでもアスティコスを連れ出せた方が大きいな)


 楽しそうに話す叔母と姪を見つつ、ヒーサはそう思うのであった。

 “箸”を始めとする食文化の刷新に活躍してもらうつもりでいるが、もう一つは戦力としての運用であった。

 アスティコスは経験不足のため、知略戦ではかなり引っかかるし、実戦経験もまだまだ未熟の域を出ていない。毎度ヒサコにやられていたのもそのためだ。

 だが、だからと言ってアスティコスが弱いわけではない。もし対等な条件での戦闘であれば、ヒサコの姿でアスティコスに勝つのはかなり厳しい。ヒサコがアスティコスに勝てたのも、基本的には不意討ちや精神攻撃いいくるめに寄るところが大きい。

 弓は達人級であるし、術の才能にも恵まれている。的確に指示を飛ばしたり、あるいはそれらを活かせる壁役がいれば、途端に化けるタイプだとヒーサは考えていた。


(距離が詰まった状態でばかり戦っていたからな。腕力勝負ならヒサコで十分であったが、それ以外の戦い方ではまず勝てん)


 不意打ちで距離を詰め、あとは腕力に任せてねじ伏せるやり方で、ヒサコはアスティコスに勝っていたのだ。

 そういう意味では、アスプリクもそうだ。小柄な上に腕力もアスティコスよりさらに乏しく、組み付ければ余裕で倒せる。

 だが、それを補って余りあるほどの術の才能を有している。アーソの地でそれはしっかりと拝見させてもらっており、一人で千人分の働きをするという話は、嘘でもなんでもないことを確認できた。


(この二人は、いずれ編成する術士を中核に据えた特殊部隊の要となる。私の言うことを聞くように、色々と手を回しておかんとな)

 

 アスプリクに関してはすでに問題はない。

 ヒーサに関しては絶大と言ってもいい程に信頼を寄せているし、なにより決して裏切れない“共犯者おともだち”の関係もあるのだ。

 アスプリクはいままでの“ツケ”を回収するために、酷い仕打ちをしてきた家族や教団への復讐を考えている。そのための手助けをするのが、自分の役目であるとヒーサは考えていた。

 その過程での“国盗り”は、自分へのご褒美という感覚だ。

 すべてを手にし、平伏させ、アスプリクの復讐も完遂する。今はその“騒動の種”が芽を出し、育ち、蕾の状態にまでなってきたところだ。

 花が咲いて実を収穫するのにはもう少し手間はかかるが、それも時間の問題となりつつある。


(が、ここへ来て、いよいよ魔王側の動きが活発になってきたからな。ジルゴ帝国の件は捨て置けん)


 ジルゴ帝国は獣人や亜人など、気の荒い種族で構成される国だ。帝国などと言われているが、まとまりのない連中であり、日々戦いに明け暮れ、どの種族、部族も覇権を握ろうと戦っていた。

 そして、時折、実力を持った者が皇帝を名乗り、人間種のカンバー王国や、妖精種のネヴァ評議国への侵攻を企図するようになる。

 そして今、皇帝が現れた。しかも魔王を名乗り、情報では人間種らしいとの情報まで入っていた。


(とんでもない剣の達人だと聞いているが、いかんせん情報が少なすぎる。アーソにいるヒサコに対応させることになるだろうが、今こちらにいる戦力も振り向けねばならんな)


 はっきり言えば、シガラ公爵家の抱える戦力は、公爵領の方に集中し過ぎている感が否めないのだ。

 兵員の数ではそう大差はない。シガラは軍備の増強に努めており、アーソに兵員を割り振った後でも、まだ五千からの兵力を抱えていた。

 一方の最前線であるアーソには、およそ四千名の兵力が存在する。シガラからの派遣もあるし、現地の兵力も足しているので、それくらいの数にはなるのだ。

 兵数はそこまで開いていないが、問題は“術士”の数である。

 現在、アーソの地にいる術士は“ゼロ”なのだ。かつては教団から身をやつし、存在を隠していた術士がかなりの数存在したが、そのすべてが現在シガラ公爵領に移住しており、各地の農地や工房で新たな生活を営んでいる。

 これにより公爵領の生産性は爆発的に向上し、ヒーサの敷いた効率的な行政も相まって、シガラ公爵領は他の追随を許さないレベルにまで成長を遂げていた。

 生産性の向上は蓄財に一役買い、それを以て新たな農地や工房を造り、また軍の装備拡充にも寄与していた。

 その点では良かったのだが、戦力としての術士が大いに不足する事態にもなっていた。

 これはヒーサの失策であった。

 財を成し、戦力を増強し、それから戦端を開くと言う手順で行くつもりであったのだが、帝国の侵攻という予定外の横槍が入ったためだ。

 生産に回している術士を、戦力として再配置するという手順が、完全に遅れていた。


(最悪、この二人だけでも、アーソに移ってもらう必要があるな。あとは、現地に詳しいルルにも言ってもらうのが適切か。マークはティースの直臣だからシガラ、カウラの領域外には出せんし、ライタンは法王として最前線に出すわけにもいかんしな)


 質の高い術士も揃ってはいるのだが、シガラから出撃させれる者が少ない。

 なにより、まだ実際に戦いが発生していないだけで、《五星教ファイブスターズ》と《改革派リフォルマーズ》の戦争もあり得る状況でもあった。

 最前線だからと言って、アーソに戦力を集中させ過ぎては、展開力に悪影響を出してしまう。シガラが攻撃を受けると言うことは生産に影響が出ると言う事であり、相手に攻撃を躊躇わせる程度には後方にあったとしても、シガラの地から戦力を他所に移すことがはばかられた。

 そう考えると、生産要員の術士はそのままに、質の高い高練度の術士を選抜して、前線に張り付いてもらうのが効率的と言えた。


(まあ、そこら辺は少数精鋭のやる気次第なのだがな)


 アーソへの派遣となれば、ルルは問題なく引き受けてくれるだろう。なにしろ、アーソの地はルルの故郷であり、その防衛となれば喜んで参戦してくれるはずだ。


 現地には兄アルベールもいることだし、これについては懸念はなかった。

 問題はアスプリクだ。

 アスプリクは今、法衣を脱ぎ捨てて自由の身になっており、このシガラの地においてのびのびと暮らしていた。

 生まれてこの方、王女と言う生まれでありながら煙たがられ、利用され、時に慰み物として辱めを受け、今に至っていた。

 恨みつらみのある、国内のバカ者共相手であれば全力でその力を奮うであろうが、帝国との戦争ではどうなのだろうか、という不安があった。

 命令ではなく、あくまでお願いと言う形で納得して行ってもらわねばならないのだ。


(ではまあ、折角であるし、ここらで鎖をこっそりとかけてみるか)


 白無垢の少女を解放した当人が、今度は自分に都合のいい様に、別の鎖で縛ろうとする。度し難い程の自分勝手であったが、勝利のためにはやむを得ないと、自分を納得させていた。


「なあ、アスティコスよ」


 ヒーサの呼びかけに、アスティコスは露骨に嫌そうな顔をして振り向いてきた。姪との楽しいひとときを邪魔されたからであるが、ヒサコの兄と言う警戒心が働いているというのもあった。

 アスティコスはヒサコに散々やり込められているので、この世で最も警戒すべき人間という認識があった。その兄であるヒーサも同類と見なしており、警戒感が強く働いていた。

 ただ、ヒサコの兄とは思えないほどに礼儀正しく物腰柔らかで、しかもアスプリクも懐いていることから、ヒサコほどの悪印象は今のところなかった。


「なんでしょうか?」


「ヒサコから、アスプリクに渡して欲しいと頼まれた物が確かなかったか?」


 無論、ヒサコは自分自身でもあり、何を渡すかを依頼したかは知っていた。忘れないうちにさっさと渡せと促したのだ。

 しかも、ヒーサの足元には、いつの間にか黒犬つくもんが控えていた。姿こそ愛くるしい黒毛の仔犬であったが、アスティコスにとっては魔王にも等しい怪物でもあった。

 脅されてやむなく、と言った感じで一度席を立ち、運んできた荷物の中から“弓”を取り出してきた。

 それをアスティコスはアスプリクに差し出した。


「叔母上、これはなんですか?」


 弓である事には間違いないが、とんでもない強力な術具であることは、術士であるアスプリクにはすぐに分かった。

 風の精霊が常駐しているようであり、強力な武器だと掴んで見てすぐに確信した。


「それは『風切の弓ゲイル・ボウ』という弓よ。矢をつがえると、そこに風の力が宿り、狙いを定めたものに飛んでいき、どこまでも追いかけていくわ」


「へぇ~、長射程、しかも追尾機能まで付いた弓か。そりゃ強力だわ」


「私の父であり、あなたの祖父でもあるエルフの、形見とでも思ってて」


 ヒーサから聞かされていたため、祖父が死んだことにも、アスプリクは眉一つ動かさなかった。

 アスプリクにとって、家族とは唾棄すべき存在であった。血の繋がりなど意味はなく、むしろ血が繋がっていながら自分を虐げた嫌な連中とすら考えていた。

 その点で言えば、ヒーサは真逆を行っていた。縁も所縁ゆかりもないにも関わらず、自分に対して極めて丁重であり、復讐にすら手を貸すとさえ言ってくれた。

 初めて誰かに愛され、慈しまれているという感覚を教えてくれた、たった一人の人間だ。

 身内と判断するべき材料は血縁でなく、その気持ちや感情こそ優先すべきものだと教えてくれた。

 ゆえに、祖父の形見だと言われても何も感じないし、道具の持つ効力にこそ注視すべきだとアスプリクは考えた。


「ありがとう、叔母上。折角持ってきてくれた物だし、大事に使わせてもらうよ」


 アスプリクは笑顔をアスティコスに向け、喜んでくれたことをアスティコスも感じ取れた。


「でもさ、叔母上。こうして強力な武器を渡してくれるのは嬉しいんだけど、僕に戦場に出ろっていう事でもあるのかな?」


 何気ない一言であったが、それはアスティコスの意図するものではなかった。

 あくまで形見の品を姪に受け継がせる、程度に考えていたが、今アスプリクの発した言葉はまさにその通りであった。

 狩猟に使うには強力過ぎる弓であり、戦場に出ることを促していると取れなくもなかった。

 ここでようやくながら、アスティコスは弓を渡す様にヒサコが促した真意に気付いた。この弓は、アスプリクを戦場に引っ張り出すための呼び水となる意味が隠れていたことに、である。


「あ、いや、そういう意味でもないんだけど、形見だし、珍しい品だと、ね」


 必死で逸らそうとするアスティコスであったが、すでに手遅れであった。武器を渡すことは戦えと促すことであり、戦場帰りのアスプリクにとっては、そうとしか捉えられなかったのだ。


「まあ、魔王がどうこう言うご時世だし、それは百も承知しているよ。僕は今の暮らしが気に入っている。ここでの生活が、とても楽しいんだ。誰かに言われて戦場に出るでもなく、自分が守りたいもののために戦う。その意味がようやく理解できたんだ」


「そ、そう。それは良かったわ。その弓が、あなたを守る一助となれるように、ね」


「ならさ、叔母上も僕を守ってくれる一助になって欲しいな」


 そして、アスティコスは真意を悟った。ヒサコの考える“裏の裏”をだ。

 今の自分には何もない。里を失い、変えるべき場所を失った根無し草だ。あるのは、目の前にいる姪だけだ。

 その姪が「戦場で肩を並べて戦おう」と述べてきたのだ。断れるはずもない。

 しかも今、自分の足元には黒犬つくもんがいる。下手な行動はヒサコの勘気に触れ、危険な状態にもなりかねなかった。

 つまり、この弓を渡すことで、“自分”が姪を戦場に駆り立て、その“後見役”として自分自身も戦場に引っ張り出す、というヒサコの深謀だと、ようやく気付いたのだ。

 気付いたところで、もう遅かった。弓を渡して出陣を促したのは事実であるし、ここで姪一人を戦場に送り出すなど、自分で自分の居場所を潰す行為だ。

 断る理由も理屈も、弓を渡した段階で消滅してしまったのだ。

 またしてもヒサコにしてやられたと思いつつも、目の前の道を進むよりなかった。

 アスティコスはアスプリクの手を握り、力強く頷いた。


「ええ、そうね。帰る家を守るために、戦いましょう!」


「帰る家、か。うん、そうだね。叔母上がここを家だと思ってくれるなら、僕も必死に戦って、叔母上と暮らす家を守ってみせるよ」


 家族、帰るべき場所、アスティコスはそれらをすべて失ったが、それが灰の中から再び芽吹いてくることを、姪の白無垢の姿を眺めながら感じ入るのであった。

 そんな二人の姿を、ヒーサは心の中でニヤリと笑い、上手くいきそうだとほくそ笑んだ。


(人を動かす原動力、それは“恐怖”と“利益”だ。恐怖はそれから逃れるために心を駆り立て、利益は求めるがゆえに手を伸ばす。アスプリクはここでの生活を気に入ったがゆえに、それを守るために動く。一方のアスティコスは、アスプリクへの負い目と“家族”あるいは“家”を失う恐怖を味わったがゆえに、二度と味わうまいと狂奔する。ひとまずは、二人を戦場に連れ出す理由付けにはなったか)


 初手としては上々、二人を縛る鎖としてはまずまずだとヒーサは満足した。

 だが、この時、ヒーサはしくじっていた。

 目の前の二人の束縛には成功してはいたが、すぐそこの屋敷の地下で、自分の足元を揺るがす話がなされていたことを知らなかった。

 人を動かす第三の原動力“激情”が燃え上がり、火の手がすぐそこまで近付いていることに、戦国の梟雄は気付いていなかったのだ。



             ~ 第十六話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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