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第十四話  憤激!? 怒れる公爵夫人は刺客を放つ!

「私達が探していた“村娘”、その正体は“ヒサコ”だったのよ!」


 主人であるティースからそう告げられ、ナルは衝撃を受けた。

 先代のカウラ伯爵であるティースの父ボースンは、何者かにハメられて毒キノコを受け取り、それを先代のシガラ公爵マイスとその嫡男セインに食べさせ、毒殺を試みたということに世間ではなっていた。

 伯爵家にとっては不名誉な事であり、これを覆すためにティースは事件の真相を追っていた。

 だが、証拠、証人とも消え失せており、父に毒キノコの渡した“村娘”が誰なのかは、ようとして知れなかった。

 一応、ヒサコも容疑者の一人にはなっていた。実際にその口から「カウラ伯爵領を欲している」と口にしていたことも聞いていたし、動機も十分であった。

 性格もあの破天荒ぶりを誰しもが認識しており、毒くらい平気な顔をして盛るだろうという、ある種の確固たる信頼もあった。

 だが、肝心の“村娘”と“ヒサコ”を結ぶ線が存在しなかった。あるとすれば、“村娘”の情報を唯一持ち帰った伯爵家の騎士カイの報告にあった“金髪碧眼の娘”という、たったの一言のみなのだ。

 無論、“金髪碧眼の娘”と言う情報のみでは、どう足掻こうとも犯人にはたどり着けない。なにしろ、そんなありきたりな情報のみでは証拠足り得ず、その外見的特徴を持つ者などいくらでもいるからだ。


「では、我々が追っていた“村娘”と“ヒサコ”を結ぶ線を見つけた、ということでよろしいございますね? まずはそこをお話しくださいませ」


 ナルは怒り狂う女主人を宥め、事情の把握に努めた。

 ティースの思考は飛躍していた。ヒサコの秘密を知り、そこからヒーサが妹の裏事情を知りつつ、それを秘密にして自分を丁寧に扱い、ヒサコへの容疑を逸らせている。

 そこまで思考が進んでいるのだ。

 その考えが正しいのであれば、ティースのヒーサへの怒りも正当なのだが、そこへ至る情報がナルには欠如していた。視察で別行動をとっていたことが仇となったと言えよう。

 自分かマークのいずれかが帯同していれば、あるいはもっと上手く立ち回れたかもしれないが、それは過ぎたことであり、悔やんでも仕方がなかった。

 最近は平穏続きであり、騒動の種であったヒサコも遠方にあって、自分自身にも油断があったと、ナルは自身の軽率さを悔いた。

 だが、それ以上に今重要なのは、主人から事情を聴き出し、状況を分析することであった。

 ティースもナルに宥められ、ある程度は冷静さを取り戻し、一度呼吸を整えてから話した。


「村娘とヒサコを結ぶ線、それは“鍋”と“箸”よ」


「“鍋”ですか」


 その単語には、ナルもすぐにピンときた。

 ヒーサが茶畑に持ち込み、茶の木の種を入れていた鍋。あれはヒサコから届けられたと告げられていた。どういう性質の物なのかは判別できなかったが、たしかにあればピカピカと輝き、普通の鍋とは違う雰囲気を出していた。

 そして、騎士カイの報告にも、「伯爵様が道端で煮炊きをしていた娘が使っていたピカピカの鍋に注目されて、馬の足を止められた」とあった。

 数少ない外見的特徴の情報だ。

 ナルもその点には茶畑で鍋を見た際に感じたが、それだけでは結び付けるのは安易と考え、あくまで頭の中に留める程度にしていた。


「ちなみに、“箸”とは?」


「先程まで、ティース様が使っていた、二本の細い棒の事です。エルフ族ではあれを使って食事をしているそうで、公爵もあれを普及させたいと言ってました」


 答えたのはマークであった。

 たしかに、自分が戻って来たときにティースが、二本の棒で小石を摘まむ作業に没頭していたことを思い出し、ナルは“箸”のことを知った。

 そして、これにもピンときた。

 騎士カイの報告の中に、「その娘は二本の棒のような物で鍋の煮炊きをしていた」という話があったからだ。


「それにね、さっきのエルフの話だと、ヒサコはエルフに教わる以前から箸の使い方を熟達していたみたいなのよ。つまり、エルフの道具であるはずの“箸”を、ずっと以前から使えていた、ということ。鍋のことよりも、むしろこっちの方が重要だと思う」


 ティースからの補足の説明を聞き、ナルも完全に納得し、同時に確信した。

 鍋は道具であり、所有者は変わってしまう。ピカピカの鍋を持っていた、というだけでは、真犯人だと断定するのには弱すぎる。

 だが、“箸の使い方”という技術だけはどうにもならない。技術の習得には時間がかかり、それを使えると言うことは大きな証拠になり得る。


「ああ、それで先程、ティース様が箸に執着なさっていたのですか。箸の使い方、習得するのにどれほどの難易度があるのか、確かめるためだったのですね!」


「ええ、そうよ、マーク。それに気付いたから、むきになったフリをして箸を使い続けたの。結果は無理だった。あれは一朝一夕で身に付くものではなかったわ。かなりの時間、修練を要する技術だと思う。エルフの里に行く前のヒサコが、どうしてそんな技術を持っていたのか、これは重大な疑義となるわ」


 証拠は出揃った。


 “金髪碧眼の娘”という外見的特徴。

 “ピカピカの鍋”という小道具の所有者。

 “箸の使い方”という本来習得できないはずの技術。

 “伯爵領への野心”という犯行動機。

 “ヒーサを介せば実行できていた”という行動範囲。


 これらをすべてひっくるめて考えた場合、“村娘”と“ヒサコ”が同一線上に存在する。

 そう、父ボースンに毒キノコを渡した存在はヒサコ、これがティースの中で確定したのだ。


「なるほど、ティース様の仰る通り、ヒサコが例の村娘である可能性が固まったと見て間違いないかと思います。ですが、問題があります」


「問題? ヒサコを締め上げれば終わりじゃないの?」


「そう、それです。それが“許されるかどうか”という問題です」


「はぁ!?」


 ティースとしては、ナルの発言が信じられなかった。

 今まで散々探しても見つからなかった犯人がヒサコであるとほぼ確定し、あとは拷問にでもかけてヒサコの口を割らせればよいと考えていたのだ。

 だが、それをナルは否定した。しかも、拷問すら否定したのだ。

 ティースは自身の考えに同調しない家臣を睨み付けた。


「なんでよ、ナル! あの愚妹の首を締め上げたら終わりでしょ!? 鞭で引っぱたいて、火で焙って、最後は大好きな毒でぶち殺してあげりゃいいのよ!」


「それがダメなのです! 事件当初であれば、それも可能でしたでしょう。なにしろ、当時のヒサコは本当にただの村娘、公爵家の血を引いていたとはいえ、庶子として実質捨てられた日陰者なのですから」


 ヒーサの話では、ヒサコは庶子として生を受け、領内の隅で細々と暮らすことを余儀なくされたと聞かされていた。

 それを自身の公爵位継承と同時に、正式な身内と認定して、公爵令嬢になったのだ。

 ただ、疑問点はヒサコの存在を、ヒーサとテアを除けば、全員が知らないと言う点だ。公爵家に入る以前の情報が、あまりにも少なすぎるのだ。

 この点から、ナルはヒサコの事をヒーサが兄妹と振る舞うため、自分に似せて作った“人造人間ホムンクルス”ではと疑ったこともあった。

 だが、それの生成に必要な魔術工房がどこにもないため、やはりヒサコは庶子として先代公爵によって完璧に隠匿された“普通の人間”では、という考えに落ち着いた。


「ヒサコは今や、“公爵令嬢”であり、“第一王子の婚約者”であり、“聖女”なのです!」


「それが何だって言うのよ! あいつが父の仇! 兄の仇! 犠牲になった家臣の仇! それだけで十分なのよ!」


「世間がどう思うかが問題なのです! 仰る通り、あの愚か者には、相応の制裁を加えることには賛同いたします。ご命令とあれば、すぐにでも始末して参ります! 毒殺、刺殺、焼殺、殴殺、絞殺、お望みの殺し方で始末して参ります! ですが、それではティース様ご自身も破滅してしまいます!」


 それだけはナルとしては許容できることではなかった。今の今まで忍従してきたのも、主君であるティースの幸せを考えればこそであった。

 復讐のために自身の破滅まで許容されては、仕えてきた意味を失う。絶対に避けねばならないことだ。


「冷静になってお考え下さい。今、ヒサコは確固たる地位を築いています。遠からず、アーソ辺境伯領も差配できるようになり、軍事力まで手にすることになるでしょう」


「だから、そうなる前に始末しようって言っているの!」


「公爵家と、王家と、民衆まで敵に回すことになります! そうなれば、聖女を殺した稀代の悪女として、ティース様は未来永劫、悪名と共に伝わる事となります! それではあまりに!」


 ティースとヒサコの仲が悪いのは、多くの人々が知っていることでもあった。仲が拗れに拗れて、ついに激発した、と世間には取られかねないのだ。

 事情を公表したところで、それが信じられるかと言うのも微妙なところだ。世間ではすでに、「カウラ伯爵家が異端宗派と組んだ謀略」として固まっている状態だ。ここにティースが喚いたところで、戯言だと一蹴される恐れがある。

 どころか、“聖女ヒサコ”を貶める存在と思われ、「やはりカウラ伯爵家の人間は世間を混乱させようとする《六星派シクスス》の尖兵だ」などと言われては、お家断絶となるのは明白であった。

 今、カウラ伯爵家が名義の上だけでも存続を許されているたった一つの理由のは、真犯人ヒサコの兄である公爵家当主ヒーサの好意だけなのだ。

 ヒーサが心変わりすれば、一瞬で吸収され、存在そのものが抹消される。それほど今の伯爵家は脆い状態であった。

 それ以上にナルにとって気掛かりなのは、ヒーサの存在だ。


「ティースの幸せだけを考えよ。そうすれば、ティースも、お前も、幸せになれる。自分の気持ちと、今の言葉を忘れるな。損なうな。時に主人の願いであろうとも、暴走したらばそれを諌めるのが臣下の務めであるとも心得よ」


 これは以前、ナルが一度だけヒーサと主人を介さずに交わした会話の一部であり、それが頭の中を駆け巡っていた。

 伯爵家の興隆とティース個人の幸せ、それが対立した時、ナルは後者を選ぶとヒーサに告げた。

 そして、主人が暴走した時、これを抑えよと告げられた。

 今まさに、“その時”がやって来たのだ。


(ああ、チクショウ! ヒーサに時間を与え過ぎた! 度し難い失態だわ! あれからすでに百日くらいの時間が経過している。あの発言はこうなることを予想した上での牽制! ティース様にヒサコの裏事情を暴かれたら、確実に暴走することが分かっていたのか!)


 時間の経過があまりにも痛すぎた。

 時間があったと言うことは、すでに守りを固めるなり、何らかの対処法を考えていることだろう。そこにむざむざ攻め込んでは、返り討ちにあうのは必至であった。

 今、ティースはヒサコの件で怒り狂っている。もし、暗殺して来いと言われたら、実行に移すつもりではあるが、その後は確実な破滅が待っている。ティースを守ることも、伯爵家を再興することも、もはや不可能な状態となる。

 怒り狂う主人を宥めつつ、善後策を考えて、“ヒーサの了承の上”でヒサコを締め上げねばならない。

 難しい舵取りを迫られるナルは、焦りを抑えつつ、必死で思考を巡らせた。


「状況を推察するに、ヒーサがヒサコの悪行を知っていたのは間違いないと思います。問題は、どの程度関わっていたのか、あるいは、いつ知ったかです!」


 ナルとしてはとにかく、時間を稼いで主人が冷静さを取り戻す時間や理由を与えなくてはならなかった。今動けば、確実な破滅が待っているのだから。


「なら、ヒーサも同罪だ! 知っていながら、私に一言も告げてないんだもの!」


「お気持ちは分かります! ですが、とにかく落ち着いてください! ですので、まずはヒーサに対しての詰問をなされるのが良いでしょう」


 状況的には、ヒーサは間違いなく毒殺事件の裏側に関わっている。問題は、主犯か、共犯か、巻き込まれて黙認したか、この三種のうちのどれかだ。

 前二つならヒーサも同罪。断罪されて当然だが、巻き込まれたのであれば話は変わる。巻き込まれたのならば、最終的なヒサコの処断には同意してくれるであろうし、暗殺の運びとなれば協力も見込める。


「まず、ヒーサに事情を話し、ヒサコの処断を申し出ます。これで相手の出方を伺いましょう」


「あんな男、今更信用できないわ! 話したところで白を切るか、誤魔化すに決まっている! 今までそうだったじゃない!」


 そう、ヒーサはヒサコの事を黙していたのだ。毒殺の件を気付いていながら、何食わぬ顔で今の今まで過ごしてきた。

 これはティースに対しての重大な裏切り行為であり、決して看過できないことでもあった。

 それに相談を持ち掛けるなど、ティースの感情が許さなかった。


「ヒサコを処断するにしても、その後が続きません! 我らが単独で動いてことを成せば、その先にあるのは確実な破滅です! それを回避するためには、どうしてもヒーサの協力がいるのです! ヒーサの口から妹の不行状を公表させ、ヒサコの処断は仕方のないことだったと、世間を納得させるのです!」


「だから、もう信用できないって言ってるでしょ!」


「信用云々ではありません! “利害”でお考え下さい! 利害の一致、秘密の共有、これが間に入れば、信用がなくても手を結ぶことができるのです! 互いに裏切ったら、破滅をもたらすのですから、ヒーサも乗らざるを得ません!」


 ナルも必死だ。ナルもヒーサの事は最初から信用していなかったが、ティースの暴走を止めれる存在が、ヒーサしかいないのだ。

 伯爵家の存続のためには、ヒーサの協力が必要不可欠であり、ヒーサの許可が必要であった。

 仮に単独でのヒサコの暗殺を謀ろうものならば、勝手に何をしてくれたと激怒し、その後の“口封じ”も含めて、伯爵家は確実に抹消される。

 唯一の活路は、ヒーサとヒサコを“同時”に暗殺し、ティースの腹の中にいる子供を公爵家の跡取りにしてしまうことだ。

 謀らずも、毒殺事件において、ボースンが謀ったとされる公爵家乗っ取りの策、「マイスとセインを殺してヒーサに家督を継がせ、ティースとヒーサの間に子供を作らせる。その後にヒーサも殺し、残った子供を当主としてを裏でそれを操る」という図式が、そのままピタリと当てはまる状況を作り出してしまうことだ。


(だが、それは厳しい。今、ヒーサとヒサコは離れた場所にいる。これを同時に襲撃して暗殺するなど、とんでもなく至難の業! どちらかが生き残ってしまえば、確実な報復が待っている。失敗する可能性が高い以上、これはできない!)


 なにしろ、カウラ側の戦力はナルとマークの二人しかいない。各々がヒーサとヒサコの暗殺を同時に成功させるなど、とんでもない難易度であった。

 離れた場所で正確に意思疎通を図り、呼吸を合わせて動くなど、それは“人間”には不可能な事だ。


「ですから、まずはヒーサに打ち明け、その上で動くのです。裏の事情をばらされたくなければ、こちらの言う通りに動け、と脅しをかけるのです。秘密の共有さえなされれば、相手は絶対に裏切りません。それ以上の危険な案件でも持ってこない限りは!」


 これがナルの出せるギリギリの策であった。

 一番信用のできない男を頼らなければならないのは不本意であったが、ヒサコ処断後の事を考えると、どうしてもヒーサの協力ないし黙認を獲得しておかなくてはならなかった。

 説明を受けたティースも、その表情は苦悶に満ちていた。

 ヒサコを今すぐにでも始末したかったが、それでは目の前のナルやマークをも犠牲にすることを意味しているからだ。

 また、お腹の中にいる子供の事もある。愛する夫との子供が、今やもっとも信用のできない男との子供に変じてしまったとはいえ、自分の子供であることには変わらないのだ。

 堕ろすつもりはない。子供は未来の希望そのものであり、それを消してしまう事には躊躇があった。

 なにしろ、生まれてくる子供には、一切の罪はないのだから。

 悩み抜いた末に、ティースは決断した。


「ヒーサに打ち明けましょう。ただし、僅かでもヒサコを擁護するために虚言を吐いた場合は、ナル、マーク、その場で始末して! いいわね!?」


 ティースにしてもギリギリの決断であった。もうこうなった以上、夫婦仲は完全に崩壊したと言ってもいい。もうあの男に抱かれることなど御免であった。

 今までの記憶さえ、跡形もなく消してしまいたい気分だ。

 だが、それでもこの場の三人が全員生き残りつつ、ヒサコへの制裁を加えようとした場合、ヒーサを引き入れる以外の道はない。

 ナルの用意したギリギリの策を、ティースは受け入れた。

 苦渋の決断であったが、この道を選んだ。

 後はヒーサがどう出るか、それだけが気がかりとなった。



             ~ 第十五話に続く ~

「箸の使い方」で身バレする、は連載初期から考えていたネタでした。


ようやく出せたって感じかな。


(∩´∀`)∩



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ヾ(*´∀`*)ノ

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