第十三話 到達! 真実は目の前にあった!
ナルが屋敷に戻って来たのは、和気あいあいとエルフの客人を出迎えている場面であった。
鵞鳥の肥育は牧場の出荷状況から確認を取れ、まず満足する数字が出ていた。伯爵領の特産品にする予定であるし、順調に推移しているのは喜ばしいことであった。
(本来はあれが伯爵領の新たな財源になるはずだったのだけれども)
そうナルは思わずにはいられなかった。
先代当主ボースンが導入を決めて、職人を呼び、牧場を整備して、ようやく出荷かというところまで漕ぎつけた。
そこであの忌まわしい事件が発生した。
結果、カウラ伯爵家はボロボロになり、実質的にシガラ公爵家に組み込まれてしまった。
名義の上ではまだ存続しているが、その実態は属領である。伯爵家の家臣団は解体されたに等しく、今は領内のあちこちに散って、それぞれの担当の持ち場の切り盛りしている。
しかも、不満がないと言う点がティースやナルに重くのしかかっていた。
反抗する気が起きないほどに従順化している証拠であり、お家再興など望むべくもなかった。
(あるいは、それも狙いか)
ヒーサの巧みな手腕には、毎度驚かされていたが、カウラに対する扱いもそうだ。
欲しがる物を何でも与え、まるで女童をあやすがごとく丁寧に扱っていた。結果として反抗心が抑えられ、このままでもいいかと思うほどに心に触手を伸ばしていた。
表面的な情報であれば、伯爵家が仕掛け、公爵家の当主と嫡子を毒殺したのである。その視点であれば、ヒーサから見て伯爵家は父兄の仇であり、厳しく締め上げることも十分に有り得た。
だが、現状はその真逆だ。
ティースとの間は当初は微妙であったが、ヒーサはティースを公爵夫人として丁重に扱い、今では仲睦まじいと言える間柄になっていた。
頻繁にヒーサの寝所に向かうティースを見送るのが日課になって久しいし、まだ秘してはいるが、すでに身ごもっているとのことだ。
ナル自身もまた、他の元家臣同様、このまま平穏に推移してくれるのであれば、それはそれでいいとも考えるようになっていた。
子が幾人か生まれれば、その内の一人を分家として伯爵家も存続される。
伯爵家を残すのであれば、その道筋が一番楽なのだ。
しかし、それでもティースは父の名誉回復に拘り、未だ成果もないが、毒殺事件の真相を追っていた。
ナルやマークをあちこちに派遣して情報を探らせているのは、そのためだ。
今回の伯爵領訪問も、それの一環と捉えており、ナルもさりげなく情報を探ったが、またしても空振りに終わった。
そして、屋敷に戻てみれば、事前に聞かされていた通り、エルフの女性を歓待しているところであった。アスプリクの叔母にあたるエルフだそうで、丁重に扱えとの指示が出ていた。
なお、戻って来たばかりであったので、事情の分からないナルには、二つの奇妙な光景がその視界に飛び込んできた。
一つはその客人のエルフが、黒い仔犬を見て明らかに嫌そうな顔をしていたことだ。犬が苦手なのか、と考えつつも、それ以上の何かを抱えている雰囲気もあり、気になる事でもあった。
そして、もう一つは、自身の主人であるティースが歓待の輪に加わらず、どういうわけか二本の棒を使って小石を掴む、という作業に没頭していることであった。
側に立っている義弟のマークは、そんな女主人に寄り添い、どう声をかけていいのか、迷っているようであった。
「ティース様、遅くなりました」
いつものように軽く会釈して帰還を告げると、とたんにティースの手の動きが止まった。
掌に乗せていた小石を捨て、持っていた二本の棒を握り、その腕を振るわせていた。
「ナル、マーク、話があるの。付いて来て」
非常に重く、暗い声で、久しく聞いたことのない声色であった。
そう、この声を聞いたのは、例の事件直後あたりで、怒りと悲しみに満ちていた、あの時以来であった。
なによりまとう気配だ。殺意と憤激が入り混じる刺々しい気配であり、今まで見た事がない程にティースは煮えたぎるマグマのような怒りを漲らせていた。
それこそ、ナルとマークが引くほどのレベルで、だ。
そんな主人の気配を感じながら、二人は言われるがままにティースに従い、屋敷の中へと入っていった。
***
三人が入った部屋は、地下にある食料貯蔵庫であった。
ひんやりとしており、食べ物の鮮度を保つのには重宝している設備であった。
そして、ナルもマークもすぐに気付いた。地下室ということは、聞き耳を立てられることのない場所であり、余程重要な何かを聞かされると言う覚悟を持って主人の言葉を待った。
だが、ティースは言葉より先に行動に出た。
先日、ヒーサから貰った首飾りをその手で強引に引き千切り、力を込めて地面に叩き付けた。
突然の行動に、ナルもマークも驚いたが、それ以上に驚いたのは、その地面に転がる首飾りを、ティースが何度も何度も踏みつけにしたことだ。
浮かぶ表情は怒りに満ちており、同時に涙も流していた。
ナルもマークも主人のあまりの形相に、ただただ困惑するだけであり、かける言葉を思い浮かべることすらできなかった。
踏みつける回数は二十をゆうに上回り、踏みつける音と、ティースの荒い呼吸音だけが地下に響いた。
そして、疲れてしまったのか、ようやく踏みつける動作が終わり、乱れた呼吸を整えた。
「あ、あの、ティース様、いったい何を?」
ようやく声をかけたナルであったが、その行動の意図が読めず、少し引いていた。
そんな困惑するナルにティースが近付き、両手に手を置いた。しかもかなりの力がこもっており、怒りがにじみ出ていて、ナルの困惑に拍車をかけた。
そして、ティースは口を開いた。
「何もかもが嘘! 全部がまやかしだった!」
響く声は大きく、地下室に反響して耳が痛いほどに突き刺さった。これほどまでに感情を高ぶらせることなど久しくなく、事態は深刻であることは明らかであった。
「あの温もりも、あの優しさも、何もかもが嘘! デタラメ! 演技! ヒーサは私のことなんか、これっぽっちも考えてくれていなかった! 踏み台! 養分! 慰み物! それがヒーサにとっての私のすべてだった!」
ここで怒りの感情がヒーサに向けられていることに、二人はようやく気付いた。よくよく考えれば、首飾りに八つ当たりしている時点で気付いても良かったのだが、主人の剣幕に思考が追い付いていなかったのだ。
「いったい何があったのですか!? ヒーサとの間に何が!?」
少なくとも、今朝別れる前までは、ティースにはそんな感じはなかった。
ナルは牧場の視察のために、マークは茶畑の調整のために、それぞれ主人とは別行動をとっていた。
そして、帰ってくるなりこれである。
つまり、それまでの間に何かあったことは明白であった。
その場面に立ち会えなかったために詳しい状況は分からないが、ヒーサに対して激怒する何かがあった事だけは分かった。
「あのねえ、ナル、マーク。見つけたのよ、例の探していた“村娘”を」
「え!? それは本当ですか!?」
それが事実であれば朗報であった。
ティースの父ボースンに毒キノコを渡し、毒殺事件を引き起こした謎の工作員。締め上げて裏の事情を聴き出せれば、事件の裏側を知ることができると考えている、唯一の生き証人だ。
だが、その足取りは今まで一向に掴めていなかった。
他所からの工作員で、すでに逃亡したと考えられていた。
一応、まだ領内に潜んでいるかもしれず、あちこち当たってみたが、空振りばかりであった。
なにしろ、その村娘を実際に見ていたカウラ伯爵家の人間は、そのことごとくが死に絶えており、事前に聞き出せた“金髪碧眼の娘”という情報だけが手がかりと言う状態であった。
そんな特徴の娘など、はっきり言ってどこにでもいるし、なんの手掛かりにもならなかったが。
「ここでそれを話されたと言うことは、伯爵領に潜んでいたと?」
「違うの、ナル。潜んでなんかいなかった。いたのよ、私達の目の前に、それも堂々と!」
「……! まさか!」
ナルもマークも即座に気付いた。
なにしろ、“金髪碧眼の娘”で、“毒キノコを渡しそうな人物”で、“身近にいた存在”など、二人の知る限り、たった一人しかいないからだ。
「ええ、二人の思っている通りよ。“ヒサコ”が私達の探していた“村娘”だったのよ!」
その一言は世界を崩壊させた。その事実に気付いたティースの目の前は真っ暗になった。
夫のヒーサは非常に明晰な頭脳を持っている。頼りにしてしまうほどに、頭の回転が速い。そんな人物が、妹の悪行に気付いていないとは考えられない。
そう考えると、事件の真相に気付いていながら、ヒサコを処断もせずに放置し、ティースには何食わぬ顔で優しく接して、真相に辿り着かないように糊塗していたことになるのだ。
なぜそんなことをしたのか、ティースには理解できない。理解はできないが、夫が真犯人を庇っていたという事実だけは揺るぎないのだ。
もうティースの怒りは止められないところにまで噴き上がっており、今すぐにでも剣を携えてヒーサに斬りかかろうかという雰囲気をまとっていた。
(それは、それだけはマズい! 今動くのは、絶対にマズい!)
探し回っていた“村娘”を見つけた事は朗報であったが、それの正体がヒサコで、しかも即座にこちらが動くとなると、様々な弊害が発生する事も、ナルの頭の中ではすでに組み上がっていた。
(今動いたら、確実な反撃、報復が来る! 今この状態で動くのは得策ではない!)
ナルは必死に頭を動かし、主人の暴発を防ぐ方法を考え始めた。
~ 第十四話に続く ~
気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。
感想等も大歓迎でございます。
ヾ(*´∀`*)ノ




