第十話 売りまくれ! 商売上手な公爵様!
ついに芽を出した茶の木。
ヒーサこと松永久秀が異世界『カメリア』に転生してから半年、ようやく念願の喫茶文化普及に向けての最終段階に入ったと言ってもよい。突き出した芽は、それを告げる嚆矢足り得るのだ。
ようやくここまで来た。ヒーサはまさに感無量といった面持ちで、芽吹いたばかりの茶畑を見つめた。
だが、それでも別の点に思考を巡らせてもいた。茶人であり、数寄者でもあるが、なにより彼は広大な領地を持つ領主でもあるのだ。
「さて、アスプリクにルルよ、この『促成栽培装置』をどう見る?」
上手く稼働した畑に設置された数々の魔術具。アイデア自体はヒーサが考案したものだが、それをしっかりと形にしたのはアスプリクであり、ルルであった。
散水、温度管理、地力制御、これらを畑の要所要所に配置した魔術具の柱で制御し、制御盤の操作一つで調整すると言う画期的な装置であった。
これさえあれば、成長の遅い作物、あるいは温度が低いと育ちにくい作物など、そうした物を育てることができるようになるのだ。
現に、目の前の“茶”などがその代表例だ。
茶の育成には降水量が重要であり、特に育成期の春から秋にかけては地面が乾いてくる度に、水を与える必要がある。そうすることで良く伸びるのだ。
また、茶の木は霜害に極めて弱く、霜に当たると枯死してしまう可能性もあった。
当然、日当たりの良さも重要であり、傾斜部であることが望ましいのだ。
以上、すべての条件を揃え、ようやく稼働したのが、目の前の茶畑というわけだ。
これに対するアスプリクとルルの意見は辛辣そのものであった。
「はっきり言って非経済的! とにかく、初期投資が大きすぎる上に、土地を選び過ぎるのがよくない。普及させるのは無理だと思うな。作業効率という点では優秀だと思うけど、人足だけの人海戦術でも可能なんだし、ここまでの事をする必要があるかな、っていうのが正直なところ」
「その意見には同意します。初期の設定、魔術具の設置に関して、難易度が高すぎます。一度設置して稼働すれば、それなりの魔術師が一人いれば、畑の魔術具を制御できますが、とにかく費用が高すぎます。余程の商品価値のある作物でも作らない限りは、投資分を回収するのは不可能でしょう」
二人揃って口にしたのは、かかった費用の事であった。
なにしろ、目の前の畑には常駐術式とそれを制御する魔法陣が組み込まれた魔術具が、そこかしこに設置されている状態なのだ。当然、その費用は莫大になる。
一度稼働してしまえば少人数での管理も可能となるが、それができるのも龍脈の特異点という、極めて例外的な土地柄ゆえである。
魔力源がなければ動かない、という問題も抱えることとなるのだ。
術士そのものを魔力源とできなくもないが、それをするとこれを恒常的に動かすのに、いったい何人の術士を配備することになるのだと言う話になる。
初期投資に目を瞑りつつ、龍脈の特異点という限定的な空間を用意する。これが揃って、初めて稼働するのが、目の前の『促成栽培装置』であった。
とてもではないが、普及させるのは不可能と言えた。
「では、いっそのこと、性能を落として、散水、温室効果、地力増強のいずれか一つに限定してはどうでしょうか?」
そう意見したのは、マークであった。
目の前の畑は“茶の木”という極めて例外的な作物を育てるために作られた畑である。そのため、常駐術式が複雑になってしまい、高コストを招いたのだ。
ならば、いっそ性能を落として、一つに限定すれば、そこまでの費用にはならない。というのがマークの考えであった。
実際、これは“漆”の栽培で用いられていることでもあった。
漆の樹液の採取量を増やすため、術士は直接、漆の樹木に魔力を注ぎ込み、樹木を活性化させて採取量を増やすことに成功していた。
育てる作物に合わせて常駐術式を選び、水か、温度か、肥料か、優先すべき要素を選んで運用するというわけだ。
“選択と集中”を考え、限りある資材や人材を効率よく運用しよう。
これがマークの意見であり、ヒーサもそれには納得した。
「マークの意見は正しい。作物や育成時期に合わせて、単一の性能に特化した術式を用意する方が、費用を抑えれると言うものだ。まあ、この茶の木は私のわがままで始めたものだし、このやり方にこだわる必要はない。アスプリク、ルル、単一の性能での常駐術式ならばどうなるかな?」
ヒーサとしてはアイデアは出せるが、実際それを作れる技術者の意見を求めた。門外漢が仕様に口を出して技術者を無理をさせることはない。出すのは口ではなく、金や資材の方でなくてはならない。
「それなら、かなり安くは仕上げれるね。例えば、池や川なんかを水源として、そこに水路や配管を通して、魔術具で散水する方式ができる。この茶の木の畑も、水散布にムラができないようにするために、噴射散水方式じゃなくって、わざわざ雨雲精製からの降雨散水方式にしたんだから」
丁寧に育てるという発注元の仕様に合わせて、コスト度外視で作ったのが目の前の畑なのである。それを基準にしては、とても実用に耐えれる経済効率とは言えない。
しかし、性能を落とした廉価版であれば、効果は見込める。
何も雨雲を生成するなどという大々的な術式を用いなくても、散水機を魔術で動かすだけでも水を散布することはできるのだ。
むしろ、そうしたやり方の方がいい。アスプリクはそう言い切り、ルルもそれに頷いて賛意を示した。
「まあ、その辺の仕様は現場に任せるよ。私としては、茶畑が完成した段階で、目的は達せられたようなものだからな。他の畑はどういう仕様でやるべきかについては、口を挟むつもりはない。資金は出すから、好きなようにやってくれればいい」
これがヒーサの持つ魅力でもあった。現場に裁量権を与え、それでいて口は出さずに金だけは出してくれる。働く人間としては、これほど話の通じる後援者はいないであろう。
ただ、ごく一部の案件に対しては、異常なまでのこだわりを持ち、資金資材を惜しみなく投じるが、仕様に寸分違わぬ精度を求めてくるので、そうしたときは現場も苦労するのだ。
目の前の茶畑もそうであるし、漆器の工房もたまに特注の仕様で注文を出してくる時もある。
松永久秀の“数寄者”としての一面が、より珍しい物を、より完成度の高い物を、より美しい物をと、果てない欲望を満たすために要求してくる。
それに合わせるために、職人や術士もまた腕前を上げ、さらなる高みへと昇っていけるのだ。
「ですが、ヒーサ、やはり金をかけ過ぎでは? 売れるのかどうかも分からない品に、ここまでの大掛かりな設備を投じるのはどうかと思いますよ」
資材の浪費に当たらないのか、そうティースは夫に疑義を呈した。
そもそも、ここにいるほぼ全員が“茶”について知らないのだ。薬だ、飲み物だと聞かされているが、その実態は把握していない。
そんな意味不明な作物を育てる畑に、通常の畑を造成するのに比べて金銭に換算すれば、百倍近い額を投じているのだ。
“公爵夫人”として、伴侶の無駄遣いを見過ごすことはできなかった。
だが、ヒーサは心配するなと言わんばかりにニヤリと笑った。
「安心しろ、ティース。確かに、かなりの金額を投じたが、茶葉の生産が始まると同時に、一気に取り戻せるぞ」
「何か秘策でも?」
「ああ。茶の湯を指南する道場を立ち上げ、“ニンナ式茶の湯点前”を確立する」
言っていることがまったく理解できなかった。
ヒーサの説明が異次元過ぎて、その場の誰もが首を傾げた。唯一理解していたのはテアだけで、またかと言わんばかりの引きつった顔をしていた。
「つまり、だ。今、漆器作りにしろ、陶磁器作りにしろ、目の前の茶畑にしろ、そのすべては“茶の湯”を興じるために用意した物だ。そして、準備が整った段階で、こう噂を流す。『シガラ公爵殿は“茶の湯”なるものに首ったけで、これを共にできる相手を探している』とな」
「あ、そっか。前にヒーサに教えてもらった茶の湯に使う道具って、全部ヒーサの息のかかっている工房でしか作成できない。つまり、公爵と趣味友になろうと考えた場合、どう考えてもヒーサの手掛けた工房から道具を買わないといけないから、後は勝手に金銭が落ちてくる!」
ようやくヒーサの言わんとしたところを理解し、ティースは目を丸くして驚いた。
今やヒーサはカンバー王国一の金持ち貴族であり、その権勢は留まるところを知らぬほどの拡大を見せている。当然、そんな大貴族とお近づきになりたい者はいくらでもいるのだ。
茶の湯なるものが大好きだと知れば、お近づきになるために茶の湯を始める者が出てくる。その際、購入する道具は、そのすべてがヒーサの息のかかった工房を経由しなくてはならないのだ。
釜や風炉、火箸などは鋳物師がいれば作れるだろうが、台子に使う漆器はシガラでしか生産していない。茶碗や水指などの陶磁器はケイカかアーソで作るしかなく、そこは第一王子アイクの領域、つまりその“妻”となるヒサコの差配が及ぶ場所なのだ。
そして、茶葉はここ、目の前にあるカウラの茶畑しか存在しない。適性地が見つかれば、茶畑をさらに作ることも考えているが、どのみち『促成栽培装置』がなくては栽培ができないため、結局はヒーサの匙加減一つでどうとでもなってしまうのだ。
つまり、飛ぶ鳥落とす勢いのヒーサと仲良くしようと思えば、茶の湯を習得して茶会に招くか招かれなければならない。
しかし、その道具一式は、ヒーサの息のかかった工房でしか生産していない。
ならば、多少の出費があろうとも、道具一式を揃えなくてはならない。
「とまあ、こういう考えを持つ輩がいくらでも出てくるだろう。茶畑単体では、大きな赤字となるが、茶事全般で収支を見た場合、大きな黒字となる。それに、茶葉自体、ここでしか作れない物だし、ちょいとふっかけてやってもいいかな。フフフ、これで私の下にますます“金銭”と“人脈”が集中するというわけだ。理解できたかい、ティース?」
考え方のスケールの大きさに、ティースはただただ驚くばかりであった。
ヒーサとティースの視点の差とも言える。ヒーサが常に戦略レベルでの思考を進めているのに対して、ティースは戦術レベルでの判断が多い。無数の事象を紡ぎ合わせて、全体の流れを読み解く夫の先見の明に、言葉が浮かばなかった。
「それと、だ。ティースだけでない。ここにいる主だった面々にも、茶事を指南するつもりでいる。茶の湯の広がりと共に、茶の湯を学ぼうとする者が増えてくるからな。私一人でそれらを指南するなど不可能だ。よって、何名かによく指南して、茶の湯の先生の免状を与えるつもりでいる。貴族や名士の先生役になれるのだ。悪い待遇ではないぞ」
このヒーサの言葉に場が湧き立った。
たしかに、貴族相手に芸事や武術の先生を務める者はいる。歌謡や舞踊、音楽の他、剣や槍、あるいは弓術に砲術、馬術など、指南役として貴族に召し抱えられる者も数多い。
それに今度は“茶事”が加わると言うのだ。
もし、ヒーサの計画通り、茶の湯が流行すれば、それを教えてもらうために指南役の話がいくらでも舞い込んでくるというものだ。
稼ぎとしては悪い話ではなく、またヒーサとの繋ぎ役も兼ねているので、その点でも役得を期待できると言うものであった。
「そういうわけだ! それもこれも、この茶畑が早く青々と茂り、茶葉の生産が始まって、初めて実体あるものとなるのだ。だから諸君、なんとしてもこの茶栽培事業、成功させるぞ!」
「「「はい!」」」
ヒーサの呼びかけに、威勢のいい返事が返ってきた。
無論、茶の何たるかを理解していない者ばかりなのだが、なんだか楽しい事になりそうだとは肌で感じることができた。
なにより、ヒーサより示された、貴族や名士の指南役というのは何とも魅力的であった。人脈が広がり、上手くすればどこかの名家に、士官やらお抱え家庭教師になれることすら有り得るのだ。
これはなかなかに楽しい未来予想図であった。
もちろん、このままヒーサの下に留まり、茶の関連事業で業績を上げて、大成するという道もある。
どちらに進んでも、悪い話ではないのだ。
場の空気は皆のやる気で満ちていき、士気がモリモリ上がっていくのを、ヒーサは肌で感じ取って、満足そうに頷いた。
そんなヒーサに、少し醒めた視線を向ける者がいた。テアだ。
(そうか。《大徳の威》を捨ててでも、茶の木の入手に拘ったのは、これが目当てだったのね。今、王国内では漆器がブームになっている。おそらくはこの流れのまま、次は陶磁器を拡散させる。そして、満を持して茶の湯を世に送り出し、王国に対して“文化的侵略”を志すつもりね。徳はもう十分に溜まったから、今度は財力と人脈、そして、“数奇の力”で触手を伸ばしていく。良く考え付くわね)
テアは感心しつつも、同時に呆れてもいた。
なにしろ、“魔王”という脅威が迫る中にあっても、やっぱりやっていることは“国盗り”であったからだ。
もちろん、利点がないわけでもない。一国丸々自分の色で染め上げれれば、魔王に対する強力な組織を立ち上げることもできるだろう。
だが、それもあくまで、時間的猶予があればの話である。国を乗っ取り、まとめ上げ、その上で魔王と対峙するのには、あまりにも猶予がないのだ。
なにしろ、魔王を名乗るジルゴ帝国の皇帝は、すでに国内をまとめ上げている段階である。
一方のヒーサは、これから乗っ取る段階だ。どう考えても、体制を整える時間が足りないのだ。
さて、ここからどうすることやらと不安を感じつつも、場に水を差さないよう、テアは無言で湧き立つ周囲の人々を眺めるのであった。
~ 第十一話に続く ~
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ヾ(*´∀`*)ノ




