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第五話  転移完了! 懐かしの公爵領に帰還す!

 シガラ公爵の屋敷の中には、当主ヒーサが自分で管理する診療所があった。

 元々ヒーサは公爵家の次男坊であり、家督を継ぐ立場にはなかった。そのため、医者として生計を立て、暮らしていこうと仮の拠点として、屋敷内の離れを利用した診療所を設けていた。

 ゆくゆくは市街地の方にちゃんとした診療所を用意し、そこで開業医として暮らす。それが本来のヒーサの進むべき道であった。

 だが、女神の力により転生してきた戦国の梟雄“松永久秀”の降臨先となり、その肉体を奪われた。

 それだけならば、この世界の“設定”としてはおかしくなく、あくまで転生する英雄用に用意された肉体に、呼び出された魂が乗り移った、というだけの話だ。

 おかしい事があるとすれば、そのやってきた英雄が、英雄とは思えぬほどの常軌を逸した行動に出たことであろう。

 転生するなり、松永久秀がヒーサとして最初にやったことは、“暗殺”であった。

 動かせる財や人を増やすためにシガラ公爵家の当主の座を狙い、父マイスと兄セインを毒殺した。加えてその罪を義父ボースンに押し付けて自殺に追い込み、ついでに義兄キッシュも事故に見せかけて殺した。

 そして、“作り出した妹”であるヒサコの情報を消すために、その姿を見た侍女リリンや裏工作に利用した外法者アウトローを、口封じのために爆殺した。


「こんな英雄見たことない」


 初手から暗殺を繰り返し、自分に都合のいい様に周囲の状況を動かすなど、とても正気の沙汰とは思えなかった。転生させた張本人であるテアも不安になり、一度は間違って魔王でも召喚してしまったのかと考えた。

 だが、彼女の調べでは、ヒーサこと松永久秀は間違いなく人間であった。

 その後も順調に悪行を重ね、それでいて悪名はヒサコを始め、他人に押し付けているため、表向きは理知的で徳に富んだ慈悲深い貴公子、として世間では通っていた。

 そんな彼の裏の顔を知る者はごく僅かであり、その偽装も完璧に機能していた。

 なにしろ、彼が転生の際に手にしたスキルは、そうした裏工作を覆い隠すための偽装に役立っており、強力な戦闘技能がない代わりに、隠密や工作などに利用できる特殊なスキル編成になっていた。


「よし、戻って来れたな」


 今もまた、診療所内にいたヒーサがそう呟き、自身の体の具合を調べているがそれには理由があった。

 と言うのも、先程までこのヒーサは“偽物”であったからだ。

 偽装のためのスキルは多岐にわたるが、まず最初に手に入れたのは、《性転換》である。文字通り、男女の性を入れ替えるスキルだ。

 これを利用して男性体であるヒーサと、女性体であるヒサコを交互に演じ、その時の都合に合わせてどちらかで行動していた。

 次に《投影》。これは本体とは別の性別の分身体を作れるようになるスキルであり、二人同時に同じ空間に存在することにより、より高い精度の偽装が出来るようになった。

 遠隔操作はかなり高難度ではあるが、《手懐ける者テイマー》による精度向上でこなしており、今回の旅でも、国境を越えた遥か遠方からでも操作していた。

 そして、今使ったのが《入替キャスリング》というスキルだ。

 これは遠方地にいようとも、本体と分身体を入れ替えることができるスキルである。

 これを使い、アーソに滞在する本体のヒサコと、シガラにいる分身体のヒーサを入れ替え、今はヒサコが分身体となり、ヒーサが本体となったのだ。

 ただの中身交換と思えるかもしれないが、本体の方が動きがいいし、分身体はいざとなれば即座に消すこともできる。

 なにより、今回の最大の理由は、“おまけ”の方であった。

 《入替キャスリング》発動から遅れる事、数秒後、ヒーサのすぐ近くにテアが現れた。

 テアはこの世界の設定上、自分で呼び出した英雄の側にいることになっているため、《入替キャスリング》で本体と分身体が入れ替わると、本体の方へと引っ張られる形で《瞬間移動テレポーテーション》が発動するのだ。


「うむ、こちらも無事に追いついてきたな。って、なぜ離れる?」


 ヒーサはテアが到着するなり、微妙に距離を空けた位置に立つのを怪訝に見つめていた。


「いや、だって、『動作確認だ』とか言って、私にエロい事する気でしょ?」


「よく分かっているではないか。では、早速」


「来なくていい! こっちくんな!」


 手をワキワキさせながらにじり寄るヒーサに、テアは手を振って払いのけた。

 ちなみに、その手には神造法具である神の鍋『不捨礼子すてんれいす』が握られており、鍋の中には“茶の木”の種でぎっしりであった。

 また、脇にはヒーサの愛玩犬にして最強の用心棒、悪霊黒犬ブラックドッグの“つくもん”もテアと一緒に飛んできていた。

 《入替キャスリング》の影響でテアも一緒に飛ばされるのだが、そのテアが持ち運びできる範囲であれば、荷物も一緒に飛んでこれるので、それこそ最大の利点と言えた。

 今回の輸送した荷物は、鍋と、その中身の種、そして、犬。以上の三種類であった。


「前回はそれのせいで危うかったでしょうが! ナルに見つかったらどうするのよ!?」


「二度目のしくじりはない。今日はティースとマークも含め、いつもの三人組はカウラ伯爵領に行っている。新農地の視察名目でな」


 以前、《入替キャスリング》で移動した際には、すぐ近くにナルが潜んでいることを失念して飛んでしまい、危うく正体がバレるところであった。

 特に、黒犬つくもんは擬態を覚えたてで、気配を消すことができておらず、禍々しい気配を漂わせていたため、壁一枚向こう側にいたナルに感づかれたのだ。

 咄嗟に窓から黒犬つくもんを放り投げ、テアももう一つの姿である“赤毛のトウ”に変身し、どうにかごまかすことができた。

 だが、今回は前回の失敗を踏まえ、念入りに準備をしていた。

 まず、カウラ伯爵家の三人組が揃って出かける日を選び、同時に黒犬つくもんには《隠形》を使わせ、普通の仔犬と見分けがつかないような気配にしておいたので、不意な遭遇にも対応できるようにしておいた。


「そこまでやってまで、これを速達したかったのか」


 テアの持つ鍋の中には、茶の木の種がしっかりと詰まっていた。

 茶栽培を行い、喫茶文化を根付かせることこそ、ヒーサこと松永久秀の野望であった。

 この世界に飛ばされてからと言うもの、それどころかかつての世界で死ぬ直前に茶を点てようとしたら、水指の水が無くなっていて、そこからお預け状態が続いていた。

 とにかく、茶が飲みたい。その一心だけで茶の木を求め、エルフの里を消し炭にしてまでようやく手に入れた種である。

 さっさと栽培に移りたいと願うのは、当然と言えば当然であった。

 なお、国内は内乱一歩手前、国外からは魔王を称する皇帝が迫っているという状況なのだが、それにも増して茶を優先するという、度し難い行動にテアも呆れるよりなかった。


「うむ。『喫茶文化推進計画おちゃのみたい』もいよいよ大詰めだ。茶栽培まであと一歩!」


「いい加減、お茶から離れろ! 魔王が近くまで迫っているのよ!」


「では、魔王を茶会に招こう。風炉も用意できたし、野点のだての設えや趣向を考えねばな」


「ダメだ、こいつ。全然周りが見えてない」


 もはや禁断症状と言ってもおかしくないほどに、テアの目の前にいる男は茶狂いになっていた。

 エルフの里で上等とは言えないまでも、茶の煮汁を飲んでしまったことにより、抑え込んでいた欲望が解放されたのではと、テアは考えた。

 それは非常にまずい事であった。ヒーサは悪辣と呼べるほどに知恵が回るが、ここ最近の緊迫した状況で考えに考えた末に、もう無理と諦めたのではとすら思えてきた。


「とにかく! さっさと種植えしたら、すぐに魔王迎撃の準備をしないと、畑ごと焼き払われかねないんだから、シャキッとしなさい!」


「それは困るな。茶のために、魔王を滅ぼすとしよう」


「どういう思考しているのよ、あんたは! 世界平和より、茶を選ぶの!?」


「世界平和も何も、この世界はそもそも、神々の遊戯盤ではないか。平和な世界の箱庭が欲しいのであれば、魔王など生み出さずにいればいいだけだ」


「身も蓋もないことを言う。それじゃ試験になんないでしょ!」


「私に言わせれば、上位存在とやらが、なぜそんな回りくどい事をしているのか、ということなのだがな。疑問に思わんのか?」


 言われてみればまさにその通りであり、テアはハッとなった。

 そもそも、今回の試験はあまりに異例尽くしなのだ。

 友軍との連絡が付かず、実質孤立無援で魔王との戦いを強いられている。バグとしか思えない事象が発生していても、上位存在からの応答もなければ、注意勧告もない。


(そう、それが妙なのよ。もし、外界から完全に遮断されているのだとすれば、ルールブックの確認すらできないはず。でも、エルフの里で思念を飛ばしてみたら、ちゃんとルールブックに接続できて、中身もちゃんと閲覧できた。つまり、バグはあっても世界の機能は損なわれていないとも言える。上位存在がそうした歪みをどこまで許容するのか、こっちからは判別もできないし、続行するよりないのよね)


 結局、結論としては試験が続行されているとみなし、続けるしかないと言うことだ。

 異例やバグが目白押しで、ヒーサの指摘するように、何を目的として上位存在が動いているのかも分からない。

 だが、分かっていることはある。それはどういう状況に動こうとも、結局は魔王をどうにかしないと話が進まないということだ。


「ヒーサ、あなたも疑問は山ほどあるとは思う。でも、今は魔王を倒すことだけを考えて。負けることだってあるかもしれない。試験を突破できずに落第した奴なんて、五万といるからね。でも、今はそうしたことは“些事”でしかないわ」


「ククク・・・、神という存在の行く末を、些事と断じたか。なあ、女神よ、以前よりかは、いい面構えをするようになったな」


 ヒーサの視点から見ても、テアは変わってきたと感じていた。

 出会った頃は上から目線でありつつ、どこか人間を小馬鹿にしている風すらあった。

 だが、状況が悪い方向へ動いていくうちにヒーサの智謀に頼らざるを得なくなり、無軌道ぶりに飽きれつつも馴染んできていた。

 いよいよ差し迫ったと言う昨今の情勢下では、なりふり構わずせっついてくるようになった。

 それは紛れもなく、“成長”なのだ。


「あるいは、そうした点も上位存在の思惑なのかもしれんな。試験を通して、見習いの力量を計測しながら、成長を促す。悪くない発想だ」


「そうかもしれない。いえ、そうだと信じたい」


 テアも今の一言で吹っ切れた。

 もうお上品にやっている余裕はない。ならば、泥臭くとも、血生臭くとも、卑劣であろうとも、ありとあらゆる手段を用いてでも、魔王を倒さねばならない。

 そう、決意を新たにした。


「我が召喚せし英雄、松永久秀! もう一度言うわよ。やり方は任せる。どんな手段を使ってもいい。だから、魔王を倒すわよ!」


「命令が変わったな。魔王を“探す”から“倒す”になった。まあ、妥当だ。頼りにならん友軍に期待するなど、するだけ無駄というものだ」


 ヒーサはニヤリと笑い、テアが差し出した鍋を受け取った。

 大事な種が保存されている鍋であり、茶人にとっては欠かすことのできない茶の木となる種だ。


「命令変更は承ろう。当然、報酬も上乗せであろうな?」


「そうね。なら、お茶に付き合う、ってのはどうかしら?」


「女神との茶会か。悪くないな」


 茶葉が手に入り、茶道具が揃えば、それも可能となるだろう。あとは邪魔な存在が消え去れば、そうしたのんびりとした光景も現実のものとなる。

 道のりとしては以前よりもさらに険しくなった感じでもあるが、報酬を思えば妥当とも言えた。

 だが、外道はあくまでも外道であった。

 鍋を側の机の上に置いたかと思うと、テアの両手首を掴み、勢いそのままに壁に押し付けた。


「え、お、ちょい、こら」


「報酬の前借り」


「ふざけんな! おい、こら!」


「これくらいの役得がないと、魔王との戦いなんぞ、やってられん」


「折角、かもされたシリアスをぶち壊すな!」


「予想と期待を裏切るのが、私の得意技だ」


 それについては全面的に納得するが、だからと言ってこのまま好き放題されるのはごめんであった。

 なお、診療所内には入院施設も存在し、今いる診療室の奥には寝台が備え付けられていた。

 よくよく思い返してみれば、転生初日に侍女のリリンを手籠めにしたのも、この診療所だった。あれから半年以上経過してはいるが、やはりその程度では目の前の外道ムーブは修正されないことを、テアは今現在、身を以て思い知らされようとしていた。

 だが、寸前のところで横槍が入った。


「邪魔するよぉ~ん!」


 勢いよく診療所の入口扉が開かれ、一人の少女が入って来た。

 少女の目には、金髪の貴公子と、緑髪の侍女がくんずほぐれつの場面が映し出されていた。もちろん、中での気配からそういうことをしているであろうことは予想出来ていたが、実際に目の当たりにするのは刺激的であった。

 ちなみに、入って来たのはアスプリク。王女にして半妖精ハーフエルフ、王国内では一、二を争うほどの腕前を持つ術士だ。


「今取り込み中だ。邪魔するなら、帰ってくれ」


 キッパリと拒否するヒーサであった。本体としては会うのも久々なのだが、間の悪い事に、今は女神とイチャついている最中だ。

 無粋である、と言いたげな視線をヒーサはアスプリクに送り、一方のテアはどうにかうやむやにして助けて、という視線をアスプリクに送った。


「えぇ~、折角さぁ、ご注文の茶畑に適した立地、探してきたのに」


「よし、話を聞こう!」


 途端に興味が失せたヒーサは襲っていたテアを解放し、アスプリクに詰め寄った。


(私より、畑の方がいいのか・・・)


 なんとも釈然としない幕引きに、テアは喜んでいいのか怒るべきなのか大いに悩んだ。

 とはいえ、本当に魔王を倒した暁には、その畑で採れた茶を淹れて、一緒に飲んでやるくらいは別にいいかと思いつつ、本当にまじめにやってくれと願うばかりであった。



             ~ 第六話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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