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第二話  急いで帰宅! 戦があたしを待っている!

 ジルゴ帝国に皇帝現る!

 血で血を洗う抗争を繰り返す蛮地において、それを取りまとめる覇者の誕生は、すなわち周辺国にとっての災厄の始まりであった。


「なるほど。エルフの里にも怪物モンスター達が跋扈し始めていたから、その兆候だったのね。おお、怖い怖い」


 なお、エルフの里については、ヒサコがわざと呼び込んだものであり、皇帝云々とは関係ない事であった。

 明確な被害を受けたアスティコスはヒサコを睨んだが、それは無視して話を進めた。


「それで、その皇帝様はどんな怪物モンスターなのかしら? 顔が三つの、腕六本とか?」


「どんなバケモンじゃ、そりゃ。伝え聞いてる容貌はそんなんではないな。というか、どうも人間種らしいぞ」


「ほう、それは興味深いですね」


 異形の存在が多数住まう国で、その皇帝が“人間”だと言うのだ。興味を惹かない方がおかしいし、どうやって皇帝にまで上り詰めたのか、気になるところであった。


「なんでも、とんでもない剣の使い手のようでな。一振りするだけで、百の死体が積み上がったとかなんとか。単眼巨人サイクロプス族最強の戦士を、最初の一撃で真っ二つだとか、そんな話を聞くな」


「うん、普通にバケモンだわ。話が本当ならね」


 噂話には尾ひれが付く物なので、全てを鵜呑みにはできないが、とにかく諸部族を従えるだけの武力を有しているのは間違いないだろうとヒサコは考えた。


(ちょっと面倒なことになったわね。できれば、王国内部のごたごたを片付けてから、切り取り御免で帝国の領土を掠めようかと思っていたけど、順序が逆になっちゃうわよ、これじゃあ)


 ヒサコとしては、少し早まったかと、王国の火種を大きくしたのを後悔した。

 実際、合戦になった時に厄介なのは、前から飛んで来る矢弾よりも、後ろから繰り出される槍の方が怖いのだ。裏切り、内通、考えたくもない事態だ。

 自分がやるのはよいが、誰かにやられるのは御免こうむるというものだ。

 そこまでいかなくても、足の引っ張り合いで補給が滞ったり、あるいはわざと見殺しなどということも考えられる。

 随分といやらしい時期に皇帝即位とは面倒なことだと、ヒサコはどうしたものかと悩んだ。


「それとな、なんでもその皇帝、自らを“魔王”などとも名乗っているそうだ」


「魔王、ねえ」


 聞きなれた言葉ではあるが、よもやの場面で登場である。

 ヒサコはもう一度後ろを振り向くと、テアは目を丸くして驚いているのが目に入った。


(まあ、当然よね。女神様にとっては、他のあらゆる事象よりも、魔王に関することが優先だもの)


 そもそも、この世界カメリアは、言ってしまえば神様になるための試験場であり、テアは見習いの女神として転生者を連れて試験の真っ最中なのだ。

 降臨してどういった行動をして魔王討伐に貢献するのか、それを遥かなる高みに存在する上位存在が監督官として査閲し、評価を下すのだ。

 テアにと手は一人前の神として認めてもらえるかどうかの重要な試験であるが、転生者たる松永久秀にとっては死後の世界でのちょっとしたお遊戯でしかなかった。

 無論、女神との契約もあるので魔王討伐での功績は立てるつもりであるし、なにより負けると言うことが癪であるため、自分の道楽の合間合間に本気にはなっていた。


(だからこそ、言える。皇帝は魔王を名乗っているみたいだけど、こいつは偽物だということ。あるいは影武者とでも言っておこうかしら)


 ヒサコは魔王の正体と居場所を、ほぼ間違いないとの確信の下に予想していた。そのため、今回の魔王を名乗る皇帝はその道筋から逸脱しており、女神の探す魔王ではないと踏んでいた。

 だが、同時に嫌な感覚にも襲われていた。

 それは黒衣の司祭カシン=コジの存在であった。

 どこからともなくやって来て、色々とちょっかいをかけてくる闇の神を奉じる異端宗派《六星派シクスス》の司祭だ。


(そう、あいつは間違いなく魔王と何らかの形で繋がっている。現に、魔王がいると予想しているシガラ公爵領にも、確認と称して現れた。もし、その際に魔王から指示やら力を授かっていたとしたらば?)


 ヒサコとしては一考に値する不穏な行動であった。

 なにしろ、本体と分身体を使い分け、見事な世渡りをしているのが自分自身なのだ。それを相手もそっくりそのままやり返してくるという可能性もあった。


(皇帝にして魔王、などという分かりやすい敵役を見せておき、そちらに集中させてから、本物を登場させて背後からの強襲。これをやられたら、手数の上で負けてしまう。王国全部を自分で動かせるならまだしも、まだそこまでの絶対権力は手にしてないしね)


 シガラ公爵としての実力は確かに向上したが、それでもあくまで王国内で三指に入る勢力程度であり、圧倒的強者というわけではないのだ。

 もし、王権簒奪が進み、指先一つで軍令を国の隅々まで行き渡らせる、というのであれば話は違ってくるが、そういう状況でもない。

 楽しんでやっている“国盗り物語”もまた、道半ばでしかないのだ。


(王国のすべてを手にし、茶の湯を飲んで、芸術を愛で、美女に囲まれるという酒池肉林。まだまだ先は遠いわね~)


 などと考えつつも、それを成す前に魔王に台無しにされてはたまったものではないので、今回こそ全力での対応が求められると覚悟を決めた。


(まずはとっとも公爵領に戻って、ヒーサを本体に切り替えて、戦の準備を整えないと。いや、それよりも、アーソ辺境伯領に留まって、そっちで準備した方が早いか。どのみち、帝国側とは戦うことになりそうなんだし、アーソに戦力を集中させて……。ああ、それだとシガラ公爵領の方が手薄になるか。教団に全力で喧嘩を売った以上、本拠地を手薄にするのはさすがにマズいわ~)


 さすがに皇帝即位の件は読めなかったので完全に後の祭りであるが、王国内部に火種を撒き過ぎたと今は反省していた。

 どちらかに戦力を集中して事に当たるのが最良であるが、それを許してくれるような呑気な状況でもなくなっていた。


「そう言う事情なら、早いとこ国元に帰らないとダメね。ルーデンさん、色々とありがとう。事態が落ち着いたら、また注文に来るわね」


「おう、いつでも歓迎するぜ。倅に会ったら、危なくなる前にとっとも戻って来いと伝えといてくれ」


 ぶっきら棒ではあるが、家出して王国まで旅立ってしまった息子デルフを、なんやかんや心配するルーデンであった。

 

「そうですね。帰りにケイカ村に立ち寄る予定もありますし、デルフさんにお伝えしておきます」


「そうか! お嬢ちゃんも達者でな! また来いよ!」


 ヒサコとルーデンはもう一度握手を交わし、いつかの再開を約した。

 そして、ヒサコ、テア、アスティコスは持ち帰る品を荷馬車に詰め込み、工房の人々が手を振って見送る中、馬車を進ませた。

 これで旅は終わるが、ルーデンから仕入れた厄介な情報が今後の展開に大きく関わってくると感じながら、帰路へと着くのであった。



              ~ 第三話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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