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第三十九話  葬送! 茶の湯で送る死出の旅路!

 アスティコスは茫然と目の前にいるヒサコを見つめていた。

 人でありながら、まるで魔王か何かのような口ぶりに、ただただ唖然としていた。

 未だにその脇には父プロトスの首を抱えており、もう片方の手で自分の頬を撫で回していた。

 さらに、黒犬つくもんまで寄って来て、ペロリと嘗めてきた。

 ヒサコの手と黒犬つくもんの舌に挟まれる格好となったアスティコスは、もう何も考えられなくなっていた。

 これは夢か、それとも現実なのか、それすら区別がつかないほど、目の前の光景は異様であった。文字通りの意味で嘗め回されており、その不快な感触こそやはり現実なのだと律義に伝えていた。


「あ、これ、返さないとね。ちゃんと奇麗に拭いておいたから、はい、どうぞ」


 無造作に突き出されたのは、プロトスの生首であった。無念の表情を浮かべるそれは、つい先程まで威厳に満ちた立ち振る舞いで皆を率いていたというのに、今は物言わぬ首になっていた。


「は、はあ、はわ、うひ、ひゃあ」


 怯えるアスティコスは上手く声ことができなかった。

 ヒサコはお構いなしに首をアスティコスに渡そうとするが、それに対してとうとう黙って見ていられなくなったテアが、相方の後頭部に思い切り平手打ちを叩き込んだ。


「無神経にも程があるでしょう!? なぁに、これ見よがしに生首なんぞ見せ付けてんのよ!」


「いや、だって、ここは里の聖域であり、死者が永遠の眠りに着く墓所なんでしょ? だったら、里の掟やエルフの流儀に殉じた里長を、娘であるアスティコスが弔うのは当然では?」


 全然悪びれた風を見せぬヒサコの答弁であった。

 言っている事自体は間違っていないのだが、娘に父親の生首を差し出して、埋めちゃえ、はいくらなんでも酷過ぎた。


「そ・れ・が、無神経だって言ってんのよ! もう少し、気遣いってものを考えなさい!」


「義弟の髑髏を杯にてカンパ~イしてた信長うつけよりかは、大分マシだと思うけど?」


「あっちの世界の魔王、自重しろぉぉぉ!」


 絶叫しつつ、テアはヒサコから首を取り上げると、布でそれを包んだ。

 そして、ヒサコと黒犬つくもんを下がらせ、改めてアスティコスに首を差し出した。


「いや、ほんとごめんなさいね。ヒサコが無神経過ぎて」


「あ、いや、その」


「ヒサコの頭は、完全に弱肉強食な発想で埋め尽くされているの。食うか食われるか、それを人生を通して体験してきて、今もその流儀を通しているわ。良いも悪いも、すべて自己責任。死んだら自分が弱かった。死んだら相手が弱かった。死にたくなければあらゆる手段を尽くせ。それを自分にも他人にも課してくる。そういう奴なの」


 なにしろ、ヒサコの中身である“松永久秀”は、殺し殺されが当たり前の戦国日本を、七十年にわたって駆け抜けたのだ。それも、謀略と下剋上の中心である畿内を駆け回り、ただの商人から一国の大名にまでのし上がった、乱世の梟雄である。

 食うか食われるかなど、当たり前のことでしかない。

 こうして首だけでも娘に届けたのは、戦国的作法に則った彼なりの親切心なのであった。


「エルフの教えでは、この地に眠り、土に帰って魂は世界を循環していくのでしょう? プロトスがそう唱えたのなら、彼自身も土に帰ることを望んでいると思うの。娘のあなたがちゃんと弔ってあげないと、その魂は行き場を失う。だから、あなたの責任を以て、父を送り出してあげて」


 テアはいつになく真剣な面持ちで語り、もう一度布で包まれた首を差し出した。

 最初は怯えていたアスティコスもその説得によって落ち着き、震えながらもどうにか首を受け取ることができた。

 そして、ゆっくりと立ち上がると、聖地の中央にある巨木の方へと歩いて行った。

 どうにか立ち直ってくれたとテアは安堵し、その背中を優しく見守った。

 だが、ヒサコの方を振り向くと、その神妙な雰囲気が一瞬でぶち壊しにされた。

 なにしろ、いつの間にか火をおこし、どこで仕入れてきたのか釜に火をかけ、湯を沸かしていたからだ。今しがたの神の説法などどこ吹く風か、完全に無視していた。


「あのさぁ」


「もうすぐ出来上がるから、ちょい待ってね」


 そう言うと、ドサッといつの間に摘み取ったのか茶葉をその湯の中にぶち込み、グツグツと煮立たせ始めた。


「あの、それって」


「もちろん、湯を沸かして、茶を用意しているところよ」


 事も無げの答えるヒサコに、やはりかとテアはため息を吐いた。


「こっちが折角、傷心の娘を説得したって言うのに、何よその態度は」


「うん、なかなか見事な説法だったわよ。まるで神様みたいね」


「いや、一応、これでも女神なんですけど!?」


「ああ、そうだったわね。今の今まで、全然そういう感じじゃなかったから、すっかり忘れていたわ」


 その時であった。

 二人の頭の中に、何とも言えない嫌な音が鳴り響いた。



 デロデロデロデロデロデロデロデロデェ~ロ!


 残念ですが、装備していたスキルカード《大徳の威》が破壊されました!

 今後は一切、そのスキルを使用することはできません!




 説明口調と共に、ヒサコの頭の中で何かが弾ける感覚が伝わってきた。


「ああ、やっぱり壊れちゃったか」


 テアは側にいた黒犬つくもんに視線を向け、その頭を撫でた。


「まあ、こうなることは予想済み。今日一日、一回限りの禁じ手。《スキル転写》で《大徳の威》を黒犬つくもんに移し替え、怪物モンスター軍団を編成し、里にぶつけて阿鼻叫喚。一日魔王、お疲れ様だったわ、黒犬つくもん


 ヒサコも黒犬つくもんを撫で、その労をねぎらった。

 そう、これこそ“一日魔王”の正体であった。

 スキル《大徳の威》で溜まりに溜まった魅力ブーストを黒犬つくもんに搭載し、樹海を走り回って怪物モンスター達を集めてきたのだ。極限まで高まった魅力値と黒犬つくもん自身の実力で一時的に魔王となり、それをエルフの里にぶつけた。

 結果、黒犬つくもん自身が手を下すことなく、怪物モンスターを誘導するだけで里の襲撃を成し、圧倒的手数の多さで押し切ったのだ。

 プロトスが黒犬つくもんに最後の瞬間まで気付けなかったのも、黒犬つくもんが戦闘に加わらず、《隠形》で身を隠し、誘導だけを行っていたからだ。

 つまり、ヒサコは“魔王”と化した黒犬つくもんを操ることにより、手を汚すことなくエルフの里を壊滅させた。

 最後に一手、プロトスへの暗殺のみが、ヒサコの直接的な動きであり、あとは黒犬つくもんを間に挟んだ誘導のみであった。

 だが、その代償は《大徳の威》の破損という結果を残した。

 《大徳の威》は魅力値にブーストをかけ、仁君になれるスキルであるが、仁君にそぐわない行動をしてしまうと破損することになっていた。

 なにしろ、今回は罪のないエルフの里を襲撃し、殺戮を欲しいままにして、墓荒らしまで断行する、というどう足掻こうとも言い訳できない完全なる暴君ムーブをしてしまったのだ。

 《大徳の威》が崩壊するのも当然と言えた。


「でも、これでよかったの? もう、ヒーサが仁君でなくなっちゃうけど?」


「ええ。勿体ない気もしないでもないけど、もう名声は必要ない。力でごり押せるほどに、シガラ公爵家は強くなった。これからは仁ではなく、財と、知で駆け抜けるのよ」


 むしろ、その方が性に合っていると言わんばかりのヒサコの笑顔であった。

 圧倒的魅力で誰とでも仲良くなれる。確かに強烈なスキルではあるが、それは“無名”のときにこそ輝くスキルなのだ。

 しかし、ヒーサはすでに名声が轟いており、今更“仁君”という看板を必要としない。

 むしろ、このまま仁君という看板を掲げ続ける方が、これから始めるつもりのカンバー王国版“応仁の乱”には足枷でしかないのだ。

 下剋上、弱肉強食、戦国乱世に、“仁”など不要なのだ、とヒサコは考えていた。

 ならば最後にド派手な方法で、【大徳の威】を利用してしまおう。

 そう考えた末の今回の利用方法というわけだ。

 松永久秀の“遊び心”が、一日魔王を呼び覚ましたとも言えるのであった。


「ほんと、思い切ったことするわね。いくら茶の木が欲しいからって、Sランクのカードを捨てるとか、普通ありえないもの」


「まあ、茶の木が手に入っても、すぐにはダメね」


 ヒサコの視線の先には窯があった。湯を沸かせ、茶葉をぶち込む、かなり雑なやり方であった。


「でも、茶を用意って言ってるけど、そんな雑なやり方だっけ?」


「準備ができてないからね。蒸してもいないし、丸めてもいない。臼も挽かないし、摘みたての茶葉を煮立たせる。まあ、この喫茶のやり方は大昔のやり方よ。それこそ、陸羽が登場するより、さらにずっと前の茶ね」


「陸羽?」


「唐代の文筆家であり、『茶経・三巻』を世に送り出したお茶の神様よ」


 ヒサコにとってグツグツと煮立つ茶は、本来のやり方ではないのだが、このエルフの里の流儀に敢えて合わせた、粗雑なやり方で茶を淹れようとしていた。

 本来ならば、茶葉は収穫前に被覆して日光を遮り、それから手摘みして乾燥させたり蒸したりしてから臼で挽くものなのだが、さすがにそんな時間などありはしなかった。


「陸羽は唐代の文筆家で、お茶に関する著書を残した。そこには茶のすべてが網羅されていると言ってもいいわ。茶の木の事、製茶のための道具、製茶に関する注意事項、喫茶の道具に関する用法や注意事項、果ては茶の点て方、飲み方、茶葉の産地、それらの論拠とした史料の明示。これを読み解けば茶のすべてが分かる。後々の茶文化にまで大きな影響を与えたわ。それまでのただの茶飲みが、これを境に文化へと昇華した瞬間とも言えるわ」


「なるほどね~。茶人にとっての聖典を著した人ってことか、その陸羽って人」


「そう。日ノ本には嵯峨天皇に振る舞われた記録が最古のものだけど、本格的に広まったのは禅が隆盛していく過程で、栄西が広めていったわ。酒飲みが過ぎた源実朝に、薬と言う体裁で勧めてね」


「ああ、そういえば薬として最初は広まったんだっけ」


「まあ、その後は酷いもんよ。喫茶は武士や庶民のも徐々に浸透していくのだけど、その過程で“闘茶”ていう産地銘柄当ての博打が流行した。風紀を乱す元だってことで、茶が目の敵にされ、危うく茶文化が廃れかけたりもした」


「博打が絡むと、ろくなことないもんね」


「そんな中にあって、茶の湯の、“侘茶わびちゃ”の開祖である村田珠光(むらたじゅこう)殿が茶のあり方を体系化し、我が師である武野紹鷗たけのじょうおう先生に引き継がれて、侘茶が連綿と受け継がれていった。その後は“ワシ”が死んでしまったから分からんが、同門の与四郎かノ貫(へちかん)が侘茶を更なる高みへと導いたであろうな」


「口調が素に戻ってるわよ~」


「おっと、いかんいかん。つい茶に関する事となると、な」


 茶の湯の先を見れなかったのは“松永久秀”にとって痛恨の一事であるが、この異世界で喫茶文化を浸透させるという別の楽しみも生まれていた。

 とはいえ、目の前の窯の中身は、はっきり言って茶と呼ぶのもおこがましい、茶葉から緑が溶け出しただけの液体であった。

 そもそも、茶葉からして劣悪であった。エルフは茶の木を墓標にしていたと言うこともあって、剪定などの手入れは一切なされず、ありのままの姿をしていた。枝は伸び放題であり、これでは良質な茶葉など望むべくもない。


(でも、ここから始まるのよ。この世界の茶文化はあたしが始め、あたしが体系化し、みんなで茶を飲むことを楽しむ文化を創り出す!)


 そう考えると、目の前の出来の悪い茶も許せると言うものだ。

 最初から、万事が上手くい事などないのだ。これから着実に一歩ずつ進めていき、楽しい楽しい抹茶ライフをキメるのだ。

 そんな楽しい未来予想図を描くヒサコとは対照的に、もはや絶望と後悔しか残っていないアスティコスが戻ってきた。

 その顔はすでに涙が枯れ果て、普段の見目麗しい姿がどこにも見受けられないほどにクシャクシャになっていた。

 そして、その手には何も残っていなかった。先程まで抱えていた父親の首がその手から離れ、大地がそれを受け止めてくれたことだろう。

 そんな傷心の女エルフに対して、ヒサコは出来上がった茶の湯を杯に注ぎ、それを差し出した。


「プロトスは最後の瞬間までエルフの矜持を通した。ならば、その死出の旅路をエルフの流儀で見送るのもまた、彼への手向けじゃないかしら?」


 エルフの文化では墓標となる茶の木から茶葉を得て、それを飲むことで死者との対話を図ると言う文化が存在していた。

 その流儀に従ってこそ、あるいはプロトスも迷うことなくあの世へと旅立てるのではないか。

 ヒサコなりの気遣いであり、アスティコスはその杯を受け取った。

 グイっと飲み干し、少し落ち着いたのか、ほぅ~っと息を吐いた。


「お休み、父さん。どうしようもない最後だったけど、私はあなたから、里から巣立っていきます」


 見上げる空の先には、まだ煙と炎が見え隠れしており、里での惨状が思い浮かぶ。あそこに戻って死を迎え入れれば、どれほど楽なのだろうかと思いたくなる。

 だが、それは許されない。今更自分が死んだところで、もとの平和な里が戻ることはないし、死んであの世とやらで父や里の人々と顔を合わせても、どの面下げてと罵られるのに決まっている。

 ならば、生きて、生きて、生き抜いて、自分と姪、たった二人の里の残滓がどういう結末を迎えるのか、それをしかと見届けようと決意した。

 喫茶による葬送も、その切り替えのための儀式なのだ。


「さて、それじゃあ行くとしましょうか。手に入れる物は手に入った。あとは凱旋するのみ」


 ヒサコは持ち帰るべき荷物を『軽量化の布ライトクローク』に包み、それを担ぐと、黒犬つくもんに跨った。

 来たときは黒犬つくもんを使えなかったので徒歩での行進であったが、帰り道はその縛りがないため、森の境界までは素早く移動できる。

 ヒサコに続いてテアも跨り、アスティコスも怯えながらどうにか乗ることができた。


「よし。みんな乗ったわね。んじゃ、帰りましょうか、公爵領わがやに!」


 ヒサコの掛け声とともに、黒犬つくもんは駆け出した。

 歩くよりも断然早いが、やはり乗り心地は悪い。森を踏破するために悪路をジグザグに進むという、振り落とされそうな激しい走行であった。

 ヒサコは後ろを振り向くと、テアもアスティコスも自分と同じく必死で黒犬つくもんの獣毛を握り、しがみ付いていた。

 そして、そのさらに後方には燃えるエルフの里が煙を上げていた。


(国破れて山河在り。城春にして草木深し、ってとこかな。ああ、悠久なる深き森にも、峰火連なる世の哀れ。さらば、森の守護者よ、灰の中から再び芽吹け)


 焼ける森を眺めつつ、魔王だった黒い犬に跨って、ヒサコは果て行く聖地を後にした。

 懐かしの我が家に向けてひた走り、念願の茶栽培は手の届く所まで来ていた。

 一客一亭の詫び寂びの茶席にて、果たして何が起こるのか、それはまだ誰にも予測はできないのであった。



       ~ 第七部・完  第八部に続く ~


これにて、第七部完結でございます。


最後は日本でもっとも有名な漢詩でしめましたが、特に難しい技法を使うでもなく、心に染み入ってくる杜甫の『春望』は中国古典文学の最高傑作ですわ。


お茶の神様、陸羽は茶文化の精神的支柱として長らく茶人の中で伝えられており、この前後で茶の歴史的に劇的な変化をもたらしています。


それから連綿と中国茶は受け継がれてきましたが、文化大革命で「喫茶は金持ちのやる事だ」とか目の敵にされ、ブルジョワ文化として抹殺されました。今の中国の茶文化は微かに残った断片でしかなく、台湾の方にこそ継承されています。


日本の茶文化は独自進化しすぎて、中国茶とは一線を画する歩みを続けています。


栄西が運び入れ、珠光が生み出し、紹鷗が発展させ、利休が完成させていく「侘茶」の過程は、日本の文化史においても特質すべきことでしょう。


などと言いつつ、松永久秀によるハチャメチャ異世界ファンタジーはまだまだ続きます。


次なる第八部では、いよいよ戦争勃発で久秀の外道ムーブがさらに輝きを増していきます。


今後ともよろしくお願いいたします!


(∩´∀`)∩



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ヾ(*´∀`*)ノ

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