第三十七話 迎撃! 怒れる里長は宙を舞う!
エルフの里の被害は考えていた以上にひどい有様であった。
聖域での“茶番”を放棄し、煙が立ち込める里に急いで戻ってみれば、そこは地獄のような光景が広がっていた。
なだれ込んできた怪物達は老若男女を問わず襲い掛かり、あるいは焼き、あるいは食らい、育んできた森の木々と共に失われていった。
「おのれ! ただでは済まさんぞ!」
プロトスは怒りに満たされた。ここまで憤ったことなど久しくなく、手練れ揃いの周囲のエルフ達も怯えるほどであった。
その体よりあふれ出る魔力は大地を震わせ、突風となって吹き荒れた。
「森は水と土によって育まれ、風によってそよぎ、広がっていく。だが、火はその百年の営みを一瞬で消し去ってしまう。ああ、我が心の業火を、いかに消すべきか!」
プロトスは普段見せない憤激を吐き出し、感情をあらわにした。
だが、それでも冷静さは、長としての責務は決して忘れてはいなかった。素早く周囲を見て状況を判断し、風の精霊を呼び出して自らの体を宙に浮かせた。
「お前達は地上の敵を掃討しろ。私は上を片付ける。風よ!」
プロトスは風の精霊に命じ、自らにまとわせると、噴き上げる風の力を推進力に変え、放たれた矢のごとく上へと飛んでいった。
プロトスは飛びあがりながら里の状況把握に努めたが、襲撃側が極めて有効な戦術を取っていることがすぐに分かった。
エルフの里は森の巨木群を利用して、施設が建てられている。木々の洞や枝に住居や各種施設が建てられ、その木々に桟道や吊り橋を通すという構造になっていた。
その気になれば、地面に降りることなく里の中をどこまでも移動できるほどだ。
仮に襲撃を受けた場合、地上からの登り口は限定されるため、即座に封鎖して防御を固めることができ、高所の利を活かした戦い方ができるようになっていた。
だが、今回はそれが活かせていない。と言うより、構造上の弱点を突く編成になっていた。
(地上を走る獄犬は火を吐く。そして、上空からは飛竜が襲い掛かる。上下からの挟み撃ち、しかも初手から! これは里の構造を良く知らないとできない戦術だ!)
プロトスが思うに、敵の編成があまりに里への攻撃に適した編成なのだ。
獄犬は体の大きな犬型の怪物で、口から火を吐くのが特徴だ。
その獄犬が地上を走り回り、その最大の武器である炎を撒き散らして、里の各所に放火していた。
結果、あちこちが炎上し、煙が上へと昇っているのだが、これが煙幕の役割を果たし、上からの攻撃の妨げになっていた。
そして、炎の熱や煙に巻かれ、後退しようとすると、そこに飛竜が空から襲い掛かってくるのだ。
飛竜の武器はカギ爪や牙であり、逃げようとするエルフに上から襲い掛かり、あるいは橋を落として逃げ道を塞いだりと、これまた的確な戦い方をしていた。
(間違いない! 小鬼と戦っている時にも感じたが、こうした戦い方は普通はない。絶対に統率している指揮官がいる!)
本能のままに襲ってくる妖魔や怪物にしては、あまりにも戦術が練られており、それがプロトスの結論であった。
そして、その犯人は間違いなくヒサコであると認識していた。
(ああ、そうだ。あいつは里の中でしばらく逗留していた。無論、牢の中でじっとしていたが、それでも内部の構造を目で見ている。里の攻撃に適した編成をすることくらい、訳ないだろう。しかも、小鬼を誘き寄せたことも自白している。間違いなくヒサコの仕業だ!)
だが、そう結論付けると、不可解な点もある。どうやって怪物達を呼び込み、それを操作しているのか、という点だ。
《魅了》や《傀儡》などの、精神に作用する術式を使用しているのではと考えられるが、それにしてはあまりにも効果範囲が広いのだ。
(だいたい、あの手の術式は視認している範囲で用いるのがせいぜい。使い魔などを遠隔操作するにしても、数体が限度のはず。このような軍勢規模を、広範囲で操作するなどまずできないはずだ)
プロトスの考えはいまいち煮詰まらないが、ともかく里の住人の救援が最優先であった。
地上の敵性勢力は戦士団が処理するであろうし、自分は我が物顔で飛び交う飛竜を処理するべく、まずは手近な一体に勢い任せに飛び込んだ。
「風よ! 収束せよ! 《風圧弾》」
プロトスが風を圧縮した砲弾を放ち、飛竜の片翼をへし折った。本来なら相手を吹き飛ばす程度の威力しかないのだが、プロトスほどの腕前が全力で風を収束させると、命中時の衝撃で中身をグチャグチャにしてしまえるほどの威力を生み出せるのだ。
片翼をへし折られ、飛行能力を失った飛竜は、苦痛と恐怖の絶叫と共にそのまま地面へと真っ逆様に落ちていた。
そこへ、間髪入れずにプロトスに向かって、次の飛竜が襲い掛かって来た。
宙を舞うエルフを食らわんと、大口を開けて飛び掛かって来たのだ。
「舞え、光の精霊よ。《閃光》!」
力ある言葉とともに光弾が飛び交い、飛竜の視界は眩い光によって塞がれた。
視界が突如として真っ白になった飛竜は勢いそのままに巨木に頭から突っ込み、弾き飛ばされ、それもまた絶叫しながら落ちていった。
立て続けに二体の飛竜を倒したプロトスは、近くの巨木の上に降り立ち、避難しようと立ち往生していた一団に近付いた。
「皆、大事ないか!?」
「おお、長! ありがとうございます!」
怯えつつも助かった安堵感から涙を流し、プロトスに感謝する里のエルフ達であった。
プロトスは負傷も術式で癒やし、その手で北側を指さした。
「里の北側へ向かえ。あちらまではまだ火の手が回っておらんし、橋や道も残されている。急げ!」
「は、はい!」
エルフ達は促されるままにそちらへ駆け出し、プロトスはそれを見送りつつ、眼下に視線を向けた。
地上では、先程率いて戻ってきた戦士団が怪物達と戦っていた。さすがに里の自衛を担う者達であって、その戦い方は洗練されていた。
囮役の戦士が俊敏さを活かして引っ掻き回し、誘い込んだところを術士が足止めして動きを封じ、そこを剣や弓矢で仕留めていった。
獄犬も負けじと炎を吐いたり、あるいはかぶり付こうとするが、どれも有効打とは成り得なかった。
また、水の精霊を呼び出して消火作業にも当たっており、この調子ならば鎮火も時間の問題であった。
「よし、このままなら全部駆除するまで持ちこたえられるな」
地上は順調に押し返し、飛び回る飛竜もすでに二体倒しているので、そう時間をかけずに駆除はできそうであった。
聖地に群がっていた妖魔の群れも、まだ大結界《迷いの森》に引っかかっている反応があり、時間稼ぎが上手くいきそうであった。
多少思考する余裕ができたので、プロトスは今回の襲撃について考えを進めたが、やはり不可解な点が多かった。
(やったのは間違いなくヒサコだ。だが、それにしては、これだけの規模の襲撃を企図するには、ヒサコの魔力量が少なすぎる。むしろ、緑髪のテアとか言ったか、あちらの方が強いくらいだ。いや、もしかして、表向きな主従が擬態で、テアとかいうのが首魁か? どちらにせよ、魔力の動きがなさすぎる)
なにかしらの術式で怪物を操っていそうなのだが、ヒサコとテア、いずれからもその気配が感じれなかった。微弱な魔力は検知できているが、この規模の軍勢を動かすのには、どう考えても少なすぎた。
(どのみち、ヒサコは締め上げねばならんな。後学のためにも、どうやってこの襲撃を行っているのかを知らねばならん。そして、きっちり始末もせねばな)
もうプロトスにも容赦の二文字は消え去っていた。すでに里の中でも被害者が出ており、ざっと見渡しただけで百名近くが命を散らせてしまっている。
人口が千名ほどの里で百名の犠牲者。その数は決して少なくはない。
茶の木を求めてやって来たのは間違いなさそうであるし、取引を断ったからこそ、こうした強引な手段に出たのだと考えるに至っており、ならば取引に応じておけば被害はなかったと言えなくもなかった。
だが、それはエルフとしての矜持が許さなかった。この里では茶の木は墓標の代わりを成しており、それを差し出すことなど出来はしなかった。
(そもそもの問題として、人間のごとき愚物を里に入れたのが間違いであった。今後は人間は元より、他種族の出入りも厳重に管理せねばならんな)
静寂に包まれた森こそエルフの世界であり、そこに無神経に入って来る輩など、排除するに限るとプロトスは結論付けた。
焼けた森には新たな芽が出て、再び森を形成するだろうが、それは百年も先の話だ。人間の一生分の時間を費やしても届くかどうかという長さだ。潰すのは簡単だが、育てるのは難しいと里の惨状を見て、怒りと共に感じ入るプロトスであった。
その時、再びプロトスの耳に悲鳴が飛び込んできた。
悲鳴の聞こえてきた方向に視線を向けると、先程の一団とは別の集団が、再び現れた飛竜に襲われているのが見えた。
「余計な詮索も、すべては襲撃が片付いてからだな。どのみち、人の足でこの森を抜けようとすれば数日はかかる。ヒサコよ、お前は私から逃げることはできんよ」
エルフにとっては、大樹海は自宅の庭のようなものであり、人間を一人二人追跡することくらい容易い事であった。
なにより、聖域に張っている大結界《迷いの森》が、内部に留まる三つの反応を逃していなかった。
(結界の内側に留まっている反応、これは変わらず三つのままだ。ヒサコ、テア、そして、アスティコスのものだろう。逃げずに結界内部に留まっていると言うことは、おそらく茶の木の種でも呑気に拾っているのだろう。だが、その欲に目のくらんだ対応は間違いだぞ!)
あまりに迂闊で欲深い行動を、プロトスは大いに嘲った。
もし、さっさと聖域から撤収し、里の騒動にかこつけて逃げに徹していたらば、あるいは逃げれたかもしれない。人間だけならともかく、エルフであるアスティコスもいるのであるから、上手く森の中に隠れ、やり過ごすことができたかもしれない。
だが、結界の内側の反応は三つのままで、変化はない。外周部には未だに小鬼や犬頭人の群れがうろついているが、まだ突破はできていないようであった。
ならば、さっさと片付けて、本当に逃げられる前に捕捉してやろうとプロトスは決意した。
「風よ!」
プロトスは再び風をまとい、体を宙に浮かせると、新手の飛竜三体に向かって突っ込んでいった。
エルフの一団に襲い掛かろうとしていた飛竜であったが、急接近してくるプロトスに気付き、散解して迎え撃とうと別々の方向に飛んだ。
だが、プロトスはお構いなしにその中央に突っ込むと、飛竜達も待ってましたと言わんばかりに一斉にこれを襲い掛かった。
「馬鹿め、分かりやすい餌に食い付くとは、所詮、頭の足りぬ怪物の行動だ! 風よ、打ち下ろせ、《超降下気流》!」
まさに一瞬の出来事であった。プロトスはまとっていた風の動きを、自身を浮かせるための上昇気流から、強烈な下降気流へと切り替えたのだ。
翼で飛ぶ飛竜はいきなりの強烈極まる下降気流に煽られ、翼が揚力を失い、錐もみ状態のまま地面へと落下していった。
一方のプロトスもまとっていた風が、上昇気流から下降気流に切り替えたために落下したが、すぐに自分の周りだけ上昇気流に切り替えて、再びふわりと浮かんでいった。
翼と揚力で飛ぶ飛竜に対し、術式と魔力で飛行する純エルフである。その差が如実に出た結果と言えよう。
三体とも揃って地面に落下し、グチャリと肉片と体液を撒き散らした。
「片付いたぞ。大事ないか?」
ふわりと宙に浮き、襲われていたエルフらに話しかけた、まさにその一瞬であった。
民が助かったと言う安堵もあった。敵を倒したという油断もあった。それを加えたとしても、その一撃は常軌を逸していた。
ザシュッ!
何かが、プロトスの体を貫いた。
プロトスも、目の前にいたエルフも、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
そして、理解する前に第二撃が、プロトスの頭に刺さった。
そこでプロトスは気付いた。“弓矢で射られた”ということに。
というより、突き刺さった二本の矢が、見覚えのある物であったのだ。
「こ、これは《風切の弓》だと・・・?」
それはアスティコスに渡した自作の弓であった。弓には風の精霊が住み着いており、それで矢を放つと、風の精霊が威力と軌道を安定さえ、狙いを定めたどんな標的も百発百中で当てることができた。
だが、この弓はアスティコスが持っているはずだが、先程の聖域ではアスティコスは非武装になっていた。ならば、ヒサコかテアに奪われたと判断するのが自然だ。
どちらかが狙撃をしてきたのだろうが、それでも距離が遠すぎる。いくら百発百中の弓と言えど、狙いを定めていない的に命中させるなど不可能だ。
ならばどうして当てることができるのだと考えたが、もうプロトスにはそれを考える時間すら残されていなかった。
心臓と頭、的確に二ヵ所の急所を射抜かれ、急速に意識を失いつつあったのだ。
魔力に関しては冠絶する力量を有しているプロトスであったが、肉体的な強さは他の普通のエルフ達とそう変わらない。
助けた里のエルフの悲痛な叫びも、もはやプロトスには届いていなかった。遠ざかる意識は集中力を失わせ、浮かせていた風が消えてなくなると、真っ逆様に地面へと落ちていった。
落下する体、消えていく意識、そんな中にあって、プロトスは全てを悟った。手品の種が見えたと言ってもいい。
それは木陰からこっそりと顔を出し、プロトスをじっと見つめていた。
そう、黒い毛で覆われている“小さな仔犬”の存在に、ようやくにして気付いたのだ。
そして、プロトスは負けを悟り、悠久の時を生きてきた自身の最後を迎えることとなった。
「ぐっ・・・、ヒサコめ、仔犬を使い魔として使役し、それを観測手にして、こちらに狙いを定めていたのか」
手品の種が割れたからと言って、もはやどうすることもできなかった。
それは神に準じるほどの魔力を持っているものとの自負が、単なる慢心でしかないことを表していた。
万能でも、最強でもない、ただの一強者が、油断と慢心で隙を作り、それを突いてきた人間ごときに破れると言う事であった。
そして、最後に視界に捉えた黒い仔犬、それを見た時に感じた違和感と不快感、すべてはこれの仕業であると悟った。
そして、プロトスはこの世で最後の言葉を放った。
「ヒサコは、“魔王を使役する者”であったか」
プロトスは先程自分で落とした飛竜の側に落ち、自らもまた肉塊に成り果てた。
~ 第三十八話に続く ~
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