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第三十六話  新規雇用! 新しい妾は百五十歳!

 ヒサコの策謀によってまんまとハメられたアスティコスは、嫌々ながらもそのヒサコに頼らざるを得なくなった。

 里の者からは裏切り者と認識され、居場所を失うこととなり、住み慣れた里や森から放逐されたと言ってもよい。

 父プロトスは娘の命よりも伝統と秩序を優先し、アスティコスを切り捨てることを選んだ。

 ならば、もう里の事に拘ることはない。後味は悪くなったが、それでも旅立たねばならないと自分に言い聞かせた。


「もう私の赴く先は、たった一つ。姉の忘れ形見に会いに行くことだけ」


 そのアスティコスの決断に満足し、ヒサコは満面の笑みを浮かべながら頷いた。

 こうなるように仕組んだとは思えないほどに図々しく、アスティコスは不機嫌さを隠すこともせずにヒサコに感情をぶつけた。

 だが、ヒサコが笑顔を崩すことはなかった。


「ええ、そうね。アスプリクはシガラ公爵領に逗留しているから、そこまでは案内してあげるわ。それからどうするかは、あなた次第よ。そのまま公爵領に留まるもよし。姉のように各地を放浪するもよし。なんだったら、あたしかお兄様の側女っていうのも」


「それは御免被るわ」


 ヒサコが知恵者であることは認めるが、性格が捻じれに捻じれ切れており、そんなのとずっと一緒にいるのは耐えられそうになかった。

 兄にヒーサと言う人物がいるとも聞いていたが、妹がこれでは、兄も相当な人格破綻者であろうし、それの側女など考えただけで鳥肌の立つ思いであった。

 結局、まずはアスプリクにあってその後の計画を立てなくてはならず、それまではヒサコに同行して大人しくしておかねばと、自制の心を奮い立たせた。

 そんなアスティコスの心中を知ってか知らずか、ヒサコは図々しい態度に出るのであった。


「んじゃまあ、早速で悪いんだけど、これ、お願いね」


 ヒサコが差し出したのは、神造法具『不捨礼子すてんれいす』であった。テアが作り出した鍋であり、桁外れの魔力が付与されていた。

 差し出されるままにアスティコスは受け取ってしまったが、何をどうすればいいのか分からず、首を傾げるだけであった。


「ああ、それはね。茶の木の種の採取をお願いしたいの。ほら、そこらに転がっているから、その鍋いっぱいにお願いね」


 よもや、自分が追放される切っ掛けになった茶の木の種子を拾い集めろとは、無神経にも程がある命令であった。

 当然、アスティコスはイラっときて、ヒサコを睨んだ。


「種拾い……。そんな雑務にエルフをこき使い、あまつさえ、こんな強烈な魔力のこもった鍋を入れ物代わりに使うとは!」


「公爵領に戻るまで、ちょっと長旅になるからね。鍋の魔力を用いて、少しでも種の質を維持しておかないと、発芽しなくなるからね」


「なるほど、それは理解したわ。なら、私にやらせる理由は?」


「肉体労働は、下々のお仕事よ~♪」


 ようは、主従と言うものをはっきりさせておくと言う意思表示というわけだ。

 ヒサコは主であり、アスティコスが従。それをちゃんと認識させておくための通過儀礼だとでも言わんばかりの態度だ。

 アスティコスはさすがにカチンと来たが、逆らったところで得るものはなく、アスプリクと言う名の目的地が遠退くだけだと考えるに至った。

 結局、姪のところに辿り着くまでは、その屈辱に耐え、ひどい扱いにも目を瞑らねばならなかった。

 選択の余地なく、深い溜息を吐いて、鍋を抱えて茶の木の方へと歩み寄っていった。

 そんなやる気のない“新しい下僕”を見ながら、ヒサコは満足げに頷いた。


「よしよし、毛色の変わっためかけが手に入ったわね」


「何言ってんのよ、あなたは。ちゃんとアスプリクの所まで連れてってあげなさいよ」


 妙な達成感を帯びているヒサコに、テアは思わずツッコんだ。

 そもそも、今回の旅に関して言えば、茶の木の確保が第一、次にアスプリクの里帰り(?)の事前調査である。前者はほぼ達成しており、後者はもはや絶望的な状況となっていた。

 そう言う意味において、アスプリクの叔母を連れて行けるのは良いと言えるかもしれないが、家庭環境を完全崩壊させた上に、“妾”として囲い込むのはどうかと疑念を呈したのだ。


「いや~、だってさ。よくよく見ると、エルフって種族単位で奇麗じゃん。性格はこれから矯正するとして、捨て置くのは勿体ないかなって」


「矯正するのか……」


「そりゃね~。あの勝ち気すぎる性格じゃあ、人間の世界だと衝突するだけよ。せめて“謙虚みのほど”と“忖度きくばり”くらいは覚えておかないとね」


「前者はともかく、後者はどうなのよ」


「人間の社会じゃ、必須項目よ、必須項目!」


 ヒサコの目には、あまりやる気を感じられないが、良さげな種を選別しては鍋に放り込んでいくアスティコスが映っていた。

 明確に主従の別を付けておき、今はプロトスによって占められている思考を、少しずつ上書きして完全な統制下に入れておくことを考えていた。

 なにしろ、もはやアスティコスには何も残っておらず、姪への想いだけが当面の行動原理なのだ。

 そして、その姪であるアスプリクは、すでにヒーサへ洗脳に近いレベルの信頼を得ていた。これを利用すれば、アスティコスを制御下に置くのも難しくはない。

 時間はかかるかもしれないが、十分可能なことでもあった。

 一人でも優秀な術士を確保しておきたいので、人間ではないエルフの術士という希少な存在はなるべく確保しておきたかった。


「世間知らずではあるけど、優秀なのは間違いないんだし、これはしつけるのが楽しみだわ」


「あれだけメチャクチャやっといて、更に追加オーダーとか、とことんクズね。嘘やごまかしのオンパレードじゃない」


「戦国ゆえ、致し方なし」


「だから、それは魔法の言葉じゃないって言っているでしょ!」


 事ある毎に述べられる“戦国”という言葉は、半ば便利ワードと化していた。あらゆる事物を正当化できる魔法の言葉であった。

 もちろんそんな事はないのだが、ヒサコには関係なかった。基本的には自己満足と自己正当化の方便であり、現実の方は後からでも追認させればよし、程度にしか思っていなかった。


「まあ、あれよ。一から十まで全部デタラメだとしても、それを真実だと錯覚させる事を“謀略”って言うんだから」


 これ以上にない程のドヤ顔で言い放つヒサコに、テアは開いた口が塞がらなくなった。

 なにしろ、存在自体がデタラメみたいなものであり、どうだと言わんばかりの態度には、呆れるより他なかった。


「兵法には、“正”と“奇”の二種類しかない。でも、これを上手く合わせることにより、無限の可能性を生み出し、極め尽くせぬものとなる」


「その手の台詞をあなたが言うと、一家言あるわね。うん、やっぱ控えめに言ってもクズだわ」


「女神のお墨付きがいただけるとは、光栄の極み♪」


「そういう皮肉も聞き飽きたわよ。もう少し捻りなさいよ」


 テアは慣らされている自分がいることに戦慄しながらも、目の前の“共犯者パートナー”からはこの世界にいる間は同行せざるを得ないことに対して、ため息しか出なかった。

 頼りにはなるが、我欲に忠実であり、好き放題に動き回る。導く英雄としては、本当に扱い辛いと毎度毎度思い知らされるのであった。


「さて、と。そんじゃま、最後の仕上げと行きますか」


 ヒサコは笑顔から真顔に表情を変え、まだ煙の上がっているエルフの里の方を見やった。


「やっぱり、あの里長を殺すんだ」


「当たり前でしょう? 気が変わって、背後から襲われたらたまらないもの。他の連中ならいざ知らず、あいつに襲われたら、まず勝ち目がない。だから、混乱に乗じて“暗殺”するわ」


 情けも容赦も一切ない。あくまで、自分の安全優先であった。

 里の秩序を崩壊させ、怪物モンスターをけしかけて焼き払い、娘も実質的にはさらわれ、最後に自らの命すら奪われる。

 神に直接作られた神造生命体にしては、あまりにも悲惨な末路を言えるだろう。

 だが、ヒサコには躊躇も同情もない。

 なにしろ、“松永久秀”がこの世界において、横に並ぶことを許したたった三名の存在。その内の一人であるアスプリクを、“ケガレ”だと断じた無礼者であるからだ。


 基本的にこの梟雄は、人というものを信用していない。していないからこそ平気で裏切り、あるいは裏切れないように手を回す。

 ゆえに、愛でるに能う“大名物”には執着し、その価値を損なう愚物には容赦ないのだ。


「待ってなさい、プロトス。すべての報いを受けさせてやるわ」


 ヒサコの睨み付ける先にはエルフの里があり、その里では今、乱入してきた怪物モンスターとの戦闘が繰り広げられている。

 横槍を入れて、首を掻っ攫い、命を狩り取るのにこれ以上の状況はない。

 むしろ、あの恐るべき力を有するハイエルフを倒せるのは、今この瞬間しかないのだ。

 ヒサコは決意と共に得物を手にした。



          ~ 第三十七話に続く ~

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